関東大会の一回戦の相手が神龍寺ナーガに決定した。
皆が試合直前の最終調整をする中、僕は親友「だった」彼と邂逅した。
「キャッチMAX~~~!!!」
校外にランニングに行った帰り、王城高校敷地内の多目的グラウンドの近くを通りかかった時に聞こえたこの声に飛び上がって驚いた。
「モ…モン太?!!!」
セリフといい、声といい、間違えるわけの無い懐かしい声。
慌てて全力ダッシュでグラウンドの脇まで走る。
(ここは王城高校の敷地内…ってことは、モン太は王城に入学してた…同級生全員の名前の確認なんてしてないけれど、気付かなかったなんてあり得ないんじゃ…)
グラウンドでは、野球部が練習試合をしていた。
スコアボートを見ると、「王城高校 対 泥門高校」と書いていた。
声はグラウンドから聴こえた、そして現在は王城高校の攻撃、つまり、あの声は泥門高校の選手だということになる。
見ると、ボールをキャッチしたレフトが返球するところだった。
フェンス際でダイビングをしたのか、帽子が脱げていてすぐわかった。
雷門太郎。
自分と変わらない身長、短いツンツン頭、鼻の上の絆創膏、太い眉、そしてお猿さん顔…は失礼か。
間違いなかった。間違えるわけがなかった。
モン太がいる、野球をしている、レギュラーとして試合に出ている。
でも、どうして?
確かモン太ってノーコンで三軍落ちだったはずでは。
と、思ってたら。
モン太は、ヒュっとボールを内野手へ投げて返した。
「あ…れ?」
つい声に出してしまう。普通に返球した。ノーコンなんかではない。
僕がいた泥門時代には、モン太のノーコンは結局直らなかった。
ではこの世界はモン太がノーコンではない世界ということになるのか。
そう思っている間にまた王城の選手が打った。そしてまたレフトに飛んでいく。大きな当たりだ。
フェンス際まで飛ぶ、普通なら完全に抜ける当たりだが、
モン太はほとんど打球を見ずに全力で走り、フェンス際でそのままジャンプして背面でキャッチしてしまった……これ……デビルバックファイアじゃないか。
「……すごい」
僕の独り言に、答えを返してくれる人がいた。
「すごいだろう、あいつは、キャッチに関してだけは天才だよ」
そう言ったのは、泥門の監督のようで、タバコを咥えた不機嫌そうな人だった。
「え……っと、泥門の監督さん?」
「ああ、そうだ」
僕はどうやら泥門側のベンチ脇に来ていたようだった。
ならばこれ幸いと隣に移動し、話をきいてみることにした。
「今のキャッチもな、あいつはバッターが打った瞬間に打球の勢いと上がった角度で落下地点がわかるんだよ、だからあいつは打球をほとんど見ないでキャッチできるんだ、すごいだろう」
泥門野球部の監督は、王城の生徒である僕が、自分の高校のチームの選手に感心しているのに気を良くしたのか、機嫌よく話してくれた。
「まあでも、最初はキャッチ以外は酷いもんだったんだがな、雷門は」
「と言うと?」
「信じられないくらいのノーコンだったんだ」
来た、モン太はやっぱりノーコンだった。ノーコンじゃない世界なんかじゃなかった。
では何が、彼を変えたのだろうか。
「一年が入部テスト前にある程度の実力を見るんだがよ、あいつのノーコンは常識じゃあり得なかったんだ、投げる球が真横とか、下手すりゃ後ろに行くんだぜ、信じられるか?」
そーいえば、そんなノーコンの場面を何度も見たことがあるなあ、言われてみれば、信じられないくらいのノーコンだな。
「普通に投げてりゃあな、真横とか後ろに行くなんて人間の骨格じゃあり得ないんだ、骨が変形でもしていなければな、あまりに変なんで、俺がちょっと雷門の投げ方を見てやったらよ、もうすごい投げ方してんの」
身内の恥の話なのだろうが、もう過去の話なのだろう、思い出し笑いをしながらサバサバした表情で楽しそうに話す監督。
「間違ってんのよ、投げ方を、しかも全部」
「投げ方を…全部って、どういうことですか?」
「詳しく聞きたい?」
「はい、是非!」
「よろしい、えっとな、球を投げるスローイングってのはな、簡単に分けると三つに分類できる、
ボールの握り方、腕の振り、ボールを離すリリースポイントの三つだ。
ボールを持って、腕を振って勢いをつけて離す、それだけのことなんだ、慣れれば簡単なもんだ。
ここまではいいか?」
「はい」
身振り手振りを加えて判り易く説明してくれる泥門の監督さん、不機嫌そうな見た目に対して結構親切な人のようだった。
「雷門はな、この3つを3つとも致命的に間違ってたんだ、
まず握り方だが、普通は腕の力がまっすぐ伝わる中指と人差し指の2本と親指で掴んで後の指は添えておくだけだ、だが雷門はまず手の平にボールをぴったりと当てて、五本の指で包むように鷲掴みだ、
掴むことばかり考えてて離すことが念頭になかったんだな」
確かに、そんなに深く握ったら離しずらいことは確かだな。
「次は腕の振りだが、投げる方向へ向かって腕を振る、当たり前のことなんだが、これも出来ていなかった、上から投げる場合、投げる方向さえ合っていれば上下に外れることはあっても左右にずれることはない、バッティングマシーンが判り易いな、リリースポイントが一定ならズレるわけないんだ、それを雷門の奴は、後ろから振りかぶって横へ腕を振ったりな、真上へ腕を振ったりな、最初見たときはふざけてるのかと思ったが、真面目にやってるのがわかった時は驚いたぜ」
キャッチに100%集中していたモン太は投げることに関しては1%も考えていなかったってことなのだろうか。
「最後はリリースポイント、ボールを放すタイミングで、まあこれが一番難しいんだが、普通は練習を重ねて一定させる、あいつはキャッチに関しては物覚えはいいんだが、それ以外は、なんて言うか、鳥頭なんだよ、すぐ忘れるの、リリースポイントなんて、気が向いたらボールを離すみたいな、投げる度に違ってたな、腕のバックスイング中にボールを離すなんてアホなことしたこともあったな、だから真後ろにボールが飛んでいく。で、この三つが組み合わされば、脅威のノーコン怪人の出来上がりってわけだ」
……キャッチに集中し過ぎて正しい投げ方を覚えなかったのがノーコンの原因だったのか。
「…それを、あなたが矯正したおかげで正しく投げられるようになったのですか」
「まあな、と言っても基本を反復練習させただけだけどな、まともに教わったことがなくて自己流だったし、何よりアイツはバカだ、全部間違う程なんだから間違いねえ、
全く、小学生から野球やってる奴に基礎から教えたのは初めてだよ」
そこで一旦言葉を止め、監督はモン太を見ながら、「でもな…」と続けた。
「アイツは努力家で、真面目で、一途で、キャッチに関してだけは天才だ、俺はアイツのファンでもある」
モン太は元気にチームメイトと声を掛け合っている。
楽しそうだ、目がキラキラしている。
「…そうですか、お話してくれてありがとうございました」
僕は礼を言って監督から離れ、ランニングを再開した。
僕に出来ることはなかった。
アメフトに誘うという選択肢は完全に僕の中からなくなっていた。
もし彼が泥門かどこかの高校で野球で三軍に落ちて燻っていたら、
アメフトに誘ってみようかと思ったことはあった。
でも、それはもうない。
なぜなら
彼は今、夢の中にいる。
子供の頃から夢見ていた世界へ向けて挑戦している。
モン太とまた一緒にアメフトが出来れば楽しいだろう、それはとても幸せだろう。
だけど、それは出来ない、もう出来ない、決して。
ここで話しかければ知り合いになれるだろう、続ければ彼は人見知りしないので友達になれるだろう、
でも、それもしない、無理に知り合おうとはしない。
彼は彼の道を行っている。
僕は僕の道を行く。
縁があればまた会えるだろう。
僕は、最後にもう一度振り返り、グラウンドを駆け回るモン太を見てこう言った。
「がんばれ、モン太」
モン太とは縁があり、また会える…予定。
でも彼に野球を諦めさせる気は毛頭ないので、出番は多くない。
あのノーコンはないと思う。
コントロールに自信がないなら両手で投げればいいじゃないか、あのバスケットマンのように。
次話から対神龍寺、何話かに分けよう。