「痛っ!…かなり脚に無理がきてるな、もうあんまりもちそうにないかな…でも、まだいける!」
脚をアイシングしながらも気力十分のセナは走ってフィールドに戻った。
神龍寺の攻撃。
・
「すごい…」
栗田にはセナがブレたようにしか見えなかった。
「人ってあんな動きも出来るんだ…」
彼は純粋に感動していた。
「でももう、ウチの攻撃でタイムアップになりそうすね、まあもし王城に攻撃権が移ってアイシールドにタッチダウンを取られてもキックの1点を足しても27点、1点差でウチの勝ちッスね、残り時間は全てハドルで使い切れるし、99%ウチの勝ちっすよ」
一休が少し楽観視して言う。
それに対し、ヒル魔が即言い返した。
「1%…負けるんだぞ」
顔つきが変わる一休。
「すいません、ヒル魔さん、ゆるんでました」
「で、キックではなくタッチダウンで同点を狙ってくるかもしれんが…問題ないな」
あっさり話を戻す武蔵に山伏が落ち着いた口調で答えた。
「ああ、それに対する練習だけは、死ぬほどやっとるからな」
・
一方阿含、真正面から抜かれるなど生まれて初めての屈辱に頭が沸騰しそうなほど熱くなっていたが、それでも思考は続けていた。ここでの思考放棄は敗北でしかないとわかっていたからだ。
(くそ、あのカスチビめ…バケモノチビめ…あんな動き出来るかよ、いや、やる必要はねえんだ、止まればいい、下手に突っ込んだら下がって相殺されて抜かれる…ならば…アイツが下がった瞬間にこっちは止まる、その場で堪えるだけならばいけるはずだ、そうすればアイツが下がった分距離があく、そうなればどう動こうと俺は反応出来る。その俺の反応に対してヤツはまた下がるかもしれねえが、そこから先は繰り返しだ、こっちも止まればいい、そうやって何とか食らい付いていけばなんとか………なんとか…ん?)
ここまで考えた時、阿含は自分が何を考えていたのか気付いて愕然とした。
…何とか食らい付く?…コノオレガ?
神速のインパルスと言われたこの俺が?
100年に一人の天才と言われたこの俺が?
何とか食らい付く?
阿含は意識しないうちに、肩が大きく震え、凄まじい形相で歯を食いしばっていた。
(……許せねえ、許せねえぞ、小早川セナ、絶対潰してやる)
・
「HUT!」
サンゾーがボールを受け取り、中央突破を計る。
ラインに隙間が空けばそのままゲインし、行けなければ真後ろにいる阿含にバックパスをする。
スタート開始直後の自陣内でのプレー、鉄壁のラインの後ろ、失敗の要素のない鉄板の作戦でまずは時間を使って上手く行けば進む。
そんなことを考えてのファーストダウンのプレーだったが、プレーが始まると同時にヒル魔は悪寒がした。
安全で絶対的に安泰な揺ぎ無い大地の上を歩くような作戦のはずなのに、気が付くとそこは大地ではなく薄氷、少しでも身動ぎすれば氷の下へ落ちるかのような不安定さに襲われた。
何がそう思わせたのか?
セナか?と思ったがすぐに否定した。
プレー直後にはセナのポジションからはサンゾーは見えない。死角で見えない以上、反応することは阿含でさえ無理だ。不安要素はセナではない、論理的にそう結論付けられるのに、ヒル魔にはそれでもセナがこの悪寒の元だと理屈ではなく気付いた。
阿含も疲労が限界に達していたが、論理的な危険性に気付いた。
そしてセナは見る、阿含の超反応は鏡、阿含の目の動き、手の動き、身体の重心はランではなくパスを受け取るかのうような少し後ろにとっている。
セナが身につけているのは察気術とでもいうべきか、彼は相手の僅かな動作から次の行動を予測する。
しかしこのプレーでのセナは、阿含の次の行動を予測すると同時に、「思い出した」。
(そうだ、この状況はあの時と同じだ)
その先は考えたわけではなく、ただ自然と身体が横へ跳んだ。
顔は前を向いたまま、目は阿含を捉えている、にもかかわらず、完全な死角からサンゾーが投げたバックパスを、セナはがっちりとキャッチした。
泥門時代には人間の動きとは思えない横っ飛びでボールを弾き、こぼれ球を十文字が取ってタッチダウンしたが、無意識とはいえ、二度目のセナはこのボールをキャッチした。
「な、何よ今の、人間の動きじゃないじゃない!」
サンゾーが驚くのも当然だ、全力で阿含のいる方へ走りながらこっちに一瞥もなしに横っ飛びしてボールを奪うという動きも異常だが、それ以上にその反応速度があり得なかった。阿含の神速のインパルスのように見てから反応するのならまだ理解出来るが、今のセナのプレーはサンゾーのパスに対して、見ないで同時に動いたのだ。
ただ驚くサンゾーに対し、阿含はある程度の分析はできた。
(俺の瞳に映った
試合前まではセナのことをカスチビ扱いしていた阿含だが、この時に至るとついに阿含の中ではセナは未知のバケモノとなっていた。
ボールをインターセプトしたセナはそのまま斜め前へ走り出した。
阿含はそれに反応したが、味方の選手が邪魔で思うようにセナに近づけず、セナに一歩先を行かれてしまった。
プレイ開始直後で回りは全員神龍寺の選手、当然潰そうと立ちはだかる。
「潰せー!」
セナに向かって猛然と突撃する神龍寺のディフェンス。
このあたりの切り替えの速さは流石というべきだが、相手が悪かった。
「バカ、行くな、隙間を塞いで阿含を待て!」
ヒル魔が声を掛けるももう遅かった。
・
進行方向に二人、こっちに向かってくるが、この試合で阿含とばかり遣り合っていたセナにとって、それ以外の選手の動きは止まって見えた。
目の前の選手が自分を捕まえようと手を突き出してくる、正直もどかしいレベルだった。
「どけ!」
次の瞬間、向かっていった神龍寺の選手は、セナの後方でもんどりうって倒れ、セナは更に加速して前方を走っていた。
半歩下がることでその手の動きを相殺する、目の前の動かない腕を掴んで後方へ引っ張って流す、同時に自分はその勢いで前方へ跳躍する。
相手の攻撃を弾くではなく、利用する。
泥門時代の十文字達ラインが使っていた不良殺法。
阿含相手に掴むという行為は危険かもと使うのは控えていたが、セナはここで使った。
囲み潰そうとするディフェンスをあっというまに抜き去り、阿含が追いつく前に密集地帯を抜けた。
そうなればもうセナに追いつける相手などおらず、そのままタッチダウンを奪った。
26-28。
2点差となった。
・
ボーナスゲームについてその場で早急に打ち合わせする王城。
「さて、次どうするか?」
「キックなら1点差、タッチダウンなら同点だ…成功したらだが」
「データによると神龍寺はタッチダウン後の2点狙いを許した事がないんだそうだ、創部以来ただの一度も」
「確かに、超反応の阿含、空中戦のスペシャリスト一休、栗田、山伏のライン、セナのホワイトアローでもタッチダウンは不可能と言っていいだろう」
「だからといってキックの1点じゃあ追いつけない、この後は神龍寺の攻撃、ハドルで時間潰してるだけでタイムアップなんだぜ!」
「………」
誰も良案が浮かばずに沈黙する中、高見が言った。
「ならばキックで1点取っておこう、ギャンブルは好きじゃないが、するとすればここじゃない、次のプレーだ」
セナはヒル魔さんならこんな時どうするだろうかと考えていたので、高見の考えはすぐ察した。
「…オンサイドキック」
「そうだ小早川、それで攻撃権を奪取する、それしかない」
「混戦の中の空中戦か、となると…」
そう言った雲水が見たのは、王城で最も背が高いレシーバー、桜庭春人だった。
今日、桜庭は一休に一度も競り勝っていない、それを当然皆知っていた。
それでも、高見は桜庭に言った。
「…桜庭」
「は、はい」
「任せる」
いつものハドルと変わらぬ口調で高見は静かに桜庭に告げた。
それを聞いた桜庭は、何か言おうとしたが止め、決意の篭った目で答えた。
「……………はい!」
(今日一度も勝ってない俺なのに、高見さんは信じてくれている、どうやったら勝てるかなんて今もわからない、でも、今勝つしかないんだ、かっこ悪くたっていい、マグレでも何でもいい、勝ちたい…いや、勝ちたいじゃない、勝つんだ!)
(泥門時代の西部戦を思い出すな…こんな時にモン太がいればなあ…いや、やめようこんな考え色々な人達に失礼だし)
セナがそう思うのも無理はない、王城の選手となったセナは色々なレシーバーを見てきたが、モン太ほどキャッチに特化した選手は見たことがなかったからだ、その成長の早さも。
(僕は僕で出来る事をしよう、それは、阿含さんを競り合いに参加させないことだ)
キックで着実に得点し、遂に1点差となる。
・
開始のキックは大田原が低く蹴った。
強く、低い弾道のボールはランダムに跳ね、暴れ馬のように予測がつかなかった。
動きが予測できない以上、モノを言うのが反射神経、当然阿含が一番早く反応した。
その阿含に即座に反応して追いかけるセナ。
しかし、セナが方向転換しようと一歩踏み出した瞬間。
ビキッ!
「うがっ!」
と足の靭帯あたりのスジが嫌な音を立てた。
踏ん張ることができず、もんどりうって倒れるセナ。
「「セナ!」」
祈るようにプレイを見ていたまもりや鈴音は驚いて声をあげる。
しかし一番驚いたのは阿含だった。
自分の反応に即座に対応し、ぴったりと張り付いてくるだろう、ここからどうするか、先にセナを攻撃するか、無視してボールを取りに行くか、と、ある意味ボールを取るよりセナとの駆け引きばかり考えていた阿含にとって、セナの取った行動は何もせずそのまま転ぶという予想外のものだった。
「え?」
と、驚く阿含。
あ?ではないところが彼の驚きの大きさを表しているといえるだろう。
つい、超反応で振り返ってセナを見てしまう。
咄嗟の反応の速さが仇となり、完全に阿含は出遅れてしまい、ボールの取り合いから脱落してしまった。
そんなボールに一番速く追いついたのは桜庭春人だった。
ちょうどボールが高めに跳ねたところに一番最初にジャンプする。
この試合で桜庭は一休より先に跳んだことすらなかった。
全て先に反応され、前に回りこまれていた、ポジショニングでもことごとく負け、ボールに触れることすらできていなかった。
そんな桜庭にボールの方から跳ねて向かってきてくれるという千載一遇のチャンス。
この試合で初めて先に跳んだ。
(や、やった…俺が走りこんだ所にボールが来てくれた、取れる!)
「よしっ!」
手を伸ばしながら思わず声が出る桜庭だったが、当然そんな簡単ではなかった。
ジャンプした桜庭の首筋に息がかかるくらいの真後ろから声がした。
「んなワケないだろ、俺がいるのに」
この1試合でトラウマになるくらい聞かされた声、細川一休の声。
誰かなんて考える必要もなく、振り向いてみる必要もない。
何故なら、桜庭の指の先にはボールではなく、一休の手が見えていたから。
(お、俺のほうがいいポジションで先に跳んだのに、一休は俺より遠くから俺の後に跳んだのに、俺よりボールに速く到達するのか、そこまで差があるのか、俺と一休の差は運が味方についた位では覆せないのか?)
心が絶望に染まりながらも必死に手を伸ばす桜庭だが、スピードで桜庭を遥かに上回る一休は、一瞬で桜庭を空中で追い抜き、ボールを両手でがっちりとキャッチした。
桜庭と一休の勝負は、一休の完勝で終わった。
なんと桜庭はこの試合でまだ一度もボールに触っていない。
単純な話、長身の桜庭が垂直にジャンプし、最高到達点でボールをキャッチすれば一休には絶対届かない。
ポジショニングの巧さで一休がまだ格段に上手でまずそんな状況にはならないが。
もし運が良くてなったとしても、全力ジャンプの最高点でボールを取る技術がまだ桜庭にはなかった。
桜庭の主な敗因は、高さでは優っているのに、経験や技術、スピードという相手の得意分野で勝負したことにある。最も、そうなるようにしているのも一休だが。
「よし」
ボールをキャッチした一休は、直後に空中ですばやく両手でボールを懐に抱え込んで確保する。
後は着地してヒザをつけば神龍寺ボールが確定する。
が
一休には地面が見えなかった。
一休の着地点には、
進清十郎が右腕を引き絞って待っていたからだ。
このプレイは確かに王城は運がよかった。
桜庭の前にボールが跳ねたこと。
そして、一休の着地箇所に間に合う位置に進がいたこと。
進は、渾身の力をこめてボールを抱えている一休の腹にトライデントタックル、いや、トライデントアッパーを叩き込んだ。
「ゲッボァ~!」
一休は自分のスピードに進のパワーを加えたカウンターで直撃を食らい、文字通り空中に吹き飛んだ。
肺の中の空気を一瞬で吐き出すような声というより音を口から出す一休。
もし、ボールと言う緩衝材がなければ胃に穴が開いていたかもしれない。
ボールを離さないようにするどころではなく、ボールも一緒に空中に舞い上がった。
ボールが上がる、桜庭の真上に。
それを見たベンチにいた高見が大声をあげる。
「今だ桜庭、跳べ!高さなら、高さならお前より上はいないんだ、飛べ~!」
高見の声を聞き、ボールが真上にあるのを見た桜庭は、着地してすぐにもう一度跳んだ。
「うおおおおおぉっ!」
神龍寺の選手も反応が早く、数人競り合いに来ており跳んでいる。
しかし、手を伸ばす神龍寺の選手の腕の位置に、桜庭の顔があった。
それくらい、勝負にならないくらい高い位置で桜庭はボールを両手で掴んだ。
そしてそのまま着地する。
王城ホワイトナイツ、オンサイドキックによるボール奪取に成功。
薄氷の文章はアカギの鷲巣様から引用。