ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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カブとりんごと燃える毒

 ある日、サナトリウムにとある日雇いのバイトみたいな話が流れてきた。

 ……末期患者にバイトなんて出来るのか。と思ったら職員対象だった。

 しかも、上の人がどうやら持ってきたらしい。

 一日出勤扱いしておくから希望者は手伝いしに行って来いと言われた。

 仕事の内容は農作業。 

 何でも上層部のお得意様がやってる畑でえらいものが取れてしまったらしく、急遽人手が必要になったのこと。

「……で、なぜに私なのですか?」

「僕もちょっと困るというか……」

 直々にお声がかけられた。一番野良仕事に不向きであろう、私。

 そしてパワーだけなら一級品、不器用で失敗多いと自称の雅堂。

 当日、出向く一員に決まってしまった。強制で。

「いえ……何か、見たことのないモノが多数存在するとかで。異界代表の雅堂さん、魔女の見解として亜夜さんが選出されました」

 困ったようについていくライムさんも資料をチェックしつつ、首を傾げる。

 異界出身の職員は当日、私と雅堂以外、休暇だったり備品購入のため遠出していたりして留守。

 当日空いているのが私達だけということか。

「どーやら……この世界の植物じゃないものが紛れ込んでいるようですね。出来れば知識を貸していただきたいらしいです」

 頭下げられたら、無論行くしかないんだろうが……。

 何故に異界のモノが紛れ込んだのだろう?

「文字通り、外来種ですか」

「僕は植物、あまり詳しくありませんよ?」

 雅堂は基本ストイックのスポ根馬鹿だし、私も興味本位で調べた以外は対して知らない。

「大丈夫です。資料はサナトリウムのモノを使っていただければ。ただ、資料だけでは現物と見比べることができないので、お願いしたいんです」

「成程」

 資料だけではわからない部分を補って欲しいということか。

「うーん……まぁ、僕で良ければ」

「私も構いません」

 拒否したところで給料が出るならそれでいい。

 私は突如、野良仕事に駆り出されることとなった。

 みんなに説明すると、案の定ついてくると言い出した。

 ライムさんに掛け合ってもらったところ、人手は多いほうがいいので大歓迎された。

 但し面倒は私が見る。あとみんなはボランティア扱い。

 当日の昼飯が出る程度しか報酬はない。

 まぁ、そんなものが目的じゃないだろうし、いい経験になるだろう。

 ……まさか、あんなものがあろうとは思わなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当日の早朝。迎えに馬車数台が到着。

 サナトリウムからは私達以外にも雅堂と赤ずきん、タリーア。

 未だに困惑するライムさんにその他暇してるのと希望した連中が多数。

 全員、馬車に乗り込んだ。私達とライムさんで一台占拠する。

「畑仕事なんてやったことあるの、亜夜?」

 ワクワクして騒いでるラプンツェルと、職業体験みたいなことができると張り切るマーチ。

 無言で窓の外を見ているグレーテルの隣に座るアリスは、汚れてもいいというエプロンドレスを着て、私に聞いた。

「あるわけないじゃないですか。こんな足ですよ?」

「そうよね……」

 私は向こうの世界にいた時だって農作業はしていない。

 見物していたり、ちょっと荷物を運ぶのを手伝ったくらいだ。

 今回も私はあくまで知識を貸すだけで、作業はあいつがすればいい。

「あたしは、何を手伝えばいいの?」

「頼まれた資料の運搬などをお願いします」

「分かったわ」

 裏方を任されたアリスは気合を入れて、私もそこそこ馬車に揺られながら道中、資料を読むことにした。

 隣に座って、覗き込むように一緒に読むアリス。

「……なにこれ?」

「簡単に言うと食べちゃいけない、動植物の図鑑ですよ」

「へえ。毒があるとか?」

「大体はそうですね。場合によってはサナトリウムの医療機器でもコロっと死にます」

「ひええ……」

 中身がチンプンカンプンな彼女に、簡単に説明する。アリスは戦慄している。

 私もこの世界の生態系は知らないが、私の世界と大差はないようで大体同じだ。

 危険なモノは常識の範囲で知っている。アリスは知らないようだ。

 そんな感じで、数時間揺られていく。

 ライムさんも同じく黙々と資料に目を通して、時々目を点にしていた。

 やはり外を認知できる彼女でも、知らないものは多いようで。

 尚、読んでいる資料は私の世界のものもある。無論、日本語だ。

 それはアリスたちは文字が読めないために解読できない。

 こちらの世界の文字や言語は、異世界補正で私達異界人には問題なく読み書きできる。

 逆はどうやらダメなようである。

「よくそんな学者が好きそうな専門書読めるね、姉さん」

「そうでもないですよ」

 グレーテルが変わっていく景色から目を離して、私に言った。

 移動が長すぎて疲れたラプンツェルとマーチは寝落ち。

 アリスも船を漕ぎ始めていた。寝不足で出来るんだろうか。

 私は夜ふかし徹夜は慣れている。不眠でも一日程度なら大丈夫だ。

「無理を言ってついてきたから、仕事はきっちりこなす。何かあったら言って」

「そうしてもらえると助かります」

 グレーテルも野良仕事は経験がないと言っていたが、まぁ手伝い程度の気軽さで行けばいい。

 ……と、思っていたのだ。その時まで。そう、その時まで……現物を見るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 馬車が到着。

 ビニールハウスが広がる、田舎の風景。

 見渡す限り畑が広がる、長閑な光景だった。

 あの子達は無邪気に、畦道に降りて周りを見て新鮮な気分を味わっていた。

 ……ある一点を除いて、平和だろう。平和じゃない部分に私と雅堂はいた。

「雅堂。……愚問だと思いますが、敢えて問います。アレは、なんだと思います?」

「いやなんだって言われても……えっ? ちょ、ちょっと待……はぁっ!?」

 私達二人は、一早くそれを発見した。

 お互い見解が正しいことを確認して、唖然とする。

 己の目を疑ったのは久しぶりだった。

「……想像以上ですね……」

 ライムさんもポカンとしていた。いや、何だアレは。

 私達が見つめる先では……遠目ですら、巨大と分かる畑に刺さる野菜を綱引きのように引っ張っている、タンクトップ一枚で汗だくの屈強な大男達の姿だった。

 漸く三月で暖かくなってきたのだが、あの格好ではまだ寒いだろう。

 が、全身から湯気を出しているあたり相当働いているだろう。呼吸も荒い。

 で、その引っ張っているのが……巨大化した野菜たち。

 なんだあの大きさ。何処かで品種改良でもしたっていうのか?

 責任者が応援が来たと連中に知らせている間に、ポカーンとしていた私たちにも事情が説明される。

 細かいことは省略するが、話を掻い摘む。

 無農薬で育てていた野菜たちがこの一ヶ月の間に急成長してちょっと笑えないレベルにまで巨大化して、畑の土の栄養を文字通り根刮ぎ奪っている。大慌ててで旬ではないものまで、回収しなければいけない。

 あまりにデカくなりすぎてビニールハウスが倒壊したらしい。

「…………」

 あれ、どっかであったなこの童話。というか、確かロシアの民話か。

 『おおきなカブ』とかいう常識外のサイズになったカブを引っこ抜く話だった。

 ……うん、あるねカブ。明らかに軽トラサイズにまで成長して、悪戦苦闘しながら抜かれているそいつが。

「これ、全部抜くんですか……?」

 説明している畑の持ち主に雅堂が聞いた。青ざめていた。

 そっか、こいつは抜く方だってライムさんが決めていたっけ、今さっき。

「そうだが? まぁ、坊主は若いから大丈夫だろ!」

「……」

 ワイルドに笑う筋肉モリモリマッチョマンのおっさん。またタンクトップだけの上半身。

 日焼けサロンでも行ったかのように焼けている筋骨隆々の身体を見せつけてくれる。

 一瞬で、死んだ魚のような目をして脱力する雅堂。

「わ、わたくしも魔法でお手伝いいたしますので……お兄さん、気を落とさず」

 タリーアが慰めるように必死になって説得していた。

「情けないわねー。あんたなら一本釣りみたいに景気よく抜けるでしょ?」

 赤ずきんの発破に、嫌々をしながら雅堂が軍手をはめて準備する。

「そっちのお嬢ちゃんは?」

 おっさんは車椅子の私を見て、聞いてくる。そうだろう。私は見るからに作業できない。

「私は裏方です。得体のしれないものが混入してしまったと聞いています。ですので、食用かどうかを見たいと思います」

「おお、そうかそうか、助かるぜ! 畑のものはいいんだが、畦に変なもんまで生え始めてなぁ! もう何が食えるのか食えないのかわからんのだよ!」

 豪快に笑うその人は何となく良さそうな人だった。

 腕を組んで、笑ってライムさんと予定の確認。

 その後、瞳孔開いた目の雅堂の首根っこを引っ掴んで、作業に戻ると連れていく。

 慌ててそのあとをタリーアと赤ずきんが追いかけていった。

「亜夜さんはその畦に生えた奇妙な植物などの判別をお願いします」

「了解しました」

 私達はそちらの裏方に徹していればいい。ライムさんは全体の指揮に行くそうだ。

 適材適所、図鑑を持って私はみんなを呼び戻して引き連れ、移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間程があっという間に経過。

 私も私で大騒ぎだった。

(……ひ、彼岸花……? なんで今の時期に?)

 先ず、あらゆる時期の有毒植物が畑の畦道に自生していた。

 何でまだ三月なのに彼岸花の絨毯が広がってるんだ……。

 真っ赤な光景は、見ていて気分のいいものじゃない。

「亜夜ー。なにこれー?」

 ラプンツェルが一本それを手折り、観察している。

 確かに綺麗だけど……演技も悪いし実際危ない。

「それは彼岸花というお花です。有毒植物ですので、食べると死にます」

 実際は食べることもできなくもない、程度。

 が……土壌汚染でもされてない限り、気候無視のこの現状はおかしい。

 近所に住む魔女か魔法使いが怪しい薬でも散布したんじゃないのかこれ。

 片っ端から有毒植物を図鑑で調べて、掲載されているものと現物が同じものだと確認して手の空いている方々に手伝ってもらい、回収。

 狙ったかのように毒のある草花ばかりが生えている。何だこの嫌がらせ。

 私が毒物だと判断したモノを回収すると、畦道が綺麗になっていく。

 広大な土地を車椅子で移動しながら作業するとこれはこれで疲れる。

「広いわねぇ……」

「そうだね……」

 辟易した様子でアリスとグレーテルは私の身の回りの手伝いをしていた。

 ラプンツェルはついてきて、これは何? と聞いてくるので名称を教えている。

 その行動が作業をしている人達にも名前が伝わり、ヤバイものだと認識してもらえる。

 マーチは実際ちょこちょことお手伝いをしてお礼を言われている。照れたようで笑っているのが可愛い。

「――びにゃあああーーーーー!?」

 遠くで雅堂の猫型マスコットみたいな絶叫。何かと思えば、何とあの野郎。

 軽トラサイズのカブを一人で抜いていた。信じられない、なんてパワーだ本当。

 そんでもって勢い良く引っこ抜いたカブの下敷きにされている。

 タリーアが直ぐ様駆け寄って荊でそれを持ち上げて、呆れた赤ずきんが頭を掴んで救出。

 何やってんだあいつ……。いや、ツッコミはそこじゃない。

 それ以前に鍛えた身体の作業員が苦労して抜いている作物を優男のあいつが一人で抜けるって……。

 あいつは、人間か……? 

 真面目にヒューマノイドか何かじゃないか失敗してるけど。

「……」

 身をもって体験したアリスも同意見のようで、微妙な目で見ている。

「何だ、死んでなかったんだ。残念」

「死ねばよかったのに」

 冷たい目で雅堂を見ているグレーテルやラプンツェルの言葉は変わらず辛辣だ。

 それは置いておくとして。

 畑の畦道担当の私達は、有毒なものを一ヶ所に集めて焼却処分する。

 燃やしてもいいように、ある程度山にしてからマーチがマッチで火をつける。

 しかし水分を含んで、燻っているようだったので、私が軽目に雷撃で一撃加えた。

「す、すげぇ!」

 作業員たちが私の魔法を見て拍手してくれた。よくわからないが凄かったようだ。

 山になった有毒植物は盛大に燃え上がる。キャンプファイヤーのように暖をとるには丁度いい。

 その頃には正午、具合良く昼時になった。

 折角引っこ抜いた野菜たちを処分するにも勿体ないので、採れたてを食すことになった。

 マーチに手伝ってくれたと一緒に作業したマッチョマン達が気さくに話しかけてくる。

 ちょっとオドオドしていたが、私が近くにいればそこそこ会話は弾んでいる様子。

 楽しそうにしているなら、それでいい。

 ラプンツェルは、一部のマッチョマンたちに人気があるようで、ワイワイしている。

 何だ、連中雅堂と同じロリコンか? 無警戒だからって変なことしたら殺す。

 今の所お触りなどはないようだが、何かされたらすぐ言うようにラプンツェルに言いつける。

 念の為、グレーテルが様子を見に行き、グループのように少し離れて別行動になる。

 ま、目の届く範囲にみんないるしそれはそれでいい。

「坊主すげえなぁ! 見た目によらずにガッツがあるじゃねえか!」

「あ、あはは……そりゃどうも……」

 アリスと共に、近くにいた雅堂と合流。

 おっさんたちに囲まれ、バシバシ背中を叩かれ恐縮しまくっている。

 タリーア達は後ろで巨大化したメロンを既に頂いている。

 切り分けられているにはしては随分と大きいけど美味しいのだろうか、あれ……。

「よし、頑張ってくれた坊主に俺達渾身の一品を食わせてやるよ! そっちのお嬢さんたちも一緒にどうだい?」

 私達にも振舞ってくれるようなので、遠慮せずに頂くことにした。

 マッチョマンたちの自信作、それは……。

「これはなぁ、新しい穀物の可能性を模索するために丹精込めて開発した品種なんだ。ユニって奴が、世界一甘くて美味いコーンを夢見て作った自信の試作品でな。開発者の名前を込めて、商品名は『ユニコーン』にしようと思ってるんだ!」

 どっかで聞いたことのあるフレーズだった。

 手渡されたのは見事に身の詰まった立派なトウモロコシ。

 やっぱりでかい。しかも……重い! 何キロあるんだこれは!?

 マッチョマンが肩に担いで持ってきたけど受け取ったはいいが、重すぎて車椅子が傾きそうだ。

「あ、亜夜ちょっと待って!」

 慌ててアリスがトウモロコシを受け取る。

 が、重さがありすぎてコケそうになった。

「お、重た!? 何キロあるのよこのトウモロコシ!」

 抱きかかえるようにして漸く持てる。

 ポップコーンをこれで作るとか、正気の沙汰かユニさんという人は。

「なに、10キロぐらいだ」

「一本で10キロ!?」

 なんて重さだ。通常の何倍身が詰まってるんだこれ。

 アリスも唖然とするそのサイズ。お味の方が大変気になる。

 サイズがこれだと大味だとなりそうな気がする。取り敢えずこのサイズで爆裂させるのは勘弁して欲しい。

 アリスが抱きかかえたそれを、マッチョマンはこれまた規格外のサイズの大鍋に豪快に放り込んで茹でてくれた。

 地獄の窯よろしくの巨大なべ。どこから持参したのか特大のカセットボンベまで完備していた。

 青空の下、畑のど真ん中で取れたての野菜を食べるなんて贅沢だ。

 生でもいけるらしいが、茹でたときに本当の味がわかるとか。

 茹で終えたトウモロコシが机に横たわる。湯気がすごい。

 抱きかかえて食べるのは無理なので、剥ぎ取って皿に乗っけて食べてみる。

「頂きます」

 早速、大粒のそれを食す。途端、口の中に優しい甘さが広がった。

 甘いものでも食べているような味わい。これ……トウモロコシだよね?

「ど、どうだ?」

 マッチョマンは不安そうに聞いてくる。

 私は何度も頷いた。間違いなく美味しい。

 安い表現だが、今まで食べたもろこしの概念が覆った。

 言葉で私が言い表せない程、ただただ美味しい。

 私の反応が満足できるものだったらしく、おっさんは穏やかな顔をしていた。

「こ、これが……可能性の穀物……!」

 雅堂に至っては鳥肌を立っていた。

 愕然と、茹でたてのトウモロコシを見下ろしている。

 夢中になるように、私も雅堂も兎に角、貪り出す。

 冷める前に食べ終えないとこれは勿体ない。美味しいうちに、熱いうちに食べないと!

「みっともないわねぇ、亜夜」

「とか言いながら既に食べ終えているくせに何言いますか」

 アリスが苦笑して言うが、既に彼女は食べ終えている。つまりは美味しいということの証明である。

「確かにすごく美味しい。あたし、こんな美味しいトウモロコシ初めて食べた気がする」

 料理しても絶対美味しいと思うのは私も同感。

 雅堂は既に10キロのもろこしを一人で食べてしまった。

 もう一本手を伸ばして、無謀にもそのまま齧り付く。

 かなりの速度でがっつくのは……最早言うまでもないか。

「……嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。ここまで苦労した甲斐があったってもんだぜ……!」

 私達の態度に、感涙でむせび泣くおっさん。

 タリーアが後ろで恐る恐るそのもろこしを一粒食べて、味に感動して続けて食べている。

 目を輝かせて、ゆっくりとではあるが。赤ずきんは大きなトマトにかぶりつく。

 兎に角、みんな美味しい。もっと欲しいと求める手が止まらない。

 お昼はとても美味しい、可能性の穀物『ユニコーン』を食べることに夢中になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。食い足りない私はアリスとグレーテルを連れて、そのへんをうろついていた。

 他にも危険物がないか見ているのだ。

「これも美味しいわよ亜夜、サイズの割に」

「品質は一流だと思いますここの畑」

 歩きながら腕に抱えている拳大のイチゴを食べてアリスは私に言う。

 例の異常成長した奴のアレである。一個もらって食べたが凄く上品な甘さで美味い。

「こっちも美味しいよ姉さん、食べる?」

「はい、貰います」

 私はグレーテルに揚げてもらったフライドポテトを一緒に食べる。

 ラプンツェルと仲良くしている、グレーテル曰く危険性のない紳士たちは現在彼女と果物の食べ放題を体験中。

 マーチはマーチで、作業員とお茶をしながら仕事のノウハウを熱心にメモしているのが見える。

 あの子もあの子で明るくなりつつあると感じながら、見回りを続けていると……。

「ん?」

 向こうでタリーアと赤ずきんが何か叫んでいた。

 こちらを見て、指差して叫んでいる。何事かと思って行ってみたら、

「大きなリンゴがあるんだけど、アレって毒あるのかな?」

 どうやら畑の隅っこで木になっている蒼いリンゴを発見したようだ。

 赤ずきんが聞いてくる。

「……やめてください、あれは毒ありです」

 見るからに普通よりも大玉。しかも私の翼のように蒼い。

 何と、童話の天然危険物を発見してしまった。

 白雪姫に出てきた蒼い毒リンゴ。まさか普通になってるとか誰が思う。

 ライムさんを無線でよびだして、危険物発見の報告をする。

 一応確認を取ってもらったがこのリンゴの木は畑の者ではなく、ここ数ヶ月で勝手に生えてるものらしい。

 土地の所有者はあの人たちらしいので伐採も提案しておく。

 調べるまでもなく、食べたら危ないものである。

 念の為人気がないのを確認して、私は魔女の状態で確認してみた。

 ……案の定、果実内部に魔女の呪い付きだ。食べたら仮死状態に陥るように作られている。

 みんな嫌そうにする。当然だろう、魔女の代物だ。

 これもライムさんに報告。直ぐ様飛んできたライムさんとおっさんが、どうするべきか話し合う。

 私達は二人と別れて、移動する。他にも危ないものがないか探していると。

 今度は……ラプンツェル達の畦道で集団が盛り上がっている。

 何事だ?

「亜夜ー!! 美味しそうなキノコ見つけたよー!」

 無邪気に言ってくるラプンツェル。

 作業員たちも焼いて食えるかどうか私に聞こうと考えていたようだが……。

 私は、遠目でそれを見て絶句した。というか、背筋が凍った。

 ギョッとした私を見て、不思議そうに二人が聞いてきた。

「亜夜……?」

「どうしたの、姉さん?」

 ラプンツェルがこっちに向かって駆け寄ってくる。

 作業員たちが取り囲んでいたのは大きなキノコ。

 多分異常成長したであろう、特大のキノコだ。

 それはいい。だが……そのキノコ達は……。

 私はたまらず叫んでいた。

 

「雅堂ォーー! 出番、出番ですからッ!! 早く来て下さいッ!!」

 

 アレは不味い。食える食えない以前の問題だ。

 触れただけでも非常にヤバイ。というか、なんでこの世界に存在するんだ!?

 聞いていないよ、あんな生物兵器!!

「えっ?」

「ね、姉さん?」

「亜夜?」

 三人に訝しげに見られても知るものか。

 アレだけは、私の世界の超レアな天然危険物なのだから。

「な、何事だ、一ノ瀬っ!?」

 何故かネギを手にした雅堂が駆け付けた。

 グレーテルとラプンツェルが顔を顰めるが、それどころじゃない。本当にあれは危険なんだ。

「雅堂ッ!! 今すぐあれを吹っ飛ばしなさい!!」

「あれ……?」

 私が指差すそれを見て、流石のこいつも知っていたようで血相を変えた。

 今にも、作業員の人が触ろうとしているではないか!!

 やばい、すぐに止めないと医者行きになる。

 目配せすると、雅堂は思い切り息を吸った。非常事態だ。

「そのキノコ、ちょっと待ったぁぁぁぁーーーーーー!!」

 流石にこの距離を走っていたでは間に合わない。

 雅堂が絶叫すると同時に、持っていた長ネギを振り上げる。

 大声に吃驚した作業員はこちらを見る。

 目に入るは、血走った眼鏡が自慢の長ネギを振り上げる光景。

 何と、走っても間に合わないと判断した雅堂は、生ものである長ネギを刀の代わりにする気だ。

「みんな、耳を塞いで下さい!」

 私は素早く言うと、普段より言うことを聞くみんなは耳をすぐに塞いだ。

「どおおおおぉぉぉりゃぁあああああっ!!」

 裂帛の気合で、長ネギを地面に叩きつける。

 すると。

 

 

 

 

 ――ドオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

 ……彼が長ネギで叩いた先から放射状に、衝撃波が駆けたではないか!

 雷鳴の如き音と衝撃は、振り上げた途端に気合にビビって逃げ出した作業員のいた場所に直撃。

 爆音と粉塵を立てて爆ぜた。何だなんだと遠くで休んでいた人達がこっちに来る。

「やばっ……!」

 そんな雅堂の焦りのつぶやき。また力加減間違えたか……。

 煙が風で流される頃には、地面が扇状に伸びて抉られ、キノコを徹底的に破壊していた。

 その距離、約30メートル。その距離を、威力を保ったまま遠距離攻撃で爆砕させた。長ネギで。

 振るわれた長ネギは摩擦熱で真っ黒に焦げていた。

 おい、何が起きたんだこれは。私もビックリしたが、長ネギってあんなことできるのか。

 出来る訳がない。全部この人外の仕業だ。

「!?」

「……」

「――」

 アリス、言葉を失った。

 グレーテル、ハイライトが消えた。

 ラプンツェル、現実逃避でアリスからイチゴを奪って食べた。

 私、雅堂を褒めた。

「今回ばかりはナイスです、雅堂」

 あれまで壊されれば多分大丈夫だろう。一先ずの心配はなくなった。

 然し、何であんな生物兵器がここにあるんだ……。

「こ、これでよかったんだ……よな?」

「ええ。役所に連絡しても遅いですからね」

 だから、力ずくで粉砕した。それだけだ。

 雅堂はホッとした様子で尻餅を付いて、安堵している。

「な、なんじゃいまの音は!?」

「どうしましたか!?」

 おっさんとライムさんも、野次馬と共にこっちに来た。

 さて……説明しないといけないなこれは。

 何故雅堂を呼んだかというと……アレを美味そうと言った、ラプンツェルと作業員に問題があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言おう。

 連中が美味そうといったのは極めて気持ち悪い外見をしている。

 一言で言うなら、燃え盛る炎。あるいは、紅くなった人間の手。

 兎に角禍々しく異形な姿をしているそれは、分類はキノコだ。

 名前を、

「……カエンタケ、ですか……?」

 という。この世界ではかなりレアなものなのだろう。

 ライムさんですら知らなかった、図鑑にも乗っていない珍種。

 私の世界に稀に生えている、身近にあったら即役所か保健所に通報ものの、天然危険物である。

 カエンタケ。知ってる人は知っているが、触れてもヤバイ、食べるなんて論外の超毒性の強い毒キノコ。

 というかキノコと疑いたくなる外見をしており、普通食べようと思わない。

 人を殺すのに必要なグラム数はたったの3。3gあれば余裕で仕留めることができる。

 食べたら10分で症状がでて、あらゆる所をぶち壊して殺す最悪の兵器。

 大雑把に説明するだけでこれだ。触ってもダメ、食ったら論外。仮に生き延びても後遺症で人生台無し。

 良いことは何もない、最悪のキノコなのだ。発生する条件が難しくあまり見かけないらしいのに。

 何で一メートルもありそうなものまで成長してるんだここは。ナラ枯れとか起こしている様子はないのに……。

「ラプンツェル、触ってないですね?」

「う、うん……」

 みな、触れる前に雅堂が粉砕してくれたので間に合った。

 危険だと知らなかった彼らに、最強クラスの毒物であると何度も言った。

 あと知らないキノコは見つけても迂闊に食わないようにとも厳重注意しておく。

 因みにこれ、兵器というのは間違いじゃない。

 カエンタケの毒の成分はカビ毒だという。

 何処かの戦争の化学兵器に似たような成分を使われた歴史があるらしい。

 私も専門的には知らないけれど、言い切れるのはこいつだけは見ても触っても食ってもダメ。

 通報するところにして、自分は何もしないのが一番。

 こっちは対処する側なので今回ばかりは仕方ないけど……。

 よくよく調べてみれば、カエンタケの群生地みたいになってるところがいくつか発見。

 さっきの彼岸花の真っ赤とは違う意味で真っ赤になっている。

「遠慮しないでぶち壊しなさい! 徹底的に!!」

 燃やすことも触れないなら、この場で衝撃波で粉々にするしかない。

 正しい対処法なんて誰も知らないし、皆と相談して土に還すことにした。

 劇物といえど一応自然のもの。壊せば問題あるまい。ということで、人間兵器の出番である。

 発見して、矢面に立たされた奴はノリノリである。

「オッケー! こういうことなら僕に任せろ!」

 雅堂の一撃が地面をえぐり、大穴を拵え、土埃が注を舞い、クレーターを作成する。

 一帯ごと粉砕爆砕して始末する。こうするしかない。後は立入禁止で区別するとか。

 尚、得物がない彼はまたも食べられない長ネギを用いている。勿体ない気がするが……。

「……あいつって、人間なのかしら……?」

「多分、オバケかバケモノだと思うよ……」

 安全地帯でそれを眺めるアリスとグレーテルの会話。

 周りの心境は同じだろう。何で出来るんだあんなこと。

 私も驚きしかないが、出来るならやってもらおう。

 そんな感じで、毒物処理は最終的に雅堂にやってもらった。

 平和でよかった。……あれ、平和ってなんだっけ?

 後日、彼に作業員にならないかというお誘いがあったらしいが、その話は割愛しておこう……。


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