ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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みんなとのお茶会

 

 

 

 

 巨大化した翼を持つようになって一週間ほど経過。

 折り畳んでいてもやはり時としてこれは邪魔だ。

 今まで仰向けで寝ていたのに、翼のおかげで出来なくなった。

 俯せは苦痛でしかないので、今では部屋に自分で不器用なりにハンモックを作った。

 翼は上手く穴を作って下に落としている。

 正直ハンモック自体の耐久性が心配だが、見に来たライムさん曰く大丈夫そうで。

 ハンモックの下には大量の青い羽毛を毎日定時に持って行ってくれるようになった。

 何に使われているのか、ちょっと気になった。

 聞いてみたらフェザーミールに有効活用してもらえているとか。

 ああ、だろうなぁと思う。そういう使い方もあるだろうし。

 ただこんな蒼でいいのかどうかは不安だが。

 他の職員にその時、フェザーミールって何? と聞かれた。

 フェザーミールって言うのは肉骨粉と言うとわかりやすいか。

 もっとわからないと言われた。

 羽根を集めて集めて、窯に放り込んで高圧高温で燻製にしたものだ。

 本来は家畜のニワトリの廃棄物で作られるんだそうだが、この世界でも家畜文化は上流階級には存在するので、多分その方向で。

 私、ニワトリと同類だった。

 それを何かの餌にしたりとか、肥料にしたりとかする。

 私たち人間の食わない部分を集めてリサイクルしたのが肉骨粉と思ってくれていい。

 私の場合は羽根の質はいいが、なにせ量が多過ぎる。

 なので職人に割安で譲ると同時に、こんな風に産業廃棄物扱いされてもいた。

 童話で語られない部分がこんな風になるなんて。

 夢も希望もあったもんじゃない。

 あとは得体の知れない魔法使いの魔術の触媒にされたりとか。

 まぁ、色々だ。魔法と科学が混在する世界なんだから細かいツッコミはなし。

 然し、随分と大きくなったと思う。

 思いっきり翼を広げて、大きさを計測してもらった。

 片翼、約三メートル。猛禽類よりも大きな翼。

 こんなものを背負っていたようだ。

 体重もごにょごにょ増えたし、その加重はこの翼のせいだ。私のせいじゃない。

 そんな日々を送りながら、私は今日も仕事を続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 その日はお休みだった。

 久々のお休み。何日ぶりだろうか。

 住み込みゆえ、休日でも彼女たちの所に遊びに行ける。

「こんにちはー」

 ドアを開けて入った途端、

「ぶふーーーーー!?」

 ラプンツェルの悲鳴。

 というか、汚い音。何か吹き出したような。

「い、何事ですか!?」

 慌てて室内に入る。

 すると、

「……」

 頭からぽたぽたと雫を垂らすアリスが、ぶすっと膨れっ面で座って私を見上げていた。

 近くにはちゃぶ台が置いてあり、そこにはお茶の準備がしてあった。

 空色のエプロンドレスを着たアリスは、黙って顔を吹いていた。

 ……何をしているんだこれは?

「げほっ、げほっ!」

 むせているラプンツェル。

 その背中を摩っているマーチ。

「……何をしているんですか?」

 自体が理解できず、私は誰ともなく聞いた。

 すると、ベッドの方からグレーテルの声。

「ちょっと色々あってね、お茶会をしていたの。で、それはいいとして。いきなり来訪者がきたものだから、驚いて彼女が紅茶を吹き出した、という始末」

 グレーテルは会話だけ参加、ということにしてあるらしい。

 あの子にしては妥協したようだ。一応、話し合いに出ているだけ大きな進歩である。

「……あたしが馬鹿だったわ。ラプンツェルに紅茶飲ませるんじゃなかった」

 静かに怒っているアリスに露骨に怯えるラプンツェル。

 マーチが宥めるが、彼女の怒りは収まらない。

「この子供に味がわかる訳がないわ。あたしは何て馬鹿だったの……」

「さ、さり気無く……酷い……」

 マーチに控えめにツッコミを入れられる。

 お茶の意味を知らずに、熱いまま一気飲みしようとして、熱さで驚いたのと私の来訪が重なったらしく、二重の意味でアリスは不幸を見舞った。

 そもそも、紅茶があまりラプンツェルには合わなかったようだった。

 霧状になった紅茶を拭き終えると座り直すアリス。

 ラプンツェルも謝って、仕切り直し。

「それで、話題とは?」

 それを気になって聞くと、アリスは取り付く島もなく関係と切り捨てられた。

 マーチとラプンツェルは目を泳がせて必死に言い訳を探していた。

「……何かいたずらでもする気ですか? だったら、私のカバーできる範囲にしてくださいね」

 悪戯ぐらいなら許そう。

 その程度で一々目くじら立てていたら職員じゃない。

 私が見逃すと、グレーテルの溜息が聞こえた。

 彼女は食事に強い抵抗があるから、仕方ない。そういう呪いだ。

「亜夜も良ければ、その……参加してく? どうせ暇してるから来たんでしょ?」

 そう、アリスに聞かれた。

 こちらを伺うように、私を見ている。

「別に嫌ならいいわよ? 強制は、しな」

「参加していいなら是非」

 セリフの途中で参加表明。

 折角誘ってもらえたんだ。この上ない仲良くなるチャンスである。

 私も、女の子だけのお茶会とやらに出させてもらおう。

 そんなこんなで、私も参加させてもらえることになった。

 

 

 

 

 

「亜夜はじゃあ、魔法使いなの?」

「らしいですよ。何時の間にか使えるようになってました」

 茶菓子とお茶を用意して、三人で語り合う。

 時々、グレーテルがツッコミを入れて参加する。

 要は駄弁っているだけでいいのだ。

 細かいことは気にしない。

 話題は、私のこと。

 もっと知りたいと聞かれて、答えられる範囲でと前置きしておいて話している。

 私が魔法の素質があると説明すると、やってみて欲しいとラプンツェルに言われた。

 無論、私に魔女の素質があることは伝えていない。

 知ってのとおり、グレーテルは魔女に強い憎悪を抱いている。

 兄を奪い、自らの人生を蝕む元凶を許すなどまずありえない。

 それがたとえ私だろうが、『魔女』はひとくくりにされていると思う。

 私のことで更に苦しむだろうから、絶対に言わないつもりだ。

 兎も角、実際やってみる。

「すみません、蛍光灯とかあります?」

「けいこうとー?」

 彼女に首を傾げられた。

 知らないのか単語自体。

「じゃあスタンドでもいいです。コンセント掴んで電気を流せば多分つくかと」

「……すたんど? こんせんと?」

 マーチにも首を振られた。

 なんのことかわからないと言われる。

 ダメか。電化製品の名称が全く通じない。

 そういえば前グレーテルがドライヤーを変なイントネーションで言っていた。

 要するに使い方は知ってるけど名前は知らない便利な道具、ということか?

「電化製品で分かりませんか?」

 全員にわからないと言われた。マジですか。

「でんかせいひん、というのは私達の身の回りにあるあれのこと。明るかったり、温かかったりするあの家具」

 グレーテルが顔だけ出して、皆に言った。

 彼女は近代だから、予想はついているのかな?

 本当に文明の人々の認識に大きなズレがある。

「あー……。どれ?」

「どらいやーなら、知ってるでしょう?」

 グレーテルが何度目かの溜息をついてラプンツェルに言った。

「どらいやー? あの大きな音がするの? やだ、あれ怖いもん……」

 怖いっていう認識でしたか。

 うん、消音にしておいても熱出すし音大きいから怖いもんね。

 異文化に接した人間の言動はこういうものらしい。

「はいはい、じゃあこれでいいでしょう?」

 と、しょうがないようにアリスが動く。

 持ってきたのは、卓袱台の下にあったそれ。

 湯沸かしポットだった。

「これもその電化製品、とか言うのでしょう? だったらこれでいい?」

 成程、これなら分かりやすい。

 湯を沸かせばいいだけの話だから。

「ええ。いいですよ、でも中身が……」

 中のお湯がまだ残っているんじゃないのだろうか?

 アリスは私に訝しげに言う。

「中身? とっくに飲み終えちゃってるわよ?」

「……え?」

 アリスが指さす方向を見れば、重ね着をしているマーチが凄い勢いで温かい飲み物を飲みまくっていた。

 無言で黙々と。

 ハッとして、見つかって慌てて誤魔化そうとする。

 ああ、寒いから恋しくなるのか。

「構いませんよ。これからまたお湯を沸かすので」

「す、すいません……」

 申し訳なさそうにして彼女は謝った。

 それを見て、頭をかきながらアリスがぼやく。

「マーチ……あんた、そうやって何でもかんでもすぐ謝るクセ、やめたら? 自分が全部悪いみたいなこと言われると、あたしも謝りにくくなるんだけど」

「あ、はい……。ごめん、なさい……」

「また謝る……」

 アリスの指摘に恐縮するマーチ。

 ラプンツェルは何のことか分からず、無造作にクッキーを丸呑みして喉に詰まらせた。

 色々事情があるんだ。

 マーチがパブロフの犬のようになった理由は。

 私がすぐにラプンツェルにカフェオレを飲ませながら、マーチに優しく言う。

「大丈夫ですよ、マーチ。ひどいことをする奴は、もうどこにもいません。そして、私がマーチにそんなことを誰にもさせません。何が何でも阻止します。ですから、怯えないでも平気です」

「亜夜、さん……」

 私も知ってる。

 マーチの物語を知っているから。

 マーチのその理由を、理解してるから。

 怯えなくても、私がマーチの幸せを守る。

 だから、安心してほしかった。

「……ありがとうございます」

 私の隣に座るマーチは、そう言って私に寄り添ってきた。

 私はその頭を軽く撫でる。嬉しそうにするマーチ。

 栄養状態が良くなくて、最初はボロボロだった髪の毛も、最近では漸くツヤを取り戻しつつある。これが本来の在り方なのだ。

 あんな辛い経験は私がいる限り、させるつもりは毛頭ない。

「……」

 アリスはそれを呆れてみていた。

 グレーテルも顔だけ出して、呆れていた。

 その表情は、私に向けられているもの。

 私に呆れているのか。仕方ないだろう、もう性分なんだ。

「亜夜ー! ラプンツェルもー!」

「はい」

 ラプンツェルの毛玉もなでる。

 目を細めてくっついてくる巨大毛玉。

「あんたは……。そんなに二人を甘やかしてどうするのよ……?」

「はぁ……」

 やってられない、と引っ込んでしまうグレーテル。

 アリスは言うだけ無駄と諦めたようだった。

「アリスも混ざりますか?」

「お断りさせてもらうわ」

 迷いなく断られた。話がズレたが、魔法の実践だった。

 マーチが簡易キッチンから水を入れて、戻ってくる。

「これで普段はその、コンセントとかいう穴に突っ込んでほっとけばいいんでしょ?」

 部屋にはしっかりコンセントもあるので、与えられた電化製品は自由に使える。

 まぁ……使えない道具を使おうとする子はあまり居ないようだが。

「ええ。ですので、こういう風にすれば……」

 ライムさんに魔法の使い方は教わっている。

 意識するだけでいい。後は身体が呼吸と同じで勝手にやる。

 プラグを掴んで、電気を流すと意識する。

 すると。

 

 

 

 

 バチッ!!

 

 

 

 背後で鋭い音。

「なに!?」

 驚いて固まる二人よりも先にアリスが反応した。

 同時に少々焦げ臭いニオイが漂う。

 立ち上がり、背後に行くが何もないと言う。

「火事……?」

 私が見回す範囲で、火種はない。

 マーチのマッチもライターも、仕舞ってあるし。

 いや、手元か? だが異常はない。

 正常に動いているようで、モニターには時刻表記もされている。

 魔法は発動し、電気は私の手を通じてポットに流れ込んでいた。

「何か、焦げ臭い……?」

 ラプンツェルが自分の髪の毛が焦げているのかと焦る。

 大丈夫だ。髪の毛は燃えると臭いじゃ済まない異臭がする。

 一度嗅いで気絶した私が言うんだ、間違いない。

「なんのニオ」

 言いながら見回すマーチが、中断して絶句。

 何かを見つけて私に報告してくれる。

「亜夜、さん……。髪の毛が……その、逆立ってる……」

 どうやら、私の髪の毛がなんか逆立っているようで。

 もしかして、魔法使ってるから静電気で逆立ってるのかな。

 熱せられた鰹節みたいになってた。

 ついでに、隣のラプンツェルに至っては髪の毛がゆらゆらと海面漂う海草よろしくの動きをしている。

 無邪気に面白がる髪長姫。

 それだけならいいんだけど。ならば、何が焦げたんだ?

「静電気にしては、派手な音がしたわよ?」

「ですよね?」

 アリスと一緒に疑問符を浮かべていると、

「あー!?」

 ラプンツェルも何かを発見して取り出した。

 今度は何事だろうか。

「亜夜の羽根焦げてるー!」

「うぇ!?」

 流石に私も焦る。私の翼が静電気で燃えたのか!?

 でも、違和感はないのに?

 神経が通じているから痛みなどあるはずだが。

「ちょ、羽根!?」

 アリスが私の翼をすぐに確認。

 が、肝心の翼は無事だ。

 ラプンツェルが言うのは、抜け落ちた羽根が静電気で爆ぜていたという話だった。

「ややこしいわね全く……。雷の魔法だって言ってたけど、確かに静電気も強く発生しているし、ラプンツェルはその状態だし。本当に魔法が使えるのね」

「ええ、私も実践して如何に不便かよくわかりました」

 可燃性の翼があるのだ。

 強力な静電気を伴う魔法なら、自分に引火する可能性大。

 やりすぎると、火達磨になるかもしれない。

 沸いたお湯で新しく入れ直したモノを飲みながら喋る。

「呪いに加えて魔法まで一緒くたって、あんたも大変ねえ」

「慣れちゃえばどうってことないですよ」

 そう、どうってことない。

 皆の苦しみに比べればこのぐらい。

「亜夜、さん……。大変なときは……言って、下さい。わたし、お手伝い……しますから」

「ラプンツェルも出来ること、するよ?」

 二人は私のことを案じてくれてた。

 そんなことを言われるようじゃ、まだまだだ。

 無理はダメと釘を刺されているし、気を付けたほうがいいかな?

 加減、まだまだ難しいそうだ。

 この日のお休みは、みんなとこうしてお茶会をして過ごしたのだった。


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