賢しい猫は教えてくれた。
与えられた幸福。それを甘受する飼い主。
ガラスの靴を履いた王女は教えてくれた。
幸福の先にある過去に縛られた未来。
ああ、何て愛おしい。
あの子達の為なら、私は喜んで果たそう。
現実なんて、やり方次第でどんなことでも叶えられる。
犠牲。代償。そんなもの知ったことか。
他人にいくらでもそれを強いてやる。死ねばいい。苦しめばいい。
その上に、あの子達の幸福は成り立つんだ。
やっぱり私は悪しき魔女。
勝手な理由で災厄を振りまく。
はははははははははは!!!!
――上等だ。私は、あの子達だけの幸せの為だけにこんなのになったんだ。
私は悪者? そう、私はとっても悪い悪い魔女。
かまどで殺せる? いいえ無理。私は家ごとその子を捕まえる。
王子を追いかける? いいえ違う。私は王子をさっさと殺す。
そして二人を私の下で幸せにするの。あの子達がどう言おうとも。
呪いなんて生ぬるい。全部壊して、全部殺して。
――幸福を。
血塗れの幸福を!!
知られなければいいんだ。たとえ知られてもいいさ。
私はどんなになじられようが、どんなに軽蔑されようが構わない。
私は魔女。
魔女はいつだって理不尽で喋る災禍。
禍根を残したっていい。
ただ愚者のように求めるの。
幸せを、幸福を、笑顔を、日常を!
もっともッとモットもっト!!
あの子達が呪いから解放される未来を!
いい、私がどんなに血に汚れたって、あの子達にさえ届かなければ。
私は、どうなったって最後にはシアワセになれる。
でも、あの子達は誰かが何とかしないと先に進めない。
私だ。あの子達の手を引くのは私なんだ。
幸福の為に犠牲が、血が必要ならいくらでも支払ってやる。
私でもいい、誰でもいい。
あの子達を護るのも、救うのも、私だけでいいんだ。
「ごほっ……!!」
――私は最近、よく吐血する。
深夜の一人だけの部屋、蒼い羽毛に埋もれながら。
一部を、紅く染め上げる。
何なの、この吐血……?
私の身体が魔女になってから、更に弱くなったの?
人間の頃よりも、もっと脆くなってる気がする。
魔女化したせいで、私の身体が限界でも迎えているってこと?
急激な変化に、堪えられないっていうの?
……だからどうしたって話なのだけど。
まだだ。まだ、私にはやりたいこととやるべきことがある。
職員である以上、一度世話をするなら死ぬまでやる。死ぬつもりはないけど。
死ねるか。倒れるか。私は……まだ……。
みんなを……笑顔に出来てないのに……。
(堪えなさい……青い鳥。鳥籠の中で鳴いてるだけじゃないでしょう……?)
青い鳥。世界からの呪い。私の言うことを聞け。
もっと呼びなさい、幸福を。もっとハッキリと招け、幸せを。
口を押さえた掌が真っ赤になっている。鉄臭い。
肺でもやられた? 痛みが鈍いからよくわからない。
何もかもわからない。自分が何が起きてるかも。
聞けないし、聞かない。あいつらは人だ、私は魔女だ。
もう別の世界の存在なんだ。相容れない敵同士なんだ。
私一人だけで、未来を変えるんだ。
全員の未来に光を灯すために……!
朝、目が覚めた。
違和感に気がついた。
――足が、動かせない。
どうして、動けないの?
どうして、動かないの?
(……何で?)
足が……全く、動かない?
今まで、杖さえついていれば歩けた。
弱々しくても動いていたのに。
どうして……?
足が、全然動かないよ?
(あれ……?)
私の足、どうなっているの?
ねえ、どうして動かないの?
これじゃ何もできない。
これじゃ何も変えられない。
ねえ、私の足でしょ。
動いて、動いてよ、動け、動きなさいッ!!
何で黙っているの、何で固まっているのッ!
私の身体でしょう!? 私の言うことを聞きなさい!
「動け……ッ!! 動け、動けェッ!!」
立ち上がることすらできない。
ハンモックから落ちた。
無様に転がり、足は倒れたまま。
俯せに横たわる私。
踏ん張ろうとしてるのに、力は入らない。
繋がっているのか、この足はッ!!
なんで私に刃向かうんだ私自身が!
言うことを聞け、私の足だろう!?
「動けええええええええッ!!」
叫んでも、足は沈黙し微動だにしない。
なんで、なんでなの。
こんな時に。大切なこの時に。
足が、動かなくなるの。
数分、無駄な時間を過ごす。
結局、何をしてもダメ。やるせない。
魔女でも、自分の身体が動かなくなると何もできない。
……足が私に愛想を尽かして反逆するなんて。
骨に異常があっても、杖をついて共に生きてきたのに。
でもこの足は、私にはもうついていけないと言いたいわけだ。
……役立たずめ。動かない足なんて、飾り以下だ。
役に立たないなら、あるだけ邪魔だよ。
「……」
相当、私は苛立っていたんだと思う。
後から冷静に考えれば、幾らなんでもこれはおかしい。
でも、ふと思ってしまったのだ。
――立ちふさがるものは全て破壊する――
私は自分で決めたそのルールに従い、ニヤリと嗤った私。
自らの足を、その日……破壊した。
「ああああああああああぁああああぁぁあああああっ!!!!」
…………私って奴は本当に何をしてるんだろうか?
まさか、自分までこんなことするなんて思ってもみなかった。
必要なこととはいえ、これじゃあ何もできないじゃない。
一応格好だけでもぶら下げておいたほうがいいのに。
「ダメですね……。治療のしようがありません。右足の大半の機能が使い物にならない状態です」
絶叫に気付いた他の職員に捕獲されて、医者に担ぎ込まれて、気が付いたらこのざまだ。
我ながら呆れる。ま、動かないなら意味なんてないからいいけど。
「何をしたんですか、一ノ瀬さん?」
誰が答えるか。
ただ魔法で焼いただけだ。
焼き切ろうとして失敗した。
使えない身体のパーツを捨てようとした。それだけの話。
使えない足なんていらない。動かない足なんていらない。
だから、雷で焼き切ろうとした。失敗した。
痛みがひどくて、諦めた。
「それだけじゃありません。一ノ瀬さんの身体は不自然に衰弱しているんですよ?」
知るか。
そんなもの、私が知りたいよ。
私の身体は酷く消耗しているようで、既に動いてるのが不思議なほど弱っているらしい。
死にかけの人間といったところのようだ。
なぜ平気なのか、なぜ動けるのか。
医者に私が聞きたいぐらいなのに。
原因は不明。治療は延命のみ。
「最早一刻の猶予もない。仕事をやめていただきます。これは医者としての警告です」
毅然とした態度で、医者は私に言った。
言うと思った。だから、警告し返す。
「殺しますよ」
「殺したければどうぞ。医者として、このような人間に働かせるわけにはいきません」
そう。あくまで、邪魔をすると。
そういうんだ。
じゃあいいよ。こうするまでだ。
『うるさい黙れ、退いて』
「ッ!?」
診察室、看護師や医者はまだ数名いる。
この程度で私を止められると思ったのか。
私は、魔女だぞ。うっさいから、呪ってあげる。
医者は不意に表情を強ばらせると、ゆっくりとぎこちなく動き出す。
私の言うとおり、退いた。
奴だけじゃなく、室内にいた全員だ。
私は車椅子を動かして、出ていった。
邪魔するならこうするまでだ。
殺さないのは気まぐれ。殺す価値もない。
それよりも、あのこたちのところへ急ごう。
さっさと私は診察室を後にした。
右足は焼け焦げて、見るも無残な外見。
包帯でグルグル巻きになっている。そんでもって車椅子だ。
全く、これじゃあ満足に世話できやしない。
まぁ、するけど。
部屋に向かい、いつもどおりに仕事をする。
彼女達は私を見て、一番最初に目を逸らした。
……どうして?
我慢するようにしっかりと私に向き直る。
悲痛そうにアリスは見る。
マーチは泣きそう。
ラプンツェルは怖がって。
グレーテルは……無表情?
私、何か悪いことでもしたんだろうか?
「どうして見るたびに、あんたはそうやっておかしくなっていくのよ……?」
堪えるように私に聞くアリス。
おかしくなる……? 私が?
何か、おかしいの今?
私は最初から何も変わっていない。
みんなの幸せを求める。私も最後には幸せになる。
そのスタンスを曲げた覚えはないのに。
何で、アリスは嘆いているの?
「呪いが進行した次は……。足が……動かないですって?」
「ええ、まぁ」
簡単に事情を説明すると、あの子達は全員愕然としていた。
何で? 何でそんな反応されるの?
私には理解できない。おかしいことなんて、していないのに。
「…………アリス、もう言うだけ無駄だよ。亜夜さん、多分手遅れ」
グレーテルはアリスが何か言おうとするのを制止する。
きょとんとする私。
「あれ程、言ったのに……」
哀れむように、グレーテルは言う。
私は首を傾げるばかりだ。
そういえば、彼女は気付いていると思っていたけど……。
「結局、なるべくしてなったってことかな……」
彼女はそう言って、自分のベッドに戻っていった。
「私、何か変ですか?」
「……亜夜、さん……」
驚いたようにマーチも私を見る。
えっ……?
何が、そこまで変なの……?
「……苦しくないの?」
「苦しい?」
ラプンツェルに聞かれる。
私が苦しい? 何が?
みんなのために行動する私の何が苦しいの?
「別に……普段通りですよ、私?」
確かに魔女のことは隠しているけど、それ以外は至って普通にしている。
足だって動かないなら、車椅子で出来る範囲をするだけだし。
最悪、翔いていれば問題ない。
三人して、私のことを……悲しそうに見ている。
私は何かいけないことをしてしまったんだろうか?
三人に聞いても、首を振るだけで教えてくれない。
一体、何だというのだろうか……?
私はよくわからないまま、仕事を続けていくのだった。
(……亜夜さん、やっぱり魔女と何かあったのかな……?)
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