光の力、魔法。
闇の力、呪い。
幸福を呼ぶ青い鳥。
不幸を撒き散らす魔女。
全て私を構成する説明である。
本来ならば一つに纏まるべきじゃない真逆のものが私の中には存在する。
そう、私は矛盾している。
結局自分が何なのか、説明できない。
魔女の素質があるけど、人間。
不幸を呼ぶこともできるし、幸運も呼ぶこともできる。
両方出来る不便な体質。必要ないものまでくっついて、いい迷惑だ。
私は魔女になんかなるつもりはない。
魔女として学べば私にも青い鳥の呪いは解けるだろう。
同時に、自分の世界に帰れなくなるかもしれない不安が付き纏う。
面倒なことになったものだ。
出来ることが限られていくのに、負債だけがどんどん重くなって伸し掛る。
でもひとつずつ片付けていくしかないから、私は今日もやれることから進めていく。
なぜ、呪いをサナトリウムの医者たちが治せないか。
答えは簡単だ。医者たちは原因も治療法も分かっていないから。
魔女を詳しく知らない、俗にいう一般人である医者達はなぜ彼女、彼が蝕まれているのか理解できない。
呪いの原理が分からないから、出来ることは対処療法のみ。
今すぐ死ぬわけじゃないけど、孰れ死ぬ可能性が高い。
もう満足に日常生活が続かないから、
「結局、お医者様では役者不足。呪いは解けません。私からすれば、簡単に説明はつくんですが、実践できないものでして。そこで、素質あるあなたがたのような人々に助けてもらっているんですよ」
「強引に、ですけどね。拒否権を与えないテロリストがよく言います」
「そんなの、どこの世界に飛ばされても同じです。勝手な理屈で招き入れているんですもの」
ライムさんと休み時間、喋っていた。
話題はここの患者は本当に治らないのか。
結論は、私みたいな人じゃないと治せない。
ライムさんは、やり方を知っていて実行しても変わらない事も知ってる。
「よくあるヤツですよ。呪いは、人のマイナスの感情を糧として成長します。当然、蝕まれている人間はスパイラルに捕われて死ぬまで何度も繰り返す。だから、治らないんです」
「心を支えないと意味がない、と?」
呪いの原理はそういうことだ。
強く、暗い感情に根を張って、吸収して、成長する。
絶望こそ呪いの栄養。ここにいる子供たちは、全員常に落ち込んでいる。
だから治せない。治らない。病は気からならぬ、呪いは気から。
「はい。物理的に治そうとしても時間の無駄。魔女は要するに生命を奪う嫌がらせをしているんです。お医者様は物理的にしか治そうとしないので、遅々として進まないんですよ」
「……」
だから私に幸福を呼べと。
幸せな気持ちにして、絶望を吹き飛ばし、栄養源を絶つ。
そして呪いを枯らして、ハッピーエンド。
まさか呪いの中身が幸福呼ぶとは誰も思うまい。
「ですので、亜夜さんは正に治療に特化しているんです。出来ることなら、全員を癒して欲しいぐらいです」
「嫌ですよ。今ですら手一杯なのに。それに、私自身の呪いが無くなれば、私に価値はなくなります。そうしたらもう、自分の世界に帰ります」
そこまでしてやる義理もないし、他の物語に興味がないわけじゃないが、責任を負いきれない。
私以外の誰かが助けてくれるだろうし、それをやるのは私じゃなくてもいい。
「ですよね。そもそも、あなたの担当する彼女たちさえ満たしてもらえれば、それ以上の無理強いはしません」
ライムさんは納得しているように言う。
強制的にやらせている割にはそのへんは寛大だった。
まあ、あんまりしつこい場合は、私にも考えがあるんだが。
「さて、そろそろ休憩終わりなんで。マーチたちの所に行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
休憩は終わりだ。
私はライムさんに見送られて仕事に戻る。
「……」
「……」
今日も口は聞いてくれない、か……。
彼女には警戒されているし、当然だと思う。
彼女にとって、私は前の担当と同じ。
『敵』、だ。
私もそれはそれで仕方ないと思う。
辛いときは、無理なことはしないし近寄らない。
ただ、黙々と作業するのみ。
マーチの分の仕事は終わった。
洗濯物は全部乾燥して畳んである。
食事は用意してあるから大丈夫。
後は自分でやってもらえれば。
掃除も終えた、諸々もOK。
部屋の隅で膝を抱えて、震えている彼女は何も言わない。
ただ、こちらを時々見ているだけ。
安易な優しさはただの暴力だ。
彼女を余計に追い詰める。
近寄るときは空気を読んで。
そんなの、基本だろう。
粗末な格好をしていた当初とは違って、今は暖かい衣服を用意した。
それを着ているということは、少なくても完全拒否という訳じゃないと思いたい。
「……あの……」
不意に、道具を持って部屋を出ようとした私に、マーチは声をかけてきた。
「……なにか?」
振り返り、問う私を見て、彼女は言いにくそうに言った。
何度も目を泳がせて、口篭りながら必死に紡いだ小さな言葉。
それは初めての出来事で、彼女なりに一歩前に踏み出したキッカケだった。
「わたしと一緒に……買い物、してくれませんか……?」
「なんで、亜夜さんは……」
「亜夜、で構いませんよ。年齢は同じですんで。敬語も結構」
「……亜夜、は……どうして、わたしと同い年なのにもう、働いているの?」
「仕事がなかったもんで」
街にマーチと共に出た。
買い物、したかったらしい。
お金はサナトリウムが小遣いとして出しているもの。
私はまぁ、見張り兼付き添い兼荷物持ち。
そこまで重いものや沢山は買えなかったが、彼女が欲したのは微々たるものだった。
俗に言う、火種。ライターとか、ジッポとか。そして、マッチも。
何に使うのか聞くと、持っていると落ち着くからという理由だった。
そこそこ入れて、袋に下げての帰り道。
私は、近くにあった飲食店で二人でお茶をしている。
街並みはどこか、現代に近い世界だ。
コンビニ、ファミレス、なんでも一通り揃っている。
ただ原理はやはり文明の基盤が違うので異なる様子。
そのくせ人々の意識は中世で止まっているというか。
アリスの認識もコンビニで売っているモノの扱いを知らない様子だった。
ライムさんに聞いている限り、人々の認識と文明には、下級と上級の間で大きな差があって、豊かな人の見識は上昇する一方で、貧しい階級の人を置いてきぼりにして文明の急発展があったらしい。
でもそれじゃあいけないってことで一部の善人達が貧しい階級の人たちにも施しを与えた結果が、扱えない高度な文明の品々。
彼らには取説があっても使えず、入ることに抵抗を感じる。
なんとアンバランスな世界か。
マーチもライターやジッポをお守りと勘違いしている様子だった。
挙動不審に周囲を見回して、ウェイターに注文できずにいたマーチにかわり、慣れている私が全て行なった。
そして運ばれてきたケーキを嬉しそうにもそもそつつきながら、マーチに問われたのが先程の質問だった。
そういえば笑うの、初めて見た。
やっぱり、笑顔が少ないのは良くないことだと思う。
辛そうな顔は、不幸だって呼び込みそうで。
私はそれをよく聞かれるが、珍しいことなんだろうか。
本当のことは言えないし、仕事がなかったと言うようにしてる。
「亜夜、は……。わたしたちに、良くしてくれる、よね? それも、仕事だから?」
誰かと出かけるのは初めてだと言われた。
前の担当はキレやすくて乱暴で、粗野な奴だったらしい。
ビクビクしているしか出来なかったとマーチは言う。
私の事を観察して、大丈夫そうと判断して漸く、一歩前に踏み出した。
その結果が、私との外出だったようだ。
「……ぶっちゃけると、そうですね。仕事だからってこともあります」
「……そっか……」
仕事だから。それが一番大きい。
お節介というのも多く含んでいると思うけど。
なんの意図があるかは分からないが、まだ心を開いているようじゃない。
もう少し、距離は開けておこう。
「働くのは、大変……だよね……」
「まぁ、そうですね」
唯一、あのメンツの中で働くことの大変さを知っているマーチ。
……働きすぎた結末が死ぬことだもの、嫌でも解する。
「働いたことは、報われている……?」
「一応は報われていますよ」
ろくでなしの父親に稼ぎを丸ごと奪われていたあなたに比べれば。
そう心の中で付け加えておく。
「そう……。なら……」
彼女は何かに納得したように話題を切り上げた。
聞きたいことは、そういうことか。
自分みたいなことになってないか、倒れたと聞いて心配してくれていたのかな。
そんなところだと判断する。
「言いたいことは察してるんで、分かりますよ。まぁ、過酷じゃありますけど……それなりに楽しく、やってます」
「……」
マーチはケーキを食べながら私を眺めている。
私は外を行き交う人を頬杖をしながら見ていた。
この世界の人間は、それなりに幸せそうだ。
自分すら幸せにできないような奴は、誰かを幸せにするなんてできない。
余裕がなければ、与えられる方も迷惑を被るだけ。
もう少し、私も余裕を作るべきか。
それが早急かもしれない。
うん、そうしないとダメ。
私は先ず、もう少し余裕を持とう。
そうすれば嫌でも、変化する。それが現実だ。
自分の幸福も、追いかけてみよう。
それが自分の呪いを止める方法でもある。
「……同じ部屋で、お菓子は食べられませんよね? たまにで良ければ、私も外食、付き合いますよ」
「えっ?」
お代わりを選び始めたマーチに、私は言い出す。
常に寒さに凍える呪い。それは、身体だけじゃない。
ココロも寒さに凍えている気がする。
彼女は、人と接する機会を増やして方がいい。
近くにいる人から、繋がれば。もう少しだけ、暖かくなるかもしれない。
またお節介で、こんなことを言い出している私。呆れるよ、本当。
「外食。私で良ければ、付き合いますよ」
「……」
意外そうな顔をしていた。
同じ空間に生活する人がいるにもかかわらず、未だにあの子達はお互いを嫌悪しているということに気が付いた。
アリスは気に入らないという理由で。
グレーテルはどうでもいいと無関心で。
ラプンツェルとマーチは、似たものの性格なのか大丈夫みたいだけど。
みんな仲良くなんて言葉は、彼女たちの間にはない。
喧嘩して、対立して、壁を作って、離れていく。
それの繰り返し。
大抵の入所している子供はそうだと言うし、珍しくない。
みんな、友達というものを知らないようだった。
嫌がる感情は知っている。でも、好きという感情は忘れてしまってる。
「……」
返答に困っているマーチ。私は自嘲的に笑った。
「そんなに意外ですか? でも、そうでしょうね。職員は精々、仕事と割り切ってあなた達と接する程度。仕事の範疇のみですもの」
「……」
「私も仕事と割り切っている、つもりです。今でも、そうですよ。が、現状は感情移入している。言われるまでもなく、自覚はありますよ。お節介、お人好し。何とでもどうぞ。私自身、ここまで自分がそうだとは思いませんでした」
どちらかというと事勿れ主義。
冷酷で、利己的で、理屈的で、損得主義。
クラスメートから言われてきた私は、そんな言葉が大半。
それが今はどうだ。自分のためと言いながら、やってることはなんだ。
自分から彼女たちのお節介を焼いて、可愛がってるじゃないか。
その感情が、まさか伝わってないとでも?
向き直り、肩を竦めて言う。
「やれやれ、本当に意外ですよ。本来の私は、こことは正反対の冷たい人間のはずだったのに。どうしてか、マーチたちを見ていると放っておけないんですよ。心配になるんですよ。それって、マーチ達が私の母性本能でも刺激してるんですかね?」
「……そう、言われても」
困る。その通り。
私は結局何なんだ。
言動不一致がお約束のツンデレか?
いや、それはどっちかというとアリスじゃ?
「自分でも呆れるというか、戸惑っているというか。寧ろ、全力で世話したくなっているというか、構いたくなるウザい人間へと変わっているようです。ですんで、怯えなくても平気ですよ。私の基本は、悪意じゃありません。大凡、余計なお節介です。自分で言うのもなんですし、うまい話はなんとやらですが」
「……」
自虐混ざっているな、と思う。
何でここまで世話したくなるんだろう。
彼女達の辛そうな顔を見ているのが嫌だから?
彼女達は、笑っている方がきっと似合うから?
微笑んだ表情が、見たいから?
ありがとうの一言も言わないような素っ気ない子達なのに。
何を倒れるまで必死にやっているんだろう、本当に。
こんな奉仕精神溢れる性格していたっけ、私。
「……変な、人」
「デスヨネー」
マーチは、何時の間にか苦笑していた。
私を見て、苦笑い。自然な表情で。
「でも……悪い人じゃ、ない気がする」
「悪人ならもっと利口に利用していますよ。というか、その前に即刻クビです」
私の呪いのことを知っているのは、今の所アリスだけだ。
マーチは青い鳥の話は教えていない。
純粋な好意に見えるかもしれない。
「亜夜……さん。やっぱり、さん付けしていい? わたしよりも、立場……上だし。それに、職員さんは、敬意を持って接しないと、ダメだと思うから……」
「……まあ、マーチの気の済むように」
彼女はわたしに敬意を持つという。
そんな偉そうなことはしているつもりはない。
「それに……。わたしだけ、こんなに幸せでいいはず……ないよ」
彼女は窓の外を見て、言った。
遠い目をしている。誰に対する言葉だろうか。
「いいんですよ、幸せで。誰だって幸せになりたいと思うのは当然」
「……?」
当たり前だろう?
幸福を求めて何が悪い。
それが他人の不幸の上に成り立つならまだしも。
マーチの言う幸福は、こんなに小さく、質素なものだ。
それすらダメだというのは魔女だけで十分だ。
これ以上呪いなんかかけてみろ、魔女は私が魔法でぶちのめしてやる。
「マーチ。貴方は幸せになっていいんです。自分で捨てちゃダメですよ。こんな当たり前の日常は、誰にだってあるべきもの。掛け替えのないモノを捨てたら勿体ない」
「…………」
私を見るマーチの瞳。
何の感情が浮かんでいるか、よく分からない。
でも、言いたいことは言う。
「幸福を求めてください。私が出来ることなら、何だってします。いいんです、お菓子を食べたり、誰かと食卓を囲うことを求めても。私は、否定しません。壊しません。奪いません。マーチの幸福を肯定し、作り出し、護ります。それが、私という職員の仕事です」
「……」
職員の仕事は世話をすることだ。
同時に、彼女達の幸せを護ることも仕事だ。
私はそれを考えるし、それを実行する。
何とでも言うがいい。私は、そういうもんだから。多分。
暫く私を見ていたマーチ。やがて、突然小さく笑い出した。
「なんか……なんて、いうのかな。亜夜さん、わたしたちの……お姉さんみたい……」
「……」
姉、ときたか。私は、姉?
実際姉妹なんていないし、一人っ子だ。
でもいたらこんな風にウザイ世話焼き姉さんになっていたのかな、私。
「……私が姉、ですか? じゃあみんな、妹扱いになりますよ?」
腕を組んで悩む。妹ってどんな扱いすればいいんだろう。
周りの兄妹持ちはぶつかってを繰り返していたようだが。
「わたし……お姉さんとか、ちょっと憧れ、あったから。そうだったら、嬉しい……よ」
彼女も一人っ子。
そういえば一人っ子って兄弟に憧れるらしい。
実際はそうでもないけどって、誰か言ってた。
「うん? 私でいいならお姉さんしますよ?」
「いいの……?」
私が了承すると、うって変わって嬉しそうに聞く、マーチ。
彼女は姉が欲しかったのか……。
「世話焼きでお節介で、お人好しで妹を甘やかすようなダメな姉ですよきっと」
客観的に見れば現在私はこういう人間だ。
「それは……それが、いい……。わたしは……」
マーチは優しい姉を求めている。
そんなんでいいなら、私は応える。
「分かりました。私でいいなら、そう振る舞いましょう」
私に姉が務めるか分からないがやれるだけやってみる。
要するにやることは変わらない。
マーチは私に姉みたいにして欲しいという。
どんなものかは知らないけど……挑戦する。
「ありがとう……。亜夜、さん……」
嬉しそうだった。マーチは、控えめに笑って礼を言う。
「いえ……お気になさらず……」
この日、私は不器用ながら彼女にお姉さん役を頼まれた。
職員の上に姉、か。大役だろうけど……最後までやり通して見せよう。
それがマーチの幸福につながるのなら。