――とある少女の、過去話をしよう。
これは、語られないこの世界の『不思議の国のアリス』の物語の始まり。
アリスは良家に次女として生まれた。ごくごく普通の女の子だった。
アリスには年の離れた、良く出来た姉がいた。
何をやらせても人並み以上にしてしまう、俗な言い方をすると天才だった。
対してアリスは凡才以下で、いつも出来の良い姉と比べられて肩身が狭かった。
姉の真似をしても大抵が失敗で、姉や両親はアリスのそんな不器用なところを見て溜息ばかり。
小さな頃から、英才教育とやらをされたがアリスは才能のない人間でしかない。
姉と同じやり方で賢くなれるわけがなかった。アリスと姉は違うのだ。
その過程をすっ飛ばして結果だけを与えて出来る姉とは根本が異なる。
両親はそれが分からなかった。姉はできた。なのに何故
だってアリスと姉は、そもそも別人だ。血が繋がっているだけで、違う人間なのだ。
何でそんな簡単なことがわからないのか。
諦めた両親は姉ばかりを優先するようになった。
そんな頃には、アリスは既に『居場所』が無かった。
アリスなんて居なくていい。
アリスなんて必要ない。
アリスは、出来損ないの失敗作。
母親が嘆いているところを何度も見た。
父親はアリスを何処かにやる方法まで考えていた。
二人に必要なのは姉だけで、アリスは厄介もの。
見ているその度、自分の何が悪いのか分からないまま辛くなった。
アリスはそんな時、不思議な時計を持つ兎を見つけて追いかける。
……これが全ての不幸の始まりだった。
そこからは広く知られているアリスの物語。
ただ、途中で鏡の世界が混じったり、アリスが幼少時に経験してしまう壮絶な出来事が含まれているが。
結局最後はアリスはハートの女王に殺されそうになり、トランプの兵隊を相手に孤軍奮闘した。
大きくなれるキノコなんて便利なアイテムはなく、ガラスの剣でただ切り捨てていった。
死にたくない、その思いだけで何枚のトランプ兵を殺したのか。
……皆殺しにしたときには、返り血を浴びた幼いアリスは泣きじゃくり、鉄臭い池の中央に突っ立っていた。
ワガママな女王は尚も刺客を仕向けて、嫌になったアリスが逃げ出して、散々逃げ回ったが最終的に殺される寸前で彼女は目を覚ました。
夢オチだった。なら、良かった。だが彼女の物語は夢ではなかった。
彼女は現実世界では行方不明になっていた。
しかも彼女が見つかったところには大きな血のシミが出来上がっていた。
上から虐殺し、その血をバケツか何かに入れて盛大にぶちまけたかのような大きなシミのど真ん中。
そこで幼いアリスは頭から血塗れで、眠るように横たわっていたのだ。
当然、大騒ぎになる。両親は疲れたような顔で、何度も警察の事情聴取を受けた。
アリスも何があったのか、必死に覚えている限りを説明した。
無論、信憑性は皆無。信じてもらえる訳がない。
だが、同時にあの多量の血痕も説明できない。
結局事件は迷宮入り。幼いアリスは異常者扱いされて、家に戻された。
戻されても、誰もアリスの事を聞いてくれなくなった。
アリスは家族から見放されて、形だけの家族となって遠くに追いやられた。
孤立、孤独を長い間受け続けたアリスは人を信じることができなくなっていった。
みんな裏切る。みんな見捨てる。みんな置いていく。
みんなアリスが悪いっていう。アリスが狂ってるっていう。
アリスの自我の許容範囲はあっさり限界を超えた。
その頃からだった。アリスの情緒不安定が加速化し、癇癪を起こすようになったのは。
堪えかねた両親が検査をしたら案の定、何処からか魔女の呪いを拾ってきて受けている。
これ幸いと、アリスの両親は小さい頃のアリスを現在のサナトリウムにぶち込んだのだ。
厄介払い出来たと大喜びして、両親の晴れやかな顔を見たとき小さなアリスは悟った。
そっか、アリスは何処にも居ちゃいけないんだ。
悲しい、現実だった。アリスの居場所は、最初から無かったに等しい。
サナトリウムの中に入所する子供の中で、アリスは古株だ。
人生の半分以上をここにいる。ここでないと、もう生きられない。
何年も家族の顔なんて見ていない。面会? 来る訳がないのだ。
成長したアリスにとって、亜夜に出会う前までの人生は悪夢そのものだった。
小さい頃のトラウマをもう一度味わうのは嫌だった。
だから周囲に攻撃して人を寄せ付けず、自分が傷つくことを避けていた。
そうすることでしか、身の守り方を分からなかった。
(亜夜……ごめんなさい。あたし、とんでもないことしちゃった……)
自分で自分の居場所を壊してしまった。
錯乱し、医者を殺そうとした。
振り返るように自分の過去を眺める夢を見た。
見返してみればろくな人生じゃない。親はいても勘当もいいところ。
姉はどうせ今頃幸せに暮らしているんだろう。
自分だけが除け者にされて、愛されることも愛することも知らずに育って、この様だ。
(何か……生きるの、嫌になっちゃった……)
もう、やっちゃあいけないことまで仕出かしたんだ。
どうせ、追い出されるだろう。人殺し未遂までしたんだ。
突き出すところに突き出されて、冷たい牢獄行きか。
どの道、亜夜とは離れ離れ。だったら……もうこの世界に、未練はない。
――死のうかしら。
生きるのに疲れた。生きる理由も生きる場所もない。
だったら、全部投げ出して楽になろう。それがいい気がする。
何で何時までも生きることに縋るんだろう。
どうせ、もう何も残ってない。ならば生きる理由がない。
自分の言動で全部失ったんだ。最期に、自分も失ってしまおうか。
楽になりたい。苦しいのは嫌。もう何もかも投げ出したい。
(…………死ねば、楽になれるのよね…………)
これからの未来なんて、もう考えるのも面倒くさい。
亜夜のいない世界に、価値はない。
唯一愛してくれた亜夜がいないならもうどうでもいい。
このまま……消えて、しまおうか。
アリスは立体映像のように流れる自分の走馬灯を一人孤独にお茶会をしながら眺めていた。
誰もいない空席の、寂しいお茶会に一人だけ、アリスは座っていた。
暖かい紅茶も、美味しそうなクッキーも、誰も分かち合えずに一人で楽しめと言われたみたい。
退屈そうな顔で頬杖をしたアリスが見ている、客観視した自分の姿。
下らない。本当に下らない。生きるって、くだらない。
生きる価値なんて最初からアリスにはなかったんだ。
生きる場所なんて何処にもアリスにはなかったんだ。
もう、いいよね? 諦めて、死んでも……。
救いを求めても、いいよね……?
――ダメですいやです却下です受け付けませんッ!!
――そんなこと、私は絶対に認めませんよアリスッ!!
死んだような目で紅茶を飲み終えたアリスが、白い椅子から立ち上がろうとする。
その手を、何時の間にか隣にいた誰かが掴んで引っ張った。
「えっ……?」
吃驚したアリスがその方向を見る。
そこに座る、自分よりも儚く弱そうな少女がいた。
強気の表情で、ニヤッと紅い瞳で彼女を見上げ微笑んでいた。
「勝手に死ぬとか、お姉ちゃんが許しません。私がアリスのお姉ちゃんです。お姉ちゃんの許可を得てからにしてください。それでもって、認めませんのであしからず」
「……!」
本当の姉の顔は、もう思い出せない。
姉、と呼ばれて思い出せるその顔は……。
「誰が何と言おうと私が、私だけがアリスの姉です。血縁とか知りません。どうせ必要のないアリスの生命、だったら私が全部掻っ攫って強奪してやりましょう」
ほの暗い声で、実の家族から少女を奪おうとしている、邪悪な人類史のアンチテーゼ。
「望めば、私はいくらでも足掻きますよ。アリスが欲するなら、結末だって書き換えますよ。だって私、魔女ですもの。悪い悪い、邪悪で歪んでいる、自己中心的で災いを撒き散らす魔女ですもの」
そこにいたのは、亜夜だった。
ボロボロの姿になりながら、紅い瞳でアリスを見上げ、紫煙を吐き出し蒼い翼を折りたたみ座る。
「……亜夜……。どうして、ここに?」
これは夢のはずだ。夢なら、求めている亜夜が出てきてもおかしくない。
でもこの掴まれた腕の感触は、亜夜が本当にここにいると直感させる。
亜夜は、アリスを引っ張り無理矢理着席させた。二人きりのお茶会は、まだ続くのだから。
「ここはアリスの呪いの根本。夢だと思っているようですけど」
「……えっ?」
よく分からない事を残っていたクッキーを貪りながら亜夜は説明する。
「アリス、取り敢えず紅茶のおかわりください。疲れたのでのどが渇いたんです」
「……いや、何であんたがここにいるのか答えなさいよ」
「私が魔女だからですよ?」
「意味わかんないし!!」
とか言いつつ、紅茶のお代わりを注ぐ。
亜夜は能天気に、熱湯のような紅茶を一気飲みした。
「……魔女は呪いの全てを知ってます。つまり、アリスの呪いだって当然知っているわけですよ。思っていた以上に厄介なようですけどね」
「あっ……」
それが回答だった。亜夜は半分魔女。
魔女は呪いを掌握できる。だから、アリスの呪いに干渉できる。
ここが亜夜の言うとおりなら、今亜夜は外でアリスの中に入ってきている。
「亜夜、あたし……ッ!」
そうだった。アリスは呪いのせいで錯乱し、暴れて人を……!
事情を説明しないと、とアリスが慌てて立ち上がる。それを、亜夜は手で制する。
「大丈夫です。そのへんはバカ狼がフォローしてくれました。あと、奴から言伝です。『怪我をさせてごめんなさい。バカずきんにバツとして真面目に去勢されそうなってるから、本当に許してくださいお願いします』だそうです。泣きながら叫んでましたよ。激昂した包丁持った赤ずきんに追い回されてましたし」
「……なんで、あいつが謝るのよ?」
あいつは正しいことをしたのだ。
冷静に考えてみれば、医者の安全を護るためにアリスを撃退するのは正しいことだ。
が、あいつは納得できなかったようである。亜夜は肩を竦めた。
「曰くやろうと思えば、私が駆けつけるまで抑え込み、説得することはできたそうです。実力ではあいつの方が上ですからね。それに、アリスに何かあれば確実に私は来ます。時間さえ稼げればどうとでもなったんです。それをあいつは、事態の収拾に焦り反撃し、アリスに負傷させ挙句には過剰防衛で半殺しにしやがり、私にそれを目撃されついでと言わんばかりに私まで半殺しにして病室送りにしてくれました。判断をミスしたのは奴の仕業。その責は雅堂にあります」
人のせいにしている。
アリスのことを雅堂のせいにして、アリスを擁護しているのだ。
「よーするにあいつに責任を押し付けたってわけ……?」
「本人は自分のミスだと言ってましたよ。力加減は間違えるわ、気圧されて手を出してしまっただわ、土下座して謝ってきましたからね。……お人好しにも程があるので、利用させてもらいました。ホントの外道は、私ですよ」
「……ドゲザ?」
「私の地方に伝わる、最大の誠意のある態度です。プライドを捨てて謝罪することですよ」
分かっているうえで利用した。自覚した上でのことだと、亜夜は言った。
「医師達もそうです。安易に呪いが解けた、などと……」
苦笑する亜夜に、アリスは呟いた。それが全ての始まりだった。
呪いは解けてないのに解けたと言われて、自分が壊れて発狂した。
「……そうなの。あたし、まだ……」
「違いますよアリス。貴方の呪いはもう本当に解けているんですよ……さっきまでは、ね」
「……え? 嘘、よね……?」
「いいえ、残念ながら事実です」
亜夜は、呪いを解いたと告げた。
何度問い返しても、答えは変わらない。
含みのある言い方をして、そして続ける。
「一度はこの手で解きました。ですが、再発した。いえ、再生といった方がしっくりくるかと。恐らくは、追い詰められた貴方の精神によって」
「……どういうこと?」
一度解いているのに、また呪われた?
魔女はいない。呪う相手がいないのに、何故……?
「アリス。貴方は呪いによって、
衝撃的なことを言われた。アリスの心の均衡は、呪いが支えている。
呪いが、精神に溶け込んでアリスそのものの心を形成している。
そう、呪いをかける加害者たる、魔女から宣告されたのだ。
がちゃん、と持っていたマグカップを落とした。
落ちた先で、紅茶を零して割れる白いマグ。
震える指先で、口を押さえた。
「……ちょっと待って。あたしは、じゃあ……」
つまりは、何か。アリスは、もう。手遅れだったということか?
「ええ。呪いが末期に進んでいます。とっくにアリスは手遅れだったんです。心が強くならない限りは、助かりません」
「…………」
何時か、呪いから解放される日は来るとは思っていた。
ずっと苦しかった。ずっと辛かった。
でも実際、解放されてみたら欠落した精神は壊れて発狂した。
その理由は、呪いも心……精神の一部だから。
亜夜が呪いを解いたのは魔女から視える絡まっていた部分であり、根っこの部分は心の領域に入っている。
そこに手を突っ込むのは、アリスの人格に確実に影響が出る。出来ないこともないが、亜夜はしたくない。
心の死が分かってるのに誰がそんなことをすると思う?
医者達は今まで一度も暴れたことのないアリスを心配し、念の為再検査した。
案の定呪いは消えていなかった。今度はしっかりと結果は異常ありと検出された。
彼らはどうやら、器具の故障だと思っているようだが、亜夜にはハッキリ見えている。
アリスの根本的な治療は、不可能だと。
「どうしますか? 多分、精神が成長しない限りは貴方は呪いと向き合って生きていかないといけませんよ」
「…………」
呪いと共に生きる。弱い心が成長しなければ、ずっとこのまま。
つまりは別れを、トラウマを乗り越えるくらいの気概がなければダメなのか。
そんなの……。
「……無理に決まってんでしょ。あたし、色々な人に否定されて、狂ってるって言われて、見捨てられて。それの繰り返しだったの。それで強くなれって、前見て進めって……。他人事だと思って気軽に、酷いこと言わないでよ」
……無理だ。挑む前から分かってる。
結局亜夜一人に執着してこの様だ。こんな奴が、強くなれたらなっている。
後ろ向きでいい。どうせ、アリスは前向きになれない女だ。
現実の方はどうやら狼のおかげでフォローされ、医者たちの落ち度を認めてアリスの責任は問われない。
これで、問題の先延ばしは出来たし、アリスはまだここにいてもいいという判断をくだされた。
だけれど、アリスの未来は……真っ暗なままだった。
「あたしはどうせ、最後はひとりぼっちよッ!! 家族に捨てられて、友達に捨てられて、あたしのそばには誰もいないッ!! あたしは、あたしはどうせ、
ヒステリーを起こして泣いて叫ぶ。それが、アリスの本音。
どうせこんな面倒な女のところには、誰もいない。
アリスは、結局、独りぼっち。
アリスは、誰とも、仲良くできない。
だってアリスは、頭がおかしいから。一人孤独で、生きていく。
「困りますねェ。そんな連中と一緒にされては」
ただ『狂っている』この一点という意味なら、この女も負けてはいない。
「……えっ?」
「狂っている? えぇ、その通りです。私も大変、頭のおかしい奴ですけれども何か?」
アリスが泣き腫らした目で見ると、邪悪な魔女はしれっと言った。
「類は友を呼ぶ、という格言があります。似た人間には似た奴が集まってくるんですよ。例えば、私とか」
自分を指さして、彼女は言い切った。
「私もまた、狂人と呼ばれる存在なのでしょう。性格的な意味なら、私は一度護ると決めたのなら己を擲ってでも護りますよ。だってそれが私の精神構造ですから」
彼女は証明している。
みんなのために人をやめ魔女になり、生命を削り、半身不随になり、右足を焼いた。
そこまでする破滅の奉仕の理由は、ただ好きになったから。それだけという事で、自分の存在を軽視して。
「保身なんてありません。私は、私の思うままにやった。そしたら、イカレていると雅堂に言われました。ライムさんには異常の極めつけだと指摘されました。その通りですよ。私の内面なんて、みんなの為以外に動いた試しなんてないんです。ついでで何かをしても、最後に帰るのはみんなのところ。ほらアリス、私も狂ってますよ」
「…………」
「狂ってる同士、いいじゃないですか。アリスには私がいます」
アリスが恐れたのは、亜夜との乖離。亜夜とまで一緒にいたい。
最初は、純粋だったのに。今では、血腥い想いになってしまった。
亜夜は何も否定しなかった。アリスを受け入れ、肯定した。
「未来なんてどうでもいいです。先のことは、変わるときに変わるように生きていけばいい。一緒にいられるなら毎日努力して、毎日一緒にいるために工夫して、そんでもってダメなら……別の形を探す。そんなもんですよ、生きていることなんて」
「亜夜……」
先のことは後で考えればいい。
毎日毎日、続くように行動すれば意外にどうにかなる。
自分で自分を追い詰めず、気楽に行こうと亜夜はいう。
強くなれとも、克服しろとも、何も言わない。
現状が現状ならそれでいい。別に、困ることもない。
「いざとなったら、私がアリスを誘拐して、眷属にでもしてみましょう。誰も必要としないなら、別に私が貰ってしまってもいいんでしょう?」
ケラケラ笑って、それはそれで恐ろしいことを言う。せっかくいいコトいっていたのに。
眷属、魔女の身内。それを良いと少しでも思ってしまったアリスはこの時点で末期だ。
「やめてよ、そんなプロポーズみたいなこと! あたしは人間辞めたくないわよ!?」
身の危険を感じた。アリスは羞恥と怒りで怒って顔を真っ赤にする。
愉快そうに、亜夜は笑い続ける。
「頑張ればそういう未来もある、ということです。努力さえしていれば、形を問わなければ、一緒にいるなんてことは存外難しいことでもないってことですよ」
「……」
言いたいことはわかる。
亜夜は、一緒でも構わないと言ってくれているのだ。
ついてくるなら、努力をしてさえいれば受け入れる。
魔女の眷属。居場所がないのなら、そういう生き方もありかもしれない。
人として間違った選択肢かもしれない。でも、アリスにはそれが正解でいい。
魔女というのは人を貶める。だから人類史の天敵。
アリスは望み喜んで、亜夜の甘い毒に引き寄せられていく。
アリスにはそれがいい。魔女の毒に犯されて、ただ共にあることも。
強いて言うなら、魔女のものになりたいと思うのもまた、狂っている証。
どうせ失うものなんて殆どない人生だ。
まともに生きられたら、アリスはこんなところにはいない。
落ちぶれていくというなら、トコトン堕ちていくのもまた一興。
堕落させられているのを知りながら、アリスは魔女に絆されていく。
「そうね……。あたしには、そういう選択肢もあるってことよね」
少しだけ、気が楽になった。人として最低だとしたらそれがどうした。
もう、アリスの周りにいるのは亜夜だけだ。
一緒にいるみんなだって、きっとそのうちアリスに愛想を尽かす。
そうしたら、そうしただ。悲しいけど、どうにもできないだろうから。
アリスには、亜夜がいればそれでいい。友達が出来たら、それもそれでいい。
今は、それだけ分かれば満足だった。
「未来に、怯えないでいいんですよ。明日は何が何でも来るんです。どんなことをしていようとも」
「そんなもんか……。まぁ、いいわ。呪い持ちなら、呪いと一緒に生きていけばいい。あたしはそれしか多分、出来ないから」
「そんなものです。自分から魔女と一緒にいたいっていう時点で、アリス。貴方は普通じゃないんですよ?」
蛇のような紅い双眸で亜夜は満足そうに、アリスを見て北叟笑む。
「上等じゃない。どうせあたし、あいつらからすれば
受け入れるっていうのは一つじゃない。
狂ったものを矯正しないまま、自分はこういう生物だと認識して生きる。
それを開き直りというのだが、開き直ると人間、ふてぶてしくなるものである。
アリスのココロは、悪い意味で前向きになった。
「そうですか。じゃあ、もう暴れたりしませんね?」
「しないわよ、なるべくね。狂ってるから分かんないけど」
「頼みますよホント。死にかけの身体に鞭打ってきたんですから」
互いにダメな職員とダメな子供は、そうしてまた現実世界に帰っていく。
方法なんて探せばどうにだってなる。それは、魔女の言うとおり。
アリスが立ち直るのなら、無理強いはしない。
間違った優しさなのだろう。
正すことが優しさだとしても亜夜は選ばない。
だって亜夜は甘い毒をもってみんなを愛する、狂った魔女だから……。