童話には、魔女がよく存在する。
ヘンゼルとグレーテル、白雪姫、いばら姫。
結構な確率で魔女というワードが出てくる。
が、その扱いは大抵、悪者という一面が強い。
ヘンゼルとグレーテルとは別として、姫君が出てくると大体は嫉妬で本人は何も悪くないのに呪いをかけてくる。
しかも下手しなくても死ぬし。
勝手な理由で呪殺を平然とする。余りにも身勝手な女である。
この世界に置ける『魔女』という存在は、人類史に多大な影響を及ぼす害悪。
入所者の子供たちに聞いた。
魔女ってどういうものなのか、と。
すると案の定、邪悪で醜い女たちというイメージが返ってきた。
世間には『魔女狩り』という法律が存在するんだそうで。
魔女は見つけ次第、何が何でもぶっ殺せ。要約するとそういうことだ。
「……」
えっ、私にも死ねってことですかこれは。
私も一応、魔女らしい。自覚ないし呪いなんてできないけど。
怖くなってライムさんに聞いてみた。魔女は最終的にどうなるのかと。
「うーん、バレたら即、殺されますね。大凡ですが、公衆面前で磔からの丸焼きでしょう。よくあるじゃないですか。そちらの世界の人類史にも魔女狩り、あったらしいですね。私はよく知りませんが、そのへんは亜夜さんの方が詳しいのでは?」
「……」
古い時代には怪しい女は片っ端からそうやって処刑していったらしいが……。
私、何も悪くないのに。事実、私の世界には魔法もなければ呪いもない。
根も葉もない事実無根の罪で彼女達が殺されていったのは歴史が証明している。
キッパリ否定できるモノがある。
が、こっちではそうとも言えない。
こっちには魔法も呪いも存在するのだ。
そうとなれば、言い逃れできず強引に処断されてしまう。
「私もバレれば……」
「例外には出来ませんよ、きっと。感情的に忌避されていますから。例外など有り得ません。グレーテルさんも、ラプンツェルさんも、魔女と聞いた途端に怯え出したでしょう? アレは、魔女に巻き込まれて酷い目にあったこの世界の一般人の反応です。魔女は、悪です」
魔女は人を喰う。人を呪う。人を惑わす。だから、悪。
「ですが、亜夜さん。貴方は同時に呪われた被害者でもあります。背負っている翼が、その証。知らないと思いますが、魔女が魔女を呪うことは通常、やりません」
「えっ?」
ライムさんが説明してくれた。
魔女は普通、呪いをかけるのは人間だけだという。
理由として先ず魔女は呪いに精通している。呪解のやり方も当然知っている。
だからどんなに強い呪いをかけても自分で解いてしまい、効果がない。
魔女は前提として寿命が長い。時間なんて有り余っている。
嫌がらせにもならない無駄なことを、賢い魔女がする訳がない。
故に解くこともできない、逃げることもできない人間にするのだ。
なのに私は呪われている。人をやめ、鳥になるかもしれない呪いが蝕む。
「貴方はその定義から外れているのは当然です。『外』の世界から来てますからね。でもそれを知っているのは私含めて一部だけ。『魔女』の素質があるだけで、生粋の『魔女』じゃないんですよ、亜夜さんは。ですので、知らない人には貴方は呪われている人間として扱われることでしょう」
そりゃそうだろう。
私は人間だ。
然し、それでも。
「でも……。私は魔法が使えますよ」
「そんなの、才能あれば人間だって使えますよ」
「えっ!?」
どういうことだそれ。
聞いて脱力してしまった。
童話には、よく『魔法使い』と言う単語も出てくる。
シンデレラとか思い出せばよくわかる。
舞台に連れていったのは謎の魔法使いだったはず。
「貴方は恐らくバレても『魔法使い』扱いですよ。魔女は魔法は使えません。出来るのは呪い。この世界じゃ『魔法』と『呪い』は別物です。魔法は光の力、呪いは闇の力という区別がついているんです」
「はぁ……」
どういうことかというと、魔女が使う超常現象の類は全て対象が人に特化している。
対して、魔法はそれよりも汎用性のあり、様々な用途で使える。
成程、そういう区別だったのか。
「ですので、貴方は『魔女』の素質があることさえ黙っていればいいんです。あくまで、素質。呪いを使おうと思えば使えますが、覚えていないのなら単なる魔法使い。そこまでビクビクする必要はありません」
私の雷の魔法は、魔法使いとして処理されていく。
気楽に行けばいいと言われるが……やっぱりそこかで一抹の不安を残す。
呪いをするつもりなんてない。呪う相手もいない。
だけど自分がそういう才能があることだけは、覚えておく。
決して、そちら側には流れないように気をつけながら仕事に戻った……。
呪いには、様々な種類があると知った。
私の『鳥になっていく』呪い。
アリスの『精神状態で情報が傾く』呪い。
それに加えて、他にも私が面倒を見ている三人は別々の呪いがあった。
アリスは自分の呪いは軽いという。
確かに他の子供に比べれば遥かに軽いだろう。
他の子達は、多くが生命に関わる重大な呪いだ。
私が面倒を見るうちの一人、マーチという少女がそれに当て嵌る。
マッチ売りの少女の主人公である彼女の呪いは『ずっと寒さに凍える』呪い。
周りが夏だろうと温泉だろうと関係ない。
本人は、ずっと凍えそうな寒さを味わっている。
放っておくと体温が下がって凍死するとライムさんから聞いている。
童話通りだといえばそうだ。
最期彼女は、雪の中で一人孤独に、凍え死ぬ。それが結末。
どうやら呪いの中には元になった童話が影響している子もいたようだ。
アリスのそれは情報。なぜなのかよく分からない。
が、ある程度予想はついた。
多分不思議の国での出来事を終わったあと、元の世界に戻ったハズだ。
というか、今の私と同じ夢オチだった気がする。
そして、周囲の大人達に夢の内容を説明したと思う。
無論、誰も真剣に取り合う訳がない。少女は知っただろう。
あの体験は、一体何だったのかと。
自分が信じるものを誰からも否定され、挙句には異常扱い。
きっと精神的に不安定になったに違いない。
そうなると他人から来る情報が精神がマイナスのせいで被害妄想的になっていく。
それが原因じゃないかな、と。
語られない童話の結末後の想像だ。
そのとおりとは限らないし、私も自信はない。
私はラプンツェルも面倒を見ている。
彼女は『髪の毛がすごい速さで伸びる』呪い。
一見すると困るか? と思うだろう。実は凄く困る。というか困ってる。
一日に大体、伸びるのか。それを先ず調べないといけない。
泣きじゃくる彼女をアリスと一緒になって押さえつけて計測したところ30センチは伸びていた。髪の毛が伸びるには栄養がいる。栄養を出すには食べないといけない。
どこか一つでも欠けるとどうなるか。ラプンツェルは飢餓で倒れる。
彼女も命懸けだ。
食べ続けないと、生きていくエネルギーを髪の毛に吸収されていくのだ。
髪の毛は童話通り、凄く長い。
際限なく伸び放題伸びてしかも本人から栄養を根こそぎ奪っていく。
挙句には手入れも大変だし、彼女は髪の毛を触られることを極度に嫌がる。
見事な三重苦の出来上がり。たまったもんじゃない。
前だってアリスが渋々手を貸してくれなかったら失敗していた。
……今頃きっと、嫌われているので既に手遅れだろうけど。
一番マシなのはグレーテル。
彼女は『食べたもの全てがお菓子の味になる』呪い。
食事は人生の楽しみだ。それを魔女はどうやら奪ったらしい。
グレーテルはモノを最低限しか食べない。
過去に辛い経験をして、お菓子というものがトラウマになっている彼女には食事は苦痛でしかない。
何を食べても味が、嫌でもその時のことを思い出させる。
毎日毎日トラウマをほじくりかえされていれば孰れ精神が病む。
前の担当は本当に杜撰な世話しか、してなかったようだ。
私が来た当時は、四人とも酷かった。
グレーテルは荒んでおり、アリスは敵意剥き出し。
ラプンツェルは歩く汗臭い毛玉で飢え死に一歩手前、マーチも凍死寸前だったのだ。
一週間ほどかけて、死物狂いで彼女たちが死なないように私は頑張った。
何度もアリスやグレーテルに罵倒されて、ラプンツェルやマーチに逃げられながら。
そして気付く。
私、自分でも知らぬところで世話好きでお節介でお人好しだったようだ。
あの子達に何を言われても何をされても仕方ないで許している。
おいまて、私はこんな感情的な生き物じゃない。
どっちかっていうと屁理屈を言う嫌味な奴じゃなかったか。
学校のクラスメートにも散々言われてきたのに。なぜこうなっている。
……自分でも知らないことって意外に多い。
こっちにきて仕事するようになって、初めて気がついた。
で、ここのところ激しく動きすぎたらしい。
元々私は身体がそう、丈夫じゃない。
むしろ病弱のモヤシだ。
そんな私が連日働けば、ツケはこうなる。
私はこの日、高熱を出して仕事中に倒れる羽目となった。
「……やれやれ、世話の焼ける奴よね。こんなになるまで働いてさ。馬鹿じゃないの」
私が与えられた自室で寝ていると、何とアリスが訪ねてきて、逆にアレコレ助けてくれていた。あのワガママアリスが、と他の職員は信じられない顔で見ていた。
部屋の片付けを、不器用ながらしてくれた。
食事の用意も、首を傾げながらもしてくれた。
指示を飛ばしても失敗したのはご愛嬌。
「すみませんね……アリス。解熱剤を飲んでいるので、もう少ししたら私も向かいます」
休憩室にあった薬を飲んで数時間寝ていて、ある程度は回復した。
起き上がって何とか仕事に復帰しようとすると、アリスに怒られた。
「無理して何になるの。今の亜夜が何かしても二度手間になるだけっぽいし。あいつらは勝手にやらせておけばいいの」
アリスは他の子達とすごく仲悪い。
前から波長が合わなかったとか。
私が来る前はあの場所は誰もが安らげない、緊迫した状態だったと聞いている。
「そうも、いかないでしょう。私は……職員です。私の仕事、ですからね」
そう、これは仕事だ。しなければいけないことだ。
さもないと、私は鳥になる。それだけは避けたいから、無理だってする。
「仕事、仕事って。亜夜、自分の身体見てみなさいよ。顔は真っ赤、呼吸は熱っぽい、それで何ができるの? 杖ついて普段から歩いているようなあんたに出来ることなんて、そもそもが少ないじゃない。ここ二週間、頑張りすぎ。だから倒れるんでしょ?」
アリスはエプロンドレスに腰を当てて、横になる私を見下ろして呆れていた。
こちらに着て二週間程経過した。
アリスとかなり早く打ち解けてきていたのが、せめてもの救いだった。
アリスは子供っぽいワガママばかり言って手を焼かすが、それだけ。
あとは特に素行に問題もない、至って普通の女の子。
それを理解したから、仲良くなれたのかもしれない。
道理で、表面ばかりを見ている印象を受けるほかの職員とは相容れないハズだ。
バイトの経験すらない私が上手く出来たのも、アリスの支えがあったからだった。
私は先天性で足の骨に奇形があり、上手く歩けない。
学校に行く時もバス通だったし、杖を片時も手放すことはなかった。
挙句には身体が根本的に弱いので、すぐ倒れる。
今までは、助け合ってなんとかしてこれた。
でも、多少の無理を押したらこのざまだ。
情けないというか、何というか。自分のためとはいえ、もう少し頑張れないものか。
「どうしても、って言うならあたしが亜夜に手を貸してあげるわ。これ以上無理されてもこっちも困るからね。ったく、ホント職員に向いていないね」
「すいません……。世話をする職員がこのざまで……」
「あんたの場合は無理しすぎ。謝る前に休みなさいよ」
多少フラフラするが動けると言えば動ける。
私は立ち上がってスリッパを履くと、軽く着替えて移動開始。
仕事を再開しなければ。アリスが着替えを手伝ってくれた。
「あーあー……。よくみたら酷いわね、背中」
「そこまでひどいですか……?」
私の背中を見たアリスが嫌そうに言う。
「ええ、酷いわよ。痛くないの、この翼?」
「痛み……? いえ、全く」
翼は私の意思じゃ動かない。動かし方がわからない。
普段は折り畳んで服に収納しているだけ。
お風呂に入ると湯船に青い羽根が浮かんで気持ち悪かったり、抜け落ちた羽根が歩いたあとに点々と残っていることぐらいが被害だ。
「ちょっと擦れただけで抜け落ちて、抜けたら抜けたですぐ生えてるわ。どうなってんのよ、亜夜の身体」
「……さぁ?」
「分かったら苦労しないわね、お互いに」
呪いの影響で、こんなふうになっているのだ。
仕方ない。頑張ればどうにでもなるんだ。気にしても意味がないから。
「こんな状態の亜夜に世話させてるのね、あたし達……」
後悔のような、そんな小声。
「気にしないでください。仕事、ですんで」
私は振り返って、ぎこちなく笑顔で答える。
そう、仕事だ。いやだとか言っていられない。
「……他の連中ならどうでもいいけど、亜夜ならそうも言ってられないでしょ」
アリスは着替えた私を見て、腕を組み睨め上げる。
「あんたが良い人だってもう分かったから。あたし、なるべくあんたが大変なときは手伝うわよ。だから、無理して倒れるのだけは勘弁して。迷惑よ」
そう言う割には、心配してくれているような表情。
心配させてしまったのだろう。申し訳ない。
「すみません。助かります、アリス」
「礼はいいわ。それよりも、あいつらの様子を見に行くんでしょう?」
アリスは私に付き添いながら、部屋を共に出る。
これではどちらが世話をしているのか分からない。
アリスが、鍵をかけて廊下を歩き出す時に、小声で私に語りかけてきた。
「亜夜、黙って聞いて。あんたがあたしのワガママ聞いてくれるのは凄く嬉しいわ。でも、あんたが倒れたら意味ないじゃない。お願い、無理しない程度にして。怖いよ、あたし。亜夜がそのまま居なくなりそうで。あいつらみたいに帰ってこないのが」
「……」
「あたしの勉強見てくれるのも、一緒にお茶会してくれるのも、もうあたしには亜夜しか居ないの。やめて、居なくならないで。猫も、兎も、帽子屋も、友達だって言ってくれたのに居なくなっちゃった……。そんなのあたし、いやだよ」
本当に嫌がるように、私に縋るアリス。
涙を瞳に浮かべていた。
まさか、呪い?
心配という感情にまで影響するのか、この呪い。
動揺で精神が傾いて、変なふうにアリスに伝わったのかな。
猫? 兎? 帽子屋?
アリスには、そんな友達がいたのか?
チェシャ猫達のことだろうか。
気の狂った兎と帽子屋、得体の知れない猫。
それが、友達とは……。
凄い事をしたものだ、この
何も言わないで、というのは今何かを言われても本当の意味で理解できないから。
アリスは頭のいい子だ。
よく自分の呪いに関して、分かっている。
五感の情報が傾く。どんなことでも、マイナスに。
「……」
今、私にできること。
ほほ笑みかけることでも、手を握ってあげることでも、何かを言うことでもない。
ただ、何も言わず、何も浮かべず、共にいることだ。
情報をアリスにぶつけてはいけない。
不安定な心に、刺激を与えてはいけない。
今は、やらせたいようにしておく。
アリスは私にしがみついて、一緒に歩く。
病み上がりと衝撃でふらつくが、踏ん張って歩く。
幼い迷子のように、私に縋るアリス。
落ち着くまで、放っておこう。
「ごめん、見苦しいとこ見せちゃった」
「いえ」
数分で収まったようで、彼女は私に顔を赤くして言った。
少し休もうと、突き当たりにある休憩室に入った。
ここは誰でも使っていい小さな部屋。
ソファーとポットと机ぐらいしかない殺風景な室内。
好きに飲んでいいように、飲み物が置いてある。
「ちょっと、不安定になったから。ごめん、ホント」
「気にしないでください」
甘めに入れた紅茶をアリスに渡した。
私も紅茶をもらおう。体力消耗したのでとびきり甘いのを。
「さっきのことは、忘れて」
「アリスがそれを望むならそうしますよ」
さっき言ったのは本当の気持ちだろう。
知られたくないから忘れろ。なら、覚えておくことにする。
ワガママを言うのは、誰も離れて欲しくないからだろうか?
自分に留めるために、そんなことをしているのだろうか?
まぁ、予想に過ぎないことだ。今は気にしない。
「私の呪いは鳥になること。ですが同時に傍にいる人に、幸運を呼ぶというのは知ってのとおりです」
突然の私の発言。怪訝そうに、紅茶を飲むアリスは見る。
「何、突然……?」
私の呪いは鳥になる。
だが童話がもしも私に宿るなら、幸運だって呼べると思う。
「アリスに、幸運が呼べたらいいな、と思うんですよ。尤も、それが出来るかどうかは微妙ですけれども」
そうすれば、私の呪いも消えるのだから。
「あたしは……もう、ラッキーよ。亜夜はあたしのこと、悪くしないし」
「それ以上の幸運も、あっても良い気がしますけどね」
もっとだ。もっと、アリスに幸運を呼びたい。
これじゃ、アリスは幸せじゃない。
足りない。足りない、今のままじゃ。
アリスをいつも笑顔にするぐらいでなきゃ、全然足りない。
もっと幸福を。もっと幸せを。
私の為に、アリスの為にもっと。
もっともっと努力しなければ。
「頑張ります、私」
「……また無理する気じゃないよね?」
「どうでしょう」
アリスは睨むがそれ以上は言わなかった。
まだ、私の努力は足りていない。
アリス一人を満たせないんじゃ、意味がない。
もっと……頑張らないと……。