サナトリウムに帰るまでの間。
雪の森の中を歩く一行。
ぽつり、ぽつりと亜夜は語りだす。
「グレーテルもラプンツェルも薄々、分かっていたんでしょう。私が魔女だということを」
「……予感は、あったかな」
もしかして、という考えはあった。
でもそれを否定していた。
だってそれは、亜夜が敵になるということを意味していると思っていた。
魔女は天敵。人類史のアンチテーゼ。似て非なる異物。
そんなのに、この人がなるなんて思いたくなかった。
魔女だということは、言動が全て嘘だと思っていた。
だけど、現実は違っていた。
「……うん、わかってたの。ラプンツェルの知ってる怖いニオイがするから……」
もしかして、とは思っていた。
でもそれを認めたくなかった。
だってそれは、亜夜もあんな風に畏怖する存在だということだから。
魔女は怖い。ラプンツェルの育ての親。母親とは別のもの。
そんなのに、この人がなるなんて思いたくなかった。
魔女だということは、信じられなくなると思っていた。
だけど、現実は違っていた。
「私は……元々、魔女としての素質があったんだそうです。それがこの間の魔女との出会いによって覚醒してしまった……。それが、全ての始まりです」
亜夜は言う。
自分は魔法使いとしての才能がありながら、同時に禁忌の素質を内包する人間。
反するものを包みながら、今まで過ごしていた。
だがあの魔女との出会いにより、魔女としての才能が開花。
その時までは、まだ半分程度で済んでいたのだそうだ。
「ですが……。私は、自ら魔女になりました」
そこからは信じられなかった。
辛うじてバランスを取っていた均衡を彼女は自分で乗り越えた。
魔女して、憎まれる方としての方向に傾いた。
結果、魔女として完全覚醒したはいいが今でも魔法は使える。
人の敵でありながら、魔女には穢れと呼ばれる混ざりもの。
半端にいる、唯一人の存在。
「なんで……。なん、でそんなことしたのよ?」
「そう、ですよ……。自分から、だなんて……」
マーチもアリスも声に出しておいて、ハッとする。
この人の言動の根本は、全て変わっていない。
魔女は呪いに精通している。常識だ。
まさか、この人。全部リスクを承知の上で行なったということか。
道を外れて、人をやめてまでして。
「決まってるじゃないですか。みんなのためですよ」
あっけらかんと亜夜は言った。
みんなのためだった。自分のことは後回しだった。
……やっぱりだった。この人は、自分を必要以上に傷つけている。
魔女になれば、幸せになる前に呪いが解ける。
手っ取り早く、確実に進めていける。
今まで少しずつ、彼女達の呪いを秘密裏に解いていたと説明する。
確かにここ最近、ふと振り返ると前よりも幾分楽になっていた気がしていた。
亜夜のおかげとは思っていた。最近は明るい気持ちで満ち溢れていたから。
然し現実は、実は彼女は裏でも糸を引いていたのだ。
グレーテルはお菓子の味を感じにくくなり、アリスの精神状態は安定し、ラプンツェルの髪の毛は伸びる量が減って、マーチは温かさを感じやすくなった。
「もう少しです。もう少しで、完全に解くことはできるようになります。何分、同時に進めていたせいで遅々としていたことは申し訳ないと思います。ですが暫し待ってもらえれば……」
代償として、彼女はどんどん消耗していく。
足が動かなくなり酷い火傷を負って、吐血までする。自分よりも愛しい人達の為に。
「私がやればいい。私が呪いを解いて、それで本当の幸せを求められる日々を……」
彼女は呟く。
自己暗示、あるいは壊れた機械の命令。
……何時からだったのだろう。
亜夜が既に目的が混同していた事を、今みんなは気付いた。
亜夜は幸せにすることと、呪いを解くことを何時の間にか一緒にしてしまっていた。
呪いが解ければいい。呪いを解くために魔女の道へ。
幸せにしたい。そのためにもっともっと代償を。
彼女にはもう、どっちがどっちだか区別が見えない。
呪いを解ける=シアワセになれるという方程式が出来上がっている。
誰も、望んでいないのに勝手にそう解釈して、進めてきていた。
幸せになれば、それだけで呪いは解けるのに。
彼女は焦っていた。
何時までも変わらない現実に嫌気がさして、誰も信用しなくなり、自分で確実な方法を探して見つけて行なって自滅した。
根本は四人のためだ。
それだけはいくら混ざっていても確立している。
絶対に、ぶれない部分は揺るがず周りはぐちゃぐちゃ。
一人で誰かの為だけに必死になった結果がこれだ。亜夜は、真面目すぎたのだ。
一人で全員を護ろうとしている。救おうとしている。
一人の限界がきてしまったから、その許容を増やすために人をやめた。
それでも足りなくて、引き換えをし続けて今ここにいる。
「亜夜……」
初めて、アリスはこの人が哀れに見えた。
言い方は悪いけれど、哀れとしか言いようがない。
どうして、こんなに悲しいんだろう。
亜夜は頑張ってくれている。
でも、一人で全部を背負う必要はどこにもない。
誰かに頼ればよかったのに。誰かに寄りかかればよかったのに。
そのやり方を思いつかず、自分だけでなんとかしようとして。
大きい代価を支払った。亜夜はもう限界に達しつつある。
もう支払う余裕はないのに、そのうち自分というモノまで支払おうとする。
支える人がいない。支えてもらおうとも思わない。
もう自滅の道を進むしかないんだと思う。
魔女という恨まれ避けられる運命を作り出してでも。
回帰するのは、皆のために。
怖くないどころか、とても悲しい……。
「亜夜、もういいわ」
「……はい?」
アリスはたまらず声をかけた。
そんなやり方しなくたって、いくらでも方法はある。
堪えられない。自分が彼女を圧潰す存在である訳にはいかない。
少なくても、アリスにとっても亜夜は失いたくない大切な人。
一瞥すると、言いたいことは顔でわかったんだろう。
グレーテルも、ラプンツェルも、マーチも頷いた。
この自滅系自己犠牲型職員を諌めるためには、言葉ではもう遅い。
だから、こうする。
「亜夜。あんた、あたし達と一緒の部屋で生活しましょ」
――どうしてこうなったんだろう?
私が聞きたい。
「亜夜!? ちょっと、酷いじゃないこの右足! 化膿してるわよ!?」
「ああ……。最近手入れしてませんでしたから」
「グレーテル、綺麗な水! ラプンツェル、消毒液と薬! マーチは包帯!」
誰か説明してくれ。何でこうなった。
「亜夜さん、歩けないなら無理しないで。自分のことは自分でする」
「あの……。仕事を取られるのは困るというか……」
「いいから、休んでいて」
「えぇ……」
仕事がない。というか世話される方になっている。
「亜夜、さん……。よければ、お茶でも、どうです、か?」
「そうですね、ご一緒します」
仕事させて欲しい。お茶してる場合じゃないのに。
「あーやーあそぼー!」
「はいはい、遊びましょうね」
ここだけは通常でよかった。
だが、私は……何をしているんだ。
誰か、私に教えてくれ。
私は何を間違えたんだろうか……?
簡単に言うと、私は今皆と同じ部屋に暮らしている。
あのあと。サナトリウムに帰った私達は散々な目にあった。
検査、検査、検査。
私含めて全員無事か確認されて、無事だとわかると解放された。
戻るだけで丸一日かかったから、相当な距離を移動していたんだろう。
馬車を乗り継いできたのだから、長い道のりだったようだ。
自分で飛んでいる時は自覚しなかったけど。
で、無断欠勤と無断外出の私の処分は特になし。
寧ろ、偉い人に頭を下げられた。
謝罪と、お礼。今まで異物扱いしてくれていて、すまなかったと。
いや……実際異物。私は魔女でしかない。なのにこの対応。
単体で魔女のところまで救出しに向かい、無傷で全員戻ってきた。
それが彼らには英雄視されるようなものだったようだ。
無論、嫌がる人はまだいる。然しながら私は人の味方であり子供の味方。
身体を張って証明したと思われているようである。
私は邪険にしてきた人達に逆に謝られるという居心地の悪さを感じている。
体裁ばかりを気にして肝心のことを忘れていた。そう言われた。
ここはサナトリウム。未来無き子供たちの最後の家。
それすら失うところだったのだ。
私を処分するのは、お門違いらしい。
で、自分の部屋に戻ると待っていたライムさんにも謝られた。
私の言うとおり、好き勝手理不尽を押し付けておいて、烏滸がましいけれどまだお願いしたいと土下座までされる。
別にいい。私は最後までやり通すまで。
言われるまでもなく、続けていく。
ライムさんにその旨を伝えて、丁度私の部屋を訪ねてきた皆に誘拐された。
もう私もろくすっぽ動けない身体だ。足が動かず、動きを制限されている。
だから、それも踏まえて一緒の部屋で共同生活するぞーみたいな流れができた。
前代未聞な、職員と子供の同居。
異例とも言える対策に、あっさりとオーケー出された。
私は実際そんなのだし、仕事を続けていく上でそっちのほうがいいと判断された。
なので今はみんなと同じ部屋で暮らしている。
お互いが世話をするので、職員という立場が危うくなっている。
私までお世話されるなんて……。正直言うと、複雑。
「やっぱしいいわね、亜夜の羽根」
「うん、この肌さわり最高……」
「すー……すー……」
「あった、かい……」
夜は部屋の中心で、机を退かしてみんなベッドから布団を降ろして並べて寝る。
そう広くない室内。私は羽根を消して普段通り寝ている。
魔女になってから、反射的に翼は出しっぱなしだったがここにきてから引っ込めて普通に寝ている。
職員の部屋が羽毛だらけにしていたのはだしっぱにしていた影響だ。
「で……毎回、なぜこうなんです?」
私の寝る布団にくっつけて、掛ふとんまで繋げてまるで一緒に寝ているかの如く。
私は困惑する日々の連続。
「亜夜は一人にするとろくなことしないから、仕方なくよ」
「……心配してるんだよ」
「一人は、ダメです……よ?」
口を酸っぱくしてみんなにそう言われる。
一人はダメ。……一人になってた気はしないんだけど。
左にはラプンツェルとアリス、右にはグレーテルとマーチ。
寄り添うように、共に眠る。
「亜夜さ。あたしも頼ってよ。あたしは、頼られたいの」
頼れとも言われる。それはどうなのかと毎度反論はしてる。
「一応、私は職員なのですが……」
「今更立場とかどうでもいいでしょ。あたし達の仲じゃない」
あの誘拐以来、急接近してきた気がする皆との仲。
頻りに私を頼るのは嬉しい反面、私にも同じことを要求する。
私は一人でどうとでもなるのに。
でも、前に比べて格段に笑顔が増えてくれている。
それは、良いことだと思う。
「亜夜さんは真面目すぎる。私達のことを一人で背負うから、大変な思いをする。みんなで背負えば軽くて済むのに」
「職員って、そういうもんじゃ……」
「反論、却下。私達の為に魔女になった人の言うセリフじゃない」
グレーテルにはもう少し肩の力を抜いてと言われるし。
「ぁゃ……」
しがみついて眠るラプンツェルは寝言で私の名前を呼ぶ。
甘えられているのかなと思う。
「亜夜、さん……。少し、休みましょう……?」
頑張りすぎだとマーチには休憩に誘われる。
纏めると、みんなはこう言いたいようだ。
頑張りすぎ。それよりももっと一緒にいて。
あれ。私気張りすぎた? もっとみんなと一緒にいるべきだった?
……そう言われたら、私はそうするしかないじゃないか。
一緒にいますよ、ええ頼まれたらそうするのが私って生き物ですもの。
あれからずっと、私達は同じ部屋で生活している。
悪くないと思うのは。
もっと前よりも沢山の発見があって、笑顔になっている自分がいるのは、どうしてなのだろう?
笑い会えることが本当に嬉しいって思えるのは……どうしてなのだろうか……?
今の私には、それがよくわからなかった。