ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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虚像の人狼、偽りの狼

 クリスマスが訪れるサナトリウム。

 それぞれ入所する子供達は担当の職員とカタチなりの祝杯をあげて、それで終わり。

 元々淡白な、事務的な接し合いが多い彼ら。それが当然といえば当然。

 が、盛大に仲良くお祝いをしている連中もいる。クリスマスに良い思い出のない過去でありながら。

 蒼い翼を持つ魔女が面倒を見ている少女たちだった。

 一人は母親変わりの魔女に放置されて育ちクリスマスの意味を知らず。

 一人は孤独ゆえ祝い事の空気すらダメで逃げるように閉じこもっていた。

 一人は今は亡き兄との辛い思い出が重なり、どうしても楽しめかった。

 一人はそもそも、下手をしたらクリスマスの夜に死んでいたかもしれなくて。

 辛い過去があった。でも、今はそれを受け入れて笑いあえる。

 それもこれも、一人の魔女が齎した蒼い羽根の幸せ。彼女が何ふり構わず求めた幸福。

 こんなにも簡単に手に入るのに、忘れてしまっていた大切なもの。

 五人はこっそりと職員が持ってきた酒まで飲んで馬鹿騒ぎをしながら、夜遅くまで起きていた。

 プレゼントも全員もらえた。職員は自分の給与で購入してきた彼女たちの喜びそうな品を。

 彼女達は、いつ倒れてもおかしくない彼女を支えるために出来ることをしようと伝えた。

 こうして互いに支え合い、生きていくことを幸福というのだと、改めて知った。

 否、思い出した。聖なる夜は、笑い合う夜なのだ。

 楽しむためのものであって悲しみに濡れるものじゃない。

 職員――亜夜と一緒なら、生きていける。そう、強くみんなは思えるようになってきていた。

 その頃からだろうか? 目に見えて、彼女らに変化があった。

 

 

 ――呪いが、消えつつあったのだ――

 

 

 それは、亜夜が身を滅ぼす覚悟で欲していた未来。

 気が付いたら、自分達が普通の人間に戻りつつあることを年の瀬が迫る中、自覚した。

 そして同時に、目を背けていた現実も……少しずつ覚悟を、決めようと思い始めた。

 避けようのない、絶対的なお別れの時を。

 そんな中に訪れる、年の瀬。新しい年号を共に迎えるサナトリウムの住人たち。

 祝い事が連続する年末年始。

 職員は忙しそうにしている働いている中。

 その空気をぶち壊すトラブルというか、アクシデントがまた、彼らに直撃するのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

「雅堂さん、正直に白状してください。今ならまだ、引渡しは免除しますから。……貴方が犯人ですよね?」

「違いますよっ!? 何度説明すりゃいいんですかね!?」

 緊急の職員会議が某所で開かれていた年始の昼時。

 このクソ忙しい中に託けて、性犯罪を行いし愚かな職員の処罰を決めていた。

 容疑者の名前は雅堂。呪いの所有者であり、職員の立場を使った性犯罪の容疑がかかっている。

 勤めている多くの職員が懐疑的視線を向けており、容疑者(がどう)は全力で容疑を否認。

 その中には当然、魔女もいるわけで。

 サナトリウムも大事にはしたくないので、譲歩しているにもかかわらずまだ認めない。

 尋問中のライムが渋い顔で、ファイルに目撃証言などを整理しながら詰問している。

「だからその時間帯、僕はバカ頭巾に監禁されて、包丁で去勢させられそうになってました!! 脅されて危うくニューハーフになるかと思いましたよこんちくしょう! 何ならあいつに証言とってきてくださいよッ!」

「そういうと思って、一応とってきました。記憶にはあるそうですが、それは悪い夢の中の話であって、ご本人は本件に関与していないそうです」

「あの野郎、分かってて見捨てやがったー!」

 まぁ、本人は社会的にして物理的な生命の危険ともなればみっともなく騒ぐ騒ぐ。

 ツッコミなのか絶叫なのかよくわからないが、絶対に認めないと言っている。

「だから違いますよ!! 何で僕なんですか大体が!」

 本人が寧ろ納得いっていないのはそこらしい。

 そこにはざわつく周囲。言うまでもないのだが、代わりに人混みに隠れる魔女が口をはさむ。

「そんなの見た目と言動が一致しているからに決まっているでしょう、腐れロリコン外道」

「その声は一ノ瀬ェッ!! 何の恨みがあって僕を追い詰めてんだゴルァ!!」

 周囲を血走った目で探すが見当たらず、悔しそうに吼える雅堂。

 何が今この男に迫っているかというと。

 簡単に説明すると、こうなる。

 

 ――人狼のような生物がサナトリウムに夜な夜な侵入し、幼い女の子たちを狙っている――

 

 という訴え、及び目撃証言が多発していたのだ。

 で、特定の女の子からリアルケダモノに視えるこの男が速攻捕まって尋問されているわけである。

 どうも幼女を見つけ出して、お持ち帰りしようとしている様子だったらしい。

 よからぬことをしようとしているのは明白で、そんな性犯罪者を野放しには出来ない。

 最初に目撃したのは入所する男の子で、そいつは名指しで雅堂だったと証言している。

 そして次々、似たような生物が目撃されているのだ。

「違うんです、本当に違うんですッ!! ぼかぁ事実無根なんですよォッ!!」

 雅堂は何ふり構わず全力で無実を訴える。最早取り乱しているようだった。

 何か、みてて可哀想になってきた。

 皆、ヘタレ腰抜けが幼女が幼女に手を出せる根性がある訳がないと思い始めた。

 確かに普段の言動は節操なしなどと赤ずきんが言ってはいるが、実際この男は性犯罪に手をだしたことはない。

 今は容疑であり、証拠はまだないのも事実だった。

 一部の子供達が(殆どが女の子)が、こいつが犯人だと決めつけて騒いでいるだけで。

 監視カメラなども一応チェックしてもらったらしいが、犯人こそ映っているが薄闇ゆえ雅堂なのか誰かまでは判別できにくい。

「然しですねえ……」

 困っているライム。土下座までして無実だと縋るこの態度。

 プライドなんてありゃあしないんだろうが、無様極まる。

 魔女こと、亜夜は隅っこでそれを眺めていた。

 亜夜は雅堂が生理的に無理だ。寄られるだけで焼くか呪うかは絶対にすると思う。

 理由なんてない。キッチンの黒い疾風に人間が理由なしで怖気が走ると同義だと思っている。

 埒があかないので、ライムは雅堂に一週間の謹慎を言い渡した。

 部屋から出るなと命じられて給与は減るものの身の潔白になればと、何処かホッとしていた眼鏡。

 人手が減るのは困るがこの歩く卑猥生物が野放しにされていても子供たちのストレスになるだろう。

 現状ではまだ動けないので容疑者確保でやむ無し、ということで今回の職員会議はお開きになった。

 それがまた、余計な事態を引き起こすことになろうとは誰も思っていなかった……。

 

 

 ――ドスッ!

 

「ひぃっ!?」

 雅堂の部屋。

 キチンと整理されていて、まるでモデルハウスのような生活感の薄い室内。

 カーペットの上で正座する雅堂の前に、柄が激しく前後して揺れる包丁が突き刺さる。

「……言いたいことは、わかるでしょ?」

 ガタガタ震える雅堂の前に立つ、般若顔の赤ずきんが脅しで突き刺した。

 目がヤンデレみたいな状態の彼女の後ろには、上下関係に呆れている魔女の姿もあった。

 ついでに四人の姿もあった。各々、大きめのカッターに木刀、マッチにフォークで武装している。

「今回ばかりは仕方ないから、身の潔白を証明するためにあたしも手を貸してあげる。だけどそれはあんたの為じゃない。あたしの身の危険が増してるから、仕方なしに手を貸してやるだけ」

 包丁をゆっくりと引っこ抜いて、下半身の一部分に切っ先を向けた。

 青ざめて庇うように前屈みになる雅堂。完全に怯えていた。

「あたしだけじゃ不安だから、職員さんも手を貸してくれるって。ついでにアリスたちも、ね。みんなにはあんたが怪しい行動した途端に殺していいって言ってあるから。狼の餌にされたくなきゃ、働け。いいわね?」

「は、はい……。承知致しました……」

 容疑者Gは、赤ずきんに脅されて竦み上がりながら、見回りをすることを決められていた。

 勝手な判断だ。赤ずきんが、要するに変態の世話が嫌だから、遠ざけたいだけ。

 それをたまたま見てしまった亜夜も一枚噛むことにした。無論、ライムには報告してある。

 ライムも多分、万が一、一応は雅堂が犯人ではないと思っているらしい。

 真犯人が捕まればそれでいいので、無茶しない程度によろしくと言われた。

 目を瞑ってくれるらしく、雅堂は泣きながら感謝していた。

「あたし、暫くは他の職員さんにあれこれしてもらうよ。あんたは早く自首するかその真犯人とやらを捕まえな」

「了解しました……」

 赤ずきんは解決しなかった場合は犯人に仕立て上げて粛清するとまで言い切った。本気だと思われる。

 目が死んでいる雅堂は、早速今晩から行動を開始すると決めた。

 亜夜も手伝ってくれる様子なので、きっと大丈夫だろうと思いたい。

 それまで、自分の生命と性別が生きていることを願いながら。

 

 

 

「亜夜に指一本でも触ったら、刻んでやるわよ。覚悟してなさい」

「亜夜さんにちょっかい出したらすぐに暖炉に放り込むから」

「っていうか亜夜に近づくな、ろりこん!」

「亜夜、さんに……何かしたら……許しませんから……!」

 皆さんに言いたい放題、警告という手前の罵倒を散々言われて、双眸の光が喪失していた雅堂。

 夜、付き添いに車椅子の亜夜を連れて、馬の被り物で変装した雅堂はトボトボ見回りをしている。

 クリスマスの時に余っていたそれを仕方なくかぶせている。変質者には間違いないだろうが仕方ない。

 他に何も無かったのだから、妥協して雅堂も諦めることにした。

 アリスたちは就寝。ついていくとせがんでいたが、亜夜が軽く説得するとホイホイ大人しくなった。

 あれが魔女の囁きというものだと、雅堂は感心したものだ。直後にアレだったが。

 一応謹慎中なので、バレたら面倒になる。

 そこは子供から絶大な信用をされている亜夜を連れていけば、誤魔化しは大丈夫。

「何で僕が……」

「信用の差ですよ」

 声が完全に泣いていた。

 得物を持っている雅堂は自分が疑われている現状に相当ショックを受けている。

 然し、既に亜夜は疑っていなかった。必要がないのだ。

 この男には、性犯罪をする前に日々己の下の生命を狙ってくる赤ずきんとの死闘がある。

 下手にコトを起こせば、相手に付け入る隙を与える。

 欲望直結のドマゾでもない限りはそうしないだろう。

 その可能性もまぁ、完全にないとは言い切れないが……。

「正直、私も反吐が出るほど雅堂が嫌いです。然し、ラプンツェルのこともありますので、利害の一致で手を貸してあげますよ。感謝しなさい」

「へーへー……」

 相当口が悪いこの同期。しかも偉そうだった。

 本人目の前にして、悪びれずにそんなことを言える神経が理解できない。

 不貞腐れた雅堂は、相槌だけうって周囲を警戒する。

 魔女となった同期は欠伸をしながら、

「まぁ、恐らくは本当にそのエロ狼はいるんでしょう。もしかしたら、部屋のドアを破壊する可能性があります。雅堂、間違いなく荒事になります。不抜けた態度はやめなさい」

 物騒なことを言い出した。その単語は、聞き逃せない。

「……どういう意味だ?」

 雅堂は真顔に戻り、魔女に問う。

 傍らを見れば、既に薄暗い廊下の中でもハッキリ見える程、その双眸は紅く紅く妖しい光を放っている。

 亜夜は、魔女の状態にとっくに移行していたのだ。相方は、臨戦態勢にもう入っている。

 ギュッと、持ってきた木刀の柄を力強く握った。

「私が他の子に聞いてきた話だと、どうやらそのエロ狼は一部の……本当の一部の女の子だけを執拗に狙っているようです。その女の子たちは三姉妹で、それぞれワラ、木材、レンガで出来た飾りをドアに飾っている」

「……?」

 何が言いたいのか、分からない。

 察しの悪い雅堂を放置して、亜夜は更に続けていく。

「もっと言えば、あの最初の目撃証言からして、怪しいとは思いませんか? あの子は男の子ですよ。雅堂の呪いは『女の子から狼に見える』だけ。……貴方が、狼に見える訳がないんですよ」

「それは……」

 漸く、言いたいことを理解し始めた。

 先入観は怖い。雅堂=ケダモノ。

 それが安直に性犯罪者という発想に行き着く。

 つまり亜夜はこう言いたいのだ。

 この一件、二つの偶然が重なっていると。

 そしてその二つには、共通点がある。

 亜夜は周囲に人気がないのを確認して、雅堂に告げる。

 それこそが、来度の答えだったのだ。

「知っているでしょう? お互い『外』の人間ですからね。もうお分かりでしょう? これは、童話です。一つ目は『嘘をついた子供』。またの名を『狼少年』とも言いますね。そしてもう一つが『三匹の子豚』。……女の子を子豚扱いするのはどうかと思いますが、恐らくはこの二つが今サナトリウムで、重なって起きています」

「……」

 彼女の推理は納得出来る。

 最初の目撃者である少年の原典は何度も嘘をついて最終的に人に信じてもらえなくなる童話。

 もう一つは三匹の子豚が織り成す知恵と工夫の物語。

 彼は嘘をついたのだ。雅堂の呪いを知っていて、からかうつもりで無邪気な嘘を。

 魔女は苦笑して、虚像の人狼に説明する。

「さっき、本人に確認してきましたよ。……やはり、嘘だそうです。最初は、雅堂をおもちゃにしていただけだったそうなのですが、嘘から出た何とやらで、本当に狼と思われる生物が紛れ込んでいた。それのせいで、言い出しにくくなってしまって、黙っていたんだそうです」

「マジかよ……」

 何という早い仕事。亜夜の動きに脱帽した。

 独断でいち早くそのことに気がついて、解決に向けて平和的に行なった手腕。

 子供に信じてもらえる最大の訳は、きっとこういうところなのだろうと納得した。

 彼女はずっと味方でしかないと、みんな知っているのだ。

「ちょっと苦言を呈しておきました。反省してくれているので、もう大丈夫だと思いますよ」

 無闇に怒らないし、丁寧に接して常に視線を子供達に向いているなら、道理で好かれる訳である。

「それは兎も角。もう一つの方が問題ですよ。わかりますよね?」

「……あぁ」

 その童話は知っている内容だ。

 三匹の子豚のうち、二人は狼に一度喰われる。この場合は……考えたくもない。

 家の代わりに、部屋のドアを鼻息で粉砕する可能性がある。

「息吹で粉砕はしなくても、確実に壊しに行くでしょう。……あの子達の貞操を護るため、たまには狼から紳士になったらどうです?」

 試すように言われて、驚きで乱れる呼吸を慣れた手順で、素早く整える。

「言われなくてもそうするさ。僕はこう見えて……剣の道には自信があるんでね」

 そう。こう見えて、雅堂は剣道を長い間続けている。

 こちらの世界では赤ずきんに生命を狙われ続けているのに生きている理由に、対刃物に慣れていることも一因だった。

 因みに現実世界での腕前はちょっとしたバケモノ級で、余りの強さに剣道部を破門されていたりする。

 こいつは以前、上級者と試合して、過去に相手を意図せず卒倒させてしまったことがあった。

 そんなこともあり、今は自主鍛錬のみではあるが、腕前は衰えていない。

「でしょうね。雅堂、時々足回りが剣道部の人に似ていましたから」

 動じることもなく、亜夜は言う。よく見ている。

 特有の足さばきをするとよく言われるが、ほどんと染み付いたクセのようなもの。

 無意識にまで叩き込んだ剣の道。早々抜けることはない。

「今宵もどうせ現れるでしょうから、すぐにケリをつけましょう」

 魔女と共に、サナトリウムの治安を守るため、木刀を手に狼は紳士となる。

 

 

 

 

 

 

 目的の部屋の前で、不振な人影を発見した。

 頭に狼の被り物をしている大柄な男と思われる。

 手には……恐らくシルエットからして、斧でも持っている。

 まさか、アレでドアを破壊する魂胆ではないだろうか。

 そのまさかだった。斧を振り上げ、ドアに叩きつけようとしている。

「させるかっ……!!」

 先手をうったのは雅堂。

 袋から木刀を取り出すや、構えて人影目掛けて走っていく。

「!!」

 人影は、足音で突貫してくる雅堂に気が付いた。

「婦女子を狙う狼藉者、覚悟ォッ!!」

 裂帛の気合で周囲の職員に知らせるために叫ぶ。

 姿勢を低くして眼前で急停止。

 腰だめに構えていた木刀を逆袈裟に振るう。

「ぬぅっ!?」

 人影が持っていたそれで木刀を防ぐ。

 一撃で終わるとは思っていない。

 踏みとどまり、連撃を叩き込む。その尽くを、先読みして防御された。

 その間に、背後にいた魔女が廊下の電気を付ける。

 明るく照らされる廊下。そこに居たのは……。

「や、夜間に馬とな!?」

「黙らっしゃい狼!!」

 木刀と斧で激しい剣戟のやり取りをしている、馬の職員と狼の不審者。

「おおおおおおぉぉぉぉぉおおっ!!!!」

 凄まじい殺気をまき散らす眼鏡。

 疾風怒濤。魔女が加勢を忘れるほど、鬼気迫る勢いで連撃を叩き込む程。

 今、彼の視界は眼前の生物一つに絞られ、防衛の二文字しか頭にはなかった。

 倒さねばなるまい。こいつは危険なのだと知ったからには見過ごすわけにはいかない。

 それは今まで生きてきた人生を裏切る行為だったから。

 誰かの窮地を無視できるほど、雅堂という男は非情にはなれない。

 況してや、職員という立場は護る立場であり、奪う立場ではない。

 勇敢にならなければ、出来ないというのならば。

 怯んでいる場合ではない。今こそ、磨いてきた剣の道を示す時なのだ。

「ぬぅッ、やるな小僧ッ!」

 偉そうに狼は褒める。

 犯人は、この界隈では有名なド変態の変質者だった。

 こんな世界だ。身を守る術程度は嗜んでいる。

 狼は腕に自信があるが、この小僧は相当な手練と見た。

 純粋な腕前から立ち回りまで、侮れない。

 斧という分厚く重い得物は速度は出ないが威力はある。

 それを木刀で衝撃を殺され、返す刀で胴体を狙う一撃が走る。

 ギロチンのように降り下ろされる斧の刃を回避して、馬は怒鳴る。

「あんたは……あんたは自分が何をしてるか、分かってんのかッ!! ここは……サナトリウムなんだぞ!!」

 最期の居場所(サナトリウム)。確かにそんな名前で呼ばれている。

 だが、欲望に正直に生きるこの変態には関係ない。

 エロ目的に幼女がいればどこにだって侵入して好き放題する。

 だから指名手配されているのだ。だからどうした、愚問である。

「ふぅんっ、だからどうした?」

 悪びれず、傲慢に言い返す。

 豪快に横一線に振るわれる斧。屈んで避ける馬。

 壁にのめり込む手前で停止。

 隙を見て喉元目掛ける突きを片手で押さえるが、掴まれた途端に蹴りが飛んできて、慌てて投げ捨てる。

 身体ごと大きく投げられた馬は、空中で一回転して華麗に着地。

「……」

 立ち上がり俯いて、ギリギリと木刀を持つ手に筋が浮かぶ。怒りを堪えているような様子だった。

「拙者、ここの幼女をぺろぺろしたいだけ。それの何が問題がある!!」

 斧を床に突き立て、腕を組んで、実に堂々と変態発言を宣った。

 反省もしてなければ、改める気もサラサラないようだった。

 そして、それが馬の逆鱗に触れた。

 

「貴様は……クズだ。クズは生きていてはいけない。ここで僕が僕の手で始末(ころ)してやる」

 

 ぷっつん、と馬の良心の呵責を振り切った。

 ヘタレなりの暴力への罪悪感が未だにあった。

 故に、何処かに手心を加えてしまったんだろう。

 この害獣を野放しにすることは、サナトリウムにとって、ひいては世の女性や子供に対する害となる。

 ならば……いっそここで憂いを絶つのも必要になるのではないか。

 いや、絶対に必要だ。許すまじ、変態許すまじ慈悲はない。

「むっ?」

 狼は異変を感じる。相手から放たれる異様な空気。間違いなく、一段階強くなったようだ。

 手練故、相手をする時間が惜しい。周りには人が多くなってきていた。

 騒ぎに気がついて警戒していた職員が駆けつけて、対峙する馬と狼を見て目を丸くしたり絶句する中。

 剣鬼と化した馬が、邪魔なように乱暴に被り物を脱ぎ捨てる。

 こめかみや額にに青筋が浮かんでおり、先程とは別人のような表情だった。

 そして左手の中指で、ズレた眼鏡の位置を直す。

「貴様だけは、僕は許せん。幼子を自らの快楽の道具にする生物のクズは血の海に沈めてくれるわ」

 バキッ! と派手な音がして持っていた木刀を握り潰した雅堂。

 目が完全にイッている。ブチギレて、暴走状態に入ったと見た。

 余りの怒りに、自分が今どうゆう状況なのかも脳内から吹っ飛んだ。

「覚悟しろ、狼。貴様は僕の手で、ここで引導を渡すッ!」

「フッ、やってみるがいい小僧ォッ!!」

 ブチギレたメガネと変態の最終決戦。

 もう童話じゃない。バトル漫画だ。

 部屋の中で何かうるさいとターゲットの女の子が目を覚ましていた。

 いざ、雌雄を決する決戦は始ま……。

 

 

 ――ウ、ゴ、ク、ナ――

 

「!?」

「!!」

 背後から、怖気の走るような冷たい声。

 途端、硬直して自由が利かなくなる身体。

 戦慄するエロ狼と、我に帰るマジギレ馬。

「熱くなっているところ失礼ですけど、犯人はそちらの方ですよね? お覚悟を」

 ばさり、と本当に恐ろしい生き物が舞い上がる。

 狼は漸く、気が付いた。馬の背後にいた女。

「私の聖域を犯す可能性があるので、ちょっと痛い目にあってもらいます。精々後悔しなさい」

 真紅の瞳でこちらを射抜く、蒼い翼を持つ者。

 見ているだけで本能が逃げ出す事を迷わないあの生き物は。

「ま……魔女、だと……ッ!?」

 まさか、サナトリウムに魔女がいるなんて。

 羽ばたきながら近づいてくる年若い魔女。

 逃げようとしても身体が動かない。狼は藻掻く。

 静電気を帯びながら、冷酷に告げた。

「無駄なことを。種馬共々、痛みを知りなさい」

「何で僕まで!? ってか種馬ってどういう意味だゴルァ!」

 さり気無く酷い言われようだった。魔女は鼻で笑った。

「無駄に熱くなっている馬など種馬で十分です。お疲れ様」

 そして、最後に魔女が終わらせた。

 二人に、激しい電撃が襲いかかるのだった……。

 

 

「ぎゃあああああああああああーーーーーーーーーす!!!!」

 

 


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