【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
着地したサキは大慌てでマクゴナガルに駆け寄って言い訳を始めた。
「違うんです!これは…寮から逃げる私をドラコが追いかけたんです!彼は私を連れ戻そうとして…」
身振り手振りを交え有無を言わさぬ口調ででっち上げの逃走劇を語るサキ。活弁士のように流れる嘘八百に階段から駆け下りてきたドラコは口を挟む余地もない。
マクゴナガルはへの字に曲げた眉を動かすことなく、サキのでまかせを遮った。
「私にはシンガーがマルフォイを追いかけていたようにも見えましたが?」
「あ、それは…ですね。うーん。」
マクゴナガルもサキの放浪癖と寮での浮き具合は知っていたのだろう。あまり追求することなく、えへんと咳払いをして告げた。
「とにかく、どんな事情があっても夜間に出歩くのは許されていません。ミスター・マルフォイは20点減点です。…ミス・シンガー。貴方は50点です」
「んァッ?!!?」
サキは悲鳴をあげた。これにはドラコも思わず聞き返した。
「50点?!」
「ええ、そうです。二人合わせて70点の減点です。…スネイプ先生にも報告しますよ。さあいらっしゃい」
「ま、まってください!なんでサキだけ50点も?!」
「シンガーの夜間外出癖は以前から報告を受けていました。スネイプ先生からの再三の忠告にも関わらず出歩いていたのは残念でなりません」
マクゴナガルの有無も言わさぬ口調にサキはしょんぼりとうな垂れた。
ドラコもぐうの音も出ない。
サキは月明かりのさす廊下からふと空を見上げた。天文台には今頃ノーバートとハリーたちがいるはずだ。これならきっと無事に受け渡せるだろう。
サキは心の中でノーバートにさよならと呟いた。
スネイプは深夜にもかかわらずマクゴナガルがノックして数秒で扉を開けた。
サキとドラコを見るとキュッと眉根を寄せてマクゴナガル先生から事情を聞いた。
その間二人はしょんぼりうな垂れたままだった。
「ついに御用というわけだなサキ。ドラコ、君も巻き込まれて散々だったかもしれんが罰は罰だ」
「あの…どうしても減点ですか?」
「左様」
懇願しても全くもって無駄だとはっきりわかる口調でスネイプはばっさり言い捨てた。
「処罰は追って知らせる。我輩が寮まで送り届けよう。マクゴナガル先生には深夜にご迷惑をおかけしましたな」
「いいえなんてことありませんよ。けれども今後夜の廊下で鬼ごっこしようなんて思わないで欲しいものですね」
「全くもっておっしゃる通り」
ドラコは下唇を噛んでチラッとサキを見た。サキは悔しそうに口をへの字に曲げている。
元はと言えば自分がサキを振り切って逃げたからだ。
しかもマクゴナガルがいなかったらサキは下手したら死んでいたかもしれない。
マクゴナガル先生がキビキビと階段を上っていくのを見送ってからスネイプは二人を寮の入り口まで連れて行った。
「ドラコ、全くもって軽率だ…。次サキが抜け出すのを見たらまず我輩に知らせること。サキ、次は例え我輩でもスリザリンから減点せざるを得ないぞ」
「別に私はスリザリンが何点引かれようが構いません…」
サキが悔し紛れにそう言うと呆れた顔でスネイプが石壁を触った。寮の入り口が現れると二人の背中を押した。
「サキ、君の減点が寮生活にどう響くかを考えたまえ。もっと賢く立ち回るのだ」
サキは何も言い返さなかった。暗くて表情はわからなかったが、壁が閉じるまでサキはそこから動かなかった。
ドラコがいい加減談話室に戻ろうかと思った時、サキがポツリと言った。
「…ごめんね、ドラコ。」
「いや…僕の方こそ。大丈夫だったか?えーっと……ぶつけたところ」
「ああ、うん。座れないほどじゃないよ。そうじゃなくて、巻き込んで」
「いいさ。結局時間になってもポッター達はこなかったようだし」
ドラコの渋面にサキは危うく透明マントのことを言いそうになったがきゅっと口を閉じた。
「でもありがとう。結局言わないでいてくれたね。」
「あ、あそこでそんなこと言ったら変に疑われると思っただけだ。別にあいつらを庇ったわけじゃない」
「そう?でも結果的に言わないでいてくれた」
サキはやっと緊張を緩めてやっと微笑んだ。
「君、実はいい人だよね」
「実は?」
次の日の朝食の席で、あのあとハリーとハーマイオニーがサキの努力の及ばないところで捕まったときいた。
「君たち……」
「ごめん……」
グリフィンドールは一気に100点を失い、スリザリンも一気に70点を失った。得点でリードしていた両寮が一気に減点されたことで今年の寮対抗杯は全く先が見えないものになった。
当然、一晩で70点を失ったスリザリン生からは風当たりが強かった。ドラコは20点しか失ってない(それでも相当やばいが)のに共犯扱いでチクチク嫌味を言われてしまい、サキは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
当のサキはそんなの慣れっこで特に気にしていなかったが、ますます寮に居にくいのにまた夜間外出で捕まれば下手したら退学という二律背反に悩まされていた。
ハリーとハーマイオニーは試験勉強に没頭することで周りからの嫌味を耐えていた。回復したロンと一緒に呪文を小声で暗誦したり年号をつぶやいたりしている。
ドラコとサキも見習って、3人からちょっと離れたテーブルで黙々と教科書を読んでいた。
5人とも憂鬱な顔をしている。
今朝サキとドラコの元にスネイプがやってきて罰則が今夜、禁じられた森の中で行われることを告げたのだ。
ハリーたちにも通達されているはずだろう。
夜の森にはちょっぴり近づいたことがあるが得体の知れない動物の声や木々のざわめきが怖くてすぐに引き返した。夜の建物の数倍命の危険を感じる場所だ。
「はああ…」
ため息をついたらたまたま通りかかった司書のピンスがキッとサキを睨みつけた。サキは慌てて口をキュッと閉じて背筋を伸ばして教科書を読むふりをした。
「僕だってため息つきたい気分さ」
ピンスが通り過ぎると、ドラコがひそひそ声で話しかけた。
「だってそうだろ?夜の森なんて…生徒がやるべきじゃない」
「ね。死んだら超困る」
「死ぬことは無いだろ……流石に」
ドラコはそうは言うものの酷く不安そうだった。
結局ドラコは緊張であまりご飯を食べられず、サキは最後の晩餐のつもりでたらふく食べた。
時間が近づいたので寮を出ると、スネイプ先生が暗闇に紛れて立っていた。
「ハグリッドの小屋まで我輩が引率する」
相変わらず不機嫌そうな顔をしている。眉根を見る限り、今日は本当に不機嫌だ。
ドラコとサキはとぼとぼとスネイプの後ろをついて行った。
無言で歩くのもつまらないのでサキは試しに話しかけてみた。
「スネイプ先生。試験って筆記だけですか?」
「ほとんどの教科で実技も含まれる」
「へえー。魔法薬学もですか?何作るんですか?」
「それは教えられん。せいぜい今まで作った薬の製法を復習することだな」
「はあーい」
「あの、先生。禁じられた森はそんなに危険なんですか?人狼やトロールがいるって本当ですか」
「人狼は魔法省で把握され管理されているもの以外にも多々いるだろう。しかし我輩なら禁じられた森で隠れて生きようとは思わん。命が惜しいならば」
ドラコが不安からか不意に尋ねたが、スネイプはことも無げに答える。ドラコはぞっとして黙り込んでしまう。
「いいか、ハグリッドから離れるな。木偶でも居ないよりはマシだろう。夜の森は何が起きてもおかしくない。決して油断するな」
「……」
スネイプの脅しとも本気とも取れる発言にサキも悩むように黙った。
散々注意され脅されたにもかかわらずサキは夜間外出を繰り返していたわけだが本当に危険なものには近づかないという直感と本能があった。その本能が今森に行くのを躊躇ってる。
余計憂鬱になったが、外に出てハグリッドの小屋に着くとほんの少し落ち着いた。
ハグリッドはめらめら燃える松明を持ってファングを撫でていた。傍には弩が置いてある。
「おう、スネイプ先生。夜遅くにご苦労さんで」
「…ハグリッド。グリフィンドールの二人は?」
「そろそろフィルチが連れてくるはずなんだが…ああ、あれじゃねえか?」
ハグリッドは遠くから近づいてくるほのかなランプの明かりを指差していった。
「それでは…くれぐれも我が寮の生徒に怪我をさせないように頼む」
「どの寮の生徒も怪我させるつもりはねえ!」
どうだかね。と肩をすくめてスネイプはハリーたちが着く前にそそくさと退散していってしまった。
入れ替わりでフィルチとハリー、ハーマイオニーがやって来た。フィルチは意地悪そうな顔をしているしハリーたちは憂鬱そうだ。
どうやらこっちも脅されていたらしい。
「さて、アーガスどうもありがとう。お前たち、今日は友達としてじゃなく森番として忠告するが、夜の森は本当に危険だ。俺とファングと居れば森の奴らは襲ってはこんが…」
ハグリッドは弩を担ぎ、ランプをハリー、サキに手渡した。
「ここのところ、ユニコーンが傷つけられちょる。今日のおめえさんたちの仕事は、傷ついたユニコーンを見つけて俺に報告することだ」
「ユニコーンを傷つける?誰がそんな」
ドラコが驚いたようだった。
「わからん。だがそういう邪悪なもんが森の中にいるって事だ」
ハリーとサキはユニコーンが傷つける事の意味をいまいち理解できていない。ハーマイオニーとドラコだけが戦慄していた。
「じゃあまずは同じ寮のもん同士で組んでまわろうか。15分して再集合だ。」
サキはドラコと顔を見合わせた。二手に分かれるのでハグリッドの取り合いになるかと思ったが、意外にもハリーとハーマイオニーはファングを選んだ。
秘密の話でもあるんだろう。スネイプの忠告もあったのでサキとドラコは有難くハグリッドと一緒に森を回った。
ユニコーンの生々しい血の跡と夜の森の不気味さからか、ドラコは毒を吐くことなく渋々ながらもハグリッドとサキの会話に混ざっていた。
「そういえば…どうしてユニコーンを傷つけるのが邪悪なものなの?魔法生物とはいえ弱肉強食じゃないの?」
「ユニコーンの血は束の間の命を与えるんだ。そのユニコーンを自分のためだけに殺すのは罪なことなんだ」
ドラコの答えに補足するようにハグリッドが付け足す。
「その通りだ。しかもユニコーンを捕まえるのは簡単なことじゃない。強力な魔力を持ってねえとできないことだ」
遠くで蹄の音が聞こえた。思わず二人は身構えたがハグリッドはあまり気にした様子はない。
「そろそろ合流するか。血の跡が薄れてる。こっちにはいなさそうだ」
ゴツゴツした根を踏みしめ、湿った土に足跡をつけながら三人は元来た道を戻った。
夜目のいいサキでも来た道がわからないほど暗くて木々と下草が生い茂っている。迷うことなく進むハグリッドはさすがだ。
二手に分かれたところには松明が刺さっていたが、ハリーとハーマイオニーは戻ってなかった。
「なんかあったかもしれん」
ハグリッドは二人の入った道をずんずん進んでいく。サキとドラコも待ってるわけにいかず後を追った。
木々の隙間からランプの明かりが見えた。
ゆらゆら揺れて近づいてくる二人と、後ろに大きな影があった。馬くらいある大きな体。
いや、馬だ。しかし腰から上にあるのは人間の体だ。
馬に乗った人かと思ったがどう見ても馬と人間が一体化している。
「ケンタウルスだ…」
ドラコが呟いた。
「ああ!なんだ、お前さんかロナン…」
「こんばんは、ハグリッド。」
「ハグリッド!」
ハリーとハーマイオニーは安心した様子でハグリッドの方へ駆け寄った。
「僕ら道に迷いかけてたんだ。たった今この人に出くわして…」
「ははあ、運がいいなお前さんたちは。ロナン、すまんな。」
「通りすがっただけですけれどもね。何しろ今夜は火星がとても明るくて、その上霧が濃い」
「ああそうだな。ところで森の中で変なものを見なかったか?」
「見たことのない霧だ」
「ああ、この季節にしては濃いな。そんで、その霧の中になにかいつもと違うなんか、なかったか?」
「闇と霧は相性がいい。か弱い生き物には辛い時代だ」
「ああ…そうだな。血を流したユニコーンを見なかったか?」
「森は全てを隠す。闇と霧もだ。星は全てを見通せるわけではない」
ハグリッドはこれ以上話しても答えを得ることはできないと悟ったらしい。会話の成り立たなさに困惑している四人にちらっと目配せすると弓を担ぎ直した。
「そんじゃあ、ロナン。もしなんかあったら俺に知らせてくれると助かる。…よっし、行こう」
ハグリッドは四人を引き連れそそくさと元来た道を戻った。
「ケンタウルスなんて初めて見た。」
「私も…すごく驚いたわ」
ハリーとドラコも何も言わなかったがおそらく見るのは初めてだろう。
「あいつらはここに住んどるからな。恐ろしく賢い連中だがどうも話が通じん…」
松明のある分かれ道へ戻り、ハグリッドはちょっと悩んで組みを分けた。
「ハリーとサキ、ハーマイオニーとマルフォイで行こう。」
ドラコはギョッとした顔をし、ハーマイオニーはまるで答えられない問題に出くわした時のような顔をした。
ハリーは相性の悪い二人だな…と感じつつも自分とマルフォイが組んでも相性最悪なので特に文句は言えなかった。ただしいくらマルフォイとは言えハーマイオニーの身が心配だった。
「じゃあ僕らはファングと行こう」
「いいよ。おいでファング」
サキも特に思うところはないらしくファングに飛びつかれながら笑っていた。ハグリッドの小屋通いをしているうちにファングを手懐けていたようだ。
「…サキ、用心しろよ。」
「ドラコも喧嘩しちゃダメだよ」
ドラコとハーマイオニーは苦笑いしてお互いそっぽを向きながらハグリッドの後へついていき消えてしまった。
「行こうか」
「うん。次は迷わないようにしないと」
「パン屑でも落として行こうか?」
「はは…ケンタウルスが拾い食いしなければいいけど」
ハリーが明かりを持ちサキがファングのリードを引いて森の中を行く。ロナンは火星が明るいと言ってたが、天高く伸びる木々のせいで足元は真っ暗で1メートル先すらよく見えなかった。そんな暗闇の中でも血痕を捉えられたのは、ユニコーンの血がキラキラと銀色に輝いていたからだ。
恐らく血が流れて間もないのだろう。合流地点の血痕は乾いて灰色になっていた。
こんな輝きをその身に宿すユニコーンは嘸かし美しいのだろう。それを傷つけて血をすするなんて確かに残酷なことだ。しかし生きるために殺すことは間違っているのだろうか?
サキは考える。
サキには罪なきものを殺す事の罪を実感できなかった。
けれども命がどれだけ脆くて不安定かは知っていた。
生き物はいずれ死ぬ。
いつかわからないだけで必ず。
サキは、ついさっきまで食卓の準備をしていたはずの13人の炭化した遺体を見て記憶よりも思考に刻みつけていた。
死ぬべき時に死ねないものは惨めだ。
火に巻かれたなら火に焼かれて死ねばいいのに、13人は焼かれながら呼吸困難で死んだ。
苦しみを想像すると胸が張り裂けそうだった。鏡であの炎を見て以来、サキは肉が食べられなかった。
記憶は抜かれたはずなのに、別の視点から見たその光景がサキを刺激するのだ。
「サキ…大丈夫?」
無言のサキを気遣うようにハリーが声をかけた。
いくら森が不気味でも、こっくり黙り込んでちゃハリーが不安になってしまう。
「ごめん。怖くってさ」
サキはハッとしてごまかした。ハリーは様子のおかしいサキの言い訳に納得しかねたが今ここで理由を問いただしてもしょうがないと思ったので、そのまま空いてる左手でサキの手を握った。
「大丈夫だよ。ファングもいるし花火を打ち上げればすぐハグリッドがくる」
ハリーも少し怖かった。
蹄の他に衣擦れのような木枯らしのような木々と何かが擦れる音がさっきから聞こえてくるのだ。
サキが気づいてるかわからなかったが、それが徐々に、ユニコーンの血を辿ればたどるほどに近付いている気がしてならなかった。
「…ありがと」
「ううん…。そうだ、サキ。もしかしたらクィレルがついに折れたかもしれない」
「え?どうして…」
「泣き言を言ってるのを見たんだ。もう断りきれないって感じでしぶしぶ了解してた」
「誰かに命令されてたの?」
「正直…姿は見えなかった」
けれどもスネイプに違いないとハリーは心の中で付け加える。サキもそれがわかったのでちょっと間を置いた。
「クィレル先生が君に気づいて芝居をしてた可能性は?」
「それはないと思う。僕が通りかかったのは本当にたまたまで、会話の最後をちょっと聞いてから教室を覗いたんだ。」
「それはいつ?」
「木曜日の放課後だよ」
「放課後か…なんとも絞り込めないね」
サキはあくまでもスネイプではないと考えている。どうしてそんなにスネイプを信じるのか、憎しみでバイアスのかかったハリーにはわからなかった。
「クィレル先生が折れたとして、賢者の石を求める理由についてだけど、背後にいる第三者っていうのは…」
サキはそこでハッと息を呑んだ。また重要な話で邪魔が入ったと思い、サキの見つめる方を見た。
そこはすこし開けた場所で、大岩がまるで石板のように地面に埋まっていた。
そこにまるで生贄のように何かが横たわっている。
銀色に光るたてがみと白くて繊細な毛並みが月明かりを反射して星くずのように輝いていた。
光を失った虚ろな瞳だけが深い闇を映している。
しなやかな四肢が力無く投げ出され、胴からは命が流れ出したかのように銀色の血が流れている。
ユニコーンだ。
今まさに死んだんだ。
ハリーもその光景に思わず言葉を失った。
その凄惨な光景は美しいとすら思うほどだった。
サキはそれから目を離せなかった。
そして、そのユニコーンの背後に広がる闇からじわりと滲むように黒いマントの影が現れた。