ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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古き王女は現世の敵

「……」

 職員になってから、どれぐらいの時が経っただろうか。

 私は一度たりとも、医者の世話にはなるまいと振舞ってきた。

 自分が壊れているのも知らずに突っ走ってきたツケが回ってきたの?

 ……巫山戯るな。私が倒れていいと思っているのか。

 やりたいことも、やらなければいけないこともしないで倒れてて。

 

 

 ――亜夜、あんたの恨みはアタシは晴らすから。だから、今はゆっくり休んでて……。

 

 

 誰かの声が聞こえる。この声は……。

 

 

 ――心配しないで、亜夜さん。私達は、自分たちで出来ることはするから。

 

 ――亜夜……。あやぁ……。

 

 ――亜夜、さん……。わたしも……出来ることは、します、から……。

 

(……みんな?)

 

 大切なあの子達の声……?

 アリス、グレーテル、ラプンツェル、マーチ。

 みんな、休んでいてという。

 身体を癒し、回復したらまた一緒にと。

 でも、何であんな悲しそうな声をで言うんだろう。

 私がせいなの? でも、無理をしたら悲しませるのかな。

 どうすればいいのかわからない。寝ていればいいか、無理をして強がるべきか。

 見えないよ、何もかも。自分の答えが、自分の結論が。

 ……然し、と。改めて現状を見てみる。

 つくづくダメなおねえちゃんだと自分でも思う。

 どうしてこう、あの子達に心配ばかりかけさせるんだろう。

 姉役としてなら、手本にならなきゃダメだろう。

 私はダメな部分だけを常に見せている気がする。

 情けないと言うか、何というか。

 無理をすればまたあの子達に心労をかけるだけかも。

 だったら、大人しくしておくか……。今は少し、眠りたい。

 私はご好意に甘えて、少しだけ休ませてもらうことにした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔女が襲撃され、半殺しのち集中治療室に運び込まれてから数日経過。

 襲撃した犯人、即ち眠り姫は完全に覚醒していた。

 彼女の名はタリーア。

 100年前、いばらの森と呼ばれる樹海で栄えた秘境の王国の一人娘。

 そして今は、このサナトリウムで唯一人、自然に呪いを打破している。

 既に彼女の呪いは消滅し、彼女は本来この場には相応しくない。

 だが100年後の世界に単身放り出されて居場所もない。

 故に一時サナトリウムで引き取ることになったと伝えられた。

 だが、入所する子供達は彼女を忌避した。

 優しき魔女を一方的に傷つけて平然としているタリーアは直ぐに孤立した。

 そしてその理由が、彼女には分からない。

 自分は正しいことをしたのに、何故避けられるのか。

「お兄さん。何故わたくしは……皆に、避けられるのでしょうか……?」

 担当が雅堂に決まり、赤ずきんにすら面向かって嫌がられたタリーアはかなり傷ついていた。

 赤ずきんも魔女には良いイメージはないが、亜夜は魔女である前に単なる職員だ。

 それを魔法まで使って血塗れにした女を拒絶するのは当然の反応。

 外の世界では魔女狩りをしたタリーアは正しいのであろう。褒められるべき事案である。

 だが、ここはサナトリウム。最後の居場所となる、閉ざされた箱庭の中。

 この庭の中ではたった一人の魔女は、子供達の味方であり、人類の敵ではない。

 子供達と仲良くしていたお姉さん的な職員を殺そうとしたとなれば、嫌がるのが当たり前。

 でも100年前の認識で止まり、世間を知らないお姫様はなぜこうなるのかが理解できない。

 いや、理解こそ漸くしているが納得できない。自分は正しいと信じている。

「……こればかりはタリーア、お前が悪い」

 カバーできない。避けているのは子供だけではない。

 大半の同じ職員ですら、タリーアを恐れている。

 一度その魔法を人である雅堂に向けたということは、人に敵対する可能性が出てきている。

 そういう風に解釈されてしまった。

「なぜです? 魔女狩りは法律で決められた民衆の義務ではありませんか」

「ここではそうじゃないって言ってるんだ」

 タリーアは憤る。間違っているのはこの場所の人間たちであり、自分だけが正義を執行したのだと。

 魔女に騙されているのかとも思っていたが、違った。自分の意思で、魔女の味方をしている。

 あの魔女はここで働いている職員。だがそれ以前に、人類の天敵には変わらない。

 意固地になって、亜夜を魔女だという色眼鏡で見ているから、それ以外の認識にいかない。

「納得できません。ならば、間違っているのは他の皆、全てです。お兄さんもそうなのですね」

「…………」

 そう、外の世界ではタリーアが正しい。

 でも、ここは内の世界だから、タリーアが間違っている。

 人の認識なんてものはいい加減で、常に数の多いほうが優先され、少数意見は数で圧殺される。

 亜夜という魔女は、ここでは大切な職員。魔女だけど、その前に職員でしかない。

 タリーアは職員である前に、魔女でしかない。

 認識、立場の違い。譲歩しない限りは分かり合えない。

 タリーアは数日でもう独りぼっちだった。

 周囲と孤立し、100年後の世界で孤独を味わうことになったのだった。

 唯一の味方である雅堂も説得を諦めて、何も言わなくなった。

 それが、彼女を凶行へと走らせる最後のひと押しになったとは、彼はまだ思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に数日経過した、とある日の夜。

 タリーアは部屋を抜け出し、真っ暗な集中治療室へと忍び込んだ。

 未だ治療中の、魔女に引導を渡すためだ。

 毎日毎日、人殺しだの人でなしだのと言われ続け、とうとう我慢の限界だった。

 何がそんなに気に入らないのか知らないが、いい加減しつこくて辟易していた。

 原因たる魔女が死ねば、もうそれでいい。こいつが生きているから、文句を言われるのだ。

 別に、殺してしまえばいいんだろう。魔女は悪だ。絶対悪だと誰だって知っている。

 ここの場所の連中は皆、気が狂っているのだ。正しいのはタリーア。間違っているのは周囲。

 そう、考えを結局改めなかった。

 タチが悪い事に、タリーアには確かに正義があり、それが肯定される場所があるのが厄介だった。

 如何せん世間知らずで、郷に入れば郷に従えという言葉を知らず、我を通り過ぎた結果がこれだ。

 デリケートな問題を臨機応変で対応するには、タリーアは幼く、若かった。

 だから進むことしか知らず、曲がることも止まることもせずにぶつかってしまった。

 そして、最悪の事態を引き起こす。

 眠る傷だらけの魔女は、口に生命維持をするという得体の知れない金属を接続されている。

 まだ生きている。悔しそうに舌打ちするタリーア。

 亜夜の世界で言う、医療器具なのだが認識が遅れているタリーアには奇っ怪な物体にしか見えない。

 扱い方なんて知らないし、首を絞めて殺してやると安直な方法を取った。

 もっと簡単なやり方を合ったが、ここで致命的なミスを犯した。

 亜夜の首に手を伸ばす、その時だった。

 

 

「やっぱり来たわね、予想通りよ」

「その人に触ったら、殺してやる」

 

 

 背後で、冷えきった声。

 同時に、後ろに人の気配。

「っ!?」

 振り返ると、そこには二人の少女が寝巻き姿で立っている。

 険しい顔で、タリーアを睨んでいた。何かを持っている。

 見つかってしまった。騒がれて、人を呼ばれたら不味い。

 失敗した、と逃げようとするタリーアだが、出口に向かうには位置が悪い。

 奥の方に自分がいるせいで、摺り抜けていかないと脱出できない。

「逃がすと思う? 亜夜をあんな目に合わせた奴を」

「騒ぎはしないよ。お前を殺すのは私達だからね」

 皮肉げに言う二人は、黙って廊下に出ろと脅す。

 さもなくば、殺害未遂を上に報告すると。

 いくらタリーアでも、この場所を追い出された宛もないことは分かっている。

 仕方なく、苦渋の決断で従った。

 二人は亜夜からタリーアを遠ざけて、廊下に追い出した。

 見つかった手前、逃げても無駄と悟って壁に寄りかかる。

 非常灯の明かりだけが不気味に照らす無機質な長い廊下。

 そこで、三人は対峙する。

「……なにかわたくしに言いたいことでも?」

 口喧嘩の火蓋を切ったのは、タリーア。

 ぶっきらぼうな態度で急かすと、対峙する二人は言った。

 これ以上ないほどに、シンプルに。

「あんた殺す」

「うん、殺す」

 得物を構えて、一言告げた。

 タリーアもわかる。これは……殺し合いの空気だ。

 相手の目は、色がない。罪もへったくれもない。

 ただ、冷たく燃え盛る何かが見え隠れしているだけで。

「そう。じゃあ、憂さ晴らしにわたくしも殺すわ」

 苛立ちもあって、何もかも自棄になっていた。

 面倒臭いのは嫌いだ。何もかもどうでもいい。

 全部壊して楽になれるなら、もうそれがいい。

 相手が乗り気ならこっちだって乗ってやる。

 指輪は持ってきていた。

 最悪、もう居場所なんてなくなってもいい。

 どうせ自分が悪いと言われる世界だ。

 もうここにだって居ても居なくても、辛いだけだ。

 だったら自分から捨ててやる。

 いらない、こんな世界なんて。

「纏めて片付けて、今度こそ魔女を仕留める」

 魔法を発動。両腕を広げる。

 足元に大きな魔法陣が出来上がり、そこから荊の蔦が生えてくる。

 何の武器か知らないが、あの眼鏡でもない限り、捌ききるのは無理なぐらい大量に現出させる。

魔女(あいつ)みたいに、穴だらけにしてあげるわ」

 自棄糞に嗜虐的な笑みを浮かべて、指を伸ばす。

 蔦が、勢い良く飛んでいく。その一撃は例えるなら無数の投げ槍。

 素人では見切ることなど出来ぬ速度と威力を持つ『点』の攻撃が集まる『面』の襲撃。

 貫いて、オシマイ。傲慢に、タリーアは鼻で笑う。

 荊の魔法は、主が生きている限り停止しなければ無限に再生する。

 出現した荊を切り払おうが焼き尽くそうが、勝手に動いて攻撃する。

 二人に迫る荊の壁となった大群。

 一人は、軽く腕を振るった。

 一人は、得物の柄で床を叩いた。

 それだけだった。回避も、防御も、何もしない。

 タリーアは見てしまった。

 迫っていたはずの荊が、見えない刃で刻まれるのを。

 進んでいたはずの荊が、突然燃やされていくのを。

「なっ……!?」

 言葉を失った。

 棒立ちする二人の前に、荊はぶつ切りにされて床に落ち、灰となって消えていった。

「……舐めんじゃないわよ。子供の時ならいざしらず、今のあたしに扱えない訳がないのよ」

 樹液が滴る半透明の得物を持った、金髪の女は吐き捨てるように言う。

「大切な人を傷つけられた人間がどういう行動に出るかとか、考えたことなんてないでしょ」

 癖っ毛の茶髪の女が持っていたのは、宝石の装飾がある大きな杖だった。

 タリーアはただ激情に任せて突撃してきただけと思っていた。

 だが、それは違う。彼女の思考はとても甘かった。

 だって、彼女達は間違いなく、魔女の世話していた少女たちだったから。

 常に亜夜に護られて、己の無力さを悔いて悔いて、変わるために力を求めた。

 亜夜のように苛烈な力でなくていい。ただ、護れるだけの力でいい。

 もう、亜夜に護られるだけの自分たちじゃ嫌だ。護りたい、そう思うようになった。

 か弱い、無力なだけの自分たちじゃなく、彼女を支えるだけの存在になりたい。

 その結果が……。

「王女だかなんだか知らないけど、あたしの亜夜殺そうとしただけで動機は十分じゃない」

 少女、アリスは持っていたそれを振るう。

 余りにも薄く、透明なパーツで作られたその得物は、樹液が滴り漸く全体像が見えた。

 薄氷で作ったかのような儚いそれは、大きな(つるぎ)だった。

 銘を、ヴォーパルソード。アリスが幼少時、不思議の国に旅立ったときに偶然手に入れた業物。

 決して死なぬと言われたバケモノを一刀両断し、絶命させたバケモノ殺しの逸話がある西洋剣。

 この剣をもってして、子供の頃のアリスはバケモノを倒している。

 ピンチになったとき半狂乱になりながら剣を振るい、不思議の国の住人を刻んできた。

 それ以来、その切れ味と罪悪感に堪えられず、二度と使うまいと心に誓っていた。

 10年近くもの間、何があろうとも使わなかったそれを迷わず取ろうと思ったのは亜夜がいたからだ。

 変態笛吹きの時だって、亜夜に関係したから再び握ろうと決めたのだ。

 そして今も、亜夜の為ならヴォーパルソードを使うことに躊躇いは微塵もない。

 必要なら、もう一度血の池でも作ってやるとアリスは覚悟を決めている。

「もう、いいよ。大切な人を失う辛さなんて、味わいたくない。出来るなら、何だってする」

 少女、グレーテルは持っていたそれを構え直す。

 それはどこかで見たことのあるような杖で、それもそのはず。

 その杖は、亜夜が時々使っている魔女から貰ったという魔具の杖だった。

 グレーテルは散々後悔した。また、兄のように大切な人が死んでしまうかもしれない。

 逃げるだけの自分をやめたと思っていたのに、また間に合わなかった。

 それもこれも、自分が弱かったからだと悟った。今度こそ、意地でも行動を起こす。

 出来ることを賢明に探して、自分にも何と魔法を扱える素質があることが判明した。

 亜夜のようになりたい。魔法を使えればと必死になって隠れて練習した。

 その流れで亜夜の杖を拝借し、死物狂いでやった結果、火の魔法だけ何とかカタチになった。

 まだ暴走するかもしれないし、失敗すれば自分が火達磨になって死ぬ。

 リスク程度なら許容範囲。それで亜夜が護れるなら、安いものだ。

「……ふんっ。そんなもので、無限に再生する荊をどうにか出来ると思ってるの?」

 仕掛けが分かればタリーアにも怖くない。彼女は邪悪に嘲笑う。

 要するに同じ魔法と雅堂と同じ剣術に過ぎないのだ。

 人間の体力や魔力には限界がある。対して、荊は自動生成されるが故に、燃費がいい。

 持久戦になれば、タリーアに勝ち目がある。

「そんなものって思ってる時点で、あんたは二流以下ってことね」

「敵、侮るなかれ。油断してるなら、首をスッ飛ばしてあげるよ」

 二人して、口だけは一丁前に言ってくれる。

「じゃあ、やってみてよ」

 口だけの存在に負ける訳がない。

 タリーアは王族の一員。

 その素質は魔法使いとして一流なのだから。

 もう一度、蔦を発生させて射出。

 倍増した量を、倍加させた速度を、生身でどうにかできるのなら。

「やってやるわよ」

「やればいいんでしょ」

 それは雅堂がよく言う、フラグというやつだった。

 出来るもんならやってみろ。そう言うと大抵、本当にやってくれやがるのだ。

 アリスは数度ヴォーパルソードで片っ端から切り捨てる。

 グレーテルは杖で今度は壁を殴った。

 見えない刃が植物を刻みまくり、壁を這う茜色の炎が蔦だけを燃やしていく。

 結果、蔦はまた同じことの繰り返し。無事な二人はゆっくりと、歩き出した。

「嘘、でしょ……!?」

 一歩、後ろに下がるタリーア。

 夢でも見ているのか。蔦の魔法が、全く通用しない。

 鞭のように振り回そうが、塊にして投げつける。

 然し、攻撃方法を変えても通用しやしない。

 撓った一撃は根元から刈り取られ、塊は到達する前に灰となる。

 後退を続けるタリーアを、

「なによ、口だけなのはそっちじゃない」

「この程度なら、簡単に終わりそうだね」

 復讐者となった二人は、そう告げてゆっくりと追いかける。

 その歩みを止めるための植物は全て通用しない。

 剣と炎を乗り越えることはなく、眼前で阻止させる。

「くっ……!」

 不利なのは理解できた。脂汗を滲ませながら、タリーアは決断する。

 ここはプライドよりも先に確実な勝利の為の布石に回れ右をして、戦略的撤退を開始。

 一度戻り、正面よりも手段を変えてやれば勝てるはずだ。

 判断は今度は戦術的に、間違いではなかった。

 予想外の出来事をしっかり吟味していれば、の話であったが。

 どんっ! とタリーアは余所見をしていたせいで何かにぶつかった。

 それは小柄な何かで、吃驚した彼女が目線を戻す。

「……え゛ッ!?」

「な、何で!?」

 追撃者も何故か驚いていた。その理由はとても単純なもので、

 

 

 

 

 

「人が寝ている間に、何をしているんです?」

 

 

 

 

 

 ――病室で意識なく寝ているはずの、魔女がそこにはいたのだから。

 

 

 

「な、何故魔女がここにっ……!」

 慌てて距離を離す。こう見ると車椅子に座っている少女は只の人間にしか見えない。

 タリーアはそこで不意に、強い痺れを感じた。膝から崩れ落ちる。

 辛うじて倒れることは防いだが、言うことを聞かない身体。

 魔法に意識がいかなくなり、魔法の蔦は霧散した。

 片膝のタリーアを冷たく見下ろし、車椅子は越えて駆け寄る二人の元へと。

「亜夜さんっ!?」

「大丈夫なの!?」

 アリスとグレーテルは慌てて亜夜に近づいた。

 ケロッとして、亜夜は車椅子の上にいる。

「ゆっくり休めたからか、動くだけならもう大丈夫なようで」

 安心させるために無理をしているのか、と思ったが亜夜の見るからに我慢はしていない。

 その程度の機微は、二人にだって分かる。散々無理をしている部分を見てきた。

 ホッとする二人に微笑む亜夜。思考が混乱しているタリーアが、痺れを堪えて立ち上がった。

 壁に手をついているので精一杯。膝が笑っている。

 もう逃げることも、戦うことも最早出来ない。

「なに、これ……? どうして、魔女が魔法を……使えるの……?」

 通常、呪いしか使えない魔女なのに、今のこれは呪いではない。

 呪いはもっと強制力が強いはず。これはただの痺れ。

 だとすればこの現象は……魔法になるはずなのだ。

 だがそれは定義を外れている。一体、なぜ。

「私は純血じゃなく、半分は人だからです。魔法だって使えますよ。当然……呪いも」

 呆気なく、解答を言う魔女。それを聞いて、愕然とする。

 つまりは、この人は魔女でありながら人でもある。

 首だけで後ろを見る半端ものと自虐的に言う彼女は、クールに告げる。

「私は魔女狩りの対象じゃありません。残念ですけど、殺せばそれは殺人になりますよ」

 人に害をなさないから、扱いは人。呪いが使えるだけで、敵対した事は皆無。

 呪いを解除するために協力関係にあると本人に言われた。

 そして、身に染みて解する。魔女ではあるが、魔法を使える混ざりもの。

 グレーの存在は、ここでは白なのだと。

(そんな……。じゃあ、わたくしは一体何を……)

 自分が信じていた正義が、完璧に壊された。

 相手は、人である。

 人は、殺してはいけない。誰だって知っている常識。

 彼女は魔女ではなく、人間なのだと嫌でも知らされる。

「魔女だと勝手に断定して、まだ私を殺そうとしたんですって?」

 事情を聞いていた亜夜は困ったように言う。

「タリーアとか言いましたか。勘弁してください。なんもしてないのに殺されるとか、濡れ衣もいいところかじゃないですか」

「……」

 何も言わない。たった今、間違えたところなのだ。

 言えた口じゃないし、それに……タリーアは自覚した。

 単純に、自分はこの人がどうやら苦手なようだと。

「私は無闇に呪いを振りまきません。理由ない限り、人の敵になることはありませんよ」

 噛み付こうとしているアリスたちを制止して、穏やかに告げる。

 タリーアは麻痺が回復した。つい、憎まれ口を叩く。

「……理由があればするってことですよね、それは」

「否定はしません。誰あろうが大切なら護る。当然でしょう?」

 道理は彼女の言うとおりだった。大切であれば庇うのは当たり前。

 亜夜は殺されかけたことを怒ってはいなかった。ただ、困っていただけだった。

「私は、ただの子供です。サナトリウムに勤めている職員」

「……」

「憎みたいならどうぞお好きに。魔女の一面があるのも事実。ただ、それで私の世界を壊そうとするなら、次は私も反撃します。最悪死んでも、私は後悔なんてしません」

 亜夜は表情を変えずに言い終わると、そのまままた病室に二人に押し込まれた。

 付き添いで二人も消えていく。取り残されたターリア。

 自分の行いが未遂で済んでよかった、と思う。

 あのまま行けば、意識が回復した彼女に本当に殺されていただろう。

 逆を言えばやはり半分は魔女。一面はあるのだ。

 ここで生きていくには妥協しなければダメなのかもしれない。

 そう、考えを漸く改めるのだった……。


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