【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
01.スピナーズ・エンドの夏休み
その庭は一見記憶にある頃と全然変わっていなかった。庭の周囲に生い茂る森の中に突然現れる調和された空間。薔薇の茂みと踏みすぎてすり減って、つるつる光る飛び石は最近手入れされたあとがある。最近と言ってもここ一年だろうか?芝生はぼうぼうに伸びてしまっているし、置物は土埃をかぶって茶けている。
よく見ると14年前より小物の趣が変わってる気がする。リヴェンは装飾品に全然頓着しないので庭小人やベンチなどは設置してなかったはずだ。今の庭は植え込みにはカラフルな小人や動物の置物が置かれ、パステルカラーのジョウロなんかもおいてあった。庭の真ん中には木のベンチが設置されているし、真っ白なパラソルはボーダー柄にかわっている。
世の中は自分が地を這いずり回ってるうちに何もかも変わった。それに比べたらその変化のなんとささやかなことか。
屋敷は無人だった。それは承知の上で訪れた。
お供には誰も連れてこなかった。興が削がれるからだ。
あの女に対して恋情や愛情はこれっぽっちも持ってない。それでもやはり、それなりに愛着はある。
自身を復活させたあの古来の魔法だってもとはと言えば彼女の血族が発案したものだ。そう考えると妙な縁を感じてならない。
聖28一族の館よりも遥かに古い屋敷。そして膨大な資料が仕舞われてるこの屋敷は生きてる人間がいようがいまいが価値のある物には変わりない。
しかしマクリールの娘に会えないのは些か不満だった。
とは言え、彼女はダンブルドアにしっかり見張られている。接触したところで逆にダンブルドアに利用される可能性すらある。
子飼いのスパイが身柄を掴んでいるというのならば今はそのままでいいだろう。
セブルス・スネイプ。
臆病者の我が友はリヴェンからの信頼も厚かった。そして俺様自身も彼を信用していた。ダンブルドアのもとで働いてることに最初はひどく怒ったが、結果的にやつは戻ってきた。跪き、再び俺様に忠誠を誓った。マクリールの娘の身柄を手土産にするとはなかなか狡賢いではないか?まさか俺様が大切な子どもを傷つけないとでも?
まあいい。
つまり俺様が望めばいつだってあの子どもに会えるわけだ。俺様の力と仲間が完全に戻り、ダンブルドアの力が弱まった頃に迎えに行こうじゃないか。
ヴォルデモートはいつも彼女が座っていた窓辺を眺めた。当然彼女は居なかったが、あの時と変わらずタイプライターが置かれてる。
…それでは仕事を始めよう。
14年も溜まっていた仕事が山積している。
まずは同胞を呼び戻さねばならない。
………
一人の少女がスピナーズ・エンドにある古ぼけた埃っぽい一軒家で眠っていた。さんさんと太陽の光が降り注ぐ夏の昼間に、扇風機をかけっぱなしにしてしぶとく眠っていた。
開けっ放しの窓から風が吹き込み、カーテンが捲れた。
髪の毛は寝癖でぐちゃぐちゃ。睫毛が陽光に照らされて影を作っていた。
「うー」
光が眩しかったのだろうか、寝返りを打ってからいやいや体を起こし始めた。
上体を起こしてから数秒ぼーっとしてからやっと目を開ける。見慣れない掛け布団の柄に首をひねって数秒たってからやっと合点がいった。
サキ・シンガーは自分が後見人、セブルス・スネイプの家に寝泊まりしてることを思い出した。そして…昨日の昼ごはんのときに怠けて寝ながらご飯を食べてたらスクランブルエッグを派手に溢して急遽タンスの中からこの奇妙な柄のカバーを引っ張り出したのだった。
サキは寝ぼけ眼をこすって枕元の時計を見た。
「…げ…」
もう午前11時をまわっている。午前中のうちにスーパーとか雑貨屋に行こうと思っていたのにこれじゃあ一日の予定がぱあだ。
「最悪だあ」
もう冷蔵庫の中にはろくな食べ物がない。どちらにせよスーパーには行かなきゃいけない。今日はスネイプが食事当番だから材料がないと困るだろう。
サキは慌てて階下に降りていった。
セブルス・スネイプは不在だった。忙しい人だとは知っていたが、保護対象のはずのサキをほったらかしにして仕事三昧というのもいただけない。サキが反抗期のはねっかえりならとっくに家出してヨーロッパにでも旅行に出かけている。
なにせこのスピナーズ・エンドという土地には何もないのだ。いや、何もないどころの話ではない。倒産した工場の廃墟と下水がろくに処理されないまま垂れ流しになってる川が流れている。そのうえ窪地にあって、街に走ってる道路の殆どが行き止まりで、街から出られるルートは限られている。
初めここに来たときはよくこんなに憂鬱な土地に住めるものだと感心した。まあスネイプはせいぜい夏の間だけしかいないからいいのかもしれないけど。
キッチンに置いてあるサンドイッチを食べながら机においてある日刊予言者新聞を読んだ。サキはこんな不愉快な新聞は読むべきではないと思ってたが、スネイプは情報収集も兼ねて購読してるらしい。
こんな掃き溜めのような土地に一ヶ月以上閉じ込められていると、親友を悪しざまに扱き下ろす雑誌でもないよりマシだった。
ここの暮らしは退屈すぎる。
学校が終わってから数週間はサキも忙しかった。何故なら闇祓い局から出頭命令が郵送されてきたからだ。
…
スネイプに連れられてサキはロンドンにある小さな電話ボックスの前まで来ていた。ちなみにスネイプはいつもの裾を引きずりそうなくらい長いローブじゃなくて黒いスーツを着ている。黒ずくめという点で普段とかわり映えしない。
「…私一人ですか?」
「左様。終わったらまたここに迎えに来る」
「ええ…アナタ保護者でしょう?」
「あそこへは行きたくない」
スネイプのあんまりな言い分に呆れながら、渋々サキは了解しメモを手渡される。闇祓い局は魔法省の地下二階にあるらしい。サキの知ってる闇祓いはムーディだけで、去年九ヶ月も接してきたムーディは偽物だった。しかも本物はその後些細な音に過敏に反応し杖を構えるほどに神経質になっていたので闇祓いという職業人がどんな気質をしてるか判りかねる。
「…」
サキは恐る恐る電話を取った。
「よく一人で来れたね?」
開口一番、闇祓い局のドアをノックしてすごい勢いで飛び出てきた紫髪の魔女はいった。
「入りにくくない?あの感じって」
「あ…はあ。でも行かなきゃいけないので、来ました」
やたら人懐っこそうな魔女はニコニコしながら面会室みたいに殺風景な部屋に通して紅茶を一杯注いでくれた。
「あなたの担当…あ、キングズリー・シャックルボルトね。そろそろ来ると思うよ」
「ありがとうございます。頂きます」
「セブルスは?付き添いで来なかったんだ?」
この魔女はどうやらスネイプを知っているらしい。サキはやけに濃い紅茶を飲んでから冗談めかして答えた。
「行きたくないとか駄々をこねていたので、置いてきました」
「あはは!」
サキはこの明るい魔女を(まだ名前を知らないけど)好きになった。邪気がなくて快活だし、友達だったら楽しそう。
「トンクス!すまない、会議がおしていて…」
「キングズリー、謝るならこの子でしょう?」
「ああ…遅れてすまなかった。サキ・シンガーだね」
「はい。シンガーです」
早足で、それでも大きな音を立てずに入室してきたのは大柄の黒人魔法使いだった。やけにオリエンタルな衣装を身に着けているがどこか威厳を感じる。彼がサキに尋問する闇祓い、キングズリー・シャックルボルトらしい。
「トンクス、彼女に自己紹介したのか?」
「あ、いけない!すっかりわすれてた」
トンクスは本気で名乗るのを忘れてたらしい。しまったという顔をしてから改めてサキに手を差し出した。
「わたしはトンクス。闇祓いだよ。まだ新米だけど」
「サキ・シンガーです。ええと、生徒です。よろしく」
トンクスはサキの手をぎゅっと握ってブンブン振り回した。元気な人だ。
「それじゃあ悪いけど早速始めようか」
キングズリーが杖をふると書類の束が机に運ばれてきた。トンクスはするりと猫のように部屋から出ていった。キングズリーは、自動速記羽根ペンをサキにも見える場所においていよいよ聴取を始める。
「さて…アズカバンを脱獄しホグワーツの教師、アラスター・ムーディに化けて潜入していたバーテミウス・クラウチJrについて、君の知っていることを聞きたい」
サキはてっきりヴォルデモートについて聞かれると思っていたので拍子抜けした。キングズリーはそれを見透かしたかのように付け足す。
「例のあの人について魔法省は声明を出していない。だから聞けないんだ」
「変な話ですね」
キングズリーは肩をすくめた。
「ここもお役所だからね。…君はクラウチJrと特別親しくしていたそうだが」
「特別親しいかといえばわかりません。特別授業は受けていましたが…」
「その特別授業とは?」
「ええと…」
サキはどこから説明すればいいのか悩んだ。血筋にまつわる特殊な魔法について闇祓いがどこまで知ってるのか、また自分がどこまで話していいのか全く見当がつかない。
なんでこういう時にスネイプはそばにいてくれないんだろう?
「君のご実家については」
キングズリーは気遣わしげに付け足した。
「ダンブルドアから聞いているよ。特殊な魔法が使えるそうだね?」
「あ、はい。ムーディ先生…じゃないか。クラウチJrもそれが気になってたみたいです」
サキはムーディとの個人授業について大まかに話した。神代魔法史から呪文学、そして血の持つ作用について検証していったところまで行くとキングズリーはほんの少し前にかがんで、今までより集中の度合いを高めた。
「クラウチJrは君の呪文を『盗人落としの滝』に喩えたのか…なるほど」
「ええ、まあ。血をかけたからってそう簡単に解けないものもあるみたいですが」
「君の魔法は我々にとっての脅威だよ。そうか…君の先祖が代々神秘部に協力していたのも頷ける」
「代々ですか?母は神秘部に入ったってことは聞いていましたが」
「君のお母さんも、おばあさんも、曾おばあさんも出勤はしてなかったけれどね。記録に残っているよ」
キングズリーはたくさんの書類の中から三枚抜き出して見せてくれた。どれも成績証明書で、三枚とも一番上に家系図で見た名前が記されていた。
リヴェン、クイン、ペトラ。
「……」
家系図通りアルファベット順だ。サキは自分に付けられるはずだった名前を思い出して口をへの字に曲げた。サキも十分変だけど、それも変な名前だったんだよな。
「みんな優秀ですね」
月並みな感想しかでなかった。顔も知らない親族にこれ以上なんていえばいいんだろう?ちなみにサキの成績は中の上くらいだ。
「脅威とおっしゃいましたが私にはそうは思えません。むしろ『血をかけたら魔法が解ける』現象はこの魔法の本質ではないと思います」
「本質ではない?」
「ええ。ムーディ…クラウチJrとも話したのですが使い勝手が悪すぎますよね。杖でいいじゃないですか。杖じゃなくて血じゃなきゃいけないっていうのならもっとすごい事ができると思いません?こんなの何代もかけて守る必要ないと思います」
「一理あるね。そもそも魔法使いの杖の発展は魔力をいかに効率的に使えるかにおいて発展したといっても差し支えない。そこから考えると妙だ」
「ええ。たまたま杖でかけた魔法が解けるってだけで、なにか別の使い方があるんだと思います」
「なるほどね」
キングズリーは面白そうに頷いた。なんだかホグワーツにいる教師たちよりよっぽど教師が似合いそうな雰囲気だった。
「クラウチJrはその別の使い方について発見した様子は?」
「ありませんでした」
「君の採られた血っていうのは…」
「全部実験に使ったと思いますが…わかりません」
「押収したクラウチJrの私物にはそれらしきものはなかった。ふむ…」
キングズリーは自動速記羽根ペンをしまい、改めて自分でペンを取った。
「君のお母さんが死喰い人の疑惑をかけられていたのは知ってるね?」
「ええ」
心の中で(多分違うけど)と付け足した。
「君の使える血の魔法は、あの人には必要ないかもしれない。けれどもやはり我々にとっての脅威であることは変わりない。…例えば魔法省のセキュリティくらいなら難なく突破してしまうだろうしね。故に、闇祓い局から君に何人か護衛をつけようという案がでている」
「護衛?見張りの間違いでは?」
思わず棘のある返しをしてしまった。しかしキングズリーの言ってることはそういうことなのだ。
サキの険のある言葉を受けてキングズリーは早とちりしないでくれよ、と言って笑った。
「私もスクリムジョールにはそう言っておいたよ。それに君には不死鳥の騎士団から護衛が出てるからね」
「キングズリーさんは不死鳥の騎士団なんですか?」
「言わなくてごめんよ。まずは闇祓いとしての調書を取らなきゃいけなかったからね。…ちなみに、さっきここにいたトンクスも騎士団のメンバーだ」
道理でサキの事を知っていたわけだ。しかしこの言い方だと闇祓い局自体がダンブルドアよりの組織というわけではなさそうだ。むしろ魔法省はヴォルデモートの復活について否定的だし、ひょっとしたら敵対してる可能性まである。
「じゃあ私の父親についてもご存知ですか?」
「騎士団のごく一部は知っている。ダンブルドアとセブルス、そして私とムーディ…それくらいだ」
「そうですか…」
「君には申し訳ないけれど、この夏休みはきっと退屈なものになるだろうね」
そんなの夏休み初日からわかっていた。
スピナーズ・エンドにやってきて、言われた住所の家を前にした瞬間悟ったのだ。
「掃除しなきゃ住めなさそう」と。
…
そういうわけで、サキは起きてスーパーに慌ててミルクやら野菜やらを買いに行き、汗だくで帰ってきてからすぐに掃除を開始する。
スネイプの家はとにかく水回りのところのカビがすごい。帰ってないし使ってないから当然だが埃もすごい。土地のせいもあってずっとジメジメして風呂場なんてお湯も張ってないのに湿気のせいで蒸し風呂みたいになっている。
こんな家で年がら年中暮らしてたら頭がおかしくなりそうだ。屋敷の掃除は広くて大変だったがここは狭いのに同じくらい大変な気がする。
掃除は嫌いだったが他にすることもなく、結局毎年毎年掃除する羽目になってる。最悪だ。
日が暮れた頃にドアベルが鳴ってスネイプが帰ってきた。
サキがレシピ本を見て作ったシチュー(何故かグラタンの具みたいにぼてぼてになった)を出すとスネイプは黙々と食べる。
「先生、この近所って暇を潰せる場所ないんですか?」
「ない」
「毎日家の中にいるせいで気が狂いそうです。どっか連れて行ってくださいよ!」
スネイプは何かを考えてる風にシチューを咀嚼していた。しかし闇祓い局に出頭して帰ってきたサキが待ち合わせ場所に行く前にロンドン観光して来たことを思い出したのだろう。
「安全上許可しかねる」
拒否された。
確かあの日はシャーロック・ホームズ博物館とロンドン・アイに行ってからビッグベンにでも行こうかというところで捕まったのだった。当然死ぬほど怒られた。学校だったら罰則二ヶ月は食らっていたと思う。
「絶対先生から離れませんから!誓いますよ」
「……」
しかしスネイプもこの土地の退屈さはよくわかっていた。自身も学生のときのスピナーズ・エンドでの夏休みは苦痛だった。
「考えておこう。期待はすべきではないが」
「やったー!」
まだ決まったわけじゃないのにサキは大喜びする。食器を下げて洗うと居間で手紙を書き始めた。サキもスネイプもフクロウを持っていないため、自分で返事を出すときはマグルの郵便でフクロウ郵便まで送らなければいけない。以前マルフォイ邸から手紙が届いたときは返事を急かすためかフクロウがずっとサキの肩にとまって睨みつけていた。サキは面白がって返事を書かずに胸毛に顔を埋めていた。
クラウチJrによる拘束や闇の帝王の復活のせいで少しは凹むかと思っていたがその様子はない。スネイプは安心しつつも不安だった。
サキはきっとあの人の残忍さや冷酷さを実感できていないのだろう。あの人の霞や亡霊を前にしたことはあってもなんやかんや退けてきたしポッターと違い、明確な『繋がり』もない。
きっと知らないままのほうがいいのだろう。しかし知らなければいけないときは必ず来る。
彼女の血の魔法の本質についても。