ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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親衛隊と東方のモノノフ

 

 

 

 変態は出すべきところに突き出した。

 無事、子供達の安全を確保された。

 功労者である魔女と眼鏡とそのお供は、平穏な暮らしを手に入れた、ハズだった。

 そんなわけがなかったのだが……。

 サナトリウムはどうやら、その一件でお上の人にまで色々情報が流れてしまったらしい。

 厄介な話が伝わってしまった。魔女のことを秘匿しておくと、必然的に担ぎ出されるのは眼鏡。

 幻とされる極東出身の、豪傑だと思われてしまったようだ。

 サナトリウムがある国の騎士団の一人が是非手合わせ願いたいと申し出でてくる始末。

 しかも親衛隊ときた。剣の腕前は言うまでもない。賊がいるような世界である。

 王族を護るために特別な訓練を受けている女性騎士らしい。

 この世界の剣術には興味があるが、眼鏡は恐縮してヘタレていた。

「いやいやいやいや!! 親衛隊の人と非公式とはいえ試合とかマジで無理っす!!」

 今回は個人的なものなので、公にはしないで、お忍びで訪れるとか。

 全力で嫌がる雅堂は、土下座までして丁重にお断りしたかったのだが、大人の事情で却下された。

 相手は国であるし、下手に無下にすると後が怖い。ここは必要な犠牲として人柱になることなった。

「のおおおおぉー!?」

 三々五々、光栄なことなのにビビる雅堂を見て呆れる職員たちが出ていく中。

 事務所で頭を抱えて悶える雅堂。情けないにも程がある。

 権力にビビるその姿を、本当の功労者は冷たい視線で見つめている。

「…………ふんっ。所詮はヘタレ腰抜けの節操なしですか。存在がシモのくせに生意気な」

「おおい、最後のは違うだろうがァ!!」

 車椅子の職員の独り言に耳聰く反応した雅堂。

 ツッコミを入れるついでに復活する。謂れのない罵倒だった。

「誰の存在がシモだとコラ!? 毎度毎度、言いたい放題言いやがって!! 何の恨みがあるんだ!」

 雅堂が怒ると、

「……はぁ。言わないと分かりませんか?」

 絶対零度の目で、魔女は敢えて問う。

 彼女が言いたいこと。それは、入所する子供達の目線。

 もっと言うと、女の子たちの視線から話。

 つまり?

「だから僕のこれは呪いだって言ってんだろうがァッ!!」

 直訳、狼のくせに。意訳、死ね。

 スッパァンッ! 

 数ヶ月にわたり、魔女の罵倒に堪えかねた雅堂の厚紙で作られたハリセンによる一撃が亜夜の脳天に炸裂。

 無論、手加減はした。が、雅堂は忘れていた。魔女は、口こそ達者だが本来は虚弱な少女。

「きゅぅ……」

 亜夜は車椅子の上で、脳震盪を起こして一発で気絶した。

「嘘ぉっ!?」

 まさかの一撃で失神した。音は派手だが、重たくもない一撃で。

 肩を揺するが、無反応。頭から煙を出して目をバッテンにしている。

 グッタリしている亜夜を起こそうとしている、その時だった。

 雅堂に更なる不幸が襲いかかる。

「すいません、今派手な音がしたんですけど……」

 訝しげな声で、事務所に入ってきたのはライムだった。

 厚紙のハリセンを持って、魔女に暴力を振るう外道の姿を目の当たりにしてしまった。

「げ、ライムさん……」

 青くなって言い訳をしようと口を開く前に、ライムは一瞬で目を細めた。

 凄く怖い声で、聞いてくる。

「……雅堂さん、亜夜さんに何をしたんですか?」

「こ、これはですね」

「そのハリセンで、亜夜さんを殴った……などと言うことはありませんよね?」

「いや、これには理由があって」

「理由があれば、自分よりもか弱い女性に暴力を振るっていいということにはなりませんよ」

「ですから、僕の話を」

「ええ、聞きましょうか。……言い逃れは職員会議で、続けてください」

 ガシッ! と呆然とする雅堂の手を引っ張って、統括する上の人のところに連れていく。

「い、嫌だぁあああああーーーーー!!」

 思わず叫ぶ雅堂。死亡フラグ見事にへし折ってしまいました。

 サナトリウムの職員の上の人は部下の失態には非常に厳しい。

 雅堂は未遂で毎回何かしらあるたびに名前が挙がる筆頭であり、今回のことは間違いない。

 身内のじゃれ合いですらこれだ。いい歳こいて遊ぶからこうなるのである。

「キッチリと部長のところで、反省してください。亜夜さんはああ見えて弱い女の子なんです。ツッコミで手をだしていいという理由にはなりません。男の子なら罵倒ぐらい我慢してください」

 ライムは亜夜の肩を持つので、基本味方ではない。やっぱり雅堂のせいにされた。

「無理言わんでくださいッ!! 僕にストレスで死ねってんですか!」

「ストレスで死ぬようなブラックな職場ではありません。人間関係の不器用な雅堂さんが悪いんです」

「またか!! またこのオチか!! 誰の悪意だコンチキショー!!」

 今回ばかりは痛み分け。ライムも亜夜に怒ったので、両成敗。

 雅堂には権力の鉄槌が下り、亜夜にも長い間に言いまくった罵倒への罰が下った。

 取り敢えず部長にチョークスリーパーを喰らってあの世に逝きかけた雅堂。

 眼鏡(ほんたい)が無事だったので、付属品も何とか無事なのは幸いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王族親衛隊の一人がきたのは、二月の終わり。

 お忍びで一人で訪れていた。雅堂との試合をずっと楽しみにしていたようだった。

「本当に楽しみです。どんな剣客の方なのでしょうか……?」

 スラッとした体型のまだ若い少女だった。

 曰く新進気鋭の凄腕騎士で、賊の撃退数が騎士団で上位だとか。

 余程、修羅場を潜ってきた手練なのだろう。

 そんな少女がゲームの対戦相手を探すかのようにワクワクして案内されて、雅堂を探していく。

「ひぃぃぃぃぃ!」

 無邪気な少女の態度に竦み上がる雅堂。

 何が嫌だって、試合で女性相手するのが怖いだけ。

 剣道とは基本同性相手で、女子相手は慣れていない。

 しかも同意しているとはいえ、女性相手には凄い抵抗があった。

 頭から毛布をかぶって、部屋に閉じこもって出てこなくなった。

 ヘタレもここまで行くと立派なもんである。

「……あんた、情けないとは思わないの?」

「お兄さん……」

 合鍵で忍び込んだ赤ずきんとタリーアが呆れた顔で勝手にビビるヘタレを見ている。

 タリーアは漸く、魔女と和解しているのが知られて、多少周りとの軋轢も減ってきた。

 赤ずきんも魔女が気にしないならと、刺こそ残っているが話し相手ぐらいにはなってくれていた。

「はぁ。チキンもここまで行くと哀れだわ……」

「……あれだけ凄いのに、メンタル脆いのね、お兄さん」

 哀れみの目に余計にビビる腰抜け。相手はもう来ちゃってるのに、出てこない。

 探して来いと言われた魔女がお連れと共に駆り出されて、嫌々雅堂の部屋を訪れる。

「すいません、バカ狼はここにいますか?」

 部屋を開けてもらって、亜夜が不機嫌な顔で様子を見に来た。

 背後には連れが万が一ということで、武装しながらついてきている。

 苦笑いをする対応している赤ずきん。部屋の中を示し、引き篭っていると説明。

「相手がまだかまだかと待ってます。無理矢理、引きずり出してきて貰えますか」

 不本意で働かされている彼女は、隠そうともしないトゲのある声で言った。

「了解……。ちょと待ってて。汚い悲鳴聞こえてくると思うけど、ごめんね?」

 赤ずきんはそうやって言って、扉を閉めた。

 数秒後。

「あっ、やめ、ちょ……!」

「いい加減にしなさい、このバカッ!!」

 暴れるような物音と、赤ずきんの怒鳴り声。

 どんがらがっしゃんとモノの崩れる雪崩の音が鳴り響く。

「いや、やめて、お願いだから!! あっ、アーーーーーーーーーーーッ!!」

 極めつけはバカの裏返った絶叫。

 驚いて目が点になるマーチ。

 ラプンツェルの耳は亜夜が塞いでいた。

 アリスとグレーテルは自分で耳を塞ぐ。

 白々しい静寂が続く。やがて、ゆっくりとドアが開いた。

「おぅ、おぅ……」

 真っ青な顔をした雅堂が、内股の不格好な歩き方をして出てきた。

 眼鏡がズレて、ぷるぷる痙攣しながらだ。何があったのだろうか。

「……死にかけてませんか?」

 大体想像がつくが、出てきた赤ずきんが肩を竦める。

「無理やりで良かったんでしょ。一発キツいの入れといたから、これで今日一日は言う事聞くわ」

 得物であろう、木刀を杖のようにして老人のように歩く雅堂。

 ……試合をする前に死にかけていた。

「ほら、キリキリ歩け!」

「ひぃっ!?」

 後ろからついていく赤ずきんに蹴飛ばされて、突然元気に歩き出す。

 みんなはその光景を、唖然としてみている。アレが二人の通常らしい。

「……嫌なものを見たわ……」

 部屋のなかでげんなりするタリーアの言葉は、聞こえないことにした。

 

 

 

 

 

 

「お手合わせ、よろしくお願いしますねっ!」

「よ、よろしくお願いします……」

 元気の良い女の子と対峙する緊張しているヘタレ眼鏡。

 軽装の鎧を身に纏い、ヘタレは防刃道着に着替えていた。

 何と試合は本気を出したいという相手方の要望で、真剣勝負になった。

 尚、控えには怪我をした時用に回復の魔法を使える魔法使いも急遽、相手が手配して連れてきた。

 怪我をしてもこれで大丈夫らしい。一応降参か戦闘不能になったら負け。

 正々堂々と戦うことを誓い合って軽く準備運動。

 雅堂の武器は脇差。サナトリウムに保管されていたものを拝借している。

「おぉー! それが東方の剣、『カタナ』という奴なのですか! 楽しみですねェ!」

 本当に嬉しそうにはしゃぐ相手。

 右手にはレイピア、左手にはギザギザの波打つ妙な短剣を持つ二刀使い。

 見覚えのない左手の得物に、頭を切り替えた雅堂は観察する。

(なんだあれ……?)

 武器、にしては特異すぎる外見。用途は何だ?

 その時、後ろから声。振り返ると、魔女がちょいちょいと手招きする。

 近づくと、彼女はシンプルに左手の剣についての情報を与えてくれた。

 魔女らしく、どうやら入れ知恵をしてくれるようである。

「見たことがないでしょう、あの左手の武器。アレは『ソードブレイカー』。西洋の剣で、相手の剣を絡めとって、テコの原理でへし折る防御用のナイフです」

 カッコイイ名前だが、なるほどそういうことらしい。

 左手は護りか。それさえ知れれば対処はある。

「尚、壊せるのはレイピアなどの刺突の同系統のみです。刀には通用しません。ですが、つば競り合いなどすれば刃こぼれを起こすと思うので、くれぐれもご注意を」

 防御用の二刀とはまた厄介な。眼鏡を中指で直す彼は、呼吸を整える。

 魔女は人が怪我するのを少女たちに見せたくないので、早く片付けろと命じる。

「腕前は知ってますよ。さっさと片付けてくださいね、モンスター」

 案の定自分勝手な理由だった。騒がしいのはもう嫌と見た。

「ほざけ魔女。僕の本気を見て度肝を抜かされるなよ」

「ふんっ、生意気ですね」

 吐き捨てる魔女が戻っていく。

 相手は真剣なのだ。当然、本気を出そう。

 怪我をさせても試合だ。挑まれたら全力が礼儀。

 死合にならないことだけを祈ろう。止まれる自信はない。

 冷える殺気を出しながら、得物を構える。

 いざ本番になれば、鬼のように強い男である。

 ヘタレなのはそこに至るまでの過程に過ぎない。

「……おっ?」

 相手の騎士も、雰囲気が変わったのを分かった。

 それはいうなれば、今の彼は魔女に似ていた。

 言いようのない寒気。然しこの少女は戦闘狂のような一面があった。

 戦うのは楽しいことだと思っている彼女のココロに火を灯した。

 対面する二人を、固唾を呑んで見守る職員や興味があって見に来た子供たち。

「えへへっ、楽しくなりそうです。……では、始めましょうか!」

「はい。よろしくお願いします」

 改めて背筋を伸ばし、礼をする雅堂。

 相手も一礼し、そして。

 真剣勝負が幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の戦術は先手必勝。

 鍛えに鍛えた脚力を武器に、一気に距離を詰めて右手のレイピアで喉を一撃。

 それが普段の彼女の戦法だった。

 兎のように飛び跳ね、跳躍。懐に飛び込み、突き上げるように狙った。

 何時も通りの流れ。相手は反応できずに一撃で意識を持っていかれて彼女の勝ち。

 が、それはできないと期待している自分がいた。

 絶対に打破される。目の前のこの剣客は、流れを変えてくるに違いない。

 予感があった。戦いが面白くなる予感が。

 飛び込んだまでは、よかった。

 その瞬間、彼女は自分の時間の流れがスローになっている錯覚に陥る。

 自分の高機動に相手が反応できず、一方的に倒してしまう。

 言ってしまえば、自分よりも強い人がいなかった。騎士団では、一番彼女が強かった。

 突き上げる右手のレイピア。然し、この男は……しっかりと目で動きを追っていた。

 棒立ちは変わらない。捉えているにもかかわらず、何もしない。

 動くのは後手なのだろうと、わざと何時もどおりのやり方をしてみる。

 動きが見たい。どういう対処をするのか。ワクワクが止まらなかった。

 彼は、スローの時の中、ギリギリまで刃を待っていた。

 少女も分かっている。目が、刃を追う瞳が尋常ではない。

 これは対策を知っている目だ。きっと、一撃を逆に貰うだろう。

 その一撃の重さが今から楽しみで仕方ない。

 ここのところ、殴られる事も斬られることもなかった少女の期待。

 痛い目を望んでいた。

 対等な、あるいは負けでいいから勝負をしたいという願いがあった。

 見事、雅堂は反応する。

 突き上げる鋭い一撃を、彼は難なくそれ以上の速度で身を翻し、避けてみせた。

(凄い!! 凄い凄い凄いこの人!! 半端じゃない、凄い反射速度だ!)

 体温が沸騰する。テンションが上がる。確信が持てた。

 この人は、間違いなく強いッ!

 それだけではなく、得物を持っていない左手を使った。

 背後に回るように独特の足回りで移動し、手刀を作るや首筋に叩き込む。

「うっ!」

 首に痛み。重く、身体に響く。

 常人には何が起きたか、追いつけなかった。

 女の子が飛びかかったと思ったら、次の瞬間倒れていた。

 雅堂は一撃貰ったかのように見えたが、無傷で立って見下ろしている。

「……」

 魔女の時の亜夜のような目。追撃はせず、立ち上がるのを待っている。

「いたたたた……。凄いですねえ、今の移動は魔法ですか?」

 手放した得物を握り直して、ゆっくりと立ち上がる。

 後手でありながら、先手の先を行く速度。

 音速、いや神速と言えばしっくりくるか。 

「いいえ、ただの初歩です」

 一言、解答をする雅堂。

 目が笑っていない。隙を見せたら、殺しに来ている。

 ゾクゾクするその目が、少女の闘争本能を刺激する。

 立ち上がるまで丁寧に待っていてくれた。

 本物の戦場ならば、少女は死んでいただろう。

「……じゃ、これはどうですか!」

 最早この速度の前では威力など無用。

 手数で攻める。刺突に特化したレイピアで突きを連続で放つ。

 殺すつもりで、殺せる点のみ絞って放つが、一発も当たらない。

 というか、掠りもしない。全部、回避されるわ防御されるわ。

 突きの雨あられを平然としている。よく見れば、足が動いていない。

 その場に立ったまま、上半身の動きだけの最低限の動きで対処していた。

「ば、バケモノですね本物の! ですが、どうして攻撃しないのですかッ!?」

 異次元のバケモノだと少女は思う。成す術が見いだせない相手は初めてだ。

 足を狙うが、鞘にいれたままの刀で弾かれた。硬い金属で鞘が出来ているようだった。

 まさか、切っ先鋭いレイピアを弾けるなんて思ってもみなかった。

 これが極東のツルギ。自分の知らない世界の剣客。

 面白かった。あの手この手の手段が尽く潰れるのが、それはそれは面白い。

 勝てる気がしない絶望なのに、何で気分がこんなに高揚するのだろうか。

「……僕の剣術は、基本を避けることと防ぐことを常とします」

 淡々と、攻撃を避け続ける東方の剣客は語りだす。

「攻撃の極意とは、一撃必殺。無用な力を振るわぬために一撃を持って、必殺とせよ。そう教えられています」

「成程! そのような考えもあるのですね!」

 少女の剣術とはあくまで護衛。

 対象を守るために、最低限の武力で追い払うことが基礎だが、少女は攻撃的なため、護りに走りがちな騎士団の中では特攻隊長のような役目をしていた。

 殺すための剣術ではなく、護るための剣術。

 が、少女は殺すための剣術が好きだった。

 傷つかない戦いは戦いではなく、生命を削りながら相手を倒せば護ることにも結果的につながる。

 攻撃とは最大の防御。それを信じてやまない血気盛んな親衛隊だったりする。

 だが、この剣客は騎士団と人たちと同じ基本が護り重視の剣術。

 ただ、護るだけではなく、避けることも視野に入れているから強い。

 根本がきっと違うんだろうなぁ、と薄々気付いていた。

 これは護衛するための戦い方じゃない。一撃を持って相手を屠るための下準備だ。

 研ぎ澄まされた一撃。なんかすごくかっこいい。ハイテンションになっている彼女はまたも期待する。

 攻めるとき一気に攻める。ある意味、少女の夢想する理想の剣術だった。

「ど、どのような形でイチゲキヒッサツというのを行うのですか!?」

 知りたい。イチゲキヒッサツ、その全容が。

「相手をまずは疲弊させます。持久戦を行えば、隙が見いだせるでしょう?」

 猛攻する少女は確かに疲れていた。体力に自信があるが、相手は全く息が乱れていない。

 必要のない動きがないから、疲れない。次第に焦れていく相手が焦れば尚更いい。

「そして全力を叩き込む刹那を見つけ、自らの全てを刀に伝え、相手にぶつける。それだけの話です」

「簡単なようで、凄く難しい気がしますね……!」

 既にぜーぜー荒い息の少女。

 我武者羅に怯まず攻める気概は凄まじいが、短期戦しか出来ない。

 雅堂も、焦れず一定の攻撃を続ける心意気に正直、顔には出さないがかなり焦っていた。

 彼女は凄い。全く相手のペースに巻き込まれない。動揺というものがないらしい。

 ビビらないというか、楽しんでいるからか。

 面白がって攻撃したいように滅茶苦茶に攻撃してくる。

 遊びたくて仕方ない猛獣を相手している気分だった。油断したら、多分血祭りにされる。

 防御用のブレイカーまで武器にして乱舞してくるのを避けるのは冷や汗ものだ。

 最早勝つ負けるの勝負ではなく、痛い目を見るかみないかの問題。

 キラキラした目でこっち見てくる彼女が相手したことのない人種で怖い。

 一応刃物振り回しているのだが……。

「じゃあ、もうちょっと行きますよー!」

 大はしゃぎで乱舞乱舞、大乱舞。

 刃物二刀流がこんなに恐ろしいと思うのは何故だろう。

 殺しにきているのは分かっているが、異様に期待されているような気もする。

 過大評価といえばわかりやすいだろうか?

 本気で挑んでも打ち負かされることも分かっているゆえに、無謀に突撃ノーガード。

 面白いから。それだけしか見えていないと雅堂は思う。

(……おっかない子だなぁ……)

 そこまで楽しいのか、これは。

 冷静に見ると、ちょっと軽く頭がイっちゃってるとしか思えない。

 仕方ないので、本当に一発入れて終わらせよう。

 周りもそろそろ冷や汗を流している。魔女は欠伸をしながら眺めていた。

 乱舞の隙は、見えている。彼女の呼吸、息継ぎの刹那猛撃が一度だけ止まる。

 神経を研ぎ澄ます。集中し目を、耳を、肌を全て使う。……見えた。

 呼吸を整えるその一瞬。コンマの世界で、雅堂が抜剣する。

 すらりと抜ける銀色の刀身。真横に一閃、鎧の上から彼女を切り裂く。

「!!」

 ……何と彼女。速度に自信のある雅堂の抜剣に反応した。

 満面の笑みで嬉しそうに、左手のソードブレイカーを一閃を防ごうとする。

 だが、全力と告げていたとおり、力負けして刃をへし折られた。

 一瞬。一瞬で、勝負はついた。速度に加えて殺しきれなかった威力に地力と性別の差。

 様々な要因が重なって、大きく吹っ飛んだ。

 フルスイングされたバットで打たれたボールのように、彼女はくの字で吹っ飛ぶ。

 サナトリウムの玄関のガラスに突っ込んで破壊。ガシャーンッ! と派手にぶち壊した。

「…………」

 抜剣したままの雅堂、言葉を失った。

 その光景に、観客も言葉が出なかった。

 ……やばい、本気出しすぎた。多分死んだかも。

 慌てて、連れの魔法使いが助けに行った。

 呆然とする雅堂。ゆっくりと鞘に戻して、寄ってくる魔女の一言に硬直する。

「誰があそこまでやれと言いましたか」

「……いや、すんません……」

 何時の間にか、心が乱れていたようだ。知らぬ間に相手のペースに巻き込まれていたとは情けない。

「あはははははははははははっ!! すんごくいたいですけど、面白かったですよ! ありがとうございましたぁ!!」

 彼女は血塗れだったが無事だった。

 大笑いして壊れた短剣を投げ捨ててお礼を言う。

 形式上、頭を下げる雅堂。やりすぎた。間違いなかった。

 治癒魔法をするお連れに怒られながら、最後にこう告げた。

「狼みたいな見た目してるのも、東方の何かの極意ですか?」

 ……やっぱり狼に見えていたようだった。それは無関係であるとのちに説明しておいた。

 こうして雅堂の試合は彼の圧勝。勝てるわけがないのに飛び掛った女の子の惨敗だった。

 尚、ぶち壊されたガラスの代金は雅堂の給与から天引きされた。数万程。

 ライムが女の子に怪我をさせた責任だと言って譲らなかった結果だ。

 雅堂はこの結果に、

「理不尽だぁああああああああーーーーー!!」

 と、叫んだそうだ。ざまあみろ、と魔女が笑ったのは言うまでもない。


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