【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
一晩のうちに一体何が起きたのやら、大広間は真っ白になっていた。純白の溶けない、積もらない雪が降り注ぎ空高くで何かがキラキラ輝いている。
ご飯も美味しくて、これじゃあ晩御飯は一体どれだけ美味しいものが出るんだろうと頭を抱えるほどだった。
「サキ。サキってば」
珍しく、というか今年に入って初めてパンジーがサキに話しかけてくる。
「あの、このネックレスの金具がおかしいの。みてくれない?」
「ああ…うん。ちょっと貸して」
こんなの魔法で直せばいいんじゃないのとも思ったが、この前パンジーが修復呪文でひどい失敗をしてたのを思い出した。こういう呪文はどこがどう直るべきかをはっきりさせておかないと上手くいかない。
「はい。直ったよ。つける?」
「ええお願い」
パンジーは首を差し出してくる。もしサキが何かにイライラしてたらかんたんにチョップを叩き込める。ムーディ先生は油断大敵!と笑うだろう。
「私、ノットと行くわ」
「そりゃいいね。楽しんで」
パンジーはサキがいくら素っ気なくても全然気にしないからむしろ話していて気が楽だ。
パーティー前からドラコと屯するのはなんとなく気が引けた。なんでだろう?
グリフィンドールの談話室に紛れ込んでハーマイオニーやジニーたちと一緒に暖炉の前で誰が誰と行く…とか噂話をして時間を潰した。
ジニーはネビルに誘われたらしく、ちょっと複雑な表情で
「ネビルも…悪くないわ」
といった。少なくともネビルなら何事もなく安全に過ごせそうだとハーマイオニーと一緒に太鼓判を押しておいた。
「ああ、結構長いね…8時からって言うとあと5時間近くあるじゃないか」
「そうね…なんか変な感じ」
「ハリーたちにダンスの相手はいった?」
「ううん。びっくりさせようと思って。ロンったら変な意地張るんだもの。頭にきちゃって」
「椅子から転げ落ちるくらいビビるだろうね」
サキはジニーの赤毛を弄くりながら笑った。ジニーの髪はいま三つ編みがいっぱいぶら下がってる。緩やかなウェーブの癖がつくようにその三つ編みをさらに束ねていく。
「本当に細かいことが好きなのね」
「そういうわけじゃないよ。計量はいまだに嫌いだし…」
「変なの」
ハーマイオニーの髪の毛は特に時間がかかるので、フレッド、ジョージらの雪合戦の誘いを丁重に辞して支度を始めることにした。
「ねえ…そろそろ行かなきゃ!始まっちゃう」
ジニーがそわそわして今にも走り出しそうに言った。
「わかってる!わかってるって」
ハーマイオニーは慌ててヒールを履いて、サキも鏡を見て急いで後れ毛を撫で付けた。
三人娘といった具合でグリフィンドール塔から大急ぎで広間の方へ向かった。
ジニーは淡いピンクとグリーンの可愛らしいドレス。まるで花の妖精みたいだ。髪はハーフアップにしてゆったりとしたウェーブを巻いている。
ハーマイオニーは紫色とピンクのレースが豪奢に使われてるドレスだ。髪の毛はサキの努力の賜物、泣いて逃げ出したくなるくらいのくしゃくしゃ髪の毛が天使の輪が出るほどキューティクルの美しいストレートヘアーに!さらにアップにして豪華さをプラス。首元にかかる毛がなんとも悩ましげで美しい。我ながら完璧な出来だとサキは心の底から満足した。
「クラムは私に感謝すべきだよ…ハーマイオニー、とってもきれい」
「サキ、あなたも素敵よ。本当にありがとう、ジニーも」
「私は何もしてないわ」
ジニーはちょっと照れた感じにはにかんだ。
「ジニーもかわいいー」
かーわーいーいーなんて三人で言い合いしてるうちに階段まで来た。
もう結構な人数が入場しているみたいで廊下でたむろしてる人は思いの外少ない。ジニーはネビルに声をかけられて行ってしまったので、サキは階段の上からドラコを探した。談話室に下る階段のそばの柱に持たれてるのを発見したのでハーマイオニーに別れを告げて駆け寄った。
「お待たせ」
「あ!君午後いっぱい一体…どこに…」
ドラコの目が丸くなった。
「どうよ!この見事な変身っぷりは。マクゴナガル先生もびっくりでしょ」
「あ…うん…」
そしてしげしげと先の頭からつま先までを見つめ、小さくきれいだと呟いた。
サキのドレスは黒くて首元から胸元にかけてレースで彩られている。上半身は恐ろしくタイトできつい。腰から下にスリットが入っていて黒い生地の下から鮮やかな緑色のレースが見える。
サキはなんとなくオオウロコフウチョウを思い出した。あの鳥も普段は真っ黒だけど踊るときに鮮やかな青を見せて雌に求愛する。
かなり締め付けられてるし足は全然大股で歩けないしで不便だ。ナルシッサいわくエレガントなパーティーで短いのは変だとのことだがサキ的には裾が短いほうが踊りやすくていい。
ドラコは英国国教会の牧師みたいな格好で、二人並ぶと真っ黒なカラスのつがいみたいだった。
サキはなんだか嬉しくて上機嫌にドラコの手を取って樫の扉をくぐり、広間に入った。
天井はどこまでも白く抜けていて朝と同様に雪が降り注いでる。樅の木が運び込まれて暗い緑の葉っぱの上に雪を乗っけている。赤や金の飾り玉は光を反射して輝いて、時たま動き出す人形に邪魔そうに蹴られていた。
握った手が熱かった。
やがて代表選手たちが入場し、おそらくホグワーツの同級生殆どがハーマイオニーの変身に見惚れた。ドラコでさえなんの茶々も入れられないくらいハーマイオニーは完璧だった!
サキは人混みからロンの顔を探した。残念ながら見つからない。
「まさかとは思うけど」
生徒たちも踊り始めるとドラコが心配そうに声をかけてきた。
「また僕の足を踏んだりしないよな?」
「…」
サキは意味深に微笑んで踊りの輪の中に入っていった。
音楽に合わせて熱狂の中を縫うようにステップしていく。
旋律がいつの間にか体を操る糸みたいに広間中に響く。
右足、左足、半歩下がって、左足。
そうしてくうちにみんなハイになってコマみたいにくるくる回りだす。
「踊り疲れちゃった!」
輪を外れて初めて息ができたみたいだ。顔が熱くてサキは溶けかけのシャーベットを一気に飲み干した。頭がキーンとする。
「いきなり飲むから…」
ドラコが額に手をあててくれる。体温が痛みを消してくれるような気がして和らいだ。
「踏まなかったでしょ?」
「うん。安心したよ。今日の君はヒールだし」
料理のおいてあるテーブルの方へ行くと、踊り疲れたかパートナーに逃げられたかで呆然と椅子に座っている人がチラホラといた。
その中にハリーとロンがぽつんと座ってダンスホールの方を眺めていた。
ドラコとサキが視界に入ると二人は露骨に顔をしかめていた。
「おいおいポッター、パチル姉妹に逃げられたのか?」
ドラコは早速喧嘩を売りに行く。ハリーは無視することに決めたらしい。サキはうきうきでハーマイオニーの話を持ち出した。
「どうだった?ハーマイオニー!すっごく可愛いでしょ。あれ私が…」
そこまでいって、ロンがとびきり渋い顔をしているのに気づいた。地雷を踏んでしまった?
やばいと思って別の話題をふろうとした次の瞬間、ハーマイオニーが楽しそうによってきた。
「みんな、楽しんでる?」
頬が薔薇みたいに赤くなって、とっても楽しそうだった。ロンが動揺するのがわかる。
「グレンジャー、どんな手を使って…」
ドラコがまじまじとハーマイオニーを見て言った。なんかイラッとしたのでサキはハーマイオニーにくっついて
「私の、私の作品!」
と激しく主張した。それにロンが反応する。
「サキがやったの?余計なことを!」
「余計?余計ってなんだよ!」
「ひどいわ」
「あ、いや…」
女の子二人の怒りに触れてロンはたじろぎ萎んでいった。
「あー、ロンは驚いてるんだよ。ハーマイオニー別人みたいだから」
ハリーがフォローするように褒めて、なんとか二人も鉾を納める。
「ハリー、私は?」
「サキもすごくきれいだよ」
「ポッター、お前なんかに何がわかる?」
「僕は今サキと話してるんだ」
すぐピリピリしだす三人の男子を見てハーマイオニーはちっちゃくため息をついて声をかけた当初の目的を思い出した。
「ああもう…ねえ、今ビクトールが飲み物を取りに行ってるの。よかったら…」
「ビクトール?!」
ロンが繰り返した。
「君、クラムをビクトールって呼んでるのか?」
「そうだけど…?」
「見損なった。あいつはハリーの敵だぜ?それなのに…」
「敵?もともとこの試合は魔法学校同士の友好のために催されてるのよ?それを敵なんて…」
「そりゃ試合に出てない生徒はそうさ!でもハリーにとっちゃ敵は敵だろ?」
「何馬鹿なこと言ってるの?!まさか私がハリーに不利になるようなことしてるとでも?!」
ロンとハーマイオニーの口論は段々ボリュームがでっかくなっていき、間に入り込めないくらい苛烈になってきた。仲裁上手を自称してるサキもこの勢いにぽかんとすることしかできない。
「なによ!」
二人の口論はついにフィナーレを迎え、ハーマイオニーはきれいに整えた髪を振り乱して出口の方へ行ってしまった。
ドラコもサキも、ハリーさえも二人の剣幕に何も言えずじまい。ロンは怒りと満足が入り混じった表情で去ってくハーマイオニーの姿を見ていた。
「今のは言いすぎじゃないか。男の嫉妬はみっともないぞ、ウィーズリー」
「嫉妬?あれのどこが!それにマルフォイの言えた口じゃないだろ!」
ハリーとサキは顔を見合わせてちっちゃく肩をすくめた。ロンは相変わらずだ。こんな時さえ…。
「行こ、ドラコ」
こういう時のロンはパンパンに膨らんだ風船みたいなものだ。ちょっと突けばすぐ破裂してしまう。しぼむまで遠くで見守ってる他ない。まだ戦いたがってるドラコの腕を引っ張ってどんよりしたテーブルから離れた。
「ロンって子どもだよね。せっかくハーマイオニーに楽しんでもらおうと思ったのに台無しだ」
「本当に育ちが悪いなあいつは」
ドラコが飲み物をとりに行くすきに折角なのでスネイプにもドレスを見せてやろうと思って周りを見回した。どうせ踊っちゃいないだろうとダンスホールから離れたところを探してると、案の定隅の方にむっつりしたスネイプ先生がいた。
「先生」
びしっとモデル立ちをして目の前に出ると、スネイプ先生はちょっと片眉を上げて驚きを表現した。
「よく似合ってる」
ぶっきらぼうなお世辞をいただけて満足だ。スネイプ先生の服装はいつもとあんまり変わらないけど、おそらくクリーニングに出したての清潔でパリッとしたやつなんだろう。よくみると縦縞が入っていて上品だ。
「踊らないんですか?」
「我輩はけっこうだ」
「せっかくですし私と踊ります?」
「人の話を聞け」
スネイプはこれ以上絡まれるのも面倒と思ったのか見回りだからと言い残して消えてしまった。つれない人だ。
「おお、サキ。ちょっといいかね」
ダンブルドアが踊りの中からゆっくり回転しながら現れた。ダンブルドアの手をつかむとふう、とため息をついてゆっくり椅子に座った。
「ああ、わしも年を取ったのう。目を回してしもうた」
「はめ外しちゃ駄目ですよ」
ダンブルドアはさも愉快そうに笑った。
「楽しんでいるかね?」
「とても!」
「大いに結構」
ダンブルドアは優しく微笑み、サキはドラコのもとへ帰っていった。
「暑いな」
「妖女シスターズの熱気がすごかった。人気なんだね」
サキは座って足をプラプラさせた。もう足が棒のようだ。広間はムーディーな音楽がかかって、カップルらしいペアがべったりくっつき合って静かに体を揺らしている。
なんだか気まずくなってきたので二人は寮に戻ることにした。
「私、今日のことしばらく忘れないと思う!」
「しばらく?えらく中途半端だな」
「もっと素敵なことがあったら忘れるかもしれないし」
階段の途中まで降りればもう音楽は聞こえない。人気のない廊下を二人して歩く。あるのはしとしととどこからか水が垂れていく音と、橙色のランプの灯りだけ。
「あー…サキ」
談話室への扉が開くと、ドラコは入らないでサキの事を見つめていた。
「何?」
「いや、ほら…」
ドラコが何か言いかけたけどなかなか続きを言わない。
「今日の…」
「わ、後ろ!後ろ!」
ついに続きを言ったと思ったら扉に挟まれかけていたのでサキは大慌てで首元を引っ掴んで引き寄せた。よろけたドラコを抱き寄せる形になってしまい慌てて離れる。
「危なかったぜ…ドラコがひき肉になっちゃうところだった!」
サキが自分で言ったことに笑ってるとドラコは肩をプルプル震わせていた。
「君…君ってやつは!」
ドラコはなぜか怒ってる。
「なに、だって挟まれたらぶちゅってなるよ」
「もっと空気を読め!バカ!」
ドラコはぷんすこしてサキを押しのけ男子寮の方に行ってしまった。なんで怒られたかわからずにサキは呆然とそれを見守った。
「お年頃かな…?」
というつぶやきが誰もが寝静まった談話室に吸い込まれていった。