ナーサリー・ライム 童話の休む場所   作:らむだぜろ

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プロローグ 何時もどおりの日常

 

 

 

 

 その日も普通に、彼女達の世話をする。

 それが今の私の役目であり、今の私のできること。

 だから、今日も精一杯努めよう。

 私が、私でいられるうちは。

 

 

「ふああああああーーーーーっ!?」

 

 

 ……うん? 今の声、誰だろう?

 よく聞こえなかったけど、ピンチみたい。

 まだ悲鳴上げている。早く行くか。

 全く、みんな本当に世話の焼けるんだから。

 仕方ないなぁ、もう……。

 

 

 

 

 

 私の名前は一ノ瀬亜夜(いちのせあや)

 決して珍しくもない、ただの高校生だと自分では思う。

 学校行って、ご飯食べて、お風呂入って、ゲームして遊んで、寝る。

 そんな有り触れた日常を生きているだけの、ただの子供。

 お母さんもいるし、お父さんもいる。幸せだと思う。

 平凡が、一番良いってことは知っているつもり。

 非日常とか、戦いの世界とか、そんなのは真平御免。

 私はこの連綿と続く時間が好き。ここにある世界が好き。

 周りの友達は年頃だろうか、そういうもののゲームやら本やらを好んでいた。

 面白いものは面白かった。娯楽としては。

 ただ、感情的には理解できないからそれ以上にはのめり込むことはなかったけど。

 やっている日々があるから楽しいのだ。

 自分が万が一、天と地が引っ繰り返ってその当事者になったらと思うと、正直怖かった。

 そんなのは願い下げだと思うから。

 その日は新しい無料プレイ出来るオンラインゲームを、携帯ゲームで探していた。

 良い時代になったものだ。ネット環境さえあればタダでゲームができる。

 私はその日もストアを物色していた。そしたら、面白そうなものを見つけたのだ。

 『ナーサリー・サナトリウム』というタイトルのゲームだった。

 レビューは参考にしていると、どうやら悪い魔女に呪いをかけられた童話の登場人物達の世話をするゲームのようだ。

 私の知っている童話の少女、少年たちの世話をしながら幸福にして、呪いを跳ね返すという内容。

 悪くなかった。私はファンタジーは嫌いじゃない。

 基本プレイはタダだから、と私は早速ダウンロード。

 ワクワクしながら、アプリを起動した。

 そして、いざプレイ……と思ったんだけど。

 そこで急に、私は眠気に襲われた。

 夜更ししすぎたと、その時は思った。

 夜遅かったこともあるし、寝落ちだけはまずいと思ってゲーム機の電源を落とした。

 そのまま、自分の部屋で、机に突っ伏すように眠ってしまった私。

 次に意識が覚醒したのは、誰かに呼ばれている声だった。

 

「……さい。……げん、……覚ま……て……さい」

 

 目を覚ませ。いい加減、目を覚ませ。

 そんなことを言われる筋合いはない。

 ここは私の部屋だ。

 そして、私はもう家事も何もかも終えて好きにしていいはずだ。

 明日は学校休みだし、もう少し寝ていてもいい。

 でもその声は、聞き覚えのない女の声。

 怪訝そうに、目をこすりながら私を顔を上げた。

 そこには、見覚えのない光景と、見覚えのない女性の顔があった。

 私を見て、その人は笑顔で言った。

「目覚めましたか? では、おめでとうございます。貴方は職員に採用されましたよ」

「……」

 何を言ってるんだこの人。

 というか、これは夢か。よし、寝直そう。

 また突っ伏す私。

「話聞いてください。確かにここは夢の中で合ってはいますが、然し逃避しても向こうには帰れませんよ?」

「……?」

 何を、言っている?

 ここは夢の中? 夢なのに、覚めることがない?

 ちょっと興味の出てくる話だった。

 どうせ夢なら聞いてもいいだろう。

 好奇心が勝って、私はもう一度顔を上げた。

「あの、誰ですか?」

 私が問うと、看護師の姿をした女性は笑いながら答えた。

「私の名前ですか? ライムという名前ですよ。一ノ瀬亜夜さん?」

「こっちの名前まで知ってるなんて、流石夢ですね」

「ええ。履歴書は見せてもらいましたから。おめでとうございます。一発採用です」

「……履歴書?」

 そんなもの書いている訳がない。

 バイトなんて出来る身体していないのに。

 起き上がって、首を傾げる私にそのライムと名乗る若い女性は一枚の紙を見せた。

 ああ、これは確かに履歴書だ。

 そこには私の住所氏名年齢、事細かに個人情報が書かれている。

 そして最後に採用、という判子が押されている。

 どういうことだこれは。何という超展開の夢。

「……なにゆえに?」

 呆然とする私に、その人は語る。

「貴方は、眠る前にゲームをダウンロードしましたね? あのゲーム、実は素質ある人を見つけると、自動的に夢の世界にご招待する機能があるゲームなのですよ」

「……はっ?」

 えっ、それはつまりどういうこと?

 私は、どこにいるんだ?

「簡単に言うと『不思議の国のアリス』と似たような感じですね。ここは、不思議の国と同義の、夢の国。貴方は素質のある、選ばれた人だということです。やって欲しいことはただ一つ。みんなを幸せにしてください。そうすれば、元の世界に戻れます」

 夢の世界だとしても荒唐無稽な話だ。

 つまりはアレですか?

 友達が言っていたような、違う世界に飛ばされてしまったとかそういう展開?

 しかも否応なしに?

 私は疑問に感じたそれを聞くと、あっさりと微笑みと共に首肯。

 事実だとすれば、私は……出られない。いうなれば、夢の世界にとらわれた。

 困惑から一転、絶望に叩き落とされた。

 いや、実際私は見覚えのない部屋にいて知らない人に言われている。

 まるで病室のような白一色の室内。

 そこの机に突っ伏す、寝巻き姿の私と看護師のライムさん。

 これは間違いなく現実だ。

 机の感触、鼻腔をくすぐる特有のニオイ、どれをとっても確実だと私に知らしめる。

 逃げ出さないでここで役目を果たせ。

 採用って……まさか、ゲームと同じことをすればいいということなのか?

「そういうことです。貴方も既に彼女や彼らと共に、同じ状況になっているんですよ?」

 ……同じ? まだ、何かあるというのか?

 確かレビューでは悪い魔女に童話の登場人物達は呪いにかけられて、それぞれ苦しんでいる。治せない呪いのせいで、サナトリウムにいるのだと。

 私も……まさか。そうだというのか?

「私はここで数少ない、『外』を感知出来る存在です。ですので、ここにいる患者さんたちが元々はなんであるか知っています。魔女の出てこない『童話』でも、条件は同じなんです。貴方も、呪いの餌食になっています。ただ例外なのは、貴方は地力でそれを治せる状況にいるのと同時に、他の患者さんの呪いをも解ける稀有な人。要するに、貴方はこのサナトリウムの救世主。医者ですら延命しかできない、呪いという難病を癒せる数少ない人なのです」

 その言葉を聞いている限り、私以外にもどうやら似たような感じの人間はいる。

 ニュアンス的に、そう感じる。思い切って問う。

「私以外にも、いるんですか? その同じ立場の人が」

「おや、鋭いですね。初対面でそれを聞いてきた人は初めてです。答えはいますよ。まだ数名程残ってらっしゃいます。一部はもうそちらの世界に帰っていますが」

「……帰れるんですね?」

「ええ。役目さえ果たしてもらえれば」

 成程、帰れるならそれでいい。

 衣食住はこちらで用意するから、強制で働かせる代わりに給料も出すし、ある程度の自由は保証するという。脅している割には、随分と寛大だった。

 拒否しても逃げる場所はない。私は諦めてその条件を受け入れた。

 ここまで包囲されて嫌がることを出来るほど、私は感情的にはなれない。

 どこか、理屈で諦めるのが得策だと判断していた。

「あと、私の呪いとはなんですか?」

 肝心なことを聞き忘れていた。

 呪いは私にも降りかかっているという。

 それは一体何だ。

「見れば一発でわかりますよ」

 そう言って、ライムさんは私の背後に回った。

「じっとしていてくださいね。多分、自分じゃあ一体化していてわからないと思いますが」

 失礼しますと一言言うや、背中に手を突っ込んで、何かをまさぐる。

 くすぐったくて抵抗する私。だが、そこで違和感を感じた。

 何か背中に、変な感触が……ある。同時に一瞬、鋭い痛み。

「いたっ」

「取れましたよ。これが、亜夜さんの呪いの正体です」

 正面に戻ってきたライムさんの手には……。

「これは……」

「見てのとおり、青い羽根です。今、亜夜さんから採取しました」

 一枚の青い羽根だった。それを見せびらかし、言われる。

「あなたの呪いは『幸せを呼ぶ青い鳥』。呪いが進行すると、亜夜さんは孰れ、人をやめて青い鳥となり、鳥かごに入れられる。逃げないようにしないと、貴方はこの世界を宛もなくさまようことになりますからね。それが嫌なら、みんなに幸せを呼んでください。そうすれば自然とあなたも幸せになって、呪いは跳ね返されて人間に戻れます。既に亜夜さんの背中には翼があるんですよ。まだ、小さいですけどね。あんまり放置しておくと、その翼はあなたを蝕みます。最終的には、縮んで鳥になる訳ですよ」

「……」

 私まで『童話』に巻き込まれているのか……。

 徐々に鳥になる、それが私の呪い。

 私はラッキーアイテムの代わりにされてしまうのか。

 そんなの、冗談じゃない。

 鳥になんてなってたまるか。何でもしてやる。

 私はライムさんにやるという旨を伝えた。

「あと、不思議なことに貴方は『魔女』としての才能もあったみたいです。何故か強大な雷の力まで宿していますね」

「……魔女、ですか? 私が?」

「みたいですねえ……。履歴書にはそう書いてあります」

 これには、ライムさんも予想外のような顔をしている。

 私は童話で言う幸運の青い鳥であり、同時に雷の魔法を操る魔女でもある。

 どんな状態だそれは。

「うーん……。弱りましたね。魔女の素質がある人は初めてです」

「そうなんですか?」 

「ええ。然し、参りました……。魔女はここでは酷く嫌われます。無論、理由はわかると思いますけど」

「加害者、だからでしょう?」

 患者に呪いをかけたのは魔女だという。

 私自身にはその力はなくても、ひとくくりにされたらおしまいだ。

 私まで、加害者一味にされてしまう。

「お察しの通り。亜夜さんは賢くて助かります。下手にごねられると、こっちも迷惑ですんで」

 面倒そうに、ライムさんは溜息をついて、肩を竦める。

「どの口が言うのでしょうね……」

 無理やり連れてきて働かせるなんて、殆ど奴隷と同じじゃないか。

 今の風潮では喜ぶ人もいるんだそうだが……嫌な時代でもある。

 その他、必要なことを確認しておいた。

 私は役目を終えるまでは戻れず、現実世界の身体は勝手に元の生活を続けているらしい。 

 意識ないのによくやる。

 でも、それで大騒ぎにはならなさそうなので正直ありがたい。

 必要事項は、その都度ライムさんに聞くとして。

 サナトリウムと言っても、普通の暮らしを真似ているらしいのでそこまで気張る必要もないと言われた。日常の延長線上、か……。

 私は今日から、このサナトリウムで働くことになった。

 やるしかないなら、やれるだけやってやる。

 そう、決意して。

 ……本当に大変だとすぐに、思い知らされることになるわけだが……。

 

 

 

 

 

 

 私は、態度悪いんだろうか。

 姉妹も兄弟もいないから、接し方なんてわからない。

 もっと話を聞くべきだろうか? 難しい。

 私の主な仕事は、ここにいる子供の世話だった。

 色々な雑務をこなしつつ、コミュニケーション取るのが内容。

 お風呂の手伝いもするし、食事もつくるし、遊び相手もするし、勉強まで見ている。

 私が世話をすることになったのは、数名の女の子たちだった。

 ここは沢山の子供たちが入所しているようだったが、私以外にも職員はいるようだった。

 専属であれやこれやをしてあげていた。

 当然のことながら、突然採用された私に反感を覚える子もいる。

 入って早数日。毎日、衝突の繰り返しだった。

「あたし、そんなのやりたくない」

「正直、私もやりたくないです」

「なんで!?」

「同じ理由で」

 あの子達の名前で説明しよう。

 私の相手している子はアリス、ラプンツェル、グレーテル、マーチの四人だ。

 それぞれ『不思議の国のアリス』、『ラプンツェル』、『ヘンゼルとグレーテル』、『マッチ売りの少女』の主人公の女の子たちである。

 同室で暮らしているらしい彼女たちの新しい担当として入ったはいいが、先ずアリスという女の子と日々揉めている。

 この子、凄くワガママだった。

「そんなん、亜夜がやってよ。あたし達の担当なんでしょ!?」

 何処かで見たことのあるようなゴスロリ姿に、セミロングの金髪を揺らして青い瞳で私をにらんだ。

 一応、名前では呼んでくれるし、何だかんだで話してくれるのでまだいいけど。

 他の職員に聞いたところによると、アリスは一切口を聞かないのだという。

 困ったもんである。

「自分でやることぐらい自分でしてください。担当だからってホイホイ言うことを聞くと思ったら大間違いです」

「あーもう、分かった! 勉強するからオヤツ頂戴!」

「よろしい。買い物から付き合ってくださいね。量は多めにするので」

「……えー……。まぁ、いいよ。うん、分かった。多めにしてよね」

「はいはい」

 ワガママを私はあまり聞かない。

 前の担当とは相当仲悪かったと本人は言う。

 今日も勉強したくないというので、私もアリスのオヤツを作るの嫌だと言い出して、数分揉めて互いに妥協した。

 アリスは勉強する、私はおやつ作る。それで和解。

 買い物付き合う分、みんなよりも多めに。

「……亜夜はさ、なんでこんなところで職員なんてやってんの?」

 机に座ってアリスの隣に座り、ノートを見下ろしながら私に聞くアリス。

 一応、アリスには私の呪いのことを話している。

 無論、魔女のことは秘密だ。

 知りたいとアリスにせがまれて渋々説明しておいた。

「仕事がなかったもんで」

「えー。もっとマシな仕事選びなよ。あたしからすればさぁ、こんな辺鄙な病院勤めたってろくなことないよ?」

「でしょうね。ま、私も嫌々ですから。っていうかアリス知ってますよね」

「あー、同じだったっけ? あたしは軽いほうだからいいけど」

 アリスは口が悪い。私も口が悪いが、彼女も相当だ。

 人の悪口を言うわ言うわ。

 私も言うので、そこは気が合う。

 イヤな奴の陰口で盛り上がるなんてことはざらだ。

 彼女の呪いは『本人の精神状態に情報が左右される』というもの。

 気分が良いときはプラスに、悪い時は全部マイナスに五感から入る情報が傾くらしい。

 だから、悪いときに下手に刺激すると曰く最悪になると聞いた。

 これで軽い方。

 確かに他三人は教えてもらったがトラウマ持ちなので余計にやりにくかった。

 特に魔女関連の二人には、気を遣う。

「鳥になる、ねえ……。幸運を呼ぶって意味じゃあ、あたしはラッキーかもしれない。亜夜とはあんまし揉めないし」

 互いに引くべき一線を自覚しているから揉めないのだ。

 アリスの精神状態はここのところ安定している。

 と、アリスからは伝えられている。

「相性は悪くないです、私達」

「亜夜がもっとあたしの言うこと聞いてくれればね」

「アリスが私の言うこと聞いてくれれば尚、いいんですけどね」

「えぇー……。あたしにこれ以上どうしろっていうのよ」

 アリスは我侭だ。だが、同時にそこまで愚かでもない。

 ちゃんと、言うべきことは言えるし、見るべきことは見ている。

「別に今のままでもいいですよ。私はワガママ言うなら言い返すだけですから」

 バランスは取れていると思う。

 振り回されても私も言い返しているので釣り合っている。

「……そいえばあたしのこと、怒ったりとかしないよね亜夜って。なんで?」

「何でも怒ればいいってもんでもないでしょう」

 ふと私に聞いてくるアリス。確かに一度もまだ怒っていない。

 アリスみたいなタイプは怒ると余計にムキになって反抗する。

 だから、適当に合わせておけばそれ以上は言わない。

 彼女はそこまで馬鹿じゃない、と思うから怒らない。

 大体、私が何とかすればどうとでもなるレベル。怒るほどでもない。

「あんたとは、やっぱし上手く行きそう。そんな気がする」

 彼女は私に言う。アリスとは、立場の前にどっちかっていうと気の合う友達。

 他の職員よりも接しやすいと言われた。

「亜夜だけなのよね。あたしに付き合ってくれるのさ」

「自覚あるならほどほどにしておくように」

「やーよ。これがあたしだもん」

 やれやれ……。

 不思議の国の主人公は、ワガママな性格をしている女の子だった。

 それに付き合う私。新しい日々は、まあなんとかやっていけている。

 まだ、私の日々は始まったばかりだ。明日も、頑張っていこう。


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