ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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呪いの成長

 

 

 

 

 

 グレーテルは、思った以上に難敵だった。

 正確に言うなら、グレーテルと分かり合うのは一番難しい。

 あの子の背負う事情に対して、私ができることはないと言い切れる。

 彼女だけが、唯一肉親を失っている。

 自らの死という結末を迎えたマーチや、最終的に幸せになれたラプンツェルとは訳が違う。

 グレーテルの物語は、私の知る物語とは少々内容が違っていた。

 彼女のお兄さん……ヘンゼルさんは既に亡くなっているようだった。

 それも、お菓子の家の主……魔女と共倒れする形で。

 極限の状態で、妹だけを助けだし、自分はそこで魔女と共にかまどで焼死。

 魔女が死に際に放った呪いだけが、生きている彼女を蝕んでいる。

 たった一つ、兄が全てを擲ってまで護ろうとした生命さえも、魔女は玩具にする。

 本当に、魔女という生き物は最低最悪で、下劣な生き物だと思うようになった。

 同時に私は、その醜悪な魔女の素質もある。

 絶対に、そんなものになるものか。

 私は自分の為に、魔道に堕ちるつもりはない。

 そして今、妹さんの世話を私が担当しているのだが……。

 自分の無力さを痛感するたび、嫌になる。

 私は一介の高校生で、職員に過ぎない。

 護られた生命と呪いを背負い続けるグレーテルの苦しみなんて、理解できようはずもない。

 そして、癒せる訳もないんだ。私も……子供だ。

 彼女を子供と言っておきながら、私も同類だった。

 何もできない、何も変えられない。

 彼女の為に幸福を呼ぶことも、彼女の為に生命を投げ出すことも。

 なにも、出来ない。諦観に似た感情だった。

 

 

 

 

 

 ――こんなにも私は……無力だったのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 呪いは、暗い感情を苗床にするという。根を張り、吸収し、成長する。

 その感情が強くなればなるだけ、急成長するものらしい。

 その原理を身をもって実感した。

 どうしよう……どうすればいいの。

 こんな姿じゃ、表に出られない。

 これじゃあ、何もできないよ。

 落ち着けない。負のスパイラルに飲み込まれる。

 強い恐怖が餌になるって分かってるのに……怖い。

 

 

 

 誰か……! 誰か……私を、助けて……!

 

 

 

 

 何時までも部屋から出てこない私を心配して、ライムさんが迎えにきて驚いていた。

 私の部屋の中は、蒼一色に染められていたんだ。そりゃ、驚く。

 そのまま、連行。

 入所する子供たちと同じく検査を受けさせられた。

 ざっと一通り終えたのち、説明されている。

「翼の侵食率が以前に比べて大きく進行していますね。これじゃあもう隠し通すことは無理でしょう。他の職員も大方知っていたのでそこはいいのですが……。翼が、ここまでなってしまえば……」

「私は……どうなるんです?」

 医者は一度黙る。

 聞いていた話じゃ、私の背中の翼はまだ小さいと言っていたのに。

 何で、こんな鳥人みたいな姿になってしまったんだ。

 今の私の背中には、大きな青い翼がある。

 振り返ったときに視認出来る、巨大な二対の大きな翼。

 進行したからなのか、私自身のコントロールが効くようになった。

 小さい頃はただ抜け起きていただけで済んだのが今では、翔く事で飛翔まで出来る。

 ある程度の低空飛行や滑空まで。

 本来、人間には翼という器官はない。

 故に、言うことを聞かせることなんて元々ないから出来るはずもない。

 なのに今は、ごく普通に私の意思で動く。

 何を意味するかと言えば、もうこの時には私の神経や骨格とも一体化して、脳との接続も完了している。私は本当に、人じゃなくなってしまった。

 翼に触覚が通じているようで、叩くと痛かった。

 骨も歪に無理矢理繋がっているから、力を込めすぎると、とてつもなく痛い。

「そうですね、恐らくは一度ある程度成長し、巨大化した翼は貴方を包み込み、そして縮小する。そうして、亜夜さんは小鳥になります」

 いくら呪いと言えど、人一人の身体を急速に変化させることはできない。

 だから先ず地盤を整えるという意味で、翼が大きくなって、等身大になる。

 そのあと、適合してから徐々に縮小させて最終的に鳥になる算段らしい。

「亜夜さん。もう一度、羽ばたいてもらえますか?」

 ライムさんに言われて、実践。

 女医さんの前で大きく羽ばたく。

 突風が室内で発生した。

 周囲のカルテやら器具やらが宙に舞い上がる。

 私自身は座ったまま、羽ばたいたせいで前のめりに急加速。

 向き合っていた医者に顔から激突した。

「凄まじい膂力ですね……。人一人なら、軽々持ち上げて浮遊するぐらいは出来るかもしれませんね」

「そんなにですか」

 起き上がって座り直す。

 室内には青い羽根が神秘的に舞っている。

 相変わらずよく抜ける羽根のようで、凄まじい量が出ている。

「これじゃあ、仕事に支障をきたすのではないでしょうか?」

 医者にドクターストップを出されそうになる。

 それだけは阻止したかった。

 それじゃあ鳥になる運命を受け入れるのと同じ。

 それに、あの子たちが心配だった。

「いいえ。大丈夫です。翼があっても、仕事はこなします」

 前向きに考えよう。翼がある。だからなんだ。

 便利なものが手に入った程度の認識でいい。

 実際、積載量は大きく増した。足が不自由な分、浮けばいいのだ。

 大丈夫、私はまだ仕事ができる。翼があるだけだ。

 それは、そういうものだ。私なら問題なく出来る。

 前向き、前向きに。

 呪文のように、自己暗示のように、何度も繰り返す。

 私は……まだ、呪いと戦えるんだから。

 

 

 

 

 

 

「亜夜……! あんた、その羽根!?」

「呪いが…………進んだの?」

 その日だけは流石に休んで、次の日には現場に復帰した。

 このサイズの翼を隠すわけにもいかない。

 収納しようとして折りたたむと嵩張る。

 抜け落ちる羽根の量も半端じゃない。

 なので、もういっそと翼を常時展開していることにした。

 他の職員の許可ももらえた。

 入所している子達にはそれぞれ、言っておいてくれるという。

 正直有難い。ライムさんの手配には感謝しきれなかった。

 普段は畳んでいる。これなら普通と変わらない。

 彼女たちを朝、起こしに部屋に普段通りに向かうと、知っているアリスとグレーテルは驚いたように飛び起きて私を見た。

「わーーーー!?」

「あ、あ……?」

 ラプンツェルとマーチは混乱していた。

 目をぐるぐるさせている。

「おはようございます」

 特に気にすることもなく、私は一式道具を持ち込んでさっさと仕事開始。

「おはよう、じゃないわよ!! あんた、羽根が大きくなってるじゃない!!」

 私に食ってかかるアリス。

 心配してくれていたんだ、嬉しいけど……仕事の邪魔。

「ていっ」

「いたぁ!?」

 素早く翼を展開、軽く振るう。

 寝起きのアリスの頭を翼で殴打する。

 私の新必殺、羽根ビンタ炸裂。

「落ち着いてください。ただ、進行しただけの話です。こうなる可能性はあったと言ったでしょう」

 腰を下ろして両手で作業開始。

 近づく彼女を翼でハッ倒す。

 落ち着いたアリスと怪訝そうにグレーテルが近づいてきた。

「ちょ、ちょっと亜夜。今、骨の感触したんだけど……」

「骨……? まさか、骨格と繋がってるの?」

 二人は怖々、私の翼に触れたいと申し出た。

 別に乱暴しなければいいので、触ってもらう。

「やっぱり、骨があって、肉があって、羽根があるわけね」

「……」

 丁寧に触って感触を確かめるアリスと、一枚羽根を拾い思惟に耽るグレーテル。

 混乱する二人に、私は自分が呪われていると改めて説明する。

 ラプンツェルも、お風呂の時は私は服着ていたから気付かなかっただろう。

 噛み砕いた説明をされると、恐る恐るマーチに聞かれる。 

「あ、あの……亜夜、さん。痛く、ないんですか?」

「いえ、全然。無理しなければ痛くないですよ」

 事実、痛みは無理をしなければ全くない。

 違和感も数時間で慣れた。恰も、最初からあったかのごとく。

 苦しくないとホッと安堵するマーチ。

 これも呪いに含まれているのか、私が受け入れたことによるものなのかは不明だ。

 ラプンツェルは怖くないと知るや、無邪気に抜け落ちた羽根で遊び始める。

 やれやれ……それ程深刻じゃないだろうに。まだ間に合う範囲だ。

 私は人間をやめた。それはもう諦めたし、どうでもいい。

 考えても、悔いても、所詮は餌になるだけ。

 だったら思考放棄でも何でもして、受け入れておくしかない。

 自滅は余計な破滅を呼ぶのだから。

 それよりもまだ、やることがある。

 強いて言うなら、今の私は『亜人』だ。

 人に近しい異形とでも言おうか。

 だから、人間の亜種。故に『亜人』。

 それに翼の出現は、不便なことばかりじゃない。

 特にマーチには得があった。

「マーチ。話があります」

「は、はい……?」

 私は部屋の片付けを終えると、呼ぶ。

 皆、思うところはあるが

 ビクッと反応したマーチに、生えてきた翼を広げて見せる。

 笑顔で、いいことを思いついたのだ。

 ずっと寒さに凍える彼女の為に、私の呪いでできることがあった。

 

 

「羽毛のお布団、欲しくありませんか?」

 

 

 

 

 この翼、利点もいくつかあった。その一つが、これだ。

 抜け落ちる羽根の量は、以前とは比較できないほど多くなった。

 そこそこ有効利用できるということなので捨てないで使えるものは使うと決まった。

 他の職員も、快く手を貸してくれた。

 私も賛同して、その一つが羽毛の布団やダウンジャケットなど材料。

 抜けた羽根を集めて立派な布団にしてくれたのである。

 業者にオーダーメイドで発注した。一部材料持ち込みで。

 代わりとして、かなりの量の羽根を持っていかれた。

 それだけじゃ足りないから新鮮な羽根を寄越せとせがまれて毟られた。

 丁寧に扱って欲しいと何度か言ったが、尽くスルーされて結構痛かった。

 抜いても抜いてもすぐ生え変わるから減るもんじゃないけど。

 寒さの呪いに苦しむマーチへのプレゼントとして、布団を贈る。

 後日、仕上がったそれを持ち込んで皆の部屋に行った。

「あ、亜夜さん……。ありがとう、ございますっ……!」

 掛け布団と加えて枕も私の羽根で仕上げてもらった。

 私に、嬉しそうに嬉し涙を浮かべてお礼を言うマーチ。

「いえいえ。どうせ抜けるもんですから」

 丁寧に何度も頭を下げる彼女にそう言う私。

 嬉しそうに早速、ベッドの上の布団と交換を始めている中、

「で、何であたし達にまで?」

「みんなにあげないと意味ないじゃないですか。不公正反対ですんで」

 怪訝そうに見るアリスたち。

 当然、一人だけにプレゼントなんてしない。贈るなら分け隔てなく。

「妙に立派なクッションじゃない。これ、中身は亜夜の羽根?」

「ええ、まあ。職人曰く一級品の羽根らしいですよ」

 受け取ったライムさんから聞いたのだが、私の羽根は品質の良い最高級の羽根に匹敵するらしい。職人がベタ褒めしていたと聞かされた。

「つまりは高級品でしょ!? そんなの、貰っていいの……?」

「ええ。どうぞ」

 金額にすると一つで万単位とか言ってたけど、元は私だ。

 私が誰にあげようが勝手なことである。

「……わざわざ、ありがとう。こんな良くしてもらえること、してないけどさ」

「いえいえ。私が喜んで欲しくて、勝手にやったことですので」

「……」

 ぎゅ、とクッションを胸に抱いて、顔を赤くして戻っていくアリス。

 あら可愛い。それはいいとして。

「ラプンツェルの分はー?」

「ラプンツェルは帽子ですよー」

 ラプンツェルには可愛いデザインの羽帽子。

「わーかわいいー! ありがとー!」

 本当はよく笑う子のラプンツェル。

 この笑顔が私の一種の癒しになっているのは本人には秘密だ。

「……私に……これを?」

「ええ。羽ペンです」

 グレーテルにはシンプルな蒼の羽ペンを。というか、まんま私の羽根だ。

 一番綺麗なのを自分で選んで、加工してもらった。

 これぐらいしか、グレーテルには出来ないから。

 せめて、何でもいいから彼女に出来ることをしたかったから。

「……ありがとう、亜夜さん」

 グレーテルは暫く受け取った羽ペンを見落としていたが、やがてそう言った。

 初めて、名前で呼んでもらえた。そして、お辞儀をされた。

「お兄ちゃん以来かな……純粋な好意の贈り物。久しぶりに、気持ちが楽になったよ」

「そうですか。なら、よかったです」

 私にできることは本当に数少ない。

 だったら出来ることを全力でやるしか方法はない。

 これしか、私には出来ないなら実行あるのみ。

「あと、ごめん。今まで散々酷いこと言って」

 グレーテルは、浮ついた空気の中、素早く近づき小声で私に謝罪を告げた。

「……いいえ、お気になさらず」

 私はそう言って肩を竦める。

 すると、グレーテルは更に続ける。

「あと……あんまり、他人に入れこんで必死になりすぎないで。度の過ぎるお人好しは、身を滅ぼす。分かったでしょ? 呪いは、どんな小さな感情でも、餌になるなら何でも取り込むよ。後悔とか、無念さとか。憎悪とか、恐怖とか、怒りだけが呪いの餌じゃないこと、よく覚えておいてね」

 グレーテルはそれだけ言うと、ベッドに戻っていった。

 何が言いたいのか、何となくわかった。

 これは警告のつもりなのだろう。

 今回の呪いの進行は、自分のせいだと思っているのかもしれない。

 私があの時、謝ったから。その感情のせいで、こうなったって。

 その通りだけど、グレーテルのせいじゃない。弱い私のせいだ。

 付け入る隙を見せた私がいけないんだ。

 あの子が謝ることじゃない。

(……本当に幸運を招けば、呪いは治るんでしょうかね……?)

 事実、蝕む領域は増えた。そして、私はこの有様だ。

 幸運を呼ぶことも、呪いの一環なら進まなければ呼び込めない。

 破滅と紙一重の幸せか……。

 そんなことにはなりたくないが、これだけしかないなら私は続けるだろう。

 諦めないから、何とかなる。きっと、何とかできる。

 私は改めて、そう思うことにした。

 今は考えるのをよそう。この時間は、みんなと笑顔を共有したかった。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 寝静まった真夜中に、グレーテルは目を覚ます。

「ねぇ、アリス。ちょっと、いい? あの人のことで話があるんだけど」

 ベッドから顔を出し、小声で下の段にいるアリスを初めて呼ぶ。

 今まで文句以外で滅多に声をかけなかったグレーテルにしては、異例のこと。

 隠語で彼女のことを持ちかけると、数秒の間をあけて優しいランプの光が灯る。

「奇遇ね。あたしも、あんたに話があったのよ」

「……」

 顔を出したアリスは仏頂面で、ベッドから出てきた。

 グレーテルも寝巻き姿のままで、降りる。

 二人だけの話し合い。それは、あの人の知らない場所で……。

 

 

 

 

 

「ハッキリ、聞くわ。腹の探りあいは無しよグレーテル。あんた一体、亜夜に何を言ったの?」

「……」

 移動したのは、洗面所だった。

 小さなランプを、洗面台においてから聞かれた。

 アリスはご立腹だった。

 眉を釣り上げて、腰に手を当てて問われる。

 怪訝そうに眉を顰めたグレーテルは、何もしていないと言う。

 あったのは、彼女の呪いを知ったこと。これぐらいだ。

「あの時、亜夜は珍しく落ち込んでいたわ。あんたと買い物に行って戻ってきてから。あんたはあんたで様子がおかしいし。それだけなら、どうしてああなるの? 実際、呪いが進行してあんな姿になっちゃったじゃない。亜夜を見て、何も思わないの?」

「……私は……」

 疑われている。本当に何もしていないのに。

 事実無根もいいところだ。重ねて否定する。

「…………」

 納得していないアリス。

 だが、グレーテルは言い訳もしなければ謝罪もしない。

 ただ、何もしていないというだけだ。

 先に進まないと判断して、仕方なく取り下げる。

 グレーテルはこちらのターンだと知ると、切り出した。

「アリスに言ったことしか私はしていない。でも、多分。あの人の性格からすれば……原因を作ったのは、私であることに間違いはないと思う」

「は?」

 グレーテルは言う。グレーテルの過去を、あの人は知っている。

 あのお人好しに、グレーテルのために必死になって出来ることを探していたけど、何もできないと謝られた。

 そのせいじゃないかと。

 つまり、無力を思い知ったことによる絶望を餌にして、呪いは一気に進行したのではないかと。

 全ては憶測の域だが、一番信ぴょう性はある。

「あんた……何言ってんの……?」

 アリスは呪いの原理を知らない。

 荒唐無稽なことを真面目な顔で言われて首を傾げる。

「私は前に、魔女と直接会ったことがある。戦ったこともある。知ってるの、呪いの原理」

 教えていなかった過去を軽く触れて説明する。

 まさか生還者が身近にいるとは露知らずのアリスは目を丸くし、納得する。

「……いいわ。じゃあ、その原理とやらで亜夜の呪いは進んだと仮定しましょ。それで、グレーテル。あんたに何かしたかった亜夜はその絶望のせいで……」

「うん。私は何もしていなくても、私がキッカケになったと思う」

「……」

 本人にその意図はなくても、勝手に物事は進む場合だってある。

 亜夜の来度の変化はまさにそれだった。二人の見解は一致した。

 亜夜の、性格によるものだったのだ。誰が悪いとか、そういう問題じゃない。

「そういうことね……。それで?」

 腕を組んで、促すアリス。

 グレーテルは語った。

「呪いは、幸福を嫌う。幸せな気持ちを嫌がるの。……ここにいる連中はみんな、何かしらに絶望してる。立ち直れないから、呪いも消えない。幸福を受け入れる余裕がない。アリスだって身に覚えあるでしょ?」

「あ、あたしは別に……」

 それは自分の弱さを認めるようなものだった。

 強がり、何も言わない彼女を見て、グレーテルは言う。

「誰だって認めたくないよ、自分の心が弱いことなんて。でもさ、結局それが結論なんだよ。前を見ないで後ろ向きで、メソメソしてるから私たちはダメなの。ここにいるのがいい証拠」

「……」

 暗に自分もそうだとあっさり認めるグレーテルを一瞥して、アリスは聞いた。

「……で、あんたは何が言いたい訳?」

「結論から言うと、亜夜さんは、私たちを幸福にしようとしてるんだと思う。あの人も、呪いの原理を知ってるから」

「……えっ?」

 それは、意外というほどの答えでもなかった。

 自身をお人好しと言っていた亜夜の行動は、献身。

 こちらに尽くすための言動だった。

 それがグレーテルは危険だと警鐘を鳴らした。

「私達のためなら亜夜さんは……きっと、自分が鳥になってでも尽くそうとする。自己犠牲、それがあの人種の行動理念。自分なんて滅んでもいいから、他人の為に努力を惜しまない。今回だって、言い方は悪いと思うけど、言ってしまえばただの自滅だよ。勝手に絶望して呪いが進んで。頼んでもいないのに、あの人はプレゼントをくれた。全部、私達が幸せになって、呪いから解放して欲しいと願うから。あの人の幸福を呼ぶ呪い、それすら使ってる。だから、危ない」

「…………一理あるわね」

 まるで経験があるかのような言い方をするグレーテル。

 それをつつかないで、アリスは頷く。

 必死な表情で、グレーテルはアリスに説明した。

「私達も、亜夜さんを鳥にしないために、努力しよう。あの人を、幸福にしないとダメだよ。出来るかどうかじゃない。しなくちゃ」

「そりゃ、同感ね。言いたいことは分かったわ」

 アリスもそれは同じだ。亜夜に鳥になって欲しくない。

 だったら、こちらも亜夜の負担にならないようにするという考えは賛成。

「もう、私達は亜夜さんの呪いに巻き込まれてる。私達の呪いが亜夜さんを巻き込んでいるのと同じ。お互いの生命を握ってるっていうと分かりやすい?」

「……ええ。あいつの場合は、生きながら人をやめるからね。今日見て実感したわ」

 アリスやグレーテルのように、トラウマを刺激されるタイプでも、凍死や餓死の可能性のある二人とも別系統の呪い。

 一番、タチが悪い。

「だから、アリス。お願い」

「了解。一時休戦するわ、グレーテル。啀み合ってる場合じゃないわね」

 ここまで誰かのために必死になっているグレーテルは初めて見る。

 一番嫌いな同族嫌悪の相手である互いに譲歩してでもやりたいこと。

 あの優しすぎる亜夜を、鳥にしない為なら何でもする。

「協力しよう」

「あいつのためだもんね。仕方ないわ」

 差し出された手を握る。

 残り二人は放っておいても、懐いているから問題はないだろう。

 そしてこっちのしこりも一時忘れる。

 だから、これ以上呪いは進行させない。

 がっしりと掴んで、握手した。

 二人の主人公が結んだ、亜夜の知らない彼女のための物語(ナーサリー・ライム)

 翼を持つ優しい少女を救うために、呪いを背負う彼女たちは結託する……。


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