【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
「あのね…ハーマイオニー。ごめんね。」
「いいわ…わかってるから」
ハーマイオニーの許可を得て、サキはやっと声を押し殺しながらも笑うことができた。
ハーマイオニーの顔は毛だらけで、おっきな耳がぴょんと生え、頭と頬から髭がピンと伸びている。
彼女のポリジュース薬に入ってたのは、ミリセントの飼い猫の毛だったのだ。
「そんなに笑わないでよ…」
「ごめん、でも可愛くて」
「ああ…尻尾が消えてくれて本当に良かった」
「パンツの中でもこもこしそうだよね」
「…もう!」
ハーマイオニーはひどく憂鬱そうにため息をついた。無理もない。
クリスマス休暇中にドラコに探りを入れるために、いつもの三人はポリジュース薬をつくり寮に潜入した。しかし得られた成果はハーマイオニー猫化というゴシップのみ。
「何か読みたい本とかあったら言ってね。持ってくるから」
「ありがとう。あの二人気が利かないから」
ハーマイオニーの病室をあとにしてサキは地下へ向かった。
寮に戻るのも一年生の頃よりは気が楽だ。
ここのところ囁かれている秘密の部屋に関する様々な噂が(ハリーには悪いが)サキの立場に有利に働いている。
《秘密の部屋というものをご存知ですか?》
ある日サキはトムの日記にそう尋ねた。
《その言葉をまた聞くなんて、驚きました。どうして秘密の部屋のことなんか》
《継承者が現れたらしいんです》
《それじゃあ今学校は大パニックですね》
《そうでもありません。まだ死人は出てないので》
《死人が出てない?》
《猫が一匹、石になっただけなので…それより、死人ですって?秘密の部屋が開かれると…》
そこまで書いたとき、ふいに紙面に極彩色のチラシが置かれた。
「サーキ。そんなに文字を書いてるとバカになるぜ」
「うわ、やめてよ双子…」
「俺達の名前を略すなよ…」
視線を上げると、ウィーズリーの双子が手刷りの怪しげなチラシの束を抱えていた。自習時間とはいえ、その自由さは先生の目につくのではないか…と一瞬不安が過ぎったが、いま大広間で監視役をしてるのは魔法生物飼育学のケトルバーン先生で、生徒も一種の野生動物とみなしているような節があるため何をしてようが何も言わない人だった。
「どう一口?」
「なに…賭け事?」
「ああ。今度のバレンタインデーでロックハートがもらうチョコレートの数を当てる」
「最高につまんなそう!」
「だろ?ジョーダンの発案なんだが、はじめはイカれてるって思ったけど、これが賢いんだぜ。ロックハートはアホだから、まず…」
「まって、ちょっとメモとる!」
ジョージが意気揚々とチョコレートの数を操作する方法を語り始めたとき、
「ねえ、フレッド。ジョージ。あ…」
ジニーと目があった。
ジニーは前より弱ってるように見えた。サキと目があった途端すぐに目を伏せてしまう。
「なんだよ、ジニー」
「なんでもない。あとで言うわ」
ジニーはフレッドたちの返事を待つことなく足早に立ち去ってしまった。
「あいつここんとこずーっとああだ」
「まいるぜ」
「なにかあったの?」
「クリスマス前からずーっとヒステリーなんだよ。何か仕掛けてない?私の持ち物いじった?なんて四六時中問い詰めてくるんだ。いくら俺たちとは言えレディーのバッグなんて漁らないぜ?」
「まあジニーもお年頃だからね…」
「サキはお年頃じゃないの?」
「まだかな」
ジョージとフレッドはすぐに商談に戻った。サキもしっかり賭けの必勝法をメモした。
ひとしきり悪巧みしたあと、サキは意気揚々と寮に帰った。まずは元手を作らなければいけない。
何人の宿題を代行できるか計算しつつ、先程取ったメモを見返すためにノートをめくった。
が、ノートは見事に白紙だった
「うわ、やばい!トムの日記に書いちゃった」
サキは慌ててトムに話しかける。
《さっきはごめんなさい。知り合いが話しかけてきて》
《随分悪い知り合いみたいですね》
トムの返事は早かった。
《人目のあるところでこれを書いていたんですか?》
《はい。》
トムはそれ以上何も言わなかった。
怒らせてしまったようだ。日記とは言え会話を中断されるのは腹が立つようだ。
怒ってる相手にこれ以上何を言っても火に油だろう。サキはペンをおいて一息つく。
そして今日話した必勝法を思い出そうとウンウンうなり、なんとか思い出せたものを羊皮紙の切れ端にメモして床についた。
見るものすべてがぼんやりとしていた。輪郭が曖昧で、風景と人物の境目がなく、色味も混ざってよくわからない。
目が掠れたんだろうか?
サキは目をこすったが相変わらず視界はぼやけたままだった。あたりをぐるりと見回すと、たった一人だけはっきりとした輪郭を持った人がいた。
黒髪に、青白い肌。鼻筋がすっと通っていて全体的に整っている。切れ長の瞳は赤く深い。
机に座って、何かを書いている。
黒い手帳…いや、日記だ。
トム・リドル…。
サキの頭の中で美少年とあの薄汚い日記が結びついた。
少年はまだ何かを手帳に書き続けている。
そこに誰かがやってきた。姿はぼやけて判別できない。
「そのインクじゃだめよ」
トムが顔を上げる。すると突然、今まで滲んだインクのシミのようにしか見えなかった人影は形を持った。
三つ編みに結わえたつややかな黒髪。細い首筋。
サキはその人物の顔をじっと見つめた。
眠たそうな瞳に、貼り付いたような笑み。青白い肌をしているのに何故か頬だけ異常に赤い。顔の作りは美しいのに何処かが歪んでいる。
「リドルくん。ダンブルドア先生がお呼びよ」
「…マクリール、君はこれがなんだかわかるのか?」
「わからない。けど、そのインクじゃだめよ。」
マクリールと呼ばれた少女はそう言うとさっさと立ち去ってしまう。
トムは手帳を閉じ、渋々立ち上がった。
次の瞬間、サキはトイレにいた。
暗くてジメジメしたトイレ。見覚えがある。
「やあ。サキ」
気づけば目の前にトムがいる。
突然の場面転換にもかかわらず、サキはそれが不自然なことと気づけなかった。ごく当たり前に
「ああ、トム…あのときはごめん」
と挨拶を返した。
「いや、いいんだよ。でもやっぱり君にこの日記を持っていてもらうのは得策じゃない気がしてね。お別れしようと思うんだ」
「得策じゃないって、なに?何か企んでるの?」
「まあね」
「なにを?」
「そりゃ、秘密さ」
トムが床に座り込んだ。と思ったらトムが座ったのは石で作られた玉座のような台だった。
トイレよりもっとジメジメした暗い場所だ。水滴がそこかしこに落ちてきて音を立てる。どこからか湿った肉を引きずるような音まで聞こえてくる。
壁一面になにか彫刻が掘られていて、厚い苔と蔦に覆われながら陰鬱な目でこちらを睨んでくる。
「君は随分、面白い過去を持っているみたいだね。それはとても心惹かれるけど、ちょっと手に余る」
やっぱりきれいな顔だ。それに背も高い。
12歳の私のなんて小さなことか。サキはちょっとだけ怖くなり、半歩後ずさった。
「君の家系は、正直気になってしょうがない。けれどもきっと"僕"がすでに当たってるだろうし、僕は僕のできることだけやろうと思う。」
「…トム、ここはどこ?」
「夢の中だよ。わかるだろ」
「わかるけど…」
「君に干渉していて気付いたがどうやら君にはある程度闇の魔術…いや、魔法に対する耐性、とでもいうのかな。防御が施されてるみたいだ。お陰で夢の中に出るのも一苦労だよ」
トムの声はだんだん遠ざかっていく。トンネルの中に入ったみたいにわんわんと彼の声が響いて、どんどん遠くに消えていく。
「君との薄氷を踏むような時間は楽しかった。けれども僕の目標が達成されるまで、しばらくお別れだ。あと半年もしたらきっとまた会おう。」
「待って、トム。何を企んでるの?」
「殺すんだよ」
「誰を」
「ハリー・ポッターさ」
その日の夢のことはよく覚えていない。
起きたときに漠然と嫌な夢だったという思いが頭の中に蔓延していた。
ドラコに会ってすぐに何か嫌なことでもあったかと聞かれるほどだ。よっぽど苦い顔をしていたんだろう。
その後ハリー達にも人を殺したみたいな顔をしている、と言われたのでこれ幸いとサキは医務室でサボタージュと洒落込んだ。
ハーマイオニーと雑談でもしようとしたが、彼女は全身毛だらけになってもお構いなしに勉強していた。
夕方までたっぷり寝て、ドラコから今日出た課題について聞いてから寮へ戻る。
そこで初めて気がついた。
トムの日記が消えている。