才能とは、繰り返し反復練習をして体に覚えさせるというプロセスを飛ばして、
イメージをそのまま体が勝手に正確に動いてくれること。
それを才能というならば、それが出来る人間を天才というのならば。
そして、それ以外の人間を凡人というのならば。
桜庭春人は後者にあたる。
今まで出来なかったことが大事な本番で出来た。
そんなことが都合よく起こるほど、凡人にとっての現実は甘くない。
桜庭とて努力はした。
しかし、ハーフタイムに一休に指摘されたように、全てを捧げたわけではない。
モデルの仕事は辞められなかった。
仕事の日には学校と監督の許可を得て練習を休んだ。
アメフトをはじめ、競技における練習の重要性は理解していた。
なのに休んだ。
モデルの仕事がアメフトより楽しかったからでは断じてない。
ただ、怖かったからだ。
せっかく得たしがらみを壊すのが。
捨て去ることによって期待してくれていた人達の目が失望の色に染まるのが。
だから、どっちも捨てることが出来なかった。
モデルとして売れると喜んでくれたマネージャーがいた。
身長のある自分がアメフト部に入ると喜んでくれた先輩がいた。
モデルをしながらアメフトで活躍する自分を応援してくれるファンがいた。
全ての期待に応えたいと想い続けた。
それの何が悪いのか?
何も悪かろうはずがない。
桜庭春人は間違ってはいない。
しかしその結果、彼の辿り着いた未来は、高見の投げたボールをキャッチ出来ずに弾いてしまうという現実だった。
「うわぁぁぁ!」
ファンブルしたボールを掴もうと手繰り寄せるように慌てて手を伸ばす。
まだボールは生きている、まだ間に合う、まだ取り返しはつく。
そんな彼に、厳しい現実はこう言った。
「いや、お前はよくやったよ、桜庭春人」
そう優しげに言ったのは、彼にとっての厳しい現実、細川一休だった。
桜庭の最高到達点には一休は届かない。
一休はこれまではそうならないように動いていたが、前のプレーで進から受けた攻撃のダメージでうまく動けず、ポジショニングで先行されて桜庭に先に飛ばれてしまったが、そのアドバンテージがなくなれば彼のフィールドだった、一瞬あればキャッチには十分だった。
「俺に勝てないまでも、心が折れることなく挑み続けた、見た目よりタフだよお前、
ここまで食らい付いてくるとは正直思わなかった」
そう桜庭を褒める一休の両手には、ボールが掴まれていた。
「………」
声もなく一休が持ったボールを見つめる桜庭。
一休は素早く下を確認する。
今度は誰もいない、そもそも進は攻撃に参加していない。
後は着地し、プレーを終えれば試合は終了する。
そう思い、いつも通りの動作でボールを抱え込もうとした時、腕が動かないことに気付いた。
「?」
見ると、自分のではない長い腕が自分の腕に絡みつき、ボールを掴んでいた。
それは、桜庭の腕だった。
桜庭がその長身に見合う長い腕を伸ばしてボールを掴んでいた。
桜庭は普段見せないような鬼のような必死の形相で叫んだ。
「返せぇ!」
強引に差し込んだ手で無理矢理にボールを弾き飛ばそうとする。
普段の彼からは想像出来ない荒っぽさだった。
「わぁぁああああ!」
獣のような咆哮をあげる桜庭。
なり振りなど彼は全く構っていなかった。
「守備の技、リーチ&プルだ…あいつめ、教えてもおらんのに…」
呟いたのは庄司監督。
試合後、この時のことを桜庭はほとんど憶えていなかった。
ボールをキャッチし損なって、後は夢中でボールを追いかけたとしか記憶していなかった。
ギリギリと音を立て、一瞬だけ膠着するが。
「さ…くら………バァ!」
一休の叫びと同時にバチっと音がして両者からボールが弾かれた。
ボールはフワリと浮き上がって宙を舞った。
競り合いをした桜庭と一休は体勢を崩し、胴体から地面に落ちていった。
ここでタイムアップとなる。
このプレーが終了すれば、試合は終わる。
王城が勝利するには、このボールを取って、そのままタッチダウンするしかない。
そして、そのボールを取りに一番最初に来たのは…
観客から歓声があがる。
「最初に追いついたのは王城だ!…アイツは…アイツは、え~っと、誰だっけ?」
「何言ってんだよ、あいつは…ほらあれ……アレ?」
「あんな奴いたっけ?」
「いたよ!ずっといたよ…………いたよね?」
石丸だった。
試合終盤で攻撃面でフル出場中の彼に観客のあんまりな言葉だった。
神龍寺側にも当然ボールに寄せてくる選手が何人かいる。
その中で真っ先に石丸と競り合う選手はを見て、高見が叫んだ。
「ばっ…馬鹿な、何故……一休がそこにいるんだ?!」
それは、細川一休だった。
つい今、桜庭と空中で競り合って体勢を崩し、倒れたはずの彼。
事実、桜庭は背中から地面に落ち、今も立ち上がれていない。
ただ倒れた桜庭と違い、一休は次を考えた。その瞬時の判断が彼らを分けた。
一休は背中から落ちずに、猫のように空中で身体を半回転させてうつ伏せになって身体を丸め、地面に落ちると同時に前に回った。
柔道で言う前周り受身である。
そして、半回転して立ち上がると同時に2,3歩助走しジャンプして石丸との競り合いに参加したのだった。
石丸と一休の競り合い。
ランニングバックの石丸は当然一休とは初対決。
器用貧乏な石丸はキャッチもそこそこ出来たが、走ることが専門なため、レシーバーが相手では分が悪い、しかも、相手が関東最強のコーナーバックとなれば、勝率は推して然るべきとなる。
石丸のジャンプのタイミングも高さも悪くない、言うばれば普通だった。
並では、最強の相手にはならず、健闘するも勝負にならず、石丸はあっさりと一休にボールを獲られてしまった。
キャッチした瞬間、一休はまず桜庭を見た。
桜庭は片膝立ちの状態でまだ立ち上がってすらいない。
次に下を見る。
当然下には誰もいない。
「よし」
一休は問題なしと確信する。
(今度こそは大丈夫、さん……?)
一休は「三度目の正直」と思おうとしたのだが、頭をよぎったのは別の言葉だった。
「二度あることは三度ある」と。
何故なら、一休はまたボールを抱え込めなかったからだ。
またしてもボールと自分の身体の間に腕が差し込まれていた。
それは…
セナの腕だった。
脚も限界で、囮だと思われていたセナがいつの間にか来ていた。
「来たぁ!アイシールド21!」
観客から大きな歓声が上がる。
「あいつめ……無理はしないと言っておいて…」
庄司が苦虫を潰したような表情で呟く。
そして、セナの次の行動に観客や他の選手はもう何度目かの度肝を抜かれる。
客観的にセナの動きを見ると、その動きは一休の直後にジャンプし、ぶつかっていったが、次の瞬間には弾き飛ばされてコマの様に回転しながら吹き飛ばされるという動きに見えた。
だが実際の内容はまるで違う。
前述のように、セナはぶつかった瞬間に手を差し入れている。
そして、右手で一休の抱えるボールを掴んでいるセナは、左の掌を一休の身体に当て、その左手を支点にして体を半回転させ、一気に右手を引き抜いた。
その右手には、ボールが抜き取られていた。
スクリューバイト
力ずくでボールを掻き出すストリッピングに、回転を加えた難易度の高い技。
これが出来るのは、セナの記憶の中にのみいる白秋ダイナソーズのマルコのみ。
セナはこれを、空中で成功させた。
(出来た…マルコさんのスクリューバイトは練習すらしたことがなかったけど、食らったことはあったから技の理屈は頭の中で理解はしていたのでぶっつけ本番でやってみたらうまくいった、やれば出来るものなんだな、握力がギリギリだったけどなんとかなった、進さんとやってる秘密練習のおかげだな)
才能とは、繰り返し反復練習をして体に覚えさせるというプロセスを飛ばして、
イメージをそのまま体が勝手に正確に動いてくれること。
それを才能というならば、それが出来る人間を天才というのならば。
そして、それ以外の人間を凡人というのならば。
小早川セナは前者にあたる。
・
セナのこのプレーを観客席から目玉が飛び出るほどの驚愕の表情で見ている人物がいた。
固まって動かないその人物に、一緒に来ていた女性が声をかける。
「どうしたの?…確かにすごいプレーだけど……マルコ?」
氷室丸子が円子令司に声をかけていた。
隣からの声も気にならない程、マルコは驚いていた。
(あ…あれは、俺が考えて今現在特訓中の技、スクリューバイトじゃないか!
…同じことを思いつく奴がいたのか…俺はまだ未完成なのに…完成してやがる…完璧に…
しかも空中でやるって…出来ねえよそんなもん!…でも)
驚いていただけのマルコだったが、次第にその表情は笑みに変わっていった。
(彼のプレーを見て、未完成だった俺のスクリューバイトも完成させることが出来る。
そうか…腕を引き抜く際には腕の力より腰の回転が重要なんだ…見事すぎるぜ、小早川セナ、もうここまで来ると、彼のプレーは芸術だな)
白秋ダイナソーズのQB、円子令司。
秋大会へ向けて必殺技「スクリューバイト」を思いつき、練習を重ねてきたが、イマイチ完成せず、ここしばらく停滞していた時に見た試合で思わぬ収穫を得る。
しかし、その参考になったプレーをしたセナ自身は、泥門時代に対戦したマルコから食らって憶えていたわけなので、ある意味マルコは自分で自分に教えたことになる。
「…ねえ、マルコ、どうしたの?」
「ああ、マリア、いやね、秋大会までに完成出来たらいいなって技が今出来ちゃったんでね、おかげでもう1個考えていた技の練習に入れそうなんで、嬉しくてね」
「もう1個のって何?」
「ん~……ナイショ」
「あ、そう、ならいいわ」
「いや、そこはもうちょっと食い付こうよマリア」
「そういうノリ嫌いなの、それとマリアってやめて」
温度差は違えど仲のいい二人だった。
このマルコがセナの前に現れるのはもう少し先になる。
・
(よし、あとは着地して走ろう…でも、ここまでただ走るだけだったのに脚がかなりキツイ、さっき倒れたのって、本当に限界だったのかな?この状態でカットとかしたらヤバイかもしれない…でもやるしかない。
限界「かも」しれないという理由で走るのを止めたらもう二度と走れない気がする、もうこれくらいで充分だろう、僕は頑張ったんだ…って言い訳をしてこの先の人生ずっと逃げてしまう気がする。
…すいません監督、監督の言った通り、止まれません…ここで僕のアメフト人生が終わってもいい、行きます!)
覚悟を決めるセナ。
そして、監督の庄司はこのセナの覚悟を正確に察していた。
無理をしないというセナの言葉を鵜呑みにして試合に出させたわけではない。
では大事な選手が潰れるかもしれないという危険を認識しておきながらフィールドに送り出したのは何故か?
王城ホワイトナイツのエースランナー、アイシールド21という選手としてなら庄司は100%止めていた。しかし、人間、小早川セナを止めることが出来なかったのだ。
セナの強い覚悟を感じ取った庄司は、例えここでセナの選手生命が終わろうとも、試合に負けようとも、彼の覚悟を無にすることは彼自身の為にならない。
彼を人生の敗北者にしてはならないと思ったのだ。
実の所、セナの脚は本当に限界だった。
着地後、一度でもフォースディメンションのような脚に大きな負担が掛かる動きをしていれば、セナの脚は潰れていた。
そこで、彼の選手生命は終わっていた。
それくらいの危機だったのだが、そうはならなかった。
彼を救った人物がいた。
「うおおおおおおおぉ!」
セナが着地する寸前に、雄叫びをあげて横から猛然とタックルしてくる選手がいた。
セナの足が地に着く寸前、タックルを決めてセナを背中から地面に押し倒した選手がいた。
金剛阿含だった。
・
このプレーが始まる前。
阿含はセナしか見ていなかった。
ただセナだけを見ていた。
プレーが開始された時も変わらなかった。
ヒル魔がパスを見破り、セナは囮と言った時も、阿含は全く無視し、セナから目を離さなかった。
実際にセナを囮にし、高見がパスを投げた時にも、それをキャッチしようと競り合う桜庭にも、一休にも目もくれなかった。
ただセナだけを見ていた。
だから、セナが自分から注目が逸れたのを見計らったかのように静かに走り出すのを阿含だけは見逃さなかった。
阿含は考えながら走る。
(カスチ…小早川セナが限界かどうかなんて関係ねえ、走れると考えろ。ヒル魔のフォーメーションなら奴は大回りさせられる、その間に俺は例え一度は抜かれても追いつくことが出来る…いや、前提が違う、そもそも走らせなければいい、走り出されるとコイツは何をするかわからねえ、そうなる前に、潰すしかねえ!)
そう考えている間に、セナは一休から空中でボールを奪い取っていた。
空中戦においては阿含ですら認めている一休から、空中で、一瞬で奪い取った。
鳥肌が立つ阿含。
(やはり奴は死んでなんかいねえ、ここだ!ここしかねえ、着地前に…間に合え!)
「うおおおおおおおぉ!」
それは、阿含は意識していなかったが、彼にとっては初めての必死で全力のタックルだった。
・
・
試合終了のホイッスルが吹かれた。
王城ホワイトナイツ 27 - 28 神龍寺ナーガ
試合が終了した。
前回の「指導者失格です」や、今回の「人生の敗北者にしてはならない」等あちこちのマンガのセリフを使ってますが、これについては思う所があり長くなるので活動報告「安西×土井垣×須木奈佐木」に文体とか気にせずそこはかとなく書きました。
文章をほんのちょい修正。