ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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奪われる幸せ 前編

 

 

 

 

 

 

 突然、彼女は失った。

 とても大切なものを奪われた。

 だから凄く怒った。怒って、取り返しに行った。

 たった一人、満足に歩くことすらできない子供が。

 自分の大切なものは、自分の手で護る。

 彼女も、そのまま数日行方不明になるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サナトリウムにこれまでにない、大事件が起こった。

 前例ない出来事に医者や看護師などの職員は、右往左往していて何も出来ずにいる。

 そうこうしている間にも時間は無情にも進んでいく。

 どうすれば、どうすればと慌てていた。

 何が起きたかというと。

 

 

 

 

 

 ――サナトリウムに入所する一部の子供が、行方不明になってしまったのだ。

 

 

 

 

 本当になぜこうなったのか分からない。

 職員がいない間に無断外出していることもそうだが、なぜ帰ってこないのかも。

 対応が後手に周り、行方不明になった子供の所在もわからない。

 いつ、出ていったのかさえ現状把握も出来ていない。

 その中に、彼女――亜夜の大切な少女たちも含まれていた。

 マーチ、アリス、ラプンツェル、グレーテル。

 四人とも、消えてしまった。一人遺された亜夜。

 彼女は、とても落ち着いていた。

 静かに怒り狂いながらも、決して表にそれを出さない。

 手掛かりを探して独自に動き、そして突き止めた。

 残っていた子供たちによると、深夜不思議な笛の音を聞いたという。

 そして、フラフラと居なくなった子達は、一人でに出ていってしまったとか。

 職員をそれを話そうとしても、無下にされるだけで聞いてもらえない。

 パニックになっている連中は足元の情報を見落として、どう責任を負わない方にするかばかりを考える。保身優先、子供たちの安否なんてどうでもいい。

 それが透けて見えている。サナトリウムが、聞いて呆れる。

 亜夜は笑顔で、教えてくれた子達に言う。

 笛の音が聞こえたら、その音色をかき消すぐらい馬鹿騒ぎをして相殺しろと。

 耳をふさいでもきっとそれは無駄だと悟る。

 だったら、聞こえないぐらいの音で潰してしまったほうがいい。

「大丈夫。私が何とかしましょう」

 友達が帰ってこないと嘆いている幼い少女に、車椅子の職員は頼もしく言った。

 そして本当に、数時間後にはその友達を連れて帰ってきた。

 彼女は独自に動いて、揉めている連中を放置して次々と子供達を連れて帰ってくる。

 子供たちはバラバラだった。

 近くの街にいる子もいれば、人知れない湖やら山やら海やらに佇んでいる子もいた。

 彼女にとってはついでのコトだった。

 自分の幸福を取り戻すために動いているなら一緒に出来ることもしようという、まだ残っていた彼女の優しさ。

 だが、探せど探せど本当に戻って欲しい少女たちの情報は出てこない。

 が、彼女は生憎とそういうことに関しては諦めが悪い。

 数日かかって、漸く方針が固まって、職員たちが子供達にその意識を向ける頃には、既に亜夜担当の四人以外は全員戻ってきていた。

 全て、亜夜一人で音も無く個人で特定して連れ戻していたのだ。

 彼女だけは、初めての出来事へのパニックに陥る事はなかった。

 あの子達が居なくなっていたから、連れ戻すということだけを考えていたため、他の考えは一切頭に入っていない。

 遺された子供達に更に聞き込みで情報を集めると信じられないことが教えられていた。

 何とあの四人のうちアリスとグレーテルの二人は、音色に誘われたのではなく、皆を止めるためにわざと居なくなってしまっていたようだった。

 なぜなのかは、よく分からない。

 人の為に何かする子達ではないのに、なぜこの時だけはそうしたのか。

 子供たちは、なぜか強烈に惹かれるものがあって、気がついたらそこに居た、と言う。

 つまりは移動しているときの意識はなく、道中何があっても自覚できないということ。何をされているのか、分からない。

 他の職員が謝罪とお礼を言っても亜夜は聞いてなかった。

 全自動で動く機械のごとく、自分の中で決めていた命令に従い行動する。

 誰が何を言っても無視される。

 一部の職員は魔女のやることは理解できないと口走る。

 亜夜にとっては、入所する子供の方が重要で、大人達の下らない責任問題などどうでもいい。

 子供たちのことを蔑ろにする大半の職員や、パニックを起こして行動しなかった職員の代わりに、尻拭いをしていただけ。

 彼女は不眠不休で、数日限界まで動いていた。

 そしてとうとう限界がきて、倒れた。

 部屋の中で蒼い羽に埋もれて、気を失っていた。

 その光景をみたライム。今まで、殆ど仕事以外で会話をすることはなかった。

 が、この時ばかりは彼女に再び近づいた。

 助けようと思ったのだ。彼女も恐慌状態になっていて何もできなかった一人。

 何が起きたのか、原因究明のために今更行動している。

 彼女は決して独断で先走ったのではない。

 いち早く、きっと分かっていたのだと今頃気付く。

 ライムは後悔する。彼女の事を魔女の事を告げるべきではなかったと。

 誤った道の可能性を教えるべきではなかったと。

 自己犠牲になったとしても尽くそうとする彼女は子供たちの味方。

 だけど、亜夜は既に魔女であり、人の敵。

 そして彼女の言動はこちらの要求通りで、利用するにはなんの阻害もない。

 最低なことをしている、と自覚していた。

 こんな弱い女の子に生命を預けて背負わせて。

 それでも尚、これすら使って思惑通りに動かそうとしている自分たちはクズだ。

 彼女は賢明に努力して、間違えて。それでも茨の道を突き進む。

 進むを知りて退くを知らず、後ろを顧みない破滅の方法でも。

 彼女は、きっと……最期まで、変わらない。

 子供たちの、ひいてはアリス達だけの味方で有り続ける。

 魔女になっても、彼女の優しさの対象は変わらず、言動はいつも同じ。

 幸せにしてみせる、というその一点。

 滅びを招く魔女に墜ちても、彼女は笑顔を求めている。

 今は、何も言うまい。ただ、思う存分行動できるようにせめて出来ることを。

 罪滅しじゃないけれど、出来ることで償いをしたかった。

 困らないようにと金銭と、そして食料や医療品を用意して、部屋にそっと置いておく。

 これで亜夜にやらせたことがチャラになるとは思わない。

 だから、これからも影から彼女を手伝おう。

 それしか、ライムにはもう出来ないから……。

 

 

 

「すみません、助かりました」

 

 

 

 部屋を黙って出ていこうとした際、蒼い羽毛の中からそう魔女の声が聞こえる。

 それは礼を述べているようだった。

 驚いて振り返ってもそこにあるのは不思議に宙を漂う蒼い羽があるだけ。

 ……一応、やれることはした。後はこちらの問題だ。

 残された四人は、彼女に任せればきっと戻ってくる。

 その後ろに屍ができたとしても、それだけは必ず亜夜はやる。

 だって、彼女は。

 

 

 サナトリウムの職員であり、そして優しき魔女なのだから……。

 

 

 

 早朝にもならない、朝と夜の間。蒼の翼は、夜天に翔く。

 人の乗らない車椅子と蒼い羽根、羽音を残して彼女も突然いなくなった。

 情報はまだ確定じゃない。でも、暫定的に何処に行ったかまで絞れた。

 だからそこに行く。あとは実地でなんとかする。

 随分と遅くなってしまった。

 待たせた分、甘やかしてあげたい。

 ワガママいくらでも聞いてあげたい。

 迎えに行くと決意する蒼の魔女は夜の空に消えていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は数日前の夜に遡る。

 サナトリウムの中に、不思議な笛の音が響き渡った。

「耳が……っ」

「痛い、痛い!」

「やめ……て……」

「ううううーーー!」

 職員の変化に心配しながら眠っていた四人は、その音に飛び起きた。

 両手で耳を塞ぐが手を貫通して音は耳腔に届き、頭を揺さぶる。

「なによ、この音ッ……!?」

「笛、にしては……殺人的……過ぎる……!」

 アリスとグレーテルがベッドから降りてくる。

 マーチはベッドの上で呻き、ラプンツェルに至っては悲鳴を上げていた。

 辛うじて平気なのは、二人だけ。

 至近距離で、声を出せば何とか会話はできそうだった。

「……アリス、これは……?」

「知らないわよ……。あたしに、聞かないで」

 ずっと続く不愉快な耳鳴り。

 甲高い金属音が断続的に頭を攻撃してくる。

 音源は間違いなく部屋の外。

「何事だってのよ。もう」

「見に、行こうか」

 フラフラしながら部屋の外に。

 廊下に顔を出すと、そこには他の部屋から出てきたであろう子供が、何処かに向かって寝巻きに裸足の状態で向かっている光景だった。

「!?」

「なに……?」

 アリスは硬直し、グレーテルは廊下に出て、目の前を通っていく子供に声をかける。

 無反応。無理やり止めようとしても止まらない。

 虚ろな瞳で虚空を見上げて、口を半開きにしていた。ただ事じゃない。

(……亜夜さん、呼ばなきゃ)

 まずい、と思った。これは本当にやばい。

 過去に経験したことと似たレベルの身の危険。

 本能がやかましく警鐘を鳴らしている。

 グレーテルは亜夜を頼ろうと反射的に呼びに行こうとした。

 その時だった。

「……っ! グレーテル、後ろ!」

「えっ」

 アリスが鋭く叫ぶ。

 反応の遅れたグレーテル。

 背後にいた謎の影に首を押さえられて捕まった。逃げ損ねてしまう。

「くっ……!?」

『動くんじゃないよ。動いたら、お前の首を切り落としてやる』

「!?」

 若者とは思えない、嗄れた声。

 首を取られて、しかもナイフらしき冷たいものが触っている。

 抵抗できなかった。したら、殺される。

「グレーテ」

『そっちの小娘。お前も大人しくしておき。此奴を殺す前に死にたいかい』

「うっ……!」

 アリスは騒ぐことすらできずに黙る。

 そしてこの声……まさか。グレーテルは戦慄する。

『やれやれ、ハーメルン。自慢の笛の音、全然こいつらには効いてないじゃないか』

「そんなわけあるまい。ご覧のとおり、殆どの子供には聞いている」

 首を押さえているのは多分、ここの子供だ。

 だが声の主は違う。予想は、魔女。

 魔女がこの子供の身体を遠隔で操っている。

 隣に立つのが旅人の吟遊詩人のような格好をしている背の高い男。

 手には、長い笛を持っている。

「ハーメルン……? まさか、誘拐犯の……」

「おやお嬢さん。僕のことを知っているのかな?」

 グレーテルは知っている。

 とある地方の初夏で起きた、子供の大量失踪事件。

 その犯人と言われている男の通り名が『ハーメルン』。

 笛だけを使い、子供達をどこかへと連れ去る誘拐犯。

「誘拐犯の変態のことなら、知ってるよ……!」

「変態とは失礼な。僕は立派な芸術家だよ?」

 吟遊詩人は自分がそうじゃないとは言わなかった。

 悔しさで歯噛みするグレーテル。

 こんな犯罪者がここに来るなんて、夢にも思わなかった。

 亜夜を呼びに行く前に捕まってしまった事が、最大の失態。

「何が芸術家よ! 巫山戯んじゃないわよ!」

「おっと、お嬢さん。夜中に叫ぶのはやめてもらおうか。さもないと、君たちも僕の美しい笛の音の虜になってもらうよ?」

 激昂するも、ハーメルンが唇に笛を当てると、態度を一変させる。

 グレーテルが今まで見たことのない、アリスの表情だった。

 怒りを通り越して、憎しみ一色に染まっていた。

「……やれるもんならね、ド変態。そっちのババアも、クソ野郎もグレーテルに傷一つでもつけてみなさい。あたしはイカレた奴らの扱いは生憎と慣れてるのよ。そんときはあんたらをぶった斬ってお茶請けにしてやる」

 啀み合っていたアリスがグレーテルを気遣ったのではない。

 グレーテルとは一応でも同盟状態。亜夜という架け橋を保つために必要。

 それは最終的に自分にもつながる。だから、こういう時は……遠慮なく使う。

 二度と使うまいと思っていた、夢の国の忘れ物を。

「あんたが笛を吹くよりも早くあたしは殺すわよ、クソ野郎。ただの変態が、あたしに勝てると思ってんのならすぐに証明してあげる」

「……何が言いたいのかな」

 ハーメルンは訝しげに、アリスを見る、

 アリスは、不意に寝巻きのポケットに手を突っ込んだ。

 首を押さえている操られている子供の口から、老婆の声。

 低く、警戒する声色だった。

『……おい、ハーメルン。あの小娘を挑発するのはやめな』

「なんだよ。あの子供の何が怖いんだい?」

『あの娘……何か、得体の知れないものを取り出そうとしてる。不味いだろう、せっかくここまで来たんだ。最悪、あんたもワシも切り殺すぐらいの事ができる何かを出されたら全部水の泡だ』

 老婆は警告している。

 笛吹きは、怪訝そうに横目で見る。

「……あんたがそういうんだ。余程不味いものなのか?」

『恐らくバケモノ殺しの逸話のある武器。あんた、笛さえなければただの人だろ。殺されちまうよ?』

「ふんっ、振るう使い手が子供じゃ意味が」

 笛吹きはそう言って嘲笑う。

 その刹那、笛吹きは吹っ飛んだ。

 笛が廊下に乾いた音を立てて落ちた。

 背後の壁に激突して倒れる。

 グレーテルは目を見開く。

 今、何が起きたのか脳が追い付かない。

「がぁ!?」

 何とか立ち上がる笛吹きを見下ろして、舌打ちするアリス。

「チッ……。やっぱり長い間使ってないと感覚が麻痺るわね」

 彼女は一見すると何も持っていない。

 ただ、その手は筒を持つかのように開かれている。

『はっ、言わんこっちゃない……。小娘、こいつがどうなってもいいのかい』

「グレーテル、死んだらごめん。あたし、そいつまず殺すから」

 聞いていない。アリスはハーメルンに近づく。何かを振り上げるような仕草。

「ちょ、困るアリス! 私を勝手に見捨てないで!」

 焦るグレーテル。

 死にたくないのは当然だが、必要経費で殺されるのは心外。

『……命乞いにしたって、もう少しましな言い方ないのかい』

 どこかバカにした言い方をされるが、グレーテルは必死だった。

 このままではアリスのせいで死ぬことになる。

「アリス、聞いて! そいつはどうでもいいから!」

「煩いわねグレーテル。手元狂うでしょ、黙ってて」

「黙らない! そいつはただの誘拐犯、人間だよ! 殺人で捕まる!」

 殺人罪のことを言うと、ぽかんとするアリス。

「……え? こいつ、人間なの?」

 変な力持ってるからアリスは魔女の使い魔的なものかと思っていた。

 今までの話を聞いてなかったので、そのまま葬り去るつもりだったのだが。

『……ハーメルン、もういくよ。こいつらも連れていけばいいだろう。人質がいることを忘れんじゃないよ、小娘』

「クソ……分かったよ、従えばいいんだろう?」

 忌々しそうに立ち上がる笛吹きは笛を拾い上げる。

 老婆はこのまま、グレーテルを人質に取るつもりと見たアリス。

『因みにこのガキの身体も人質さ。お前は二人分の生命を奪えるのかい?』

「……」

 迷うアリス。殺せると言われたら殺せる。

 でも、それは……。

「アリス、本当にやめて。亜夜さんが悲しむ」

 グレーテルに制止されて、渋々諦めた。

 亜夜まで引き合いに出されたら、抵抗しようがない。

『おとなしくして付いてくるなら殺しゃしないし、道中手出しもしないよ』

 老婆もハーメルンに文句を言いながら、妥協する。

 人質がいなければこの子供は本当に殺しに来ると肌で感じた。

 運悪く、その時様子を見に、クッションを持ってグズグズ泣いているラプンツェルと偏頭痛を起こしているマーチまで出てきてしまった。

「……従おう。私達の負けみたいだもの」

「癪だけど、いいわ。その代わり、ちょっかい出したら、今のあたしは殺すわよ」

 諦めるグレーテルに付き添い、アリスもまた誘拐される。

 マーチはグレーテルが人質になっているのを見るとあまりのことで失神。

 ラプンツェルは泣き出しそうになっているのを解放されたグレーテルが嫌々宥める。

 彼女たちも捕まってしまった。得体の知れない変態笛吹きと、魔女によって。

 深夜、集団失踪した子供にまぎれて、意識のあった彼女たちも誘拐された。

 だが犯人二人は知らなかった。人質にしたグレーテルという少女のことを。

 彼女は、一度似たようなことを経験している。布石はしっかりと準備しておいた。

 それは、ラプンツェルの持ってきたアリスのクッション。

 あの優しくてお人好しで、辛そうになっていく職員からの贈り物。

 アリスはとても嫌そうだったが、最終的にはグレーテルの案にのった。

(大丈夫……。今度は、上手くいく)

 前回はパンだったから、食べられてしまって途中で無くなってしまった。

 だが今回は大丈夫。あの特徴的な蒼い羽根。

 風に飛ばされないように、建物や標識の合間に突き刺してある。

 亜夜の、蒼い羽根。きっと、亜夜は……助けに来てくれる。

 ラプンツェルも、マーチも、グレーテルの言うことを聞いてくれた。

 終わるその瞬間まで、信じると決めた。

 何もできない囚われの姫君達を救いに来てくれる少女。

 カッコイイ王子様の代わりに追ってくるであろう翼の魔女を、絶対に。


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