【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
サキは夏休みが終わる直前の日曜日だというのにマクリール邸にいた。マクリール邸にはサキとスネイプと、闇祓いが三人ほど。そう、今日は前々から決まっていた家宅捜索の立会をしているのだ。
「結構居心地いいね」
2年近くほっとかれて雑草が生い茂り埃が厚く積もった床を見てもトンクスは動じなかった。
「無駄に広い家だ」
ムーディが魔法の目で周りをギョロギョロしながら言った。
今回の家宅捜索の目的は主に闇の魔術のかけられた物品の調査…と書面ではなっている。
しかし実際は例のあの人の滞在していた痕跡探し兼魔法による封鎖だ。例のあの人の潜伏先にならないようにというダンブルドアの意向によるもので、人が入った途端闇祓いがやってくるセキュリティがはられる。
この魔法のせいでサキは今年いっぱいはもう館に帰れなくなるので、ついでに必要なものを運び出そうというわけだ。
「じゃあわたしは庭の方を調べてくる。サキはちゃんと日暮れまでに荷物運んでね?」
「はあい」
と言ってもサキの私物は少ない。ホグワーツに持ってくトランク一つと、衣装ケース一つ分くらいだ。
今回の目玉は勿論、生えてる薬草たちの回収だ。フレッドとジョージはどうやら大金を手に入れたそうで、商品開発のためサキにも報酬付きで薬草の入荷や魔法薬の調合を発注している。それに応えるためにはこの庭に生えてるグレーな薬草たちが不可欠だ。
しかしスネイプの目が邪魔になる。
サキは注意をそらすために雑談をふった。
「ハリーの尋問…何ともなくて良かったですよね」
「ダンブルドアの力があってこそだ」
スネイプは当然と言いたげだった。庭へ出る窓のそばに座って、サキが植物たちを鉢に植え替えるのを見ている。
「それにしても無茶苦茶ですよね。大法廷で尋問したんでしょう?大袈裟すぎる」
「全く理解しがたい。大臣はダンブルドアが権力を望んでいると思ってるようだ」
魔法省は例のあの人の復活をはっきり否定し、ダンブルドアから数々の勲章を剥奪し、メディアに攻撃させている。日刊予言者新聞には毎日どこか一つの記事にハリーとダンブルドアの名前が載ってる有様だ。
「…クラウチJrの記事も出てないし、魔法省って隠蔽体質ですよね。なんでみんな信じるんでしょうか」
「信心が揺らいでいるからこそ、今こうなっている」
スネイプは頬杖をついて空を見ていた。
「あの人が徐々に力を増し始めたときも、世の中はこんなふうに疑心暗鬼に満ちながら回っていた」
「先生が子どもの頃?」
「…ずっと昔の話だ」
サキはふと気になった事を聞いてみた。
「先生ってどんな子どもだったんですか?」
スネイプは黙ってしまった。あまりいい思い出がないのかもしれない。
「私は、愚かな子どもだった。多くの若者と同じように」
「想像つかないな。先生ってそのまんま大っきくなってそうだもん」
サキの冗談にスネイプが少しだけ笑った。
ある程度植え替えが済んだら今度は葉や蜜だけ採集しなければいけない。小瓶と袋を取り出して黙々と作業を続けた。
「……母はどうだったんですか?」
「どう、とは?」
「どんな子どもでした?」
「…子どもらしくなかった。今思えばだが」
「ははん。大人っぽかったわけですね?私のごとく」
サキの冗談が受け入れられることは少ない。
「母親のことが気になるのか?」
「まあ例のあの人も復活しちゃったし、知っときたいなって思います」
スネイプは何かを考えてるようだった。
サキがオニアザミの花弁を回収し終えるとスネイプが立ち上がり、そばへ歩み寄った。
「君の母親の部屋に行こう」
「え…はあ」
スネイプは今まで母について語る事は少なかった。母の部屋も存在こそ知っていたが入ったことはなかった。
なんとなく、踏み入っちゃいけない気がして。
その部屋は他の部屋より大きくて扉についてるノブも他と違い銀でできている。スネイプに促されるままにノブを回すと、あっさりと開いた。
その部屋はやけにシンプルで明るかった。窓は大きく、カーテンやカーペットも白色で、他の部屋と比べると印象が随分違う。そして何より長年放置されていたにも関わらず清潔だった。
ベッドと本棚とスタンドと机しかない部屋。本棚には大量の自筆の本が詰まっていた。
ためしに一つとると、中身はおそらくドイツ語で日記が書かれていた。別のものはロシア語っぽいし、漢字やアラビア文字の日記まである。バインダーには時刻の書かれた紙が大量に挟まっていた。
「サキ」
スネイプが手招きしている方へ行く。スネイプの目の前にある本棚には何も収まってなかった。
スネイプがそれを押すと、本棚が回転して別の部屋への入り口が現れた。
「隠し扉なんてロマン溢れますね」
「バレバレだがな」
スネイプは当然存在を知っていたんだろう。隠し扉の向こうにある光景を見てもサキと違って驚かなかった。
「わ…すごい」
そこにあるのは作業台と、大量の医療器具と、バーナーやハンダや電動鋸といったマグルの使う工具の山だった。
「あ、鉋だ」
サキは無造作に置かれたままの鉋を手にしてしげしげと眺めた。結構大事に使われてたようだ。刃は研がれた跡がある。
家具でも作っていたのだろうかと周りを見回すと、造りかけのキャビネットが部屋の隅に積まれていた。どうやらここは作業場らしい。
「ここで何してたんでしょうね?」
壁に貼られてるのは頭蓋のレントゲン写真だろうか?その横のポスターは脳髄のイラストに細かい文字が書かれている。なんだか妙な空間だ。
「ここならマクリールの物品があるはずだ」
「ああ、マンダンガスさんに持ってかないとね」
サキは適当にガラクタのように置かれている中から時計を持ち上げた。
よく見ると裏面にヨハナ・マクリールと署名がある。いつの人かはわからないがとりあえず回収しておく。
「…君の母親は道具はあまり作らなかった。君の手鏡くらいだったはずだ」
「そうなんですか。でも私、工作スキです。遺伝だったんですね」
「ああ…これは確かリヴェンが作っていたものだ」
スネイプが手に美しい銀のナイフを持っていった。
「あ、それももらっちゃおうかな。…先生ほしい?」
「いや、君のものだ」
サキはそれもしまっておいた。
他にもないかと探してみたが、リヴェン名義のものは資料ばかりで物は少ないようだった。
「この資料も何言ってるかわからないですね…これはドイツ語でしょうか?」
「おそらく」
「あーあ。日記とか残してくれればいいのに」
スネイプはまた困った顔をしていた。
そして隠し部屋から出て一息ついた。もうそろそろ日が傾いてくる頃合いだった。
「…我輩が監視していた頃、あの人はあの部屋には、あまりいかなかった。けれども子どもの頃はよく遊んでいたと言っていた」
「そうだったんですか」
あんな部屋で遊んでたのかよ。
どうやらスネイプなりの気遣いであそこを教えてくれたらしい。今度自由に家に帰れる機会があればじっくり調べよう。
「ありがとうございました」
「…我輩は何もしていない」
結局運び出したのは大きなダンボール2つほど。そのうち半分が薬草だった。闇祓いは中身に頓着しないらしく確認もしなかった。そして全員で館を出ると入念に呪文をかけて扉を完全に封鎖した。
「……さ、解散だな」
ムーディがそう言うとみんな次々に姿くらましして消えてしまった。サキとスネイプは荷物があるので森を抜けて呼んでおいた車に乗って帰った。車に乗るスネイプ先生はなかなか新鮮だった。がたがた揺れる未舗装の田舎道だが、フォード・アングリアの森の中のドライブよりはよっぽど快適だ。
「そうだ。ドラコを監督生にしたんですね。女子は誰にしたんですか?」
「パンジー・パーキンソン」
「げえ。なんで私じゃないんですか?スリザリンのいいところって身内びいきくらいなのに!」
「サキ、胸に手を当てて考えてみろ。身内の恥を誰がわざわざ晒すのだ」
「……なるほど」
確かにサキは4年間の学校生活で300点近く減点されている。監督生になりたいわけじゃないけどやっぱりパンジーを選ぶのは間違ってると思う。
「あーあ。今年、本当に何も出来なかったな」
スネイプの返事はなかった。
スピナーズ・エンドに近づくにつれ、雨が降ってきた。憂鬱な土地は雨が降ると余計に物悲しげに沈んでいく。湖の底みたいに静かな町ともあと数日でお別れだ。
駅でドラコと落ち合う約束をした。結局夏休みは一度も会ってないのでどれくらい身長が伸びたか楽しみだ。
サキも少しは伸びたが男の子の成長速度には敵わない。目に見えた変化といえばせいぜい髪の毛が伸びたくらいだ。
サキはパンパンに中身の詰まったトランクを階下に運び終え朝食を食べていた。いつも通り朝に似合わない土気色の顔でスネイプも一緒に食卓を囲んでいた。スネイプもホグワーツ急行で行くらしい。教職員用のコンパートメントがあるそうだが同乗は拒否された。
「いざお別れとなると寂しくなりますね」
一応夏休み中を過ごした家との別れを惜しんでおいた。スネイプは実家だというのに(実家だからこそ?)なんとも思ってないようだった。
教科書類はとっくに買い揃えてあるのでキングスクロス駅に直行し、スネイプと別れた。
「サキ!」
名前を呼ぶ声に振り向くと小走りでかけてくるドラコを見つけた。やっぱり背が伸びていた。
「本当に夏休みいっぱい会えないなんて!」
「いやー、長かったね」
ドラコは色々話したいことがあるようだったが、早くしないとコンパートメントが埋まってしまう。サキはいそいそと列車に乗ろうとしたが、ドラコは焦ってる様子はない。
「監督生用の車両があるんだ。君も乗ればいい」
「えぇ。やだよ。パンジー苦手だし」
ドラコはまだ何か言ってたがサキはとっとと列車に乗り込む。監督生になったドラコを祝うつもりだったけど、いざ本人を前にするとなんで自分とではないのかと思ってしまう。パンジーがまたサキに対抗心を燃やしてくるんじゃないかというのも心配だ。
とりあえず列車の中で頭を冷やそう。
そう考えながら空いてるコンパートメントを探すと、運良くルーナが一人で座ってるのを見つけた。
「お、ルーナ。ここいい?」
「あ。久しぶりだね」
ルーナは極彩色のメガネをかけてクィブラーを読んでいた。お父さんが編集をしているらしいがまあいわゆるトンデモ雑誌だ。多分今かけてる眼鏡も雑誌の付録なんだろう。
確かに中身はトンデモだが、逆に言えばなんでも載ってるし多くの読者が寄稿してるらしい。
「サキ、なんだか大人っぽくなったね?」
「そうかな。ルーナはかわらないね」
「背は伸びたよ」
ルーナとは付かず離れずというか適度な距離感で2年間友達でいたわけだがその姿に全く変化は見られない。
ルーナはクィブラーを読みふけってるのでサキにかまってこない。サキもこういうマイペースな所が好きなので気にせず漫画を読むことができる。
しかし発車してすぐ外からノックの音が聞こえた。顔を上げてドアにはまったガラスを見るとハリーとジニーがいた。
「いいかな?他、あいてなくて」
「ああ。いいよねルーナ?」
ルーナは雑誌を熟読してるから返事をしなかった。しかしまあルーナなら気にしないだろう。ジニーが挨拶するとやっと反応して挨拶した。
「ジニー。サキと友達なんだ」
「そうよ。あなたこそ」
「あたしとサキはドライな関係だもン」
「ぱさぱさだよね」
ハリーは会話に入るスキがなくてちょっと困ってるようだった。サキは隣に置いた荷物をどかしてやった。
「ロン達は監督生だからさ」
「ドラコもだよ。私達余りものだね」
「やっぱり寂しい?」
「ちょっとね…。まあ無理もないよね?スリザリンが優勝杯を逃してるのってほぼ私のせいだし」
ハリーはそんなこと無いよ…と言いかけたが、サキが今まで食らっていた減点と罰則を思い出してやめた。
「ハリーもそうよね」
ジニーがフォローするとハリーは苦笑いした。同じ余りもの同士で傷を舐めあってるとコンパートメントがノックされた。扉を開けるとネビルがへろへろになって立っていた。手には大きな鉢植えが握られている。
「あ…ごめん。空いてるかと思って」
「わ、ネビルそれ!」
「えへへ…」
サキが鉢植えに激しく反応した。ネビルは嬉しそうに微笑み噛みそうな名前を淀みなく言った。
「わ、満員だな」
ぎゅうぎゅうのコンパートメントに更にお客が来た。ロンとハーマイオニーは監督生バッジを誇らしげに胸につけて見回りをしていたらしい。
「サキ、あなた監督生になるべきだったわ。…マルフォイが鼻高々で威張り散らしてるわよ」
「私のいない所ではすぐイキるんだよな」
サキはため息をついた。しかし積極的に止めに行くつもりはないらしく腰を上げたりしなかった。
ネビルは空いてるコンパートメントを探しに出ていき、ロンとハーマイオニーも見回りに戻っていった。
ハリーはルーナの持ってる雑誌を貸してもらい顔をしかめていた。
「…ねえ、闇の魔術に対する防衛術の先生って誰だと思う?」
「教科書を見るにまともそうな先生だと思う」
などと雑談を交わすうちにいつの間にか日はすっかり暮れて景色は暗緑に包まれたホグワーツ城に近づいてきた。
「そいじゃね」
サキは一足先にドラコに合流するために出ていってしまった。
サキはドラコと合流し、セストラルに牽かれる馬車に乗った。スリザリン生の自慢話を聞いてるうちに校門についた。ハグリッドが一年生を案内してないことについてパンジーが色んな推測を立てていたが、ドラコは意味有りげに笑っていた。
サキはそんな話に興味がなかったのでぼんやりと骨だけの不気味な馬を眺め続けていた。
そしてなんとなく、曇り空の空に不吉なものを感じ取っていた。