【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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賢者の石
01.我が家は焼け落ちて


約束して。私を忘れないで。

私の記録が全て消えて、思い出すら曖昧になっても。

…ひょっとしたら、忘れていても思い出すかもね。

鏡に映ったみたいだもの。

ほら、可哀想に。

 

この呪いは貴方に託します。

貴方の大切なものを守れなくてごめんなさい。

其ればかりかこんなものまで押し付けて。

それでも私は呪いの連鎖を断ち切らなきゃいけない。

あなたは自らの尾をくう蛇を知ってる?私達の魔法と生まれを考えればある意味ふさわしいのかしら。

 

財産は全て貴方に預けます。

家財も屋敷も碌なものは無いけれど、好きに使ってください。

さよなら。

愛を込めて。

 

リヴェン・プリス・マクリール

 

 

 

 

羊皮紙に走り書きされた、遺書というには余りにも素っ気ない遺書をただ見つめた。

喪失感に押しつぶされた心が更に軋む。

どうして死は何もかも奪っていくんだろう。いや、この場合は死と言えるんだろうか。

彼女は遠くへ行ってしまった。詩的表現を除去しても、そういうのが正しい。いや、むしろ詩的に言うなら「彼女は死んだ。」か。

自分が決して届かないところへ行ったんだから…死んだも同然だ。

 

全てを呪いたくなるようなそんな気持ちで、その遺書のすぐそばにあるテーブルを見つめた。

彼女が呪いと呼んでいたもの。

かけられた薄い布をそっと持ち上げ、中のものを見て息を呑んだ。

それは確かに、呪いに他ならなかった。

 

 

 

…10年後…

 

 

デッカード警部は困った様子で後頭部をかいた。どうしようもないとき、いつもする癖だ。

問題の孤児は椅子の上に座り尽くし、呆然と机の上のペンを眺めていた。

孤児院の規則なのだろう。女の子なのに短い髪。艶やかな黒髪の右ほほにすこしかかる部分がちょっと焦げていた。

火事にみまわれた孤児院のたった一人の生き残り。それが彼女…サキ・シンガーだった。

孤児院の名前がそのまま苗字に使われているというのは、彼女に身寄りが一切ないことを表している。

 

悲惨だー。只ひたすらに、悲惨だ。

 

溜息をついて、ちょっとでも少女の気を引こうとペンをひょいと持ち上げ、遠くへやった。

しかし少女の視線は動くことはなかった。まるでこの世界に体だけ置き去りにしてしまったようなそんな虚ろな目で机を見続けている。

 

人形 傀儡 抜け殻 …。頭の中に少女を形容するにふさわしい単語が幾つか浮かぶ。どうやら彼女は一時的な失語症にかかってるらしい。ああ、あとついでに不感症にも。

デッカード警部は関心を引くのを諦めた。

 

 

事件が起きた日は、この子の11歳の誕生日だった。

彼女は珍しく院長からおつかいを頼まれて、ちょっと遠いスーパーマーケットへ行った。

頼まれた食材を持って帰ると、孤児院は業火に焼かれていた。

原因はバースデーケーキのロウソクの火、と出ている。なぜか本人不在のまま灯されたロウソクが、なぜか爆発的に燃え広がった…というなんとも納得しがたい報告書が出ている。

 

孤児院にいた13人は煙に巻かれて死亡した。

しかし、13人は脱出可能経路が多数残されていたにも関わらず、まるで逃げ出そうとした形跡がないのだ。

 

焼死者がいなかっただけ…と、口にしかけたがやめた。いかなる言葉もきっと少女を傷つける。いや、そもそもそれが問題ではない。

なぜ13人は魅せられたかのように煙が立ち込める広間で輪になって折り重なるように倒れていたのか、だ。

 

当時の状況を聞こうとしても、ずっとこの有様で文字通り話にならなかった。

病院のカウンセラー全員にかかってもよくなる気配はない。

反応が無いのは承知で、しぶしぶ話し始める。

「…サキちゃん。焼け跡から君のものだって分かるものだけ持ってきたよ。」

紙袋に入れられた、灰を被った彼女の数少ない持ち物。机に置いて反応を見ようか?それは負担が大きいだろうか…と考えながら袋の中をチラッと覗き見た。するとどれもこれもが煤けた紙袋の中に一つ、奇妙なものを見つけた。

消火剤や水のかけられた跡のない、ピンとした封筒。

きちんと蝋封のされたそれは火事にさらされた形跡が全くなかった。

不思議に思い、送り元を見る。

 

「…シンガー孤児院6号室 サキ・シンガーさま。ホグワーツ魔法魔術学校…より……?」

 

口にした瞬間、突然空気が割れたような感覚がした。

風を感じ、顔を上げて出口の方を見る。

そこには白い髭を生やしてローブを着た、まるで絵本に出てくるような老人が立っていた。

「ご苦労警部殿」

「ええ、どうも」

どうも変だという気にはならなかった。柔和に微笑む老人に、自然に席を譲ろうと立ち上がった。

「ああ、結構結構…」

しかしまた座りなおすのもおかしい。デッカード警部はそのまま、老人の横を抜けて出口へ向かった。

この事件はこれで終わりだ。

今まで感じていた悲壮感やら不審感がスーッと抜けてくのを感じた。病室を抜けて扉を閉める頃には、それはすっかり消え去った。

 

俺はなんで病院に来たんだっけか。ああくそ、早く署に帰らにゃならん…。

 

デッカード警部は急いで廊下をかけて行った。その途中、ナースに叱られ渋々と早足で去っていく。

 

「さてー」

老人、アルバス・ダンブルドアは人の入れ替わりに見向きもしない少女の前に座る。

「ああ…これはまた酷い状態じゃのお」

少女の纏う悲愴なオーラと対照的にのほほんとしたダンブルドアはそっとその頭に杖をあて、撫でた。

白く真っ直ぐな杖は、所々が焦げてチリチリになった髪の隙間を滑る。

「ほんの少しだけ…見ないでいいものを見てしまったのだな。ふむ…」

ダンブルドアは瞼を閉じ、こめかみから右頬にかけてまた撫でた。すると杖が梳いた部分の髪が元どおりに戻っていた。

そして、杖の先には乳白色に光る糸が蜘蛛の巣のように風に揺れてついていた。

糸を小指の先ほどしかない小瓶に詰め、コルク栓をして少女の手に握らせた。

少女の頬に一筋、思い出したように涙が溢れた。

「ぅ…」

小さな嗚咽の後に鳴き声が響いた。細い肩を震わせて泣く少女を、ダンブルドアはただ見守った。


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