残り時間は15秒、点差は1点、王城ボール。
おそらく1プレー、パス失敗やボールを持った選手がラインの外に出るような時計を止めるプレーなら2、3プレーは出来る微妙な残り時間。
それで試合は終了する。
王城のキッカーの力ではフィールドゴールを狙うのはほぼ不可能な距離と位置。
更に相手が強烈なプレッシャーをかけてくる神龍寺ナーガでは尚更だ。
王城も試合終了間際でのインターセプトに逆転勝利が手の届く位置に見えてきたことにより、接戦に観客は多いに盛り上がっている。
しかしここで王城は最後のタイムアウトを使う。
選手達も心配そうにベンチに集まって来る。
問題はセナ。
エースがここへきて限界に達し、倒れてしまったからだ。
阿含はまだ動けるのにセナが倒れたのは、セナより阿含の方が体力があるからではない。
逃げる者と追う者では走行距離も消費するスタミナも全く違う。
追う者は一直線に追えるだけに足の負担も少なく距離も短い。
相手を避けるために走行ルートは円弧になるセナと、セナという点に向かって直進できる阿含では実際の距離は倍近くの差が出てくる。
そして、セナが実際に走った距離は、泥門時代の対神龍寺戦を遥かに上回っていた。
その時の1試合で走った走行距離を、この試合では実は前半終了次点で超えていた。
・
「…………」
ベンチに座ってアイシングをしてもらいながら、セナは昔を思い出していた。
(…フィールドで倒れるのって、泥門時代の神龍寺戦以来かな?しかも相手も同じ阿含さんときた。
あの時は確か…そうだ、蛭魔さんと武蔵さんがケンカするフリして、僕が阿含さんと戦うと見せかけて雲水さんにブリッツかけてボールを奪って、そして、阿含さんを初めて抜いてタッチダウンしたんだった…なんだか懐かしいなあ)
周りの心配を他所に思い出に耽るセナ。
倒れたことは初めてではないため、それほど慌てずに落ち着いていた。
そこからセナは自分の身体との自問自答に入る。
(あの時も倒れたけど、試合に出続けたんだ、プレーの合間にアイシングしながら、なんとか誤魔化しつつだったけれど、試合終了までプレイしたんだ…
…今の僕は、どう?走れる?)
脚に手を置き、自分に問いかける。
色々な返事が返って来る。
(メゲるわ)
(…駄目?)
(……つらいよ、もう限界だよ……でも…でもね、前と同じだよ)
(うん、前と同じでツライね)
(でも、前と同じなら…)
(だったらイケルぜ!)
(走ろう!)
((走ろう!!))
・
・
・
(…いろいろ考えた所で、最終的にはやっぱり僕の答えはこれか)
・
セナは顔を上げると、自分を心配そうに見つめる仲間達にはっきりと元気良く答えた。
「行けます、走れます!」
おおっと沸き上がる王城ベンチ。
実際は前と同じではなく、走行距離は遥かに長いのだが、それを同じ感覚に思えるくらい、セナは成長していた、本人は自覚してはいなかったが。
しかし、静かにそれを告げる者がいた。
「駄目だ、交代だ、小早川」
「…」
一瞬で静まり返る王城ベンチ。
そんな凍り付いた空気をよそに、その人物は指示を出す。
「猫山、小早川の代わりに入れ」
「か、監督!」
堪らずに高見が声をあげる。
「なんだ高見?」
セナの交代を指示したのは、王城ホワイトナイツの監督、庄司だった。
「あ、あの…ここで小早川を下げるっていうのは…」
「小早川は足の筋を痛めている、病院へ連れて行かなければならん、今無理させれば選手生命に関わる、交代は当然だろう」
「か、監督、僕はまだ走れます!」
セナも言うが。
「お前の限界を決めるのは、監督である私だ」
却下された。
「………」
にべもない監督の対応に、セナやチームメイトは押し黙ってしまう。
それを見た庄司は、少々の説明の必要を感じたのか、ゆっくりと話し始めた。
「…確かに、あと1プレーくらいなら、と思うかもしれない。だがその1プレーにかかる負担が小早川の場合は桁違いに大きいのだ。あの後ろへ下がる動きも、小早川以外であれが出来る人間を私は知らない。脚の怪我は取り返しがつかない、多分大丈夫だろうでは駄目なのだ」
周りを見回し、全員が大人しく聞いているのを確認し、庄司は話し続けた。
「さっき、私は限界を決めるのは私だと言った。これはな、実際にプレーしている選手がこれを判断することは不可能に近いからだ。負けても次があるプロと違い、高校の大会は総当りではなくトーナメントであるため1試合1試合が非常に重要だ、更に高校生という短い期間であれば出る試合全てが選手生命を賭ける価値があると考えてしまう。実際に限界を感じていても今までの自分や仲間の努力を思うとどうしても出ようと思ってしまう。ここで足が痛いから止めときます。なんていう人間はいないのだ。一生懸命練習していればいるほどにな。
もう一度言うが、選手に限界を判断することは出来ない、だからこそ私のような監督やコーチが存在するのだ。
……納得したか?」
「………」
選手達からは返事がなかった。
しかし、先程までの「どうして?」と納得できない感じではなく、「セナが出れないのはしょうがないのか?」という雰囲気になってきていた。
庄司はセナを見て話す。
「…私とて、小早川のプレーはもっと見ていたい。本当ならばもっと早くに代えるべきだったのだ。
しかし、どんどんよくなるお前のプレーを見ていて、未だ成長を続けるお前のプレーを見ていて、つい、交代させるタイミングを逸してしまった。倒れてから交代させるなど…指導者失格だ」
「………」
監督にここまで言われて尚、セナを出場させたいなどど言えるわけもなく。
高見や雲水を始め、チームメイトは納得するしかなかった。
セナ抜きでどうするか考えよう。そんな流れになりそうな時。
「…………監督、お願いがあります」
話しかけたのは、セナだった。
・
「セナだ、100%セナで来る」
神龍寺のベンチ。
ヒル魔が確信を持って断言する。
「この土壇場で一番強いカードを切らねえ指揮官はドアホだ、だからセナだ…
…だだし、さっきのプレーで続行不可能になって交代してたら別だがな」
「出てきますかね、アイシールド」
進に殴られたダメージが回復仕切れていないのか、ベンチに座ったままドリンクを飲んでいた一休が言った。
「俺なら出すし、セナ本人の判断でも出るだろう、だがあそこの監督は庄司だ。
あいつは現役時代、相棒とも言うべき選手を怪我で失っている、あの監督の思考パターンからいって、ここでセナを下げても不思議はねえな」
そう言うヒル魔に即座に否定の声があがった、阿含だった。
「奴は出てくる、必ずな。
足が痛い?潰れるかもしれん?
そんな甘っちょろい理由で交代なんかしねえよ」
そう言う阿含に苦笑いをしながらヒル魔は言う。
「それを止めんのが監督の仕事なんだよ、セナには未来がある。まあ誰だってあるけどよ、アイツの場合は将来日本のアメフト界を背負って立つ人材だからな、庄司なら出さねえよ」
「だがチームとして勝ちにこだわるなら小早川を出すんじゃないか?」
武蔵が言う。
「まあ、そういう選択肢もある…さて、王城はどうするのか、見せてもらおうか」
・
タイムアウトが終了し、王城ボールで試合が再開する。
フィールドに立つ王城ホワイトナイツの選手の中に、
小早川セナはいた。
交代をせずに、いつも通りにフィールドにいる。
庄司監督は腕を組んだまま無言で立っている。
ポジションにつく王城の選手を見ながら、ヒル魔は考える。
(セナは交代しなかったか、今の王城がウチに勝つにはセナが走る以外の選択肢はねえが…
何かひっかかるな…そこまででかかっている気はするんだが、何だ?考えろ俺)
「HUT!」
高見の声がかかる。
1回目はダミーで誰も動かなかった。
(王城の選手の顔が強張っているな、これは何か奇策をやろうとしているからじゃなくて、土壇場のこの場面にただ単に緊張しているだけだな…じゃあ俺は何に引っ掛かってる?)
「HUT!…HUT!」
ダミーの掛け声が続く。
(そもそも、庄司の奴はどうしてセナを出した?
俺はあの監督なら絶対に下げると思っていた、セナのあの転び方は間違いなく脚を痛めている。
もう一度あの後ろに下がる動きをやったら多分…いや、かなりの高確率でセナは潰れる)
「HUT!」
4回目のコール、まだ動かない。
(こっちのディフェンスはセナを止めるためのフォーメーションじゃない、スピードを殺すためのものだ、もし阿含が抜かれても隙間のないディフェンスラインでセナを迂回させ、その間に阿含に追いつかせる、あの後ろに下がる動き…仮にフォースディメンションとでも名付けるか…を2回以上はやらないとタッチダウンには至らねえハズだ、そうなればまず間違いなくセナは潰れる、選手生命も終わるだろう、高見だってこっちが対セナ用のフォーメーションを組んでいることぐらい予想出来るし、ポジションにつけば確信できるはずだ…)
「HUT!」
(まさか…打つ手がないのでセナに全てを託すという無策…?)
「HUT!」
(いや…高見はそんな奴じゃねえ…ならばセナが出てきたのは………
…
………囮)
「HUT!」
このコールの瞬間、プレーが開始された。
同時にヒル魔が叫ぶ。
「パスだ!セナは囮だ」
ヒル魔の言った事を証明するかのように、ボールを受け取った高見は、パスの体勢に入った。
セナは微動だにしていない。
(庄司がセナを下げなかったのは、囮として使うので動かす気がなかったからか、こっちの立場としては例え相手が囮ですと教えてくれてもセナがフィールドにいる以上、対策を取らなければならない、パスへの警戒が薄く、更に一休はまださっきのダメージから回復しきっていない、一か八かパスに賭ける価値はあるってことか)
ヒル魔の考察は的を得ており、タイムアウト時にセナが庄司にお願いしたのが正にそうで、役割は囮、絶対に無茶な動きはしないと約束してなんとか出場の許可を得ていたのだった。
(それにしても、俺も気付くのが遅いぜ、焼きが回ったか…いや、衰えたんじゃねえ、俺自身がピンチ慣れしてねえんだ、頼りになる仲間が多くて弱い敵とばかり戦ってきたからな、味方の強さに不満を垂れるほどバカじゃねえし、敵の強さに物足りなさを覚えるのは贅沢だ…そう考えたら、これはむしろ願ったりな状況じゃねえか…だからといって…)
(だからといって、桜庭ごときが一休に競り勝てると思うのは甘いんじゃないか…
…とか思っているんだろう、ヒル魔よ)
ヒル魔の思考とリンクしたかのように読み取ったのは高見。
大きく振りかぶり、投擲に入る。
投げるフォームはいつもより大きく、高く。
(問題は桜庭がキャッチ出来るか否かのみ、一休は問題じゃないんだよ!)
「この…エベレストパスにはな!」
高見は自分の腕の最高地点でボールをリリースした。
エベレストパス。
高見が以前から考えていたパスで、長身同士のQBとレシーバーのコンビで行うプレーで、
誰も届かない高度でパスの遣り取りが行われるため、投げた瞬間からボールのインターセプトが不可能という技だ。
「うわっ、高ぇ!」
観客が驚いて声をあげるほど、高見が投げたボールは大暴投かと思えるような高度で飛んでいく。
高見が心配しているように、問題は桜庭のキャッチの技術。
練習でも桜庭の跳躍の最長地点でのキャッチはほぼ成功したことがない。
成功したのはノーマークでプレッシャーがなく、パスも緩い山なりの場合のみだった。
試合で、しかもこの土壇場の緊張の中で、一休のマークを受けて、ボールの速度は最速。
ぶっつけ本番と言っても差し支えない状況でボールはうなりをあげて飛んで行く。
ボールの先には桜庭と一休。
次話で神龍寺戦決着。