ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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ひずみ、疑い、堕ちる

 

 

 

 

 

 

 ラプンツェルの事を甘く見ていたつもりはない。

 ……あの子は、時折鋭くて怖い。

 いきなり核心に迫る質問を投げてくるなんて、思わなかった。

 純粋な心配が、私のの隠し事をする良心を酷く痛みつける。

 私は、幸せにするはずのあの子達に、隠し事しないといけない。

 無論、それが悪いことじゃないことは分かる。

 誰だって全てをオープンにすることは不可能だ。

 みんな、一つや二つ、隠し事ぐらいはするもの。

 ……それは、わかってるんだけど。

 今世話をしているあの子の中で、私の知っている物語として終結しているのは、グレーテル。

 この世界では恐らく過去、経験という形で進められる事柄。

 お兄さんの犠牲によって逃げ延びたグレーテルは物語として終了している。

 アリスのことは、知らされている部分を聞く限り、私の知る不思議の国と同じ結末。

 進んだストーリーは違えど、結末が同じならば大丈夫、かな?

 私が知ってる不思議の国のアリスは大量に分岐がある上、その全てが結末が違う。

 伊達に有名じゃない。

 鏡の国のアリスなる続編まであるらしいからたまったもんじゃない。

 あのアリスは、何処の御伽噺のアリスなのだろう……?

 確実なのは、現実世界として機能するこの世界に帰ってきているから終結後であるということ。

 エンディング後のアフターストーリーで私と出会っているという解釈であっているはずだ。

 対して、ラプンツェルとマーチはハッピーエンドとバッドエンドの結末を迎えていない。

 マーチは死亡して、ラプンツェルは王子様と結ばれて終わり。

 ……よく考えてみれば私にはこれ、無理じゃないか?

 マーチは絶対死なせない。意地でも認めるものか。

 ラプンツェルと結ばれるのは同性だから無理。

 女の子同士だから子供もできない。

 方法は多分無いことはないだろうが、途方もない手間がかかる。

 既に童話としての夢が欠落しているただのリアルだ。

 私じゃ無理じゃないか。

 男だったら遠慮なくラプンツェルを嫁にしてるんだけど。

 残念ながら私は女の子なので無理でした。そっちの趣味にはなりたくない。

 マーチとも仲良くして、結末を引っ繰り返しているのに。

 じゃあ二人とはストーリー自体が変わっているんだろうか。

 ……考えるようになったことがある。

 それは、私が無意識に考えないようにしていた、いうなれば目を背けていた現実。

 私のできるハッピーエンドとはなんだ?

 そもそも私が幸運を呼ぶとしても、その後にまた絶望を与えるのではないか?

 私は自分の世界に帰る。

 それは、この世界に彼女たちを置いていくという前提があるからだ。

 グレーテルは言った。私の存在は、彼女たちにとっても重い意味があると。

 おいてけぼりにされた彼女達は、また不幸になるのでは?

 連れていくことなんて当然出来ない。

 世界の壁は、越えることはできない。

 だってここは、夢の中なのだから。

 童話の世界なのだから。

 私達はこの場所以外で、交わることなんて出来やしないんだ。

 私は読者であっても、登場人物(キャラクター)じゃない。

 それが、現実だ。

 私は、私の世界の日常が好きだ。

 あの何気ない世界に今でも帰りたい。

 呪いなんていらない。魔法なんていらない。

 ファンタジーなんてどうでもいい。

 異世界も冒険も無双も最強も転生も必要ない。

 私は他の連中とは違うんだ。

 あの何もかも満たされた世界に不満なんてない。

 お父さん、お母さんのいる世界に帰りたい。

 顔を見て話をしたい。

 失わなくてもその大切さを知っている。

 失っている今は、とても恋しい。

 願うことなら、すぐにでも帰りたい。

 ……いや、叶うんじゃないだろうか?

 私がそもそも、帰れない理由はなんだ?

 この翼のせいだ。この体質のせいだ。

 これは幸せにすれば、解ける。

 呪いは幸福を嫌う。

 幸福になれれば、呪いは無くなる。

 だけど。

 

 

 

 ――幸福って、なんだ。

 

 

 

 マーチは私をお姉さんみたいに思っている。

 ラプンツェルは私を信じてくれている。

 アリスは友達として認めてくれている。

 グレーテルはそれとなく、仲良くしてくれている。

 それは、あの世界で友達の少なかった私にとっては幸福じゃないのか?

 今でも、あの世界と同等に満足してるんじゃないのか?

 不満のないこの状況が、幸せと言うんじゃないのか?

 じゃあ何で、私の呪いは止まらない。

 じゃあ何で、私の翼は無くならない。

 どうしてだ。本当に、呪いは幸福で消えるのか?

 あの子達は幸せになれば、満たされれば呪いから解放されるのか?

 そもそも、だ。

 

 

 

 ――ライムさんの言うことを、私は何で疑わずに信じているんだ。

 

 

 

 あの人は、あの人たちは私や他の人を強引に連れてきて、働かせているんだぞ。

 帰りたいなら言う事聞けと、命令しているんだぞ。強制しているんだぞ。

 自分たちが何もできないからって、何の関係もなかった私達を巻き込んで。

 挙句には脅し上げて無理強いをさせているんだぞ。

 そんな連中の言うことを……なぜ私は信じていたんだ?

 連中が利用するために嘘をついていないとなぜ言い切れる。

 未だ、私は利用されているんだろう? なら嘘を言うのが寧ろ当然だ。

 そう考えるほうが余程納得がいく。信じる相手を、間違えたんだ。

 あいつらは、嘘をついている。

 だから消えないんだ。

 だから、みんな不幸なんだ。

 証拠ならある。

 私の呪いは、私が幸福になっているのに消えていない。

 私が満たされているのに、この翼はまだ消えない。

 私自身が、その証拠。

 

「……」

 

 あの子達の呪いはどうすれば解ける。

 どうすれば、あの子達はこの厄介な隣人から解放される?

 ……私は、自力で呪いを解ける術を持っている。

 唯一と言っていいほど、私にしか出来ない方法で、あの子達を救う術がある。

 私が、あの子達を……呪いから解放すればいいんだ。

 その上で、自分の呪いも壊せばいい。

 元々が私の呪いは世界から受けた呪いだ。

 呪いをかけた張本人は、魔女じゃない。世界そのもの。

 異界人という異なる異物に対して、皆が受けている平等な枷。

 根本が違うなら、対処法だって違うのは自明の理。

 

 

「…………」

 

 

 私にしかできない方法。

 私だけが持っている才能。

 私だけしか使えない解決策。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 あの子達さえ、救えれば。

 私があの世界に、帰れさえすれば。

 それでいい。それだけで、いい。

 私が幸福を上げても、あの子達には一過性のモノに過ぎない。

 私とあの子達では生きる世界が違う。

 私は幸福以上の不幸を最後に与えてしまう。

 それが、現実。それが、未来。

 私が作り出してしまう、来るべき最悪の結末(バッドエンド)

 どう足掻いても、どう分岐を変えても行き着く先はひとつだけ。

 だったら。それしか、ないなら。

 

 

 

 ――私は、進んで魔道に堕ちるよ。

 

 

 ――皆が本当の意味で幸せになるために。

 

 

 ――私が本当の意味で幸せになるために。

 

 

 

 ――私は、魔女になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私を食え。私に宿れ。

 好きなだけ栄養をくれてやる。

 好きなだけ餌を与えてやるよ。

 さぁ、どんどん食べろ。どんどん吸え。

 遠慮なんていらない。好きなだけ暴れろ、私に宿る『青い鳥』。

 お前は確かに幸せを運んできたよ。

 私の幸せは、あの子達との時間だったんだね。

 あの子達と一緒にいるあの瞬間は、幸せだった。

 だけどさ、最終的にどうなるかを私は思い出したんだ。

 私はいなくなるんだ。あの子達と、お別れしてしまうんだ。

 避けられない決別が必ず来るんだ。

 それはきっと、新たな不幸になるだけだよね。

 だったら、こうするしか方法なんてなかったんだ。

 あの子達の幸せはどこだ。どこにあるんだ?

 探しても探しても、どこにもないよ。見つからないよ。

 見つからないなら、それでいいよ。別のやり方、見つけたんだ。

 先ずは……幸せにならないといけない理由を取り払おう。

 みんなの呪いなんて、私一人で解いて見せるよ。

 決めたんだ。あの子達を幸せにするって。

 本当の幸せを見つける為にも、邪魔になる呪いを外してやる。

 私はどうせ人をやめているんだ。今更、別物に変異したって怖くない。

 最期は自分の呪いだって解除するんだ。何なら怪物になったって構わない。

 さぁ。言うことを聞け、『青い鳥』。

 私は人じゃない。魔女だ!

 お前は人を呪うけど、魔女は呪いの全てを知っている。

 お前のことを知っているということになるんだ。

 お前の全てを掌握するということなんだ。

 抗うな。呪いの分際で魔女に刃向かうな。

 お前は私のものだ。お前の幸福は私のものだ。

 明け渡せ、お前の全てを。

 奪われたくないならその前に、大人しく言うことを聞け。

 

 

 

 

 

 ――これは……お前を宿す魔女からの、命令だッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――あははははははははははっ!!』

 あの巨大な翼は、私の意思一つで出たり消えたりする。

 翼がもう一つの私の腕のように、軽々と扱える。

 すごい。凄すぎるよ、この力。

 最高の気分だっ!!

 これが呪いを掌握するってことか。

 これが呪いに精通するってことか。

 これが『魔女』になるってことか!

 見た目だって、人に戻れた。翼のない、ただの人の姿に戻れた。

 呪いは私に屈服した。私を主と認めて、その全てを明け渡した。

 決して、解けたわけじゃない。

 言うことを聞くようになっただけで、まだ私の中には存在する。

 解けるけど、まだ解かないよ。それは全部終わってからの話だ。

 『青い鳥』の呪いの全容は、鳥になる呪いでありながら幸福を齎す。

 絶望すればするほど、進めば進むだけ、齎される幸福も小さくなるという原理。

 まぁ、相反するモノを呼び込むんだから当然だね。よくわかる。

 これが私を蝕んでいた呪いの正体。しっかりと、理解した。

 やっぱり、あの人たちは全容を教えてくれたわけじゃない。

 あいつらは、私を利用していただけだったのだ。

 夜が明ける。私は部屋の中で一人、腹を抱えて笑い出す。

 

 

「……亜夜、さん……? 一体、何を……? 何を、したんですかっ!?」

 

 

 笑い声に気がついて、明け方に私を部屋を他の職員が駆けつけてきた。

 その中には、件のライムさんもいて、私を見た第一声がそれだった。

『……何を? そっちこそ、何を言っているんです? 私に元々その素質があると言ったのは誰ですか? 私の事を良いように利用していた連中の言うこととは思えませんね』

「な、何を言って……!?」

 恍ける気か。

 この腐れ外道共め。

 呪ってやりたいけどそんな暇はない。

『恍けるなら大いに結構。ですが、糾弾される覚えはありません。異界の連中を利用しているクソッタレが、何様のおつもりで? 私は誰かを呪うためにこんな姿になったんじゃない。ただ、あの子達の呪いを解く為だけに堕ちたんです。言いましたよね、魔女に呪いは効かないと。その通りでした。私の呪いはどうやら、私の言うことを聞くようになったみたいです。これじゃあ聞くわけありませんよ。負けを認めて、従っているんですから。今の私は……皆さんがとても怖くて竦み上がる、とても大嫌いな、魔女です』

 私はあの老婆から貰った杖をついて、入口で戦慄する奴らに向かって不敵に笑う。

 何だろう、この気持ち。

 この言いようのない昂り、高揚感。

 テンション上がってきた。

 無意味に叫びたい気分。

『怖いでしょうね? 見てのとおり、終わらせるために余計なものを全部捨てました。もういいです。呪いを解くために一々宛にもならない連中の言うとおりになんてしません。私は私の方法で、あの子達の呪いを解くと決めました。邪魔するなら、こうしますよ』

 火花が飛び交う、掌。見せつけるように、差し出した。

 驚愕の目で見られている。私は、告げた。

『お陰様で、どうやら魔法は使えたまま変異できたようです。はは、これで呪いをするまでもありませんね。邪魔するなら、その場で即、焼き殺します。私は他の魔女のようにねちっこくも無ければ時間を与えるほど優しくありません。阻む壁はぶち抜きます。阻む奴はぶち殺します。何人死のうが知ったことじゃなくなりました。裁けるもんならどうぞ。魔女は問答無用に狩るんでしょう? だったら何をしようが殺されるなら、いっそ開き直るのが常ってものですよね? 私の作る童話は、ハッピーエンドですけど同時に残酷で残虐で、修正不可能なのであしからず』

 理不尽で構わない。

 意味不明な理由で呪ったりしない分、まだマシだ。

 私の邪魔をするなら、焼き殺すまでだ。

 何人死にたい奴が出てくるかなぁ。

 あははっ、愉しみだよ……。

「……亜夜さん……。そこまでしなくても……」

 ライムさんは私を見て、悲痛に顔を歪める。

 同情でもするのか。したければすればいい。

『そこまでしないと幸せは呼べません。あの子達の幸福のために、私という不幸があるように見えるなら大間違いです。不幸などではありません。私も最終的には幸せになります。そのための魔道に堕ちた』

 あの満たされた世界に帰る。

 私の最後はそこなのだから。

『何も言わなくても今日もお仕事致します。今まで通り。それで文句はありませんよね? 不利益を被ることもなく、やることさえしていれば、関係ないでしょう? 違いますか?』

「……」

『じゃあ、朝礼に行きましょう。ふふっ。邪魔をしたらそのままウェルダンですけどね?』

 バサリと、現出させた翼を見せる。

 綺麗な蒼。一枚指先に挟んで弄ぶ。

 魔女ってのも、案外悪くなかった。

 今までと同じことをしていればいいだけだ。

 私がみんなの呪いを解く、その日まで。

「……ふふふっ」

 こんな楽しかったっけこの仕事?

 ま、いいや。

 でも……あんなに怯えてしまって……。なんて可愛い表情だろう。

 もっと追い詰めて苦しめてあげればあの顔、してくれるかなぁ?

 ふふふっ。もっとその顔、見てみたい。

「さ、行きましょう。お仕事ですよ?」

 歪んだ表情をしている職員に微笑みかけると我先に逃げていく。

 たまらない……。あの形振り構わないで逃げる不格好さが。

 追いかけたら、もっと無様に逃げてくれるかなぁ?

 もっともっと、あいつらを見てみたい。

 今は、人になっている。全部引っ込めている。

 これで、あの子達に悟られずに済むね。

 だって私、魔女だもの。上手にできる。

 ライムさんも結局逃げていってしまった。

 どうせ、後で……イヤでも出会うのだけど。

 それじゃあ気合入れて始めよう、今日のお仕事。

 愉しみだなぁ……。


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