【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
「先生…?」
スネイプはひどく落胆していた。その落胆ぷりといったら、サキですらふざけるのを控えるほどだ。
シリウス・ブラック逃亡後にサキが怪我をしたスネイプを案じて地下牢へ訪ねていったところ、カビが部屋を侵食してしまったのかというくらいにくらーくじめっとした空気に包まれていた。
その湿度の正体はスネイプ先生のどんよりとした沈んだオーラで、椅子に座ってるだけで内心穏やかじゃないのが手に取るようにわかる。
「お加減いかがですか」
「帰れ」
「酷いですね。人が心配してきたっていうのに」
スネイプの頭の傷についてマダム・ポンフリーに見てくるよう頼まれたのだ。酷いようなら連れてこいと。あの人はありとあらゆる怪我を自分で治療したがる性癖があるらしく、半端な治療があると気持ち悪いらしい。
スネイプはスネイプで魔法薬学のプロなのだからおそらく適切な治療をしてるだろうと思ったが、なんとガーゼを当てて包帯で固定してるだけだった。
動揺が見て取れる。
「先生、その傷消毒とかしました?」
「こんな傷大したことない」
いつもより素っ気ない、突き放すような物言いだった。
しかしサキはだいたい慣れてるのでズカズカ近づいて持たされた応急処置キットをドンとデスクに置いた。
「テキトーな治療してると禿げますよ」
「……」
「冗談ですって…」
実は無言が一番怖い。今の先生は酷く落胆していて冗談に怒ることすらできないらしい。重症だ。そんなにブラックを取り逃がしたのがショックだったんだろうか?
「ええと、私、みてもいいですか」
返事がない。ないということはまあ別にいいだろうと思って勝手に包帯を外してガーゼを剥がした。べりべりと乾いた血が剥がれる音がする。
先生の髪質のせいもあり傷口はわかりにくい。けど単なる裂傷のようで瘤とかも大したことなさそうだ。とりあえず消毒薬をかけて、次にポッピーお手製の軟膏を綿棒につけて塗る。
先生の頭を触ってるとべとべとする。髪の毛ちゃんと洗ってるんだろうか。まずそこから清潔にしないと膿んでたかもしれないぞ。
無抵抗の先生はもはや不気味だったが、とりあえずきれいなガーゼを当てなおして包帯を巻き直した。
もうガーゼを当てる必要もなさそうだったが、念のため。
「…今年は…」
うつむくスネイプ先生を見下ろしてると、なんか普段と立場が逆になった気分だ。
「今年は私が無傷で、先生が怪我しましたね。普段と逆だ」
「………ああ」
「まあ本来あるべき関係性ですね!私別になんの危機にも巻き込まれてないけど!」
「…ああ」
「そういうわけで、今年もお疲れ様でした先生。おかげさまで五体満足です」
「ああ」
サキに人を励ます才能はないらしい。賑やかすのは諦めて救急キットをしまった。
とりあえず紅茶を淹れてやって今日は退散することにする。
「先生、お大事に」
返事はないけどまあ、いいだろう。
「ねえ」
フォード・アングリアの前に裸足で立ってるサキがこっちに声をかけてきた。
「ねえハリー!どう?この色」
ボロボロになったジーンズと汚れたTシャツのサキは農夫みたいだ。髪をくくって汗を拭うタオルを肩にかけてる。
「前とそんなに変わらない気がする」
「それならそれでいいのさ。ムラとかない?」
サキはフォード・アングリアを塗装してやっていた。ルーピン先生を轢いた時に酷くへこんだ箇所があってそこを直すついでにきれいにしてやろうというわけだ。
「にしても驚いたよ。ブラックは無罪で、ロンのネズミは小汚いおっさんで、ルーピン先生は狼男なんだもんな」
「僕も知ったときは驚いたよ」
ハリーはあの沼の辺りに敷いたシートから立ち上がった。
昼は意外と明るくていい場所だ。初夏の空気が木々の呼吸で濾過されて涼しく感じる。そよ風に揺れる葉っぱの音が気持ちいい。
「ルーピンはスネイプのせいで退職になっちゃったけどね…」
「先生ってブラックと何かあったの?」
「ああ…同級生みたい」
ハリーは口ごもった。あんまり人に言うことじゃないだろうと思って詳しく言うのは避けた。
「先生のあの落胆ぶりは今まで見たことないよ」
「試験が終わったあとで良かった。あんなスネイプの授業…考えただけでゾッとするよ」
サキは朗らかに笑った。
フォード・アングリアは新品みたいにきれいな空色になって勝手に発進して行ってしまう。
「自由だね、あの車は」
「ずっとここで生きてくのかな?」
「さあね。飛べるなら他のとこに行くかもしれないけど…便利だからしばらくいてほしいね」
ハリーは頭の中でシリウスを乗せて飛び立ったバックビークを思い出した。
「サキ、ありがとね」
「なにが?」
「僕だけじゃなくてシリウスも運んでくれて」
「ああ。別にたまたま通りかかっただけだから。第一吸魂鬼追い払ったのは君でしょ?ほんと、ハリーはすごいね」
「そんなことないよ」
ちいちいと小鳥が鳴く声が聞こえた。
ハリーはサキの横顔を見た。会ったとき青白かった肌は焼けてて、髪はボサボサのまま。
けどもうハリーのほうが背が高い。
「今日はマルフォイはいいの?」
「ドラコはこの車で死にかけたから嫌だってさ」
ハリーは狼人間を轢いたときのドラコの顔を想像して笑った。
「サキは結局、マルフォイとその…付き合ってるの?」
「え?あ…」
サキはギョッとした顔をして口をあんぐり開けた。
「そう言えばちゃんと返事してないや」
「嘘だろ?!」
「あははは」
マルフォイからすればたまったもんじゃないだろうがサキは楽しそうに笑った。釣られてハリーも笑った。
「でも私もドラコ好きだし、いいんじゃない?」
「そっか…」
ハリーはなんとなく胸がチクっといたんだ。これがもしかして失恋の痛みなんだろうか?まだよくわからない。
「ハリー、いつかシリウス・ブラックとバックビークにあわせてね」
「うん。シリウスが落ち着いたらきっと」
サキは朗らかに笑って、ポケットから包を取り出した。
「これ、早いけど誕生日プレゼントね」
「うわ、すごい」
それは前頼んでおいたニンバスの残骸を使ったミニチュアだった。手のひらくらいのサイズのニンバスにご丁寧にロゴまで書かれている。練習中に作った傷までそのままだった。
「すごい、素敵だよ」
「専用の台座に載せると浮きます」
そう言ってご丁寧に競技用品持ち運び用のトランクのミニチュアまで別のポケットから取り出した。
「そろそろ行こ。晩餐始まっちゃう」
「僕、これ大事にするよ」
「照れますなあ」
サキは笑ってスキップするように坂を登っていった。
ハリーも弾むような足取りで、校舎に戻った。
そしてまたホグワーツ特急はロンドンへ向けて走り出す。サキはコンパートメントを半分占領してぐっすり寝た。
電車とバスを使って、昼から夜までたっぷり移動に使ってマクリール邸に帰る。
埃っぽい屋敷はあいもかわらず人気がない。
けど三日後くらいには先生が来る。まだ不機嫌だったらやだな。と思いながら炉に火をつけて、ダイニングテーブルのホコリを払ってから鍋に水をたっぷり入れて火にかける。
買ってきたパンを切って、野菜も適当に切って鍋に放り込む。
レコードをかけてみた。
無駄に明かりを灯してみた。
誰もいない部屋に私の影がおっきくうつる。
窓際においてあるテーブルにずっとおいてあるタイプライターを触ってみた。
錆びついてる。
今年の夏はクィディッチワールドカップという一大イベントがある。楽しみでしょうがない。
タイプライターを押して文字をうってみた。
『楽しみで、死んじゃいそう!』
来年はどんな年になるだろう。
今年みたいに知らない間に全てが終わる。そんな年でありますように。