【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
その日の空は目がおかしくなったのかと思うくらいにさめざめとした蒼で、地平線のそばで薄絹のような雲が散らかってるだけの秋晴れだった。
強い日差しのわりに冷たい風。そろそろセーターがないとキツイかもしれない。
サキはネクタイを締めて浮かない顔をした鏡の中の自分を見た。今日はハリーの試合、ドラゴンとの戦いの日だ。
結局ハリーは前日に呼び寄せ呪文を思いつき、ドラゴンに対して箒で挑む決意をした。
サキも練習を手伝ったが正直不安だ。
「どうした?浮かない顔して…」
「そりゃ下手したら友達の命日になるからね」
「はっ…ポッターがそう簡単に死ぬわけ無いだろ。一試合目は何を賭ける?」
「…そうだね、セドリックの一位抜けに晩飯のカスタードプリン」
「ポッターに賭けないのか?」
「今回は勝ち目が薄いしやめとく」
ドラコはこいつ薄情だな…と言いたげたったが別にハリーを庇ってやる義理もないので何も言わなかった。
「じゃあ僕はクラムにかける。僕が勝ったら…ダンスパーティーで踊ってくれる?」
「全然いいけど、プリンと釣り合わなくない?」
サキは全然食欲がわかないままキャロットジュースを一気に飲み干した。
試合が始まるまで気もそぞろだったが、ハリーはもっと重症でどうやら時々意識が何処かに飛んでいってしまってたようだ。サキが挨拶してもふぁん…とはっきりしない返事をよこして見当違いの廊下の角を曲がって行った。
サキは気を紛らわせるために校庭へ出た。そこへたまたまやけに忙しそうに早足で歩くクラウチ氏を見つけ、サキは慌てて駆け寄った。
「荷物、持ちますよ」
「ん?ああ、君は確か…」
「シンガーです。ワールドカップの時にお礼ができなかったので」
クラウチ氏はやたら重そうな30センチ四方の箱を4つも抱えて前が見えない状態だったので危なっかしく揺れてる上の2つを預かった。
「いや助かる。連絡ミスで手伝いの人間がいなくてな…まったく」
「大変ですね」
運ぶさきがそばだったらいいな。とサキは想像より重い箱を抱えて思った。
「まったく、今年はトラブルまみれだ…それでも、物事は進めなきゃいけない」
責任者という立場は大変らしい。そこから競技場そばの森の仮設テントまでクラウチ氏はずっとなにやら呪詛めいた文句をブツブツとつぶやいていた。
あまり親しくないサキに対しても漏らしてしまう自身の負の側面。どれほどの負荷がかかってるのか知らないがただならぬものを背後に感じる。
大人になると大変なんだな。
運んだお礼に今度何かお菓子でもと約束し、クラウチ氏は設営に戻っていった。
人助けをして気持ちいいなとか思ってるうちに競技場の開門時刻だ。すでにたくさんの生徒が並んでいる。サキは並ぶのが面倒だったので試合時間ギリギリまで近くのベンチで空を眺めた。
そういうわけで…ついに試合開始だ。
サキはクィディッチワールドカップの時に作った双眼鏡を構えた。
ドラゴンから卵を奪取する…そんな危険な課題、成人の魔法使いだって死んでしまうかもしれない。現にセドリックは火傷を負い、フラーはスカートが燃えてしまった。
サキは火を見るとどうしても孤児院の火災を思い出すのでこの試合観戦はできればパスしたかったのだが…流石に親友の命の危機に居合わせないというのもひどく不道徳な気がしてなるべく後ろの席で頑張ってみた。
ドラコはもう大興奮で手が付けられないのでしかたなく一人で見るかと思いきや、
「あ、サキだ」
夢見心地のルーナと出会い一緒に観戦することになった。
「コーネリウス・ファッジだ。あの人、吸血鬼なんだよ」
「ほんと?それにしては地黒じゃない?」
「あんた、吸血鬼を見たことないんだ。肌の色はあんまり関係ないんだよ…それか変身してるんだ」
いよいよ、ハリーの番だった。
ハンガリーホーンテールがハリーを殺さんとし、そしてハリーが呪文を唱えた。
ファイアボルトが遠い箒置き場から飛んでくる。
ハリーは見事それに飛び乗り、ドラゴンの攻撃をかわした。しかしドラゴンの力があまりにも強く、鎖がはじけ飛び高く飛ぶハリーを追いかけ空へ舞い上がった。
ドラゴンの羽ばたきは圧巻だった。突風が吹き、何トンあるかもわからない巨体が宙に浮くのだ。
それには思わず息を呑んだ。ルーナはよくわからない髪飾りが吹っ飛んで悲鳴を上げていた。
審査員たちは大騒ぎだったけど、観客は最高に湧いていた。
「戻ってこれるといいね」
「…たしかに」
しばらく会場は不安な声で満ちていて、みんなが時計を見たり空を眺めたりしてハリーを待った。
まさか場外でやられたんじゃないかとみんなが疑い始めたとき、ハリーは戻ってきた。寮に関わらずみんなが歓声をあげた。煙を上げながら戻ったハリーは無事卵を掴んだ。
鼓膜が破裂しそうなくらいの歓声が、ハリーを包み込んだ。
グリフィンドールはお祭り騒ぎ。もちろんサキもいた。もうおなじみの光景で突っ込む生徒は誰一人いなかった。
勝ち取った金色の卵は一体何のために使うのかさっぱりわからず、みんながとりあえず触らせてもらったりしたものの結局隅においやられた。
「ローンッ!」
隅っこの方でハリーに話しかけたそうにしてるロンの背中を叩いてハリーの前に連れてく。周りが一瞬変な空気に包まれたがみんなすぐに視線を泳がせてざわめきの中に戻っていった。
「…ハリー。無事で良かった。僕…」
「わかったろ」
二人は無言で抱き合った。
ハーマイオニーがニコッと微笑んでこっちを見たのでサキはウィンクを返しておく。
「サキ!どこ行ってたんだよ」
ドラコがダームストラングの校旗色に染めた頬で興奮気味に尋ねた。
談話室に戻ると人は少なく、皆眠ってしまってるようだった。
「僕ら船に招待されてたんだ。クラムの祝勝会で。すごかった…あの船で一生過ごせるんじゃないかってくらい」
「ホントに?いいなあ」
ドラコの頬に赤みが差して、まだ興奮冷めやらぬといった様子でソファーにかける。
「あれは…結膜炎の呪いだったね。クラムは的確にドラゴンの弱点をついたってわけだ」
「ああ…その点セドリックにはがっかりだったな。犬をおとりになんてトロールでも引っかからないよ」
「賭けは僕の勝ちだね?」
「うん。完敗」
「じゃあ約束通り、ダンスパーティーは僕と」
「畏まりました」
冗談めかして膝をつき、騎士のようにドラコの手を取ってキスした。ドラコはびっくりしてソファーの上で跳ねた。
サキは乙女みたいな仕草に爆笑して床を転げ回った。
第一の課題が終わってすぐ、ハリーたちは別の課題に苦しんでいるようだった。もちろんハリーだけではなく男の子たちすべてがそわそわしていた。
女の子はみんなふりふりふわふわと可愛いアクセサリーをつけて心なしか香水の匂いも濃くなった気がする。パンジー・パーキンソンもいい加減気持ちを入れ替えたのかおっきなリボンをつけてニコニコしていた。
「どうせサキはドラコとでしょ」
とミリセントがからかってくる。事実なので否定しない。サキはもう相手も決まってるし、ムーディ先生の特別課題の片付けで手一杯だった。
うんざりした顔で神代魔法史の本を本棚からごっそり抜いていつもの席に行くと、ハーマイオニーが珍しくなんの本ももたずに座ってサキを待っていた。
「ああ!サキ、話があるの」
「なに?」
どすんと本を置いてハーマイオニーの方へ顔を寄せた。ハーマイオニーは周りを窺ってからヒソヒソ声で話し始めた。
「誰にも言わないでね?」
「誓う誓う」
「クラムにダンスパーティーに誘われた」
「ぅえっ?!」
サキが驚きのあまり奇声を上げるとハーマイオニーが大慌てでサキの口を抑える。周りの目が痛かった。
「本物?本物のクラム?」
サキはヒソヒソ声で聞き返した。
「本物よ!」
「すごい!」
サキは本で壁を作り周りになるべく聞こえないようにした。
「オッケーしたの?」
「それは…その、したわ」
「うわー夢みたい」
ハーマイオニーは顔を赤くして照れてるようだった。
「それで、当日髪の毛とかをセットしたくて…サキ、手先器用でしょう?よければ手伝ってほしいの」
「まかせてよ!私のもちょっと手伝ってもらおうかな」
「ええ、一緒に着替えましょ」
「うん!楽しみだね。…どんな髪型にするの?」
ハーマイオニーは恥ずかしそうにヘアカタログを出して、あるヘアモデルの髪型を指差した。サキはしげしげとそのモデルとハーマイオニーを見比べて
「こりゃやりがいがあるね」
と呟いた。
ダンスパーティーが近づくにつれみんなのそわそわは頂点に達した。ロンとネビルは特に面白い事になっていた。
レースのフリルがついた古いドレスローブをおばさんが送ってきたらしい。
グリフィンドールで爆笑がおきてロンが真っ赤な顔で怒っていた。ネビルはダンスにハマったらしく、一人で鏡の前でステップを踏んでいるのがよく目撃された。シェーマスによると彼は普段ただ廊下を歩くときでさえワルツのステップを踏んでいるらしい。
ザビニはいつの間にかボーバトンの美人な女子生徒と踊る約束を取り付け、スリザリンの女子も何人かダームストラングの生徒に声をかけられたらしい。順調に交流が深まってるようで何よりだ。
サキは残念ながら声をかけられることはなかった。少し自信を失った。
最近は鏡を見る暇もなくムーディの課題をこなしたり、ちょくちょく捕まる深夜外出のせいでスネイプ先生の罰則を受けていたりと些細なことで自由時間が潰れていた。
なによりハーマイオニーをとびっきり可愛く仕上げるためにはいろんな下準備が必要だったのでそれになるべく時間を割いていた。
「ふむ、よくできてる」
ムーディはサキが必死に仕上げたレポートをさっと読んでそう評価した。一週間以上かけて仕上げても読まれるのは一瞬だと思うと泣けてくる。
「年明けまではもうないですよね?補習は…」
「ああ」
サキは両手を上げて喜んだ。
ムーディはいつものように謎の液体をグビッと飲んでから大量に積まれた書類の一番上にサキのレポートを積んだ。
「踊るのか?マルフォイのガキンチョと」
「はい!もう楽しみで楽しみで。ムーディ先生は踊りますか?」
「わしが踊れるように見えるか?」
「たしかに」
「羽目を外さんようにな」
同じセリフをついさっき、スネイプ先生にプレゼントを渡しに行ったときも言われた。そんなにはしゃいでるように見えるんだろうか?
「清々したぜ」
と捨て台詞を吐いてサキはとっとと寮に帰った。たくさんのベッドが並ぶ女子寮はみんなのドレスで華やかに彩られていて見ているぶんには楽しい。
サキも自分のドレスを取り出して、のんびりベッドに寝そべった。
横でパンジーがダフネとああでもない、こうでもないと髪型を試行錯誤していた。