【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
ハリーはベッドの中で悶えていた。
あんな会話を聞かせられて正気でいられるか。胸の奥から苦いような酸っぱいような甘いような変な感情がせり上がって来る。
なにより、吸魂鬼のせいとはいえクィディッチで負けたのが悔しかった。その上箒は暴れ柳にぶつかってバラバラ。全くなんて日だろう。
風は止んだものの雨はまだしとしと降っていて窓ガラスの方はひんやりしてる。
マルフォイはサキが好き。
やっぱりそうだったんだ。
でも実際お似合いだ。なにより同じ寮だし呼吸も合うみたいだし。そう…友達として応援すべきだ。
あ、でもマルフォイはまだ返事をもらってない。
ぐるぐる考えてるうちにいつの間にかハリーは寝ていた。マダム・ポンフリーはハリーを起こしてくれず、このまま数日間安静にすべきだと力説した。ハリーは断固拒否してその日の午後医務室を出た。
マルフォイはとっくにいなくなっていた。
そしてバッグに詰まったニンバスの残骸をどうしようか悩んでる所でちょうどネビルが通りかかった。
「ハリー!具合は大丈夫?」
「ああ、全然平気」
「箒…残念だったね」
「まあ、もうどうしようもないし…」
やっぱりショックだった。思い出の詰まった品なだけあって捨てるのも忍びない。
「あ、サキに頼んでなにか加工してもらったら?サキ、そういうの得意だし」
そういえば一年の頃からなにかコツコツと木を削ってチェスの駒やらを作っていた。あれは完成したんだろうか?
「それ、いいアイディアだね」
でも今はサキとはちょっと会いたくないかも。
ハリーはそのままネビルと一緒に寮に帰って、反省会ということで改めてクィディッチチームメンバーで集まり葬式のような会議をした。今回の敗因が吸魂鬼ということで改善と対策のしようもなく、会議はそこそこで切り上げられてみんなでだらだらとお菓子を食べた。ウッドの落胆っぷりったらなかった。
校内は早くもクリスマスムードで、次のホグズミードで何を買うか。デートスポットはどこか、などを生徒たちが囁き合ってた。
そんな中でサキは
「もうやだ…もうやだ…」
魔法薬学の教室、地下牢に生えたカビを退治していた。延々と、一週間。
というのも医務室への見舞いの後に寮に帰ってなかったのを密告され、またしてもスネイプの罰則を食らっていたからだ。
「先生、限界です。昨日退治したところにもうカビが生えてる。こういう拷問知ってますよ私」
「罰だから当然だろう」
「畜生」
「汚い言葉を使うな」
それでもホグズミード村行きを禁じられてないだけまだ温情がある。サキは不平不満をぐっとこらえて一心不乱に壁をこすった。
「先生、吸魂鬼って殺せるんですか?」
「生きてないものを殺すことはできない」
「ふうん…じゃあなおさらどうやって脱獄したんだろう」
「シリウス・ブラックに興味を持つな」
「も、持ってないですよ」
「……」
スネイプは眉根を寄せて紙面を睨んでる。日刊予言者新聞はブラックの目撃情報を毎日三面に載せてるが、新聞に従うとブラックはイギリスの何処にでも同時刻に三人存在できることになる。
スネイプの表情はサキに怒ってるというよりシリウス・ブラックについて何か思うことがある感じだ。並々ならぬ憎悪を感じる。
「あ、今年のクリスマスはドラコの家に行ってもいいですか?」
「本邸には?」
「行く予定はないです」
「わかった」
去年一昨年と行けずじまいでようやくマルフォイ邸の、つまりセレブのクリスマスディナーを堪能できるわけだ。ついでにルシウス・マルフォイにバックビークについての圧力を緩めるようにお願いもできる。
ちなみに去年のクリスマスはマクリール邸で食糧が尽きて餓死しかけた。
そんなこんなでクリスマス前のホグズミードは雪が溶けてしまいそうなくらいの賑わいっぷりで足元の雪は踏みしめられてツルツルに凍っていた。
「すげー…」
魔法使いだけの村なだけあって、建物はみんな変な形で派手な花火な常時あがってたりふわふわした謎の生き物が漂ってたり、空一面にふくろうが飛び立ったりと今までに見たことが無い光景が広がっていた。
「ドラコ、あそこ行こう!生首がたくさんあるところ!」
「あそこは未成年立入禁止だ」
「あっすごい!あれは豚?豚の頭?」
「少し落ち着けって…」
サキはあちこちに目移りして道を右往左往している。そしてドラコの心配どおり氷で足を滑らせた。腕を掴んでなんとか転ぶ前に持ち直した。
「言わんこっちゃない」
「こんなのワクワクせざるを得ない!」
「だろ?」
二人はハニーデュークスを覗き、ゾンコの悪戯専門店を覗き、と有名所をまわることにした。ドラコは二回目なので美味しいお菓子や飲み物を教えてくれた。
「叫びの屋敷も見ておくか」
「そこも観光スポット?」
「ああ。君、小汚い建物が好きだろう?」
「うん、好き」
一番賑わってる通りから随分離れて雑木林を抜けると有刺鉄線が張り巡らされた雪原に出た。真っ白い誰の足跡もない敷地の向こうに黒っぽい建物が見える。
「有名な心霊スポット。叫び声が聞こえるから『叫びの屋敷』」
「いい感じに小汚そうだね」
ドラコは和やかに言いながら有刺鉄線を掴んで切ろうとするサキを慌てて止めた。
「うわ…」
するとさっき来た道から聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くとロンとハーマイオニーが体を縮こませて立っていた。ハリーは許可証が無いので来れないので二人きりらしい。
「ここはデートスポットじゃないぞ」
「そっちこそ住宅展示場と勘違いしてないか?いくら中古でも君の父親の給料じゃあの屋敷は買えないぞ」
「彼女ができたからって調子に乗るなよ、マルフォイ!」
アーサーとルシウスを彷彿とさせる煽り合いだった。サキは苦笑いして二人に挨拶する。ハーマイオニーも手を挙げてからかい気味にサキに話しかけた。
「デート?」
「そんなところ。でも思ったより遠くてガッカリしてた」
「近くまで行ってみない?」
「いいよ」
「やだ、冗談よ冗談」
有刺鉄線を揺らすサキと笑い合うハーマイオニー。そして離れた場所で不機嫌そうに突っ立つドラコとロン。
妙な光景だ。
と、透明マントを羽織ったハリーは寒さに震えながら出て行くタイミングを見計らっていた。
「そんなに怖いの?」
「知らないできたの?毎晩恐ろしい叫び声が聞こえるっていう話よ」
「えー、何が住んでるんだろう」
「おいサキ。早く何処かに行こう。ウィーズリーといると貧乏臭さがうつる」
「そうだよハーマイオニー。これ以上マルフォイと居ると色ボケしそう」
「喧嘩がしたいのか?」
「そっちこそ」
長引きそうだな。
と思ったハリーは透明マントの下でそっと雪玉を握り、マルフォイの背中に投げつけてやった。
「痛っ!」
マルフォイはびっくりして周りをキョロキョロ見回した。ハリーは笑い声を押し殺してまた背後に回り込んで雪玉を投げた。
「祟りじゃァ!」
サキが叫ぶとマルフォイは悲鳴を上げて来た道へ戻ってく。サキは笑いながら挨拶をして追いかけて消えてった。
「…ハリー?」
ハーマイオニーがクスクス笑いながらハリーの方を見てたので、ハリーは首だけだして声を上げて笑った。
「おっどろいたなぁ…どうやって抜け出したの?」
ハリーはフレッド、ジョージから受け継いだ忍びの地図を見せた。ロンは「僕には貸すだけだったのに」といじけ気味で、ハーマイオニーは予想通り秘密の抜け道なんかを使った校則破りに眉を顰めた。
このまま人気のないここで色々話しても良かったがやはりちゃんとホグズミードを見てみたかったのでハリーはマントを脱いで帽子を目深にかぶり誰かわからないようにマフラーを鼻まで巻いて通りに向かった。
「僕は別にビビったわけじゃないからな!」
ドラコの弁明を笑いながら聞き流し、サキはあたたかいバタービールをごくごくと飲み干した。
顔を真っ赤にして弁明するドラコが面白くてサキは腹筋が攣りそうになるまで笑った。
「…吸魂鬼もいるしね、怖いよ」
サキはさっきの雪玉の犯人が誰かわかってた。正面から見てたのでハーマイオニーもすぐわかったはずだ。透明マントがはためいてハリーの靴が見えていたからだ。
「物騒だよね」
ブラックの手配書はあちこちに貼られていてこちらに向かって何かを叫んでいる。
「…天気、悪くなってきたね」
「…もう戻ろうか」
雪はどんどん強くなって視界が悪くなっていく。二人ははぐれないように手を繋いで駅まで向かった。
そしてすぐにクリスマス休暇がやってくる。サキは料理雑誌をめくりながらクラッブ、ゴイルになんとかして料理を教え込もうとしていた。ドラコはそんな光景に飽きて窓の外を眺めてる。
「今年のパーティーには大臣も来るんだ」
「…ん?大臣?」
「コーネリウス・ファッジだよ。魔法省大臣」
「そんなかしこまったパーティーをするなんて聞いてないんだけど」
「僕の家では恒例行事さ。………ドレス持ってる?」
「あるわけ無いだろ!」
そんな事があってパーティー当日。サキはナルシッサの古いドレスを貸してもらい事なきを得た。金持ちの世界を舐めていた。高いヒールを履かされて竹馬で歩いてるような気分でなんとかリムジンにたどり着く。
「よかった、ぴったりね」
ナルシッサは嬉しそうに微笑む。自分の母親がこれくらい優しい人だったらいいな、となんとなく思う。母という存在はサキにとって未知数だ。
以前ドラコにそんなことを話したら「まあ母上は優しいけど、ある程度ヨソイキさ」とのこと。
パーティー会場にはいかにも上品そうな魔法使いの男女がひしめいていた。よくみると学校で見かけるスリザリン生がいる。
「純血の子?」
「ここにいるのはだいたいそうさ」
「肩身狭いな」
「なんでだ?堂々とすればいい。だって君は僕のパートナーだろ。背筋を伸ばして立ってればいいんだ」
「…この靴じゃ立ってられないかも」
サキがよろけないようにあまり動かずにいると見知った顔がやってきた。
「やあドラコ。それにシンガーじゃないか」
「ああ、セオドール」
セオドール・ノットはドラコの友達だけど純血主義なのでサキはあまり話したことがない。片親どころか孤児のサキを馬鹿にしてるフシがあるので一度だけキレてぶん殴ったことがある。
「混血がお邪魔なら立ち去るけど、どうする?ノット」
サキが煽るとノットは大袈裟に驚いて宥めるように両手を広げて笑った。
「いやいやとんでもない。話題のカップルがこんなところで見れるなんてって感心してただけさ」
嫌味っぽい気もするけれど喧嘩したってしょうがないので鉾を収める。
「今年はパーキンソンは来てないらしい。ドラコ、罪な男だな」
ノットはそう言うと歳かさの男性の方へ帰っていった。多分父親だろう。こうしてみるとスリザリン生とその親ばかり。まさに蛇の巣窟だ。
そうこうしてるうちにファッジがやってきて長々とした挨拶をはじめる。シリウス・ブラックには言及せずに末永い繁栄を…など月並みな言葉を並べていた。
合奏団やボーイもたくさんいて、なるほどこれぞまさにパーティーだった。
サキは窮屈に感じながらも口をあまり開けないようにしてひたすら食べ物を食べた。食べてくうちにクラッブ、ゴイルとちょくちょく顔を合わせておいしい料理を効率よく味見していった。
そろそろドレスがきつくなってきたなと最後のひとくちを飲み込もうとしたとき、不意にルシウスに声をかけられた。
「サキ!こちら国際魔法協力部のバーテミウス・クラウチ氏だ。ご挨拶を」
「ゴホッ…ああ、どうも。はじめまして。サキ・シンガーと申します」
サキは慌てて口の中のものを飲み込んで挨拶をした。銀行取締役のような紳士がニッコリ微笑み手を差し出した。
「君がドラコ坊っちゃんのハートを射止めたのかい」
「いや、そんな…」
「バーティがぜひ君にもクィディッチワールドカップの席をとおっしゃっていてね」
「ワールドカップ?」
「おや。ご存知ないかな。来年の夏行われるクィディッチの祭典だよ。もうチケットは売り切れているくらいに人気なんだ」
「まあ。本当ですか?嬉しい!」
さっきから聞こえてくる婦人たちの口調を真似して喜びを伝えた。サキは丁重にお礼を述べて愛想よく手を握り感謝を表現した。
クラウチ氏はさり際にサキのことを褒めていった。
「あの…ルシウスさん」
上手くやり遂げた今ならやれると思ってルシウスにバックビークのことを振ってみる。
「ハグリッドの件ってどうなってるんですか?」
「ああ…問題ない。全てうまく行ってる」
ルシウスの上手く行くはサキにとっての最悪だ。
「私、あの授業が好きなんです。ハグリッドが処罰されるのは納得行きません」
「ドラコは生徒みんなが怯えてると言っていたが…」
「そんなことありません。それに…そうですね。丁度いい息抜きになるんですよ、あの授業は」
「しかし森番が教鞭をとるのは如何なものか。サキ、ハグリッドはかつてホグワーツを追放された身なのだ。ヤツは学校すらまともに卒業してない半巨人だ」
「半巨人?しらなかった。通りでデカイわけですね…」
サキはバックビークのことを一瞬忘れてびっくりした。しかしすぐ議論に戻ろうと意識をルシウスの望むような言葉遣いをするように向けると邪魔が入る。
「あら、ミスター・マルフォイ。今半巨人と、おしゃった?」
「こんばんはミス・アンブリッジ。サキ、こちらはドローレス・アンブリッジ魔法大臣補佐官だ。一番の出世頭さ」
「こんばんは。サキ・シンガーです」
「あら、可愛らしいお嬢さん。親戚ですの?」
「いずれね」
「あらあら」
サキは内心勘弁してくれよとボヤきながらその小さいピンクのおばさんを見た。ニコニコしてるけど目は笑ってない。
「例のホグワーツの森番のお話?お坊っちゃんを傷つけたという」
「ええ…彼女もドラコと同級生でしてね」
「それはとても可哀想に。嫌よねえ、半巨人に教えられるなんて」
サキはムッとして言い返した。
「そんな事ありません。楽しければ先生が吸魂鬼だって喜んで受けます」
でもゴーストの教える魔法史は楽しくないからダメだ。サキの思わぬ反撃にアンブリッジ女史の目が攻撃的に光った。
「あら…随分懐が広いお嬢さんね。犯罪者かぶれの生まれ損ないを先生と呼べるなんて」
アンブリッジはいきなり先制パンチを食らわしてきた。サキはカッとなって右手を上げそうになった。しかしその手が腰より上に上がる前にルシウスが華麗にアンブリッジをいなした。
「全くダンブルドアは最近狂ってると言わざるを得ない。ファッジ!」
コーネリウス・ファッジを呼びつけるというファインプレーによりアンブリッジはエヘンと咳払いをして急に子猫みたいに大人しくなった。サキもこれでは動けない。
よくわからない政治の話が始まるとよろけながらそのテーブルから逃げた。
「サキ、大人気だな」
「私…社交界って向いてないと思う」
「どうした?」
ドラコと一緒にテラスに出ると凍った池を雪でできた妖精が滑っていた。氷でできたオブジェが月明かりを反射してきらきら輝いている。雪は細かくてもはや煙いと言ってもいいくらい真っ白だ。魔法がかかってなければさぞかし寒いだろう。
「あのクソババア、ハグリッドを生まれ損ないって言ったんだ。信じられる?」
「ハグリッドを?」
ドラコは眉を顰めた。ドラコはハグリッドを好いてないのは知ってるが怒りを腹にとどめておくことはできなかった。
「まあたしかにヤツは出来たやつじゃないけど…生まれ損ないは言いすぎかもな」
「ああよかったよ。君まで生まれ損ないなんていったら代わりにぶん殴ってやろうと思ってた」
ドラコは内心答えを間違わずにホッとしたようだった。
「サキ、そういう考えを持ってる人は多いよ」
「言われたことないからあんなこと言えるのさ」
サキはおっきなため息をついてから立ち上がってヒールを脱ぐ。ひんやりした感触が疲れた足裏を癒していった。
広間のほうからはダンスミュージックが流れている。
ドラコがサキに近づいて手を差し伸べてきた。
「ここで踊るの?」
「あっちがいいのか?」
「いや。足、踏まないでね」