【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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炎のゴブレット
01.電気羊の夢をみる


まず目についたのは熟れた桃のように真っ赤な唇だった。陶器みたいな白い肌と喪服のように黒い服から浮いた、鮮やかな唇。そして気怠そうな瞳。

カーテン越しに春の光が差し込む書斎で、彼女は突然の来客など気にも留めずに本のページをめくった。

一歩、彼女の方へ歩き出した。

 

「あなたがここに来る事はわかってた」

 

彼女は視線も向けずにそう言った。

「ならば歓迎の言葉でもかけられないのか?リヴェン・プリス・マクリール」

「歓迎してないもの」

リヴェンは読んでるページに栞をはさみ本を閉じて、初めて来訪者に視線をやった。

「トム・マールヴォロ・リドル。何か用?」

「その名はもう使ってない」

「あなたの素敵な二つ名は知ってる。でも名前になんの意味が?」

「忌々しい父親の名だ」

「人間らしいところあるのね」

リヴェンはそう言ってちょっとだけ笑う。ヴォルデモートはリヴェンという魔女を見て少なからず感心した。今までヴォルデモート卿と言葉を交わした人間の中で敵意や殺意をむき出しにするものはあれど、対等の友人のように話しかけるものはなかった。

「端的に言おう。俺様に従え」

「嫌だわ。私忙しいの」

「俺様が誰かわかっていないのか?」

「わかってるわ。でもお断り。ご存知でしょうけど私は私の家業で忙しいの」

ヴォルデモートは笑った。大昔話した彼女の母親、クイン・マクリール。素っ気なさが彼女そっくりだった。自分を前にして何も感じてなさそうな不感症っぷりもそっくりだ。

「もちろん見返りはやろう。金、名誉、地位。貴様は何を望む?」

「悪いけど、どれもこれも今で満足よ」

「今まで誰も消息がつかめなかったお前を訪ねてきた俺様に対してその態度か?」

「私は誰に対してもこうよ」

全く話が通じないところも…そっくりだ。

ヴォルデモートは右手で彼女の頬を打った。リヴェンは椅子から転がり落ちて口元に手をやった。指先に唾液でテラテラと光る真っ赤な血がつく。口紅のように真っ赤な血を見て彼女は目を丸くしていた。

自分の血が赤いことに驚いているようにも見えた。

「なるべく穏便にすまそうという気遣いが無駄になったな。残念だ」

「はじめからわかりやすく話してくれなきゃわからないわ」

殴られてまだそんなことを言う。同じ土俵に立ってないような気がしてならない。

「人でなしの一族とは聞いていたがここまで人の話が通じないのは初めてだ」

彼女の髪の毛をひっつかんで無理やり立たせた。まとめた髪が解けて散らばる。濡れた鴉のような黒髪が彼女の雰囲気をより浮世離れさせる。

暴力を振るわれてもさっきと同じ目つきでヴォルデモートをまじまじと観察している。痛みや恐怖を感じないのだろうか?まるで何百回も見た映画を見てるかのような『飽き飽きとした』顔。

「私に通じないのは冗談と、回りくどい言い回しだけ。…あなたの望みを私ははじめから知ってる。だから素直に言いなさい。それがあなた達に必要な手順でしょう?」

 

それが'マクリール'との出会いだった。

 

「私たちの魔法が、そんなふうに誤解されてるとは思いもしなかった。そのオーガスタスとかいう人は信用すべきじゃないわ」

自分の情報を売った人物に対しても特に感じるところはないらしい。彼女はいつでもタイプライターの前に座っていた。見張りにやった死喰い人だろうとヴォルデモートだろうと、誰が訪れてもそうだった。

ベラトリックスはそれが気に入らなかったらしく一時間で見張りを辞した。堪え性のない人間に彼女の相手は難しいだろう。雑談が成立しないのだから。

「ベラトリックスという魔女には人間的欠点が多すぎる。監視役には同窓がいいわ。そうね、私の古い手紙をあなたに渡した子がいい」

「セブルス・スネイプのことか?」

「そう。恨み言の一つでも言っておかなきゃ、リヴェンらしくないわ」

 

彼女たちの魔法は聞けば聞くほど当初欲していた不死の力からかけ離れていた。しかし彼女たちの魔法が産んだ副産物は役立つものが多い。マクリール手製の鍵あけナイフは魔法がうまく使えないクズでも複雑な呪文なしに鍵を開けられるし、姿をくらますキャビネット棚の行き先を簡単に特定できる。

飼い殺しておいて損はない。

そして彼女たちの一族をかけて研究し続けている魔法とやらも、いつかは役に立つだろう。魔法界を牛耳った暁には。

ヴォルデモートはこの哀れな飛べない鳥を逃がす気はなかった。屋敷に何重も魔法をかけて閉じ込めた。

「別に構わないわ。もともと私はここから出る気なんてなかった」

それを告げても、彼女はタイプライターの前から動かなかった。

気だるげに肘をついて、軽く唇に触って揉んだ。長いまつげの影が瞳にうつる。

人形みたいな不気味の谷の瞳は何も見てなかった。

「つまり、お前の命はこの俺様が握ったということだ」

「そうでもないわ」

「お前は俺様を怒らせるのが得意な女だよ」

「これでも悪気はないのよ」

ヴォルデモートは彼女がいつも触ってるタイプライターを見た。そこにはひたすら日付が打ち込んである。文章は一つもない。

「時計ごっこでもしているのか?」

「その通りよ。時間を見失いやすいの、私たちは」

 

「あなたは怒りっぽいのね。殺されたらたまらないから、少しは協力してあげる。あなたのする事の善悪には興味ない。でも見返りは、くれるのよね?」

 

 

 

そこで、目を覚ました。

カビとホコリと蜘蛛の巣がびっしりと天井を埋め尽くす、ムカつく光景。かつては美しく上品にこの部屋を彩っていたはずの調度品は年月と野蛮なマグルの手により壊されて木屑となって床に積み上がっていた。

鮮やかなペルシャ絨毯もどろどろでもとの模様もわからない。

ここはリトルハングルトンにある旧リドル邸だ。

魔法省の目を逃れるために居所を転々として行き着いた先。

偉大なる闇の帝王ヴォルデモート卿がこのざまだ。

皮肉っぽく笑いたくなる。しかしこの身体はそれすら難しいほどに弱っている。

あの女がいたらどんな顔をするだろう?

へえ、とかふうんとかで済ませてまたぼんやりあの椅子で眠るんだろうか。

今思い出しても変な女だ。もう二度と会えないが。

しかし…替えはある。

まさか娘を産んでいたとは思っても見なかったが、あの一族の遺伝子レベルで刻まれた本能には逆らえなかったのだろう。産み繋ぐ血の魔法。忌まわしい血族。

そして、高貴なるスリザリンの血の娘。

11歳の彼女はとても反抗的で荒んだ目をしていた。スリザリンでも浮いて、あのハリー・ポッターと親しくしていた。

全く親に似ていない。

顔は母親そっくりだが人間味のある娘だった。まるで普通の子女みたいに笑って、食べて走り回って…。

皮肉なものだ。

人らしくない両親から生まれた子どもがあんなに楽しそうに笑ってるなんて。

 

復活した暁には笑顔で迎えようじゃないか

名もなき我が子を

仕舞っぱなしで忘れかけていた分身を

呪われた供犠の子どもを。

 

 

 

 

…………

 

 

 

目を覚ますと下はやたら固くて、なんだか肩のあたりがめちゃくちゃいたい。ゆっくり体を起こした。どうやら真っ白でふかふかなベッドから落っこちて床に寝ていたらしい。

くあーっと欠伸をして時計を見た。もう10時。とんでもなく寝過ごしていた。

「もぉー…」

空中に向けて不満を漏らしてパジャマを脱ぎ捨てた。

そしてよそ行き用のちゃんとした服を着る。

パリッとした襟付きの白いブラウスに深い緑色のワンピース。ストッキングにヒール高めのパンプス。さらに髪の毛もセットしなきゃいけない。

なんていったって今日はクィディッチワールドカップに行く日なのだ。しかも特別貴賓席。

なんでスポーツを見に行くのにこんなちゃんとした格好で行かなきゃ行けないかさっぱりわからないけど、クラウチ氏とファッジのはからいで席を用意してもらってるわけだし適当な格好ではいけない。

ドラコにも口が酸っぱくなるほど言われてる。

出発は夕方とはいえ寝坊は焦る。

自分としては及第点な髪型になんとか取り繕ってサキは階下に降りた。

ルシウス氏が広間で誰かと話していた。ちゃんと身支度を整えてからで良かったと内心胸をなでおろす。

「ああ、サキ」

「こんにちは」

来客は見覚えのある顔だった。クラッブ、ゴイルのお父さん方だ。軽く会釈すると二人とも微笑んだ。彼ら二人は息子たちと違い饒舌なようで、サキがそそくさ庭の方へ逃げ出すとルシウスとひそひそ話を再開した。

庭に出て孔雀の小屋に行くと、ドラコがそこにいた。

「起きるの遅かったな」

「誰も起こしてくれないから」

「今日は遅くまで起きてなきゃいけないだろうし、気を使ったんだろ」

孔雀は羽を広げてのそのそ歩いてる。はじめは家に孔雀がいるなんて金持ちってすごいなあと感心したものだが、美しいだけで挙動は鶏と変わらない。

「今日も練習する?」

「やめとく。ほら、もうおめかししちゃったし」

「ああ、可愛いよ」

「まあね」

「…ちょっとは謙遜しろ」

サキはマルフォイ邸に泊まりに来てからクィディッチの練習をしていた。せっかく見に行くのに未だルールもおぼつかないし、実は箒も乗れない。

楽しむからにはまず自分がある程度知っていなきゃ…と言うことでなんとかルールは頭に叩き込んだのだが「壊滅的に才能がない」とドラコに評された。

今はなんとか浮くことができるくらいまでに成長した。

「魔法使いのイベントなんて楽しみだなあ」

「イギリスが開催地になるのは久々だからな。きっと忘れられない思い出になるよ」

「いやー、マルフォイ氏には頭が上がりませんよ」

サキはふざけて頭を垂れた。ドラコはエヘンと威張り顔。

「ロンたちも来るんだってさ。あっちで会うかもね」

「会いたくもないね」

ドラコとロンは父親同士がそうであるように犬猿の仲だ。会うたびに喧嘩しあってるけどサキからしてみればあれは彼ら流の挨拶なんだと思う。

「まだ時間もあるし出場チームのおさらいをしようか」

「そうだね」

二人は散歩しながらワールドカップの見どころをおさらいしていく。サキのにわか知識でもなんとか理解できてきた。一度ドラコの部屋に戻ってクィディッチ雑誌を持ちだして顔を確認しながらあーたこーだと試合結果を予想し合う。

「ドラコ、賭ける?」

「いいよ。もちろん僕はクラムがスニッチを取る方にかける」

「あ、ずるいや!私もそっちに賭けたい」

「それじゃ賭けにならないだろ」

ワイワイやってるうちに出かける時間になった。

 

玄関先ではナルシッサはルシウスのとなりで優しく微笑んでいる。屋敷から煙突ネットワークを使い魔法省の運営本部にある暖炉へ飛んでそのまま客席へ行くらしい。

普通の観客は周りにキャンプを張ってお祭り騒ぎで開場の時を待っているらしい。

羨ましい。サキは野宿のスペシャリストを自称しているのでこういうときこそ腕の見せ所だというのに…。

そんなことをドラコに力説したら絶対に嫌だと拒否された。

まあ数千数万のテント並びじゃきっと混雑してるだろうし野宿スキルは案外役に立たないかもしれない。

 

「悪巧みは終わりですか?」

ルシウスに冗談混じりで声をかけてみる。

「まあ楽しみにしていたまえ」

ルシウス氏はにっと笑っていつものステッキを握り直した。

 

「さあ行こうじゃないか」

 

 


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