ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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御伽噺のバレンタイン

 私が無事に仕事に復帰できるようになるまでの間、あの子達に大変な思いをさせていたようだった。

 グレーテルは私の魔女の杖に手を伸ばし、魔法を会得。

 然し、才能あってもしっかりと指導されたわけでもなく、独学で手探りにしていた結果、かなり身体に負担を強していたことが判明。医者に、ゆっくり休むように言われていた。

 幸い、生命に関わる消耗ではなかったのがよかった。

 アリスは元々、武器を隠し持っていたらしい。透明な剣、ヴォーパルソード……か。

 確か鏡の国のアリスで出てきた、ジャバウォックを仕留めた魔剣。

 この世界だと不思議の国で使ったようだった。

 あの魔剣を彼女、持ち帰ってきてしまったようだった。

 本人曰く、自分から離れることができず、どうこうしようもない。

 そこにあって、そこにない。

 欲する時は、ポケットに手を突っ込むだけで物理方式を無視して出てくると。

 チェシャ猫と同じようなもんだと私は思う。

 彼女達に、暴力を選ばせたのは私が負けたからだ。 

 必要のない力を求めさせてしまったのは、私の失態。

 これ以上は、あの子達に争い事へ巻き込まないと誓った。

 痛い思いをするのは、私一人でいい。あの子達が血を流す必要なんてない。

 苦しいのは私だけ。辛いのも私だけ。あの子達は、絶対に守る。

 ……って。

 そんなことをいうと、怒るんだろうなぁ。二人とも、後悔はしてないって言っていた。

 護られるだけじゃない、護りたいと言われてしまった。

 無力な自分じゃ嫌だ。力になりたい、支えたい。互いに生きていこう、って。

 ……私もいい加減、学習した。自分一人で人を守りきるのは、魔女でも無理だ。

 人をやめてもなお、立ち塞がったり襲い来る脅威から庇いきるのはできないのだ。

 だったら、一緒に行くしかないじゃないか。一人では全方位を見切れない。

 アリスとグレーテルに、背中を任せても……いいんじゃないのか。

 私が彼女達の前を守る。二人が、私の背中を守ってくれる。

 互いにやっていくなら、それでいいのだ。

 もう頑張りすぎで痛い思いをするのは嫌だ。みんなを遺して死ぬのはもっと嫌だ。

 なのでちょっとだけ、みんなを頼ることにする。

 ダメなお姉ちゃんだけど、一人で何でも出来るほど私は器用じゃない。

 もう、妹達を頼ろう。無理っす、もう背負いすぎて潰れそうです。死にかけてよくわかった。

 イチャイチャしながら楽しく優しく生きていけるだけでいい。

 それが幸せなら、それでいいじゃないか。その内に来る別れだろうが、なんとかするし。

 そんな感じで、私はまた一つ一つ学習した。

 みんなと一緒に頑張りましょう、ということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年が明けて、気が付いたら一ヶ月ほど経過していた。

 怒涛の一ヶ月だった。新年早々死にかけて担ぎ込まれて、回復した頃には月末だった。

 数日の間を空けて、仕事復帰していたら二月だった。

 二月には大イベントがある。そう、野郎共の阿鼻叫喚を生み出すバレンタイン。

 この日はバレンタイン。サナトリウムでもちょっとしたイベントがあった。

 バレンタインのチョコを作り、互いに労いもかねて交換しようっていう『職員』同士のイベントが。

 重要なのは職員同士であって、子供達はそもそも知らない子も多いので、巻き込めない。

 私も当然、参加することになった。贈る相手なんてライムさんぐらいしかいないけど。

 当日の、職員の詰所にて。

「……私に期待しても何もあげませんよ」

 何か言われる前に一応釘を刺しておく。こいつは論外だ。

「僕が一ノ瀬に何を期待すると!?」

 知り合いの職員、雅堂には死んでもあげない。

 義理でも絶対嫌だ。渡すぐらいなら私は死を選ぶ。

 誰がこんなド変態ロリコンウルフにチョコを渡すか。

「失礼極まりない発言してんじゃねえよっ!」

 おっと、言葉に出ていたらしい。

 ヘタレ眼鏡は蛇蝎のごとく女子に嫌われているせいで、この手のイベントにはどうやら消極的な様子。

 女性職員は微妙な目で雅堂を見ている。理由は先日の例の騒ぎ。

 容疑者にされたことがまだ引き摺っている。チョコ欲しさにやりかねない、みたいな疑いの眼差しが……。

 実直な男だが如何せん扱いはヘタレで腰抜けでメガネで道化なので、これは妥当である。

「眼鏡は関係ねえだろうがっ!」

 失礼、また言葉に出ていたようだ。

 神経が尖っている雅堂はいつもよりキレキレなツッコミを入れてくる。

「……ったく、なんで僕がこんな目に……」

 あれ、ブツブツ小言を言ってる割には腕の中には何から赤い包みがいくつかある。

 まさか、貰えたのかこいつの分際で。

 そんなバカな。天と地が今、知らぬ間に引っ繰り返っていたのか!?

「雅堂、チョコをまさか、貰えたんですか? 嘘ですよね? 雅堂が実は人間だった並みに笑えませんよ」

 私が横目で見あげると、軽くキレた顔で言い返す雅堂。

「ぼかぁ最初から人間だっての!! なんだと思ってたんだお前はッ!!」

「眼鏡装備の人狼型ヒューマノイドですけど何か?」

「一ノ瀬には人に見えてんだろうがァッ!!」

 あっ、地団駄踏み始めた。からかわれて、相当怒ってる。ざまあみろ。

 雅堂の分際でチョコなんて貰うからだ。生意気な。

「で、誰からです?」

 こいつに送る奇特な女は誰だろうと好奇心か聞いてみると、刹那にヤンデレみたいな目になる雅堂。

「…………バカ頭巾」

「……さいですか」

 大体察した。彼女か。

 浮かれた雅堂を毒殺するために情報を仕入れていたんだろう。

 何か仕込んだチョコを普段のお礼と言って手渡したらしい。

 バレバレだが、このヘタレは贈り物を断るなんて真似はできない。

 結局、毒薬を受け取ったわけだ。

「僕は自分の担当する奴に殺されるのか……」

 そういうことか。だから不機嫌そうに尖っていたのだ。

 捨てるにも良心の呵責があって出来ないし、だからって食べると多分死ぬ。

「もう一つはタリーアだったよ。あの子は多分、本当に感謝なんだろうけど」

「……」

 そういえば、目覚めた彼女の担当は雅堂だったっけ。

 私を半殺しにした彼女は反省しているようで、後でこっそりと謝罪しにきた。

 周りに避けられている彼女の味方は、今の所こいつしかいないし、確かに感謝もされるだろう。

「ただ、タリーア……料理、致命的にできないんだ……」

「あぁ……」

 撤回、こいつのバレンタインに救いはない。

 完全に終わった。初めての手作りときたか。

 それでもって、案の定失敗したんだろう。

 王族で家事なんてしたことあるかも分からないし、そもそも100年前にバレンタインはあったのか。

 知らぬ文化に染められるように、周りに合わせてやったんだろうけど。

「僕は……明日、生きてるかどうか分からない。せめて死ぬなら、今日死ぬよ」

 遠い目で窓の外を見ている雅堂。フラグ回収してはよ死ねばいいのに。

「頑張ってください。墓標にはしっかりと本体を引っ掛けておいてあげますから」

「引っ掛けるってなに!? 本体は墓ン中だぞ!?」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、職員の詰所を後にして、みんなの所に向かう。

 取り敢えず、明日見かけたら赤ずきんに報告して去勢してもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

「亜夜、これあげるわ。お茶会もするから、顔貸して」

「はいっ?」

 部屋に入り、早々に声をかけられた。

 アリスが照れくさそうに顔を赤くしてそっぽをむき、ぶっきらぼうに渡してきたのは……チョコ?

「亜夜さん、これあげる」

 グレーテルもそういって差し出してくる。これもチョコ?

「あの……亜夜、さん……。これ……」

 おずおずとマーチまでくれた。これもまさかチョコ?

「あやぁ、これ美味しいよぉ!」

 ボリボリ口の周りを汚して無邪気に笑い、ラプンツェルは既にチョコを貪っていた。

「ラプンツェル、それ亜夜にあげるチョコ……ああ!? 全部ない!?」

 アリスが慌ててラプンツェルを止めるが遅かった。

 どうやらあの子は、渡すようのチョコを食べてしまったようだった。

「ラプンツェル、それおやつじゃないから」

「えー? 違うの?」

 グレーテルが呆れているが、ラプンツェルは何のことかわかってない。

 マーチは苦笑して、アリスは言葉を失っていた。

「みんな、これはなんです?」

 いきなり渡された三つのチョコ。これは、何だ。

 アリスがほうける私に、切り出した。

「今日って、『ばんあれんたいん』とかいうやつなんでしょ? 日頃の感謝を込めてチョコ渡すって言うから、みんなでこっそり作ってたのよ」

「……」

 アリスは偉そうに言うが、まさかグレーテルまでチョコ作りに手を貸しているとは思わなかった。

 だって……お菓子は、彼女にとっては辛い記憶の象徴だったはずではないのか。

「気にしないで、亜夜さん。私は大丈夫みたいだから」

 グレーテルは視線を動かした私に、そう言い切った。

 彼女は何処か、受け入れているような穏やかな顔だった。

「お兄ちゃんのことを思い出しそうになって、今までお菓子とか、ほかの人との食事とか、避けてきたんだけど、一歩前に踏み出してみたら、案外怖いものじゃないんだね。食わず嫌いっていうのかな。思っていた程、辛くなかった。怖がりすぎていたみたい、私。向き合ったら、頑張れたよ。ありがとう、亜夜さん。全部、亜夜さんのおかげだと思う」

「……グレーテル……」

 グレーテルは、受け入れることができたのかもしれない。

 癒すことは、まだ出来ていない。それが出来るのは時間だけだ。

 でも、グレーテルは自分で一歩前に、踏み出した。歩き出せたのだ。

 ヘンゼルさんとの辛い記憶。

 今となっては遠い過去になってしまった、あの時を胸に仕舞い込んで。

「……そうですか。頑張りましたね、グレーテル。私も、嬉しいですよ」

 私は自然に笑っていた。

 力になれたのだ。彼女がこうして、前に進める手伝いが出来たことが一番嬉しい。

 無力と一度は呪いを進めるほど打ちひしがれるあの時の想いが、報われた気がした。

 私にも、出来ることがあったのだ。それが成就した。嬉しいに決まってる。

 感動に包まれている、そんな時だった。余韻は、髪長姫にぶち壊された。

「オヤツまだー?」

 ……。ラプンツェルの空気の読まない一言で全部台無し。

 一気に力が抜けた。どっと脱力する私達は、待たせても悪いので苦笑いしながらお茶会にすることにした。

 今日のお茶請けは……慣れていないチョコ作りで失敗して出来上がったチョコの山だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆で座って、雑談しながら飲み食いをする。それだけのお茶会。

 この一時は、本当に幸せだ。

「えっ? ……ばれんたいん?」

「ええ、バレンタイン」

 先ほどアリスはバンアレンとか言っていたがそれは、確か地球を取り巻く磁気の帯だったはず。

 言い間違いを訂正すると、やはり聞き慣れない言葉のようだった。イントネーションが変だった。

「ふーん、そういうもんなの……。変な文化もあるもんね」

 机に肘をついてアリスはそう言う。

 アリスの時代にはバレンタイン、無かったんだろうか?

 この世界にはバレンタインはないようだったが。

「そう、ですね……。変な、文化です……」

 マーチも頷いてお茶をすする。

 相変わらず温かいを通り越して熱いお茶だった。

 このへんはもうマーチの好みの問題かもしれない。

「チョコを労いに交換するなんて、変わった事をしたがるよね」

 グレーテルもチョコを食べながら、ちょっと顔を顰める。

 食事がお菓子の味になることは、もう殆ど無いと本人が言っていた。

 つまり、私が呪いをいまだに解いているので、効果は出てきている。

 それを聞いて、安心する。目に見えて出てきた効果。もう少しで呪いから解放される。

「…………」

 ラプンツェルは無言で只管チョコを貪っている。

 ハムスターのように頬を膨らませて、纏めて飲み込む。

 口の周りはチョコだらけで、私が軽く拭いてあげる。

 あれだけ食べると糖分の過剰摂取で毛細血管とか死にそうだけど大丈夫かな。

 髪に栄養をまだ持っていかれているみたいだし、平気だとは思うけど。

「然し、亜夜とグレーテルは何飲んでるのよ、それ。あったかい泥水?」

 アリスが聞いてきたのは、私とグレーテルが飲んでいるもの。

 泥水って酷いなそれは。歴とした飲料だぞ。

「ぶっ!」

 グレーテルが吃驚して詰まらせた。咳き込むのを、マーチが背中をさすっている。

 さ、流石はアリス。英国出身の童話は伊達じゃない。

 こんな時でも、アリスのお茶は無糖の紅茶。

 マーチは紅茶のほうが好きなようで、ミルクティーにしていた。

 いつも紅茶ばかり飲んでいるし、まるで英国貴族みたい。

「……アリス、これは泥水じゃなくて、コーヒー。前も泥水っていったけど、知らないの?」

「コーヒー? ああ、そんなのあったわね」

 あまり興味がないようで、私達のマグに入れたそれを見て、首を傾げる。

「何がそんなにいいの? 前に一回貰ったけど、苦いだけじゃない」

「……」

 苦いだけ、ねえ。

 まぁ英国の人は紅茶大好きらしいから、仕方ないか。

 それこそ、文化の違いだ。私はコーヒーのほうが好きだ。

 特に酸味よりも苦味の強いほうが。

 そういえば、雅堂もコーヒー好きだと言っていたのを思い出す。

 赤ずきんにコーヒーブレイク中に襲撃されて、ブラックの中にレッドを追加したとかなんとか言ってたけど。

 どんなオチかは聞くまでもない。よくアレで毎回生きているとは思う。

「ミルク入れてみる? ミルクティーみたいになるよ。飲みやすいと思うけど」

 グレーテルがそばにあった粉ミルクを取り出す。私が持ち込んだやつだ。

「んー……元々、あたしはそのコーヒーってのに馴染みがないから、ダメかも知んないけどやってみるわ」

 アリスも挑戦してみた、コーヒーだったが。

 結果は、酷いものだった。大量に粉ミルク入れて、砂糖を山のように入れて……。

「うぇ」

 甘すぎて、顔を顰めるアリス。加減を知らないから、激甘カフェオレの出来上がりだった。

 チョコのお供にはちょっとキツイ。私も胃もたれしそうな甘さだった。

 因みに出来上がったそれは、ラプンツェルの胃の中に消えていく。

 あの子の甘さ耐性は半端じゃないようであった。

 バレンタインの本当の意味は、みんなは知らなくてもいいものだ。

 だって私には相手がいないし、今はそれよりも彼女たちとの時間が大切だから。

 今は、このままでいいのだ。このままで……。

 

 

 

 

 

 

 

 ――追記として、翌日とある職員が食中毒を起こして発見され、救急搬送された。

 原因はチョコの中に入っていた謎の異物Xと、紅いナニかが検出されたらしい。

 集中治療室のお世話になって、一週間ほど生死をさ迷ったのは極めてどうでもいいので割愛しておこう。


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