【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
「ハリー、本気なの?」
サキが信じられないと言いたげにハリーの目をじっと見つめていた。
「やらなきゃいけないんだ」
「でも…だめだよ」
「どうして?」
サキはおっきなボンベを抱えてその栓を弄くりながら慎重に言った。計器やホースの部分をじっと見て何かを確かめている。
「機械は学校では動かないんだ」
「そこはサキの技術力で…」
「やったことないから間に合わないよ。あと3日でしょ?」
そう…水の中でどうやって息をするか。出てきた案の一つがこの酸素ボンベだった。魔法以外でどうにかならないかとハリーが苦し紛れに言ったらハーマイオニーが冗談めかして提案したのだ。もちろん場を和ますジョークとして。
でもいよいよ方法が見つからなくてついにわざわざ買い寄せてサキに頼った訳だが…。
「ここのさ、計器の部分。上手く調整しないとすぐ酸素切れだよ。…ていうか魔法使いの大会でボンベはヤバイよ」
「…やっぱり?」
ハリーは頭を抱えた。薄々気づいてはいたけれど、自分より非常識な相手に面と向かって言われると凹む。
「でもハーマイオニーもいい案が思い付かないのか」
「呪文集とかは手当り次第読んだんだけどなかなかいいのがなくて」
サキはボンベを抱きまくらみたいにして寝転がった。固くていたそうだけど大丈夫なのだろうか。
湖の辺りの芝生は珍しく乾いていてピクニックに適していた。ここからはダームストラングの船を眺めることができる。
「あー、薬は?魔法薬」
「それも探したけどなかった」
「あ、そうなの。なんかあった気がするけどな…材料だったかな?」
サキはウンウンと唸ってごろごろ転がり続ける。
「フレッドとジョージに頼まれて調べたときに見たんだよね…なんだっけ」
相当難産らしい。服が芝生まみれになってくのをハリーはただ見ていた。
「思い出したら教えてくれる?」
「勿論だよ。…あ!」
サキはガバっと立ち上がって背後の方を向いた。ハリーもそっちを見るとネビルが本を抱えて何かを採集していた。
「ネビルー!」
サキが大声で呼びかけるとネビルはよろよろと足に長い蔦を絡ませて近づいてきた。あと少しのところで転んだので二人は助けに行った。
「大丈夫?」
「ああ、うん。ヌスビトヤブツタに捕まっちゃった」
「こんなとこに生えてたんだ」
「うん、この湖の側はかなり薬草が生えてるから何があるか調べてたんだ。ふたりは何してたの?」
ネビルはサキが持ってるでっかいボンベを見ていった。
「そう、ネビル。薬草詳しいよね。水のなかで息ができる薬草なかったっけ?」
ハリーはネビルがそんなの思いつくだろうかと不安に思ったが、ネビルはああ、と嬉しそうな顔をして手に持っていた本を捲ってあるページを見せた。
「これ。鰓昆布とかそうじゃないかな」
「どれどれ」
ハリーは鰓昆布のスケッチと説明文を読んだ。その名の通り、食べればエラが生えてくる昆布らしい。
「現状考えうる限り一番だ!ねえ、これはホグワーツに生えてるの?」
「え…どうだろう?」
ネビルは図鑑とにらめっこした。
「うーん、チベットの方なら自生してるみたいだけど…」
「スネイプ先生の薬品保管庫ならあるかもね」
「あそこにまた忍び込むしかないのか…」
ハリーはついこの間、忍びの地図上で『バーティ・クラウチ』の名を見たことを思い返していた。あの日スネイプに見つかって以来警備は強化されてるはずだし、忍びの地図もムーディにあずけているし、かなり危険だ。
「私盗ってくるよ!」
サキが朗らかに犯行声明を出したがハリーは慌てて止めた。スネイプの警備はおそらく過去最高に盤石だろう。なにせドクツルヘビまで盗まれてるし…。
「鍵開けるの得意だからまかせて」
しかしサキはそう言って聞かない。必死に止めると渋々折れて
「じゃあもし前日までに他の策を思いつかなかったらお願いするよ」
「わかった」
という風にまとまった。
ネビルの方も他に入手しやすい植物があったら教えてくれるとハリーを励ましてくれた。
「ネビル、意外と詳しいのね」
鰓昆布のことを話すとハーマイオニーはううんと唸った。自分が思いつかなかった手をネビルがすぐに出してきたのが微妙に悔しいらしい。
明日はもう第二の課題の日だが、三人はまだ図書館で他の方法を探していた。
「でも私も盗みに入るのは反対だわ」
「君が言うのか?」
ロンがすかさずつっこんだ。まあね、とハーマイオニーが笑った。
「でも鰓昆布以上にいい手は思いつかないよ」
「まだ一晩あるわ…もう少し粘りましょうよ」
ハーマイオニーがうんと厚い本を棚から引っ張り出したとき、マクゴナガル先生が近づいてきた。
「グレンジャー、ウィーズリー、ちょっといいですか?」
ロンとハーマイオニーは二人揃って頭に疑問符を浮かべた。マクゴナガル先生はろくに理由も述べずに二人を引っ張っていってしまい、ハリーは薄暗い図書館に一人残されてしまった。気分も浮かないしもうサキの世話になってしまいたかった。
幸い消灯時刻はまだ先なので、サキがいそうなところを探すことにした。
まずは広間のそばのベンチ、そして中庭。彫刻の台座。今日に限ってなかなか見つからないなと思いながら地下へと続く階段を覗くとあっさり見つかった。
「最後に頼るのはやっぱり私でしょ?ハリー!」
サキは重大な校則破りを前にしてかなり嬉しそうだった。
「本当に大丈夫?」
「まかせてまかせて」
二人して地下室へこっそりおりて、スネイプの薬品庫の前まで行く。
サキはハリーはここで待っていて、といったジェスチャーをしてから忍び足で扉の前まで行った。
サキは赤い液体の入った小瓶を取り出して錠前に中身をかけようとしたが、鍵穴の部分を見て首を傾げた。
するとバシッと音がしてサキのすぐ前にしもべ妖精が現れた。
サキは悲鳴を我慢して数歩後ずさる。
「…シンガー様?」
「…君、ドビー?」
現れたのはドビーだった。ハリーも慌てて二人のそばに駆け寄る。
「おお、ハリー・ポッター!」
「シーッ!ドビー、シーッ!」
ハリーは慌てて口の前に指を当てて、ドビーを地下室からなるべく離れた場所に引っ張っていった。
「なんで君がここに?」
「ドビーらは命じられていたのです。薬品庫に近づくものがあればすぐ様現場を押さえるようにと」
「おのれ小癪な」
サキが忌々しそうにつぶやく。ハーマイオニーがいたら多分怒ってただろう。
「僕ら、どうしてもあそこに用があるんだ」
「ドビーはハリー・ポッターの味方でございます!一体どんな御用で?ドビーめに是非おまかせください」
「ちょ、ちょっと!私の役目が…」
「サキ、目的と手段が入れ替わってるよ。手に入れることが大事だろ?」
ハリーの言い分にサキは渋々引き下がった。
「鰓昆布だ。たのむよ」
ドビーは嬉しそうに頷いてまたバシッと音を立てて消えた。
「…しもべ妖精は自由自在だね」
「魔法の種類が違うからね」
ハリーは屋敷しもべの魔法について秘密の部屋の時に知ったがサキも知ってたらしい。
「ドビー、ホグワーツにいたんだね。最近厨房に行ってなかったから知らなかったよ」
「ああ、今年からみたい」
そういえばドビーはマルフォイ家のしもべだったからサキも面識があったらしい。意外なところで知り合いの輪が繋がっていたわけだ。
「あーあ。試したいことあったのに」
校則破りができなかったのがさぞかし不満らしい。サキはぶーたれて柱にもたれかかっていた。
するとまたバシッと音がしてドビーが現れた。手には鰓昆布が詰まったフラスコが握られている。
「ありがとうドビー!本当に助かった」
「ハリー・ポッターのお役に立ててドビーは幸せでございます。ご健闘をお祈りしております!」
「よし…あとは寝て備えるだけだね」
サキは立ち上がり、ドビーと握手をしてハリーの肩を叩いた。
「サキ、ありがとう」
「結果何もしてないけどね」
「いや。嬉しいよ。ロンとハーマイオニーは急に消えちゃうしさ」
「ふうん。なんで?」
「さあね」
サキはグリフィンドール塔の前まで送ってくれた。にこやかにバイバイを告げると汚いぞポッターの替歌を歌いながら帰っていった。
そしてついに試合の日がやってきた。生徒たちは湖上に建てられた特別観戦席に小舟で次々と向かっていく。
フレッドとジョージはバカラを開催。サキはハリーに、ドラコはクラムに賭けた。
「フラーに賭けない?今なら凄いぜ。勝てばなんと10倍」
「今回はハリーに勝ち目があるしハリーだな」
「残念だ」
コリンがたまたま観客席で隣だったのでカメラを見せてもらううちにダンブルドアの開始の合図が響き渡った。
観戦といっても生徒たちはドラゴンのときと違って水面を眺めることしかできない。はじめのうちは時たま浮かんでくるアブクにわあわあ叫んだりしてたがそのうちみんな飽きてしまった。
「マーピープルか…君見たことある?」
「あー…誰かが談話室の窓から見たって言ってたな」
「ほんとに?」
「噂だよ」
湖は灰色の空の色を映してかやっぱり灰色で、深くなるにつれ闇が濃くなっていくのがわかる。藻や水草が水面近くまで伸びていてところどころ斑に暗緑色をしていた。
ぼーっと風に波立つ水面を見てると、生徒たちから悲鳴が上がった。
慌てて双眼鏡を向けるとフラーが水中から引っ張り出されて震えていた。
「フラー・デラクールは棄権のため失格となる」
続いてダンブルドアのアナウンス。フラーは毛布をかぶってガタガタ震えてる。身体には赤い痣が沢山できている。今回の課題は1回目よりはるかに危険なようだ。
「賭けなくてよかったな」
ドラコが小さくつぶやいたので心の中で頷いておいた。
生徒たちの視線は再び水面に釘付けになった。
またも誰かが浮上してきた。セドリックだ。チョウ・チャンを連れている(付き合っていたのか)となるとクラムとハリーの人質って…。
すぐ次にクラムが上がってきた。顔が半分サメになっている。中途半端だが要するにエラさえあればいいという発想はハリーと似てる。
案の定ハーマイオニーをしっかり抱きしめていた。
「…ポッターはまだか?」
「そろそろ制限時間だ」
サキはハラハラしながら水面を見た。一度大きなあぶくが弾けたと思った瞬間、ハリーが勢い良く水面から飛び出てきた。
何故かロンともう一人、小さい女の子を掴んで。
「ねえ、飛距離は加点になるかな?」
「ならないだろ」
審査員は審議をしている模様で生徒たちのざわざわが湖上に広がった。
「えー、レディースアンドジェントルメン。審議の結果がでました!マーピープルの女長、マーカスが湖底で何があったのか仔細に話してくれ…」
バグマンの音量調節がなってない大声がビリビリ響き渡る。
フラーは途中で失格になったが25点。一位のセドリックは47点で、2位のクラムは45点だった。クラムの得点を聞いてドラコがクソっと呟いた。
そして肝心のハリーは人質を余計に助けたことが評価され、なんとクラムと同じ45点をもらった!これでハリーはセドリックと同率一位だ。
「ふふ…ニワトコの木材は近いな」
「まだクラムだって僅差だろ!」
湖底で何が起きたか生徒たちは全くわからなかったのでハリーやセドリック、人質のロンまでもが生徒たちの注目の的になった。一週間も経った頃には終わってすぐハーマイオニーから聞いた話より随分とスリリングでロマンチックな冒険劇が生徒たちの間でまことしやかに囁かれた。
「全く…どいつもこいつも」
又聞きで真相を聞いたドラコは特にロンに対して不満げだった。
「ウィーズリーが何をしたっていうんだよ。眠って、起きただけだろ」
「まあ少なくともマーピープルとは恋に落ちてないはずだよね」
サキはくすくす笑いながら、ハリーにお礼としてもらった大量のお菓子のうち一番持て余している百味ビーンズを食べた。
食べれなさそうな色のものはクラッブ、ゴイルに渡している。面白いくらい黙々と処理してくれるので助かる。しかしゲロ味だろうと土味だろうと動じず食べれるっていうのはちょっと怖い。
「ねえドラコ、これ見た?」
パンジーが甘ったるい声を出して突然やってきた。手には日刊予言者新聞を持っている。
嫌な予感がした。
案の定、例のリータ・スキーターのゴシップ記事がでかでかと載っている。
「ほら、私の名前が載ってるの」
「ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み…ねえ」
そこにはハリーがハーマイオニーに弄ばれてるかのような文章と愛の妙薬使用疑惑(関係者筋)が面白おかしく書かれていた。
「全く不快な新聞だ」
サキはひったくって前と同じように暖炉に突っ込んでやった。
「ちょっと!私のよ!」
怒るパンジーに対してサキはピシャリと言った。
「これ以上馬鹿な噂をたてるようなら呪いをかけてやるからね」
「脅迫よ!」
「脅迫だよ」
「酷いわ。ドラコ、なんとか言ってよ」
「サキ、えーっと…取り敢えず甘草アメ食べるか?」
ドラコに手渡された杖型甘草アメをバリっと噛み砕いてパンジーから顔を背けてやった。
パンジーはまだ憤然としていたがドラコがなにやらお世辞を言って追い返してくれた。
「あ…サキ、時間大丈夫か?」
「おっと…」
時計を見るともうとっくにムーディの特別授業の時間だった。
「じゃあ行ってくらぁ」
おちゃらけて出かけていくサキをドラコは心配そうに見送った。
サキは軽やかにムーディの元へと向かおうとした。しかし誰かにがし、と腕を捕まれ阻まれた。
びっくりして腕の先を見ると闇に紛れてスネイプ先生が立っていた。先生は全身の80%は黒いので暗闇の中にいると下手したら気付かない。
「な、なんですか。まだ全然夕方ですよ!」
「サキ、我輩はこの4年間再三言ったはずだ。危険な真似はするなと」
「し、してませんよ。今年は」
「ほう。我輩の薬品庫に忍び込むのは危険ではないと?」
「げえっ!いや、私なんのことだかさっぱり」
「しらばっくれるな。薬品庫には普通の魔法使いが入れぬよう何重も呪文がかけてある」
スネイプは暗にサキの血の使用を疑ってるのだろう。
「ルミノール検査してみてくださいよ!絶対、誓って血を垂らしたりしてません!やってません!」
心の中で「やろうとしただけで」と付け加えとく。現に実行犯はドビーなのだから嘘は言ってない。
「もし嘘をついてたら…」
スネイプは蛇が威嚇するように殆ど口を開けずに言った。
「来年は一年間ずっと放課後罰則だ」
「二度と…あ、いや。誓って絶対、入りません」
スネイプはまだ疑っていたがジロっとにらんで地下牢へ戻って行った。相当疑われてるようだ。用心しなければいけない。
去年フォード・アングリアの場所が特定されたときのような手でバレたら来年、放課後の自由はない。
「来年か…」
サキは左手の手首に浮かぶ血管を見た。青い血管が肌に透けて見える。
どことなく不安だ。ずっと、なんでかわからないけど。
左手をぎゅっと握り締め、階段を登った。
廊下の明かりが切れてるせいかひどく暗かった。