ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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何処までも、何時までも

 

 

 

 ――とある少女の身の上話を語ろう。

 のちにこれが平凡な少女が、誰も信じられなくなったキッカケになる。

 彼女には年上の兄がいた。

 敬愛する兄は、とても妹に優しかった。

 家は貧しく、兄妹はそんな中でも仲良く暮らしていた。

 ある日、両親に出かけないかと言われた兄妹はとある森に向かった。

 最初は散策か何かかと思っていたが、気が付けば両親の姿が消えていた。

 実はそれは口減らし。兄妹は魔女がいると噂される捨てられたのだ。

 挙句、持たされていた食料はどうやら毒が入ってたようで見るからに食べられない。

 帰り道に迷子にならないように目印にしておいたら鳥に食われてしまっている。

 その鳥も死んでしまったが、そんなものが目印になるわけもなく。

 兄妹は森で迷子になり、空腹に耐えながらさ迷っているとどこからか甘い匂いがしてきた。

 それを辿ると、なんと森の中にお菓子で出来た大きな一軒家を発見。

 飢餓で苦しんでいた二人は、藁にも縋る思いでその家に齧り付いた。

 それが件の魔女の自宅だと知らず、異変に気がついた魔女に捕まってしまう。

 その魔女は人を食うと言われており、二人もまたかまどで煮られて食べられそうになった。

 兄が決死の思いで、妹を庇い煮え滾る巨大鍋の中に魔女と共に落ちてしまった。

 泣き叫ぶ妹を逃がすため、兄は命懸けの行動をしたのだ。

 お菓子の家を飛び出す妹。然し、魔女は煮えたぎる鍋の中で妹に呪詛を与えていた。

 食事が全て甘いお菓子になる、忌まわしい呪いを。

 兄との事がトラウマになると読んだ上での呪いが、長年彼女を苦しめることになる。

 行き場を失い孤児となった彼女は、知らぬ大人たちに連れて行かれて気がついたらここにいた。

 それが……今の居場所、サナトリウム。

 彼女にとっても、ここは最期の場所となっている。

 食事、お菓子に強い嫌悪を抱くようになった成長した妹。

 家族に捨てられ、最愛の兄を失い、捻くれた女の子になってしまった。

 その少女を救い、導き、護っているのは彼女が憎んでいたはずの魔女だった。

 何という皮肉だろうか。

 あれ程魔女を憎み、世界に嘆き、諦めていた女の子を守るのは、大切なものを奪った魔女だったのだ。

 女の子だってそれを知っている。あの人は間違いなく魔女なのだろう。

 だが、魔女という色眼鏡を使う前に、彼女は一人の姉に等しい人だった。

 自分を捨てた両親、庇って死んでしまった兄。

 誰も居なくなった彼女の、たった一人の『家族』になってくれた人だった。

 自分の無力さを苦しみながら人をやめ、幸せにするため働いてくれている。

 ……そんな人を魔女だからという区別で切り捨てていいのか?

 苦悩はした。でも、すぐに迷いは晴れた。

 そんなことは最早どうでもいい。だって、女の子にはもう一人だけなのだ。

 あの人は魔女である前に、あの人でしかないでしかなかった。

 身を挺して何度も助けてくれたあの人は、今は誰もいない世界で一人だけの家族。

 喩え世界から嫌われていようとも。喩え世界から見放されているとしても。

 女の子――グレーテルは、あの人の家族で有りたい。そう、強く願っている。

「……私、決めたよ亜夜さん」

 もう帰る場所がないなら、身の振り方はこれしかない。

 自分も被害者だったから、気持ちは複雑だ。

 でも、それ以上に大切な人を失いたくない。

「何をですか?」

 このか弱い姉を、護られるのではなく護りたい。

 いっぱい愛してもらった。沢山可愛がってもらえた。

 兄に負けないぐらい、今はこの人が好きだ。離れたくない。

 だから、グレーテルは人として最大の禁忌を犯す。

 

 

 

「私、これからも亜夜さんと一緒に生きてこうと思うんだ。サナトリウム出ていくなら、私もついていくから。この世の果てだとしても、私も何処までも一緒に行くよ」

「……はっ?」

 

 

 

 この日、グレーテルは亜夜の『家族』になることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は耳を疑った。正直戸惑った。

 漸く仕事に復帰したと思ったら、グレーテルが突然そんなことを言い出した。

 ……どういうこと?

 彼女は真剣な表情で、私に告げた。

 それはこれからの身の振り方。将来への計画。そして、……禁断の選択。

 

「私、亜夜さんと一緒に行く。どんな形でもいい。ただ、私はついていく。辛くても、苦しくても、私は亜夜さんの『家族』になりたい」

 

 ……言葉が出ない。

 つまり……グレーテル。

 貴方も、アリスと同じ選択肢を取るの?

「……グレーテル。何を言っているか、分かっているんですか?」

 二人きりの部屋の中。皆、それぞれ用事で出払っているとき。

 病み上がりで簡単な仕事を終えて休む私に、グレーテルは真剣な顔で突然切り出したのだ。

 私は問う。その選択は、愚の骨頂であることを分かっているのか。

「分かってるよ。人として生きていく未来を諦めるんでしょ?」

 私は魔女だ。魔女についていくということは、真っ当な生き方をできなくなる。

 人から排斥され、隠れるように生きていかないといけない。

 魔女とはそういうものであり、況してや彼女は……。

「家族を魔女で失っておきながら、私についてくると?」

 誰もいないことをいいことに、避けていたことを告げた。

 兄を、ヘンゼルさんを魔女との一件で死なせてしまっているのに。

 その気持ち、知らないわけでもあるまいに。

「父さんや母さんのことは、貧困で捨てられた。しょうがないよ。でも……お兄ちゃんのことは、そうだね。複雑な胸中では、あるよ。今でも」

 対面して座るグレーテルは、癖っ毛を指先で弄びながら視線を逸らす。

「魔女は、今でも嫌い。憎いし、悔しい。……でもそれと、亜夜さんが魔女だって言うのは別のことだよ」

 ……私は私であり、魔女であろうが人であろうが関係ない。

 ヘンゼルさんの事はもう変わらないし、後悔したって……悲しみは癒えない。

 好きになった人が、護ってくれる人が魔女であった。

 魔女だけど、私は私のまま変わらない。

 私なら、魔女でも人でもバケモノでもいいってこと。

 ……強くなったんだと、私は思う。

 グレーテルはその真実に気がついて、辛いながらも受け入れたんだ。

「私とて半分は同じですよ」

「半分は私と同じでしょ?」

 まぁ、分かっているなら……それでもいい。

 来るものは拒まない。私は一向に構わない。

 もう、一人ぐらい増えたって問題はない。

 ライムさんと時間のある時に相談しておいたから、私の結末は既に決まっている。

 流石のライムさんも予想外の展開に随分と驚いていた。

 私という狂った魔女の作るエンディングは、誰もがシアワセになれるようにはするさ。

 だけどそれは人としてじゃない。彼女達個人の幸せだけ。

 他人から見ればトチ狂っているようには見えないことだ。

 他の人は自分の世界に帰ってそのまま終了。それが普通の終わり方。

 だけど私は生憎と貪欲なんだ。帰るのは当然だ。それ以上に実現できる全てを欲する。

 両方捨てない。両方叶える。

 二兎を追う者は一兎をも得ずというなら、ウサギなんていらない。

 ウサギの代わりになりそうな別の二つを探して捕まえる。

 選べと言っても選ばない。想定を変えて、満足できる現実を作る。

 突きつけられた二つなんて知ったことか。選ぶものから自分で持ってくる。

 それだけの話だ。方法は思いつく限り実行する。

 それが本当の諦めないっていうことなんだと私は考える。

「構いませんよ、グレーテル。魔女の家族になりたいなら、私は受け入れましょう」

 否定されると思っていたのか、拍子抜けをするグレーテル。

「……ありがとう」

 と言うが、一発オッケーされるなんて思ってなかったようだ。理由を尋ねられた。

「言わないとわかりませんか?」

 逆に笑って問い返すと、イジワルと言われてそっぽを向かれた。

 横顔から視える頬は、赤かった。

「必ず幸せにすると、言ったでしょう?」

 私がそういうと、小声でグレーテルは言った。

「……もう、私は幸せだけどね」

 聞こえてるよ、グレーテル。

 そっか。幸せになれたんだね。思い残すことはない? 

 じゃあ、本格的に本腰に入れるか。

 彼女の呪いも、そろそろ終わりだ。

 みんなの本当の幸せを手に入れないと、結局は意味なんてない。

 それが何となく、見えた気がする。

 何度も間違えたし、何度も失敗したし、そのツケが毎度私を壊していった。

 私は雅堂みたいに真っ直ぐな人間じゃない。正しさを抱いて生きていけない。

 私はそこまで、強くはない。

 清廉潔白。高潔な精神を持っていれば、王道な物語を紡げたんだろう。

 だけど、私は汚く澱んでいる泥みたいなドス黒いお話しか語れない。

 弱いから、他人を切り捨ててでも大切な子達を幸せにすることは間違いなのだろうか。

 まぁ、今更な話だ。誰がどう言おうが私は愚直に進むだけ。

 狂っているっていうのはきっと理解できないからそう言われるんだろう。

 理解されないし、される必要もないと思う。

 私は正義の味方でもなければ、お姫様を救う王子様じゃない。

 誰かを貶める魔女であり、理不尽を振り撒く災禍なのだ。

 真逆の存在が主人公やってる童話なんて聞いたことがない。

 だけど……。だけど、だからこそなの。

 魔女だからと言って、誰も幸せにできないなんてことはないの。

 私だって、大切な彼女達を幸福にすることぐらいはできるの。

 方法なんて間違いでいい、邪悪でいい。

 私達個人が、幸福だと感じられる。それこそが一番大切でしょう?

 家族を笑顔にできない奴が、ほかの誰を幸せにできるっていうの?

 私はイカレていると言われたって、事実その生き方をしている。

「そろそろ、さ。私、呼び方変えたいんだけど」

 グレーテルは先のことを決めたので、私の呼び方を変えたいと言い出した。

 他人行儀な名前呼びではなく、もっと親しげな肉親の呼び方。

 好きに呼んでいい、と言うと。

「……これからは、亜夜さんのことを『姉さん』って呼ばせて欲しいかな」

 ああ、とうとう直接呼びきちゃったよ。お姉ちゃんが本当にお姉ちゃんになりました。

「はい。姉さんは歓迎しますよ」

 これで、心置きなくグレーテルの呪いも解除できる。

 この子は自分から言い出した手前、暴走することはないと思う。

 グレーテルは笑顔で、こう言った。

「ありがと。じゃあ、出ていく時はいつでも言って。私は、何処までも姉さんについていくよ」

 これで、二人目。二人目の幸せを私は招くことに、成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ハズだったと亜夜は勘違いしていた。

 この時、気がついていればよかった。

 こっそりと、この話を聞いていた一人が目を点にして隠れていたことに。

 同じ選択をしている彼女は、当然受け入れるだろうか?

 それはそれで、当事者同士の問題ということで……。

「グレーテル、ちょっと面貸して」

 翌日、亜夜が仕事中に不機嫌な顔でアリスはグレーテルを呼び出した。

「……なに?」

 不穏な空気を感じてグレーテルも不機嫌になりながら人気ないところまでついて行く。

 アリスが連れてきたのはサナトリウムの裏手。ゴミ捨て場がある所だった。

 黙って付いてきたグレーテルに、アリスはストレートに言葉を投げかけた。

「……あんた、サナトリウム以外に行く当てないの?」

 そろそろ亜夜との別れを意識し始めていた二人。

 互いの過去はあまり知らない。アリスの家族との分離や、グレーテルが捨て子だということも。

 別れとは即ち、ここから亜夜か自分たちか、どちらかがいなくなる。

 ちょっとの心配と、多分の警戒。アリスの目は、そういう色だった。

 少しは同居人に対する感情は柔らかくなった。

 でも、それ以上にアリスからライバルに対する闘争心が見え隠れする。

 言い方は悪いが、いうなればペットの猫同士の威嚇。

 ご主人様は自分のだと言い張っているような。

 グレーテルもアリスも動物に例えるなら猫だ。

 アリスはプライドが高いくせに、ガードが甘くすぐに懐くチョロい猫。

 グレーテルは攻撃的な分、心を開けば一番主を心配してくれる優しい猫。

 ご主人様(あや)の取り合いの予感をさせる構図だった。

「ないよ。アリスだってそうなんじゃないの?」

 誤魔化しは不要と、グレーテルもハッキリ言う。

 この間の彼女の暴走だって、きっと何か追い詰められることがあったのだと推測する。

 二人として、本当のことは聞かないし聞いたらいけないと分かっている。

 長い間同居していない。彼女が亜夜に執着しているぐらい、気がついている。

「そうよ。あたしだって、ないわ。だから、あたしはここ追い出されたら亜夜について行く」

「……やっぱし、そうだよね」

 腕を組んで堂々と言い切ったアリスにグレーテルも肩を竦める。

 そうだと思っていた。どうも、別れとかそういうのを毛嫌いしている様子だったし。

 こいつなら、何が何でもついていく予感があった。

 その先にある困難なんて、置いて行かれる辛さに比べたらどうってことない。

「私も姉さんに付いていくつもりだよ。無論、了承もらってる」

「あんたもか……。やっぱ、亜夜は連れていくつもり満々よね……」

 二人して、ため息。性格に差異あれど、やってることが全く同じ。

 どこか似た者同士なのかもしれない。

 呼び方が変わっている時点でアリスは、同類であることは察していた。

 だが、アリスもグレーテルも、これだけは譲れない。

「最初に言っとくけど。亜夜はあたしの姉だからね。あんたはあたしの妹で十分よ」

「違う、私の姉さんだよ。アリスこそ、私の妹で十分でしょ」

 やっぱり、亜夜の姉主張権で揉めた。

 あーだこーだ不毛に言い合って、自分が最初の妹――即ち次女であると譲らない。

 実際の年齢は同じ。誕生日はグレーテルの方が少し遅い。

 誕生日で言えばアリスが次女、グレーテルが末っ子。

 だが、グレーテルは納得しないし、アリスが姉などという荒唐無稽な話は屈辱だ。

「なによ、あたしとやろうっての!?」

「上等だよ! 実力で奪い取るまで!」

 結局こういう風に発展するわけだ。

 睨み合い、取っ組み合いの喧嘩が始まる。

 キーキー喚きながら子供みたいに暴れて、自分が姉だと主張する。

 だが何というか……どこか微笑ましいと思うのはどうしてだろうか。

 どっちでもいいというのが二人の本音。亜夜の器は大きい。

 二人一緒なら溢れることはないし、独占しても意味ないし。

「み゛ィーーーーーー!!」

「ふかーーーーーーっ!!」

 毛を逆立てて怒る猫よろしくの声を出して煙を出してバトル中。何してんだこいつら。

「……」

 居ないことに気がついて、様子を見に来たラプンツェルが、亜夜に貰った団子を銜えながら部屋に戻っていく。

 よくわからないが、報告。利権争いが勃発していることを亜夜にチクった。

(……早速、姉妹喧嘩ですか。世話の焼ける子達ですねえ……)

 そんでもって筆頭のダメ姉はニタニタ気持ち悪い笑みを浮かべて仲裁に向かった。

 その頃にはもっとエスカレートしていた。いや、被害が。

「んぎゃあああああああああああーーーーーーッス!?」

 混じっているはずのない野郎の野太い声。

「!?」

 亜夜は慌てて煙玉に近づいていく。

 レンズにクモの巣状のヒビが入る眼鏡が転がっていた。

 大体察した。止めに入って巻き込まれたバカが一名いるようだった。

「邪魔するならこうしてやるんだからっ!!」

「痛い痛いッ!! 首を引っ掻くな! 今度こそ殺す気かお前は!」

「退いてって言ってんでしょ、変態!」

「ぐふぇッ!? 僕が何をしたよ!? やめろそこは蹴るな死ぬ!」

 二人して、何かに飛びかかっているようだった。

 お人好しが空気を読まずに仲裁するから、こうなるのだ。

「二人ともー。雅堂仕留めるなら早めにお願いしますねー」

 緩衝材がいるならそれでいい。好きなだけ憂さ晴らしさせてあげよう。

「……」

「……」

 亜夜が声をかけると途端に静まる暴力の雨。

 背中に乗られて下敷きにされている本体を奪われてよく見えず動けない雅堂が現れる。

「な、なんぞ……?」

 眼鏡を探すが見当たらず、二人は笑顔で手を振る亜夜に気がついて、互いを一度見る。

 一時休戦。喧嘩をしてる場合じゃない。今は亜夜に仕留めていいと言われた。

 つまり?

(あ、嫌な予感)

 死期を悟った雅堂。この展開は知っている。

「終わりよ!!」

「死ねえっ!!」

 二人は一致団結。動けぬ雅堂に襲いかかるッ!

 意味なんてない。八つ当たりに兎に角襲う、襲う!

「ぎゃあああああああーーーーーーーーー!?」

 何時もの安定の扱いであった。

 魔女の身内候補だけあり何時でも理不尽である。

 雅堂の尊い犠牲で、姉妹喧嘩を止まり、彼は立派に夜空のお星様になるのであった……。

 オシマイオシマイ。


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