アイシールド21 強くてニューゲーム   作:ちあっさ

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26th down 葦(あし)

「あった!」

 

桜庭は物置を引っ掻き回して梱包されていた絵本を見つけた。

深夜にやる行動ではないが、彼は全く気にしていなかった。

 

襤褸を纏った旅人が果てしない道を歩いて行く後姿が表紙の絵本。

 

「子供の頃に読んだ時は、なんとなく流して読んで終わってたけど、これに何かヒントがあるのかな?」

 

部屋に戻ると、椅子に座って絵本を開く。

ペラペラとページをめくる。

 

「お、ここまではさっき夢で見たな、続きは…と」

 

 

 

 

「平等で平和な世界なんて矛盾しているんだ、だって…人間の愛は…壊れているんだから」

 

 

それからも、旅人は放浪を続けます。

 

しかし、銀髪の男の言ったことが頭から離れず、徐々に気力が失われていきました。

 

今の旅人はただ、あてどなく彷徨っているだけでした。

 

この世界は何処に行こうとも何も変わりはしないのだ。

 

理想郷とは夢幻なのだ。

 

届かないものを追ってどうする?

 

無いものを探してどうする?

 

何の意味がある?

 

行く先に希望が見えない旅人は、ついに倒れてしまい、

 

そのまま起き上がる気力も無く、意識が遠くなっていきました。

 

 

旅人が次に目を覚ましたのは、粗末なベッドの上でした。

 

近くにいた老農夫がたまたま旅人を見つけて介抱してくれたようでした。

 

 

 

「ああ、ここ思い出した、仲良くなって農作業を手伝いながらしばらく一緒に暮らすんだ、ここはいいや」

 

桜庭はそう言うとパラパラとページを捲る。

 

「このあたりだ、ここから先は全然覚えてない」

 

 

 

ある日、旅人と老農夫は諍います。

 

といっても旅人の一方的な、八つ当たりに近いものでした。

 

この世界に希望はない、どうせ死ぬのだから何をやっても無駄だ。

 

理想郷が見つからないことからついそう言ってしまいます。

 

出来ればそうじゃないよと、理想郷はあるよと言って欲しかった。

 

それに対して老農夫はこう言いました。

 

「知っている」と。

 

絶句する旅人に老農夫は更に言います。

 

「でも、例え今日の終わりが世界の終わりでも、そして私が死のうとも、私は明日のために今日種を撒くよ」

 

老農夫は優しくそう言うと、いつものように農作業に出て行きました。

 

残された旅人は、呆然と座り込んでいました。

 

明日世界が終わっても、自分が死のうとも今日種を撒くなんて、無駄な行為じゃないか?

 

そう思いましたが、老農夫を見ているととても間違っているようには見えません。

 

長い時間そうやって動かずにいました。

 

そしてついに、旅人は悟りました。

 

老農夫の言葉と行動が自分の求めていた答えなのだと。

 

「理想郷などないのだ、あの銀髪の男が言ったように、この世に実現することなど不可能…だがしかし、近づけることは出来るのだ、目指すことはできるのだ、例え届かなくともそれに意味はあるのだ」

 

旅人はいつの間にか涙を流していました。

 

「理想郷とは探すものではなく、目指すものだったのだ!

どうすればもっと良い国になるだろう?

こうすれば更に皆が幸せになるのではないか?

考えて、実行し、一歩でも理想郷に近づけることこそが重要だったのだ。

届かぬからこそ挑むのだ。

例え探した先に理想郷があったとしても。

例え魔人や聖杯という強大な力で理想郷を実現させたとしても。

そんなものに何の意味があろう。

より良い未来を目指して考え続けることこそに意味があるのだ。

その想いが人間をより良い世界へと導くのだ」

 

旅人は喜び勇み、立ち上がって叫びました。

 

「私はついに答えを得たぞ!

 

真実とは、問い掛けることにこそ意味もあれば価値もあるのだ!」

 

答えを得た旅人は、生まれ故郷へ帰っていきました。

 

理想郷という決して届かない夢に挑むために。

 

おしまい

 

 

 

 

絵本を読み終わったが、閉じもせず呆然としている桜庭の中で、本の中の旅人とセナがリンクした。

 

点と点が繋がり、線となった。

 

「そうか…そうだったのか…自分の行いを問いかけ続け現状に満足せず進み続ける…それが「問い掛ける真実」か、それが、セナがやっていたことだったのか」

 

実際にセナがそこまで考えて動いていたかは別として、桜庭春人は彼の中で結論に至った。

目を閉じてパタンと本を閉じる。

 

「ならばオレは…」

 

床に転がる木札を見る。

 

「俺は……」

 

夜がうっすらと明けてきた、スズメの鳴き声が聞こえる。

 

 

「春人ちゃ~ん、マネージャーさんが来てるわよ~」

 

母親が部屋まで来て呼ぶ。

 

「……ってくれ」

 

「えっ?」

 

聞き返す母親に今度ははっきりと、泣きながら叫んだ。

 

「帰ってもらってくれ~!」

 

そうはっきりと大声で言った彼の手には、

 

「アメフト」と書かれた木札がしっかりと握られていた。

 

 

そこから先の桜庭は行動が速かった。

 

子供の頃使っていた家にあったバリカンで頭を剃り、帽子を被ってダッシュでイベント会場へ走って行った。

 

剃ってる途中、入ってきたマナージャーが泡を吹いて気絶したが放置した。

 

 

会場ではジャリプロのファン感謝イベントが始まっており、客席の後ろから走って現れた桜庭が舞台に上がると、ファンから黄色い声援がとんだ。

だがその声援が止まぬうちに、舞台上で桜庭はいきなり帽子を取り、土下座した。

 

ファンから上がっていた大きな声援は、一瞬のうちに凄まじい悲鳴に取って代わった。

桜庭の坊主頭を見たファンの中には泡を吹いて倒れる者もいた。

 

そこで桜庭は全く飾らず、偽らずに正直に今の心境を吐露した。

 

「アメフトで勝ちたいからモデルの仕事は出来ない!ごめんなさい」と、床に額を擦り付けて叫んだ。

 

さっきまでの悲鳴から一転して、水を打ったように会場は静まり返る。

 

土下座の体勢のまま桜庭は思った。

 

(何の説明にもなっていない、ただ俺がワガママを言っただけだ、石を投げられたって文句は言えない)

 

何十秒かの時間がそのまま経過する。

 

非難や罵声はもちろん、物をぶつけられることすら覚悟していた桜庭に返ってきたのは、

 

拍手だった。

 

パチパチパチ、と誰か一人の拍手が少しずつ広がり、会場全体の大きな拍手となっていった。

 

「えっ?」

 

驚いて顔を上げる桜庭。

 

「桜庭君のやりたいことなら応援する」

 

「丸刈りもカッコイ~」

 

「モデルじゃなくなっても桜庭君を追っかけるよ~」

 

「ワイルド系もステキ~」

 

「試合応援に行きます、がんばって~」

 

真っ正直で飾らない態度が良かったのか、ファンには概ね好意的に受け入れられた。

 

「あ、ありがとう」

 

立ち上がり、呆然としながらも礼を言う桜庭。

 

ここは暖かかった。

この場所が、この仕事が自分は実は結構好きだったことがこうしているとわかった。

だからこそあまり長居してはいけないと思った。

甘えてはいけない。

 

何度も礼を言うと、舞台袖ではなく客席に降り、来た道を戻った。

会場を出ると、走り出した。

 

暖かく見送ってくれたファンを振り切るように。

 

「やってやる、やってやるぞ」

 

桜庭は走った、学校へ向かって。

 

「これ以上やったら死ぬってとこまでやってやる!」

 

 

 

回想終了。

 

 

嬉しそうに肩を叩いてくる高見に対し、桜庭は正面を向く。

 

「高見さん」

 

「ん、何だ桜庭」

 

桜庭は一呼吸置くと、はっきりと力強い言葉でこう言った。

 

「俺は………もう二度と負けません!

必ず日本一のレシーバーになります、誰にも負けません!

 

細川一休にも!

鉄馬丈にも!

本庄鷹にも!

 

誰にも、相手が誰でも、必ず勝ちます!」

 

それは桜庭にとっての、誓いであり、決意表明であり、今までの自分との決別であった。

 

 

それからの桜庭は別人のようだった。

一番変わったのはその積極性だった。

今まではモデルの仕事もあり、皆と同じ練習時間ではなかったことからの遠慮からか、いまいち積極性にかけていたが、今ではランニングでは先頭を走り、一番大きな声を出し、倒れるまで動いた。

 

「じゃあ練習量を二倍にするか?」

 

気合の入っている桜庭に高見が言ってみる。

今でも充分に厳しい練習をしているのに倍というのは無茶だが、練習時間を増やしたり、内容を更に考えて密度を濃くしたりとやれることは沢山ある。

 

「望むところです!」

と、今ハイテンションの桜庭からそう返事が来ると思いきや違った。

 

「二倍?…いや、三倍…四倍…いやいや、この際景気よく10倍にしましょう!」

 

と、真顔で言ってきた。

 

「え?…ちょ…え、本気?」

 

マジな桜庭に流石に驚く高見。

 

「桜庭さん変わったなあ、ってゆうかはっちゃけすぎじゃね?」

 

と感想を漏らす猫山。

皆同意見だったが。

 

「変わった?何がだ?」

 

と相変わらず筋肉でしか見分けせず気付いていない人もいた。

 

 

おまけ

 

「お~い、この前の試合、雑誌に載ってるぞ」

 

部員の一人が買ってきたアメフト雑誌を部室で皆で見た時のこと。

 

「どうせ神龍寺ばっかだろ?」

 

「まあそうだけど、ウチも載ってるよ、あの試合は春大会のベストバウトだってさ」

 

「バウトって格闘技で使う単語じゃ…ってアメフトには逆に似合う表現だね、誰だこの記事書いた記者…熊袋って人か」

 

「セナは当然すごいページ割かれて特集組まれてるよ、なんかあだ名もついてる、熊袋記者がつけたのかな?」

 

「なんて?」

 

「え~とね、「閃光の騎士」だってさ」

 

「お~、かっこいい」

 

「そうか、技だけじゃなくて人そのものにもあだ名をつけるのも効果的なのだな」

 

「高見さん、だからって部員全員のあだ名とかつけるのやめてくださいね」

 

「駄目か?」

 

「「「いやです」」」

 

ほぼ全員の部員がハモって言った。

 

「それでですね、この雑誌であだ名がついているのがもう一人いるんですよ」

 

「へぇ」

 

「それがこの試合で影のMVPと評価されている…石丸さんなんです」

 

「石丸が!…まあ、セナと阿含が相殺している間にかなり走ったからなあ、納得だ」

 

「いつの間にか結構な距離走ってたからね、石丸は」

 

「実はあのヒル魔が試合中唯一キレた相手だしな、石丸は」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ、「テメーはジミすぎんだよ、走るなら事前に手ぇ挙げろ!」ってワケのわからんキレ方してたよ」

 

「常時ステルスモード発動してるからな」

 

「で、どんなあだ名だ、「存在自体光学迷彩」とかか?」

 

「お前な…」

 

「いいよいいよ~」

 

「よかったな石丸、異名がつくとはこれでお前も目立てるぞ」

 

「う…うん、そうだね」

 

「で、なんてあだ名なんだ?」

 

「え~とね…「幻の12人目」だってさ」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……………石丸さんって、スタメンレギュラーだよね」

 

「いいよいいよ~」

 

 

セナはその雑誌の片隅に載っている記事を偶々見つけて驚いた。

 

NASAエイリアンズ、来日をドタキャン

 

「これって…春大会で勝ち残っているヒル魔さんが画策するわけないし…じゃあパンサー君はどうなるんだろう?」




・何故絵本か?
最初は桜庭にはもっと苦悩して大会前に答えに辿り着くとか考えてたのですが、
高校生の桜庭君に自力で答えに辿り着けって言われても絶対無理。
高校生活の時間は足が速い。
全国をねらう猛練習をしながらでは考え事をする暇がないっておおきくふりかぶっての花井君も言ってたし。
でも、自分が読んだ本と自分が得た経験のそれぞれの点と点が繋がって線になればリンクして気付いたのだからそれは自分が得た答え。

・真実とは、問い掛けることにこそ意味もあれば価値もある
私の人生で影響を受けたアニメマンガは数あれど、一番はどれかと問われれば迷わずこれです。
「ジャイアントロボ~地球が静止する日~」
そこでのテーマ。
この作品については見どころが多すぎてここでは語らない語れない。

・景気よく10倍
昔立ち読みした本で言い回しが面白かったので覚えていたが、何のマンガが忘れてしまった。だれかわかる方教えて。

・今回のサブタイトルについて
凡人、桜庭春人は「葦(あし)」である。
葦という草は弱いためにすぐしなり、風に負けてしまう。
一方、大木などは風が吹いてもしなることはせず抵抗するので風に勝利する。
しかし大木は何時か強い風に倒され、根元から折れてしまう。
葦は風が吹くとそれに身をまかせてしなるが、風がやむと、徐々に再び元の姿に戻る。
それが「人間」への比喩として使われたのが、かの有名な言葉。
人間は考える葦である
人間は屈しても絶望しても諦めても再び立ち上がることが出来る生き物である。
試合で相手に心を折られて負けました。
でも立ち直ったのでまた戦います。
これでいいのだ。
凡人、桜庭春人は「考える葦」である。

追記
雲水が高見を呼び捨てにしているとご指摘がありまして、確かにそうだったので修正しようと思ったら、何故か私の中でこの二人の会話で雲水の高見呼び捨てに違和感がないことに気付いた。
この二人は仲が良く、他の部員がいない所では呼び捨てで呼び合うくらいの仲でした。ってことにして修正はなしにします。

試合も終わって一段落したし、大阪へ行こうかな。

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