ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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アリスと魔女と喋る猫

 

 

 

 

 結末は、どっちのほうが好き?

 みんなが笑顔の、ハッピーエンド?

 みんなが泣き顔の、バッドエンド?

 どちらが好きかと言われてたら、私はハッピーエンドを迷わず選ぶ。

 救いのない結末は、登場人部にもよるが好まない。

 極悪人ならまだしも、平凡な主人公が死ぬエンドとか最悪だと思う。

 それが物語に例え必要だったとしても、私は認めない。

 そういう意味では、マッチ売りの少女で主人公を殺す必要があったのか。

 上流階級の人々が貧民に手を差し伸べない皮肉のためとも言われているらしいが、そんなもののために彼女は雪の中想いだけを満たされて死んでしまうのか。

 あんな形だけの幸福で、たとえ彼女が満たされていたとしても私は許せない。

 死ぬことは幸せなことがあるのは知ってる。

 だけどアレは、絶対に違う。満たされた死なんかじゃない。

 生きる方法はいくらでもあったハズなのに、敢えて殺したとしか思えない。

 教訓にするための生贄のような最期なんてそんな悲しいこと、させるものか。

 有名な童話作家に喧嘩を売るようで申し訳ないが、一番のバットエンドであるマーチに同じエンディングを迎えさせるわけにはいかない。私は納得できないので。

 なので、彼女の最後は死ではなく、生に書き換えさせていただく。

 それが職員である私の譲れないプライドだ。

 結局私という女は、あの子達が激しく大好きだということだけは漸く自覚した。

 もう、何というかシスコンの領域に行っている。

 妹みたいに可愛がって、誰か一人でもその聖域に足を突っ込むと怒り狂うらしい。

 血の繋がりとかどうでもいい。家族でなくてもいい。

 兎に角みんなが可愛すぎて、面倒みたくてたまらない。

 魔女にはなるわ、ボロボロになるわで自分のことを顧みないのがいい証拠。

 そして私は。

 

 

 

「亜夜、ちょっと買い物」

「いいですよー。どこいきますか?」

「無駄に反応が早いわね……」

 

 

 

「亜夜さん、掃除を」

「一緒に掃除しましょうか」

「一緒にやる前提なんだ……」

 

 

 

「亜夜、さん……あの……」

「なんです? 遠慮なんかしないで何でも言ってくださいね」

「は、はい……!」

 

 

 

「あーーーやーーーー!」

「ラプンツェル、何して遊びます?」

「えーとね、えーとねぇ」

 

 

 

 

 

 見事なダメお姉ちゃんになっていた。

 頼られるとホイホイついていく。

 みんなも助けてくれるので、ついつい甘えるようになってしまった。

 もう職員の立場は形無し。気が付けばこんなことに。

 立場崩壊、公私混同。

 真面目にやってるのに周りの職員が、苦笑いとか生暖かい目で見るようになった。

「亜夜さん……。一体何をしてるんです?」

 何時ぞやぶりにあったライムさんが怪訝そうに私を見ていた。

 車椅子にフル装備の私は、見上げて言う。

「あの子達と今晩の夕飯は料理するんで、材料を購入しようと思いまして。今帰ってきたところです」

「……あの。それはもう仕事の範囲超えてますよ?」

「私が好きでやってること。ですのでお気になさらず」

 基本私たち職員は最低限の世話をすればいい。

 勉強を見たり周りの雑務をしたり、そういう系統。

 自立させることの度合いは各自に任せているという感じだ。

 だが私の場合は自立させつつ、自分まで一緒に楽しんでやっている。

 混ざってる混ざってる。目的と手段を同一視してる。

「前と違って、強迫観念のようにしているわけじゃないですよね?」

 以前の私はまるで憑き物がいるかのようだったと後になって聞いた。

 そんなに酷かったのか、とも思う。ただ私は必死になっていただけ。

 焦っていたかもしれない、それは認める。

 だけどそれは苦しいものではなく、寧ろ私が求めていたことだ。

 決して、私は後悔していない。こうなったのも私のやったことだから。

 もしも、狂っているかのように振舞っていたとしたら、狂っていた。

 狂う覚悟くらいなければ、誰も幸せにすることなんてできないのだから。

「……」

 私は何も答えない。

 聞かれても、返すべき答えはない。

 今もあの時も、変わってないつもりだ。

「まぁ、危険なことさえしなければ……兎や角言うつもりはないので」

 肩を竦めて、ライムさんはそう告げる。

 私が行なったことを、否定する気はないということ?

 意図は見えないけれど……。

「頑張ってください」

 最後にそう言って、彼女も戻っていった。

 私も見送って、すぐに向かう。

 そんなこと考える時間は惜しい。

 今は早くあの子達のところへ行こう。

 

 

 

 

 

 

 

(やれやれ……。亜夜ってば本当に世話焼けるわよねー)

 ゴミの片付けをするため、サナトリウムの裏手にあるゴミ捨て場までゴミを持って移動するアリス。

 今日は共に夕飯を作る約束をしている。久々だ、誰かと共に調理するのは。

 アリスは自覚していないが、当初のトゲトゲしさは全く無くなっている。

 たまに突っつかれて怒る程度で今ではすっかり仲良しである。

 協調性も出てきてワガママも減って、自発的に何かをしようとするようにもなった。

 これも全て亜夜のおかげだと思っている。

 今までは何もかも思い通りにならなくて周りを不信だったけれどもう違う。

 亜夜がいる。亜夜だけは、全幅の信頼を寄せている。あの人は絶対に裏切らない。

 見捨てないし、置いていかないし、いなくならない。そう信じたから。

 亜夜のおかげで、自分の世界は間違いなく広がった。苦しかった過去とは決別できたと思う。

「ふふっ」

 一人でに笑う。亜夜と一緒にいるのは間違いなく幸せだ。

 今がずっと続けばいいのに。出来る訳がないと分かっている。

 だけど、それを続けるために努力は惜しまないつもりだ。

 そうすれば、望む限りはこれがずっと続いて……。

 

 

 

 

 

「やぁ、何年ぶりかな。僕達の永遠の盟友(とも)よ」

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 焼却炉の後ろにある石塀の上。若い男の声がする。

 聞き覚えのあるその声に、訝しげに眉を顰めた。

 顔を上げると、そこには……。

 

 

 

 

「久しいね、永遠の盟友。僕のコト、覚えていてくれたかな?」

 

 

 

 

 不気味にニヤニヤと笑っている薄紫の猫が座っている。

 大きな猫だ。人間のように豊かな表情をしている。

 その正体を、アリスは過去不思議の国で何度も見ていた。

 奴の本性は意味の無い問答。答えのないなぞなぞ。成り立たない会話。

 話すだけ、時間の無駄。

 子供の頃には分からなかったが、結局こいつはそういう存在だと後で定義付けている。

 数年ぶりに見たその顔を見ているのに、沸き上がる感情は不愉快さだった。

 なので、アリスは存在を無視する。気分が悪くなるが、仕方ない。

 黙って焼却炉にゴミを放り投げて、不機嫌になりながら乱暴に蓋をして、戻る。

「そう邪険にしないでくれよ。僕たちの仲じゃないか」

「……」

 ウザい、鬱陶しい、煩わしい。

 視界を遮るように消えたり出たりを繰り返して、構って欲しそうに何度もする。

 我慢、我慢とアリスは自分に言い聞かせる。分かりきったことだろう。

 こいつの言葉を鵜呑みにしたから裏切られたんじゃないか。

 猫の言うことは全部、嘘とか出任せと思うほうがいい。

 出処がそもそも怪しいやつなんだから。

 言葉は空虚、心は霞。 

 そこに居ながらそこにいない。

 掴めるはずが掴めない。

 この猫の事を真面目に考えるだけ、アリスには苦痛でしかない。

「約束を忘れてしまったのかい? 僕達は永遠の盟友(ともだち)だと言ったよ?」

 嘘だ。お前は嘘をついている。

 何故ならアリスは夢の国の住人ではなく、鏡の国の住人でもない。

 現実の国の住人なのだ。交わることのない世界で、永遠などあり得るはずがない。

「君は僕たちのことを忘れて、大人になってしまうの? 僕たちは置いてけぼり?」

 この言い分には、さすがに腹が立った。

 自分が被害者のように言っているこの言い分には反論がある。

 アリスの我慢の限界だった。

「っ……!」

 とうとうキレてしまったアリス。許せない。本当の被害者はこっちの方だ。

 幼い自分を騙すようなことをしておいて、挙句置いてけぼり?

 置いて行かれていたのはどっちだと思っているんだこのクソ猫。

 口から思うことを全てぶちまけようと大きく息を吸う。その時。

 

 

 

 

「アリスのピンチな気なので殴りします」

 

 

 

 何か、凄いことが起きた。

 裏口から入った辺りで宙に浮かぶ猫に振り返り、怒鳴ろうとしたアリス。

 丁度向き合えったアリスの背から、声。そんでもって、回転する花瓶が突然飛んできた。

「ぶぎゅっ!?」

 猫、真ん前だったがアリスの死角から出てきたその一撃を、顔面で受けた。

 消える前に直撃、のめり込む花瓶を慌ててアリスが落ちる前に掴む。

「……亜夜、そこにいたの?」

 首だけ動かすと、車椅子に座る女の子が微笑んでいる。

「はい、いましたよ。アリスのことが気になってきました」

 そこには職員の姿があって、悶える猫に向かって笑ったまま、告げる。

 冷たい冷気を孕む、彼女の猫に似た瞳は……笑ってなどいなかった。

「チェシャ猫。アリスに中身のない話を振って構ってもらおうなどと思わないように。アリスは、今こちら側にいるんです。いるのか居ないのか、あるのかないのかすら曖昧で不安定な動物が、確固たる存在であるアリスにちょっかいを出すなど烏滸がましい。今のは警告。これ以上アリスに関わると、毛皮をひっぺがして三味線にしてやります。それとも猫の丸焼きがいいですか? 私は泡沫だろうが霞相手だろうが、焼き尽くすだけの力がありますけど?」

 悶えていた猫は痛みが引いたのかニタニタとまた笑い出して、亜夜に言った。

「おやおや、なんと恐ろしい。そう言う君は、魔女じゃないか。人を呪う悪しき存在が、アリスの事を護ろうというのかい? ナンセンスな話もあったものだね。本当の敵は目の前にいるというのに」

「ええ。いますね、本当の敵が。私はアリスの為の魔女ですよ? アリスが嫌がってるのにストーカーする発情期のバカネコを去勢するぐらいどうということはないです」

「怖い怖い。そういう君は、僕達と大した違いはどないんだろう? なのに護ると言い切っていいのかい?」

「ええ。私は諦めたり投げ出したりしませんので。毛皮を毟られる前に、失せなさい。そこにいてそこにいない虚空の化け猫。シュレーディンガーのアレでもあるまいに、明確な答えのない奴に用事はありません」

「言い切るね、流石は魔女だ。違う理の話をして、アリスが知られたら不味いとは思わないのかい?」

「いいえ、別に? 知られたらなんです? 不可能なら不可能なりにアプローチを変えるだけ。生憎と、こっちにも色々未練ができているんです。天秤にかけるべきじゃないなら、最初から乗せなければいいだけの話。両立できないなら出来るように工夫すればいいだけの話。本当に諦めるのは自分の手を尽くしてからでも間に合う。まぁ、猫に言ったところで本質的には無理なんでしょうけどね」

 肩を竦める亜夜はそうして猫とよく分からない会話をしている。

 ダメだ、これ以上こいつと話をすると危険だと経験で知っている。

 中身のない会話をして、こちらを混乱させるのがチェシャ猫のやり方だ。

「亜夜……こいつに付き合ってると危ないわよ。頭がおかしくなる」

「ええ、知ってます。では、失礼しますよチェシャ猫。このサナトリウムは私の空間です。長居すると曖昧な存在をこの手で本当に抹消しますよ」

 亜夜の車椅子を掴んで、半回転。

 逃げるように、連れていく。急ぎ足でその場を離れる。

「あはは、フラれてしまったか。仕方ない、また僕は彼女のことを見ているだけにするかな……」

 猫は首だけになって浮遊しながら見送っていたが、最後に寂しそうに独り言を言って、虚空に戻っていく。

 誰も猫の気持ちは、わからないまま。猫は語らず、魔女は言わせず何処かに消えていくのだった……。

 

 

 

 

 

 廊下を車椅子が移動する。

 アリスは不意に、亜夜に訊ねる。

 それは先ほどのことだった。

「ねえ……亜夜。何であいつのこと知ってるの?」

 名前を知っていた。

 名乗ったわけでも、アリスが教えたわけでもない。

 自然と、彼女は猫の名前を言い当てた。

「私はあの猫とよく似た猫を知っています。その延長線上で、たまたま知りました。シュレーディンガーの猫と言う、曖昧な存在の猫と結局は同じでしょう」

 亜夜は別の猫を知っていて、そのついでに知ったと説明する。

 さっきも猫との会話で出てきた名前。チェシャもしっているようで意味は通じていた。

 会話にならない会話をしていて、亜夜は別に苦痛ではなかったようだ。平然としている。

 今のアリスには堪えられないであろうアレを、追い払ってくれたのだ。

「あ、ありがとう亜夜……。助かったわ」

「いえ。また何かあったら、言ってください」

 ちょっと赤くなった顔を隠しながら礼を言うと、車椅子の彼女は柔らかく微笑むだけだった。

 アリスは知らない。

 猫は意味の無い会話が多い。

 それは言うとおりだし、大抵常人には理解できないコトばかり選んで言う。

 だが、時として猫は真実を見抜く。見抜いて、本人に指摘する。

 嘘とアリスが断定しているそれは一目見た時の考えに過ぎず、本当に真実を告げているときもあった。

 先程の会話は、猫と魔女には意味があった。中身の通じている会話だった。

 亜夜は異界の者。異なる理の世界の住人。嘗てのアリスと猫のように。

 交わることは不可能と猫は指摘するが、魔女は笑って言い返す。

 夢の中なら何度でも夢の中にこよう。夢は眠れば大抵見れる。

 夢と現実。それを長い別れの理由にする気はない、と。

 アリスが求める限り、方法を模索し、思案し、実行する。

 本当に諦めるのは万策尽きた時のみ。

 魔女に言い返されて、猫は負けを認めた。

 この魔女は言うだけあって実行する。

 言外に、猫は悟っていた。

 今のアリスは、この魔女の方を選んでいるのだ、と。

 魔女と共にいる方がきっとアリスは幸せになれるだろう。

 猫がそう思っていたことは、二人とも知らない。

 アリスの選択してたのは……今目の前にいる、亜夜なのだから。


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