教授と同じ日に同じ場所へ行くのに、なんで私は1人で特急列車なんかに乗らなきゃいけないんだろう?
駅まで送ると言ってくれた教授を断って、私はマグルの交通機関でキングス・クロス駅まで行った。
荷物は教授に軽くしてもらってはいるけれど、やっぱりトランク丸々1つというのはこの小さな身体にはかなりきつくて。
キャスター付きだからカートを借りずにそのまま引きずってどうにか9と4分の3番線まで辿りつく。
ホームへの入り方は教授にも聞いていたし、前世で読んだ夢小説の知識もあったから楽勝だった。
しっかし、長く連なったホグワーツ特急、本当に壮観だわ。
ウィキに全校生徒が約千人とか書いてあったけどほんとにそんなにいるんだろうか?
教授に買ってもらった白いワンピースとつばの広い帽子は、制服に合わせて買った茶色い革靴でもさほど違和感がなくて。
見送りのいない私はさっさと列車に乗り込んで、大きなトランクを引きずりながらうしろの車両へと歩いていった。
前の方はきっと、監督生だとか上級生だとかいわゆる権力者的な人が多そうだもんね。
最後尾というのもちょっと怖いから、うしろから2番目くらいの車両で誰もいないコンパートメントに早めに席を取った。
前世で一番私が嫌いなものが買い物だとするならば、二番目がなにを隠そう電車もしくはバスだったりする。
これはトラウマがどうとかいう話じゃなくて、単に私が乗り物酔い体質で、子供の頃には必ず気分が悪くなっていたからだ。
それでも成長してからはかなりマシになって、自分で車を運転するようになったらほとんどなくなったんだけど、嫌なイメージってのはそう簡単には消えてくれないんだよね。
これでもしもミューゼ・スネイプの三半規管が弱かったら、私が学校についてから最初にすることは、図書館で乗り物酔いの薬の作り方を探すことだと言い切る自信がある。
とまあ、走り出すまではそんなこんなでけっこうドキドキだったんだけど、幸いにしてミューゼは乗り物酔い体質じゃなかったみたいで。
動き出したあとに同じコンパートメントに数人の女子が乗り込んできたんだけど、互いに自己紹介したあとは ―― 名前を言った直後はいろいろ質問されたけど ―― とくに何事もなく、無事に終着駅に着いたようだった。
列車を降りてからは一緒に座った人たちとは別れて、ハグリッドが呼び集めていたイッチ年生の集団に紛れて。
暗い夜道を巨大な彼の誘導に従って歩き、小舟で湖を渡ると、やっと大きな城のシルエットが見えた。
うん、やっぱり凄いわ、ホグワーツ。
ここではほとんどの教科が移動教室になるはずだから、時間にゆとりを持って行動しないとすぐに授業に遅刻しそうだった。
案内役がハグリッドからマクゴナガル女教授に代わって、大広間近くの小部屋に通される。
寮と組分けの説明のあと、マクゴナガル先生がその場を去ると、私はいちおう言われたとおりに身づくろいをした。
制服のしわを伸ばして、肩までの長さにそろえた髪も手すきで整える。
もちろん魔法薬でくせ毛はちゃんと伸ばしたから、教授とおそろいの黒髪ワンレン(通じるかなこれ?)で親子であることが一目で判ってもらえるだろう。
「では、一列に並んで私のあとについてきてください」
再び現れたマクゴナガル先生が声をかけると、入口近くの生徒から次々に部屋を出ていった。
その中にはハリー、ハーマイオニーっぽい子、たぶんロンだと思われる子、ドラコらしき子なんかがいた。
私は戸惑う子を前に入れてあげて、いちばん最後に並んで部屋を出る。
大広間は天井が高く夜空色に染められていて、数多くの灯りがふわふわと浮いていた。
目の前にはたくさんの在校生と、うしろに先生方がいて、組分け前の子供たちに視線を向けている。
キョロキョロするのはみっともないからさりげなく視線を移動させて教授を探す。
教授はちゃんと私を見てくれていた。
視線が合うと、軽く目くばせしてきたから、私はわずかに微笑んで顔を前に向けた。
帽子の歌が終わると、マクゴナガル先生が名前を読んで、呼ばれた生徒に帽子をかぶせていく。
寮が決まれば在校生と先生方の拍手に送られてテーブル席へと走っていく。
その中でひときわ大きなざわめきに包まれたのがハリー・ポッターだ。
ハリーは一瞬戸惑った様子だったけれど、帽子をかぶせられてからは周囲の視線は気にならなくなったようで、帽子とぶつぶつ会話してるらしいのは傍から見ていてもよく判った。
「グリフィンドール!!」
帽子が叫べばほっとしたような笑顔を見せて席へと走っていく。
その様子を見守っていたら、テーブル近くで振り返ったハリーが私を見たような気がして。
まあ、今のところ魔法界でハリーの友達といえるのはロンと私くらいだから、多少なりとも私の組分けは気になるんだろう。
周りに気づかれない程度にハリーに笑みを返して、私は再び組分けに集中した。
「スネイプ・ミューゼ」
やっと私の名前が呼ばれて、ハリーの時ほどではないにしても他の新入生とは違ったざわめきが起こる。
注目されてるのが判ったから、私はできるだけ慌てないように前へ出て、椅子に腰かけた。
「スリザリン!」
え? ってか、いきなりですか!?
なんかほとんど帽子をかぶせられた感触がなかったんですけど!?
いやいや、スリザリンに決まってくれたのは正直うれしいけれど、一生に一度の儀式なんだからせめて一言二言くらい帽子と会話したかったんですけど!
決まってしまった以上ここに座ってても儀式の邪魔になるだけなので、私は転ばないように立ち上がってマクゴナガル先生に目礼、教員席にも目礼したあとスリザリンのテーブルへ行った。
とりあえずちらっと目に入った教授が満足そうな顔(判りづらいけど)をしててくれてよかった。
教授にはどの寮が、とも言われてなかったけど、やっぱり内心はスリザリンに入って欲しいと思ってただろうから。
壇上では次の人の儀式が始まってたのだけど、私が近づくとスリザリンの寮生たちは再び拍手で迎えてくれた。
案内役に立っていた監督生らしい先輩に声をかけられる。
「スリザリンへようこそ、Ms.スネイプ。我々は君を歓迎する」
「ありがとうございます」
「向こう側の空いている席へ」
「はい」
監督生が指示してくれたあたりに近づくと、空席の隣にいた先輩が椅子を引いて私を座らせてくれた。
組分けの儀式はそろそろ終わりなのだろう。
新入生の最後の1人がスリザリンに決まって、彼が拍手の中席につくと、長いひげを伸ばして半月眼鏡をかけたダンブルドア校長が立ち上がって簡単な挨拶をした。
もしかしたら校長は、在学中だった数十年前、当時の校長のあいさつが長くて辟易した経験でもあるのかもしれない。
ぱっと見まわしたところ、新入生は程よく在校生の合間合間に席をあてがわれたようで。
ドラコ・マルフォイは斜向かいのあたり、最後に決まったザビニは二つ席をはさんだ向こうに座っていた。
あと私が判りそうなのはパンジーくらいかな?
でも、彼女を見分ける前に食事がテーブルに並んで、いくつかをお皿に乗せるとそれを待ってたのか隣の男子の先輩が声をかけてきた。
「Ms.スネイプ、君はスネイプ先生の親戚かい?」
「はい。娘のミューゼです。父がいつもお世話になってます」
「あ、いや、お世話になってるのは僕らの方だから ―― 」
その先輩を皮切りに周りにいた何人かの先輩が自己紹介してくれたけど、正直頭に入ってはいなかった。
ごめん、人の名前を覚えるのは昔から本当に苦手で。
特に洋風の名前はほんとに覚えづらくて、翻訳小説なんかもいちいち登場人物欄を見返さないと誰が誰だか判らなくなっちゃうんだ。
そのうちちゃんと覚えるだろうと、その場では笑顔でよろしくお願いしますと言っておいた。
食事の間、私が訊かれたのは、私自身のこともだけど教授についての方が数的には多かったんじゃないだろうか。
「スネイプ先生は家でもあんな感じなのかい?」
「あんな、が私にはよく判らないですけど、たぶんほとんど変わりないと思います。むしろ父については皆さんの方が詳しいんじゃないでしょうか?」
「どうして? 君はスネイプ先生と一緒に暮らしてるんじゃないの?」
「長期休暇の時には帰ってきますけど、学校がある間は週に数時間顔を合わせるくらいですよ。父は基本的に寝泊まりはこちらでしてますから」
よく考えれば誰にも思い当たることはあるのだろう。
スリザリン寮の生徒なら就寝前に質問をしに行くこともあるだろうし、監督生なら夜の見回り当番を教授がちゃんと勤めてることも知ってるだろう。
「失礼だけど、お母様は?」
「私が物心ついたときには既にいませんでした。家の屋敷しもべ妖精によれば、1歳を過ぎた頃にはもういなかったらしいですけど」
「そう。……ごめん。つらいことを訊いたね」
「お気になさらず。私にとってはあたりまえの境遇ですから。 ―― 両親が禁断の恋で結ばれて、なにかの理由で引き離されたとか、そういうドラマチックな展開なら面白いんですけどね」
ちょっとおどけて言うと、いつもの仏頂面の教授で想像したのか誰かが噴き出すように笑って、重くなりかけていた空気が少し和らいだ。
私は根本のところではかなり人嫌いが入っているのだけど、マグルの学校へ通った6年間で子供の扱いは否応なしに慣れた。
前世では20年以上社会人をやってたこともあって、大人同士の付き合いもある程度は学んでいる。
11歳の子供としてクラスメイトとガチで親友、とかはたぶん無理だけど、表面的な付き合いならそれなりになんとかなるんじゃないかな?
寮の先輩方も私のことは“大人っぽい新入生”程度には思ってくれたようだったから、教授の娘でもあるし多少は可愛がってくれるんじゃないかと思う。
入学式が終わって地下の寮に案内されると、私は4人部屋で他の3人は聞いたことがない名前だった。
軽い自己紹介と互いのベッドだけを決めたあと、トランクを開けて衣服をすべてクロゼットに移す。
同室の子が1人猫をペットに連れてきたらしくて、見慣れない部屋に戸惑ったのかしばらくは鳴き声が聞こえていた。
でも私も疲れていたのだろう、いつの間にか寝入ってしまっていたようで、はっと気がついたときには懐中時計の針は朝の6時を指していた。