前世で私が一番嫌いなものを挙げるとすれば、それは“買い物”だった。
なぜかというと、私は物心ついたときからずっと、自分が選んで買ったものに対して母に文句を言われたことしかなかったから。
おかげで私は、小学校の修学旅行でもお土産1つ選ぶことができなかったし、45歳だったあの頃も着る服はほとんど母が選んで買ってきたものだったりする。
私にとって買い物はトラウマで、だから私は、この日を迎えるのが苦痛以外のなにものでもなかったのだ。
「なぜそんな顔をしている」
「……いえ」
「具合でも悪いのではあるまいな?」
「……大丈夫です」
買い物は大きく分けて、制服、鍋や筆記用具などの学用品、教科書、杖の4種類。
うち制服と杖は私自身が出向かなければ始まらない。
おそらく教科書もこの時期は通販などできないだろう。
(もっとも、本に関しては母は口出ししてこなかったため、唯一本屋だけはトラウマの対象から除外されてたりする)
残る学用品だけ通販で済ませるというのもおかしな話なので、私は覚悟を決めて、教授にくっついて姿くらましをした。
私にとって人生二度目のダイアゴン横丁は、一度目とは違ってたくさんの人で賑わっていた。
多くは学生とその両親だ。
私ははぐれないよう、教授の腕につかまって、人にぶつからないように少し教授のうしろを歩いていた。
すれ違う学生が教授に気づいて目礼していく。
通り過ぎたあと、一緒にいる両親に教授のことを話しているのだろう姿も見えた。
教授の腕にはりついた私を見てあからさまに驚いた顔をする生徒もいる。
それだけでも、教授がふだん学校でよもや子持ちとは思われていなかったことがうかがえた。
(ええっと、確か教授って、今年31歳とかだっけ?)
いちおう誕生日にはさりげなくお祝いしてはいる。
(奇跡的に教授の誕生日覚えてた自分グッジョブ!!)
でも年まで数えてなかったから、なんとなく頭の中で計算してみる。
ホグワーツの教師の中ではとうぜん若い方だから、何百人もいる女子生徒の中には、教授みたいな男性が好みの変わった子もいるのかもしれないな。
……なんだかちょっとおもしろくない。
まさか学校で恋の告白とかされてたり……!?
べ、べつに教授が幸せになりたいと思うなら邪魔したりはしないけどさっ、私はたった1人の娘なんだから、週末のコミュニケーションの時間だけは断固として死守させてもらうよ!
と、そんなよけいな妄想をしているうちに、教授が目指す一つ目のお店についたみたいだった。
「まずはこの店で制服の採寸をしてこい。その間に鍋を買っておいてやる」
「……はい」
「なぜ今日はそんなに機嫌が悪い」
「……行ってきます」
「……」
教授とは目を合わせずに目の前の洋服屋を睨みつける。
たぶんハリーとドラコが初めて出会った店だ。
看板には『マダム・マルキンの洋装店』とあって、新入生らしい子供やその親、それよりちょっと大きな生徒がガラス越しに何人か見えた。
ひとつ深呼吸して足を踏み入れると、すぐに女性店員が飛んできて、順番に採寸するから少し待つように言って私を誘導してくれた。
椅子に座って、窓の外を眺めながら、再び大きなため息をつく。
買い物に来るたびに毎回思う。
やっぱり私は買い物が嫌いだ。
なかでも特に洋服を買うのが嫌いで、仕事で使うスーツなんかはほとんどネット通販で済ませていた。
下着関係も同じで、靴だけはしょうがないから近くの靴屋か、そこがつぶれてからは仕事帰りにデパートへ寄って適当に選んで。
もちろんファッションセンスなんか皆無だったから、Gパンとスーツの間のお出かけ着なんかぜんぜん持ってなかったんだよね。
(それで困らなかったのは単に私が仕事以外で引きこもりだったからだ)
生まれ変わってからもそんな調子で、マグルの学校へ行ってた頃の普段着はメイミーにカタログで選んでもらったのを通販してたんだ。
ホグワーツに行ったら、専属コーディネーターのメイミーはもういないんだよね。
授業中は制服だからいいとして、普段着も今のうちはメイミーが選んでくれたマグルの服を着回せば大丈夫だろうけれど。
これから文字通り成長していく私は、いずれはこの欠点も克服しなきゃならないと思うとかなり憂鬱だ。
(なんだかんだいって教授もけっこうお洒落だしね)
ふだん黒づくめだからあまり目立たないけど、服装にところどころこだわりがあるのは素人目にもよく判る。
私も、せめて教授の娘として恥ずかしくない程度にはセンスを磨くべきなのだろう。
順番がきて採寸を終える頃には教授も店に戻ってきていた。
後日出来上がった制服の送り先を店員に伝えて代金を払ったのだろうと推察する。
買うと言っていた鍋は持っていなかったから、もしかしたら家に置いてきてくれたのかもしれない。
「次は杖を買う」
「……はい」
「……」
杖か。
確かこれも選ぶのに時間がかかるんだよね。
人によってはすんなり決まるのかもしれないけれど。
なにより私はこの空気にすっかりうんざりしていたから、相変わらず視線を集める教授の腕にしがみついたまま、ずっと下を向いて歩いていった。
幸いなことに、私の杖は3本振ったところであっさり決まってくれた。
「イチイの木にユニコーンのたてがみ、26センチ。振りやすい」
「ありがとうございました」
「こちらこそ。お嬢さん、いい魔女におなりなさい」
「はい」
オリバンダー老人に優しく微笑まれて、私のテンションも少しは上がった。
もちろん杖選びにさほど時間がかからなかったのがいちばんの理由だったのは間違いない。
ようやく少しだけ余裕が出てきて、顔を上げると、私と目を合わせた教授がふうっとため息をついた。
「教授?」
「……少しは機嫌を直したか?」
「……はい?」
「いったいなにが気に入らん。我輩と歩くのがそんなに嫌かね?」
……えーっと。
つまり教授は、今日私のテンションが低いことを今までずっと気にしてくれてた、ってことなのかな?
「……すみませんでした。ご心配をおかけしました」
「謝れと言っている訳ではない」
「はい。教授と一緒にいるのは嬉しいです。ただ、少し不安になってしまっただけです」
「なにをだ」
「メイミーがいなくなってしまうことです」
「……」
間違ってはいないはずだ、うん。
すごくいろんなものをすっ飛ばした気がするけど、いちばん簡単に説明できて、かつ11歳の女の子がさほど恥ずかしいとか思わない理由はこれだけだから。
メイミーが私の母親代わりだということは、私はもちろん教授だって認めざるを得ない事実だろう。
11歳の女の子が母親と別れて暮らすことを不安に思うのは、世間的に見てもおかしなことじゃないはず。
ところが。
一瞬驚いたような表情を見せたあと、なぜか教授は思いっきり私を睨んできて。
私がびくっと震えると、教授は私を引き離して、踵を返した瞬間姿くらましをしちゃったんだ!
え? えぇ!?
まさかこのタイミングで、こんな公共の往来に娘を放置ですか教授!?
場所は杖屋の店先からちょっと歩いたところで、本当に道の真ん中だったから、とりあえず杖屋のあたりまで引き返して。
さすがに一生放置されることはないだろうから、迎えに来てくれることを信じてそこで待つことにする。
……なにか、私の言葉に気に障る部分があったんだろうけど。
怒るのは構わないから、せめて私をこの買い物地獄から解放したあとにしてほしかったです。
人間、立ってるのと歩いてるの、どちらが辛いといえばぜったい立ってる方だと思う。
ボーっとしながら往来を眺めていると、ものすごく大きくて髭もじゃのおじさんが向こうから歩いてきて。
思わず目が合ったから軽く目礼すると、見られることには慣れてるのか特に因縁をつけられることもなく通り過ぎて、うしろの杖屋に入っていった。
あれがきっとハグリッドだろう、うん、間違いない。
私はハグリッドが杖屋に入っていく意味にその時は気付かなかったんだけど、しばらく経ったあと、再び出てきた2人と目が合って。
連れの少年にも目礼して微笑むと、なぜか彼は私の方に歩いてきたんだ。
「ねえ、君、さっきからずっとここにいるよね」
くしゃくしゃの黒髪と眼鏡の奥には緑の瞳、痩せてもしかしたら私よりも少し小柄かもしれない男の子。
……なんで会っちゃうかなぁ、ハリー・ポッターだよ、原作主人公の。
そういえば7月31日はハリーの誕生日じゃないか。
実は明日8月1日が私の誕生日だからハリーの誕生日とかぜんぜん気にしてなかった。
「あ、うん、ちょっとね」
「待ち合わせ? にしてはなにも持ってないし、こんなベンチも目印もなにもないところでってことはないよね。もしかして迷子?」
「……限りなく正解に近いけど違います」
保護者に置いていかれてはや1時間。
私はさほど小さな子供ではないので今まで周囲には放置されていたけれど、そろそろ声をかけられておかしくないくらいには時間が経ってしまったようだ。
「実は父とけんかして怒られちゃって。ここにいることは判ってるから、そのうち迎えに来てくれると思うんだけど」
「もしかして置いていかれちゃった?」
「うん」
「そうなんだ。……君も大変なんだね」
しみじみ言われてしまう。
どうやら私、幸薄いはずのハリー・ポッターにすら同情されてしまったみたいです。
「僕、ハリー・ポッター。君は? ホグワーツの新入生?」
「うん。今年入学するの。ミューゼ・スネイプ」
「スネイプだと!? まさか、魔法薬学のスネイプ先生か!?」
「はい。セブルス・スネイプは私の父です」
私の名前を聞いてうしろから口を挟んできたハグリッドにも笑みを返す。
どうやら森番のハグリッドも、スネイプ教授に娘がいることは知らなかったらしい。
教授はいったいどこまで秘密主義なんだろう。
「おまえさん、ずいぶん苦労しちょるみてえだな」
「いえ、それほどでもないですけど」
「ハグリッド、ミューゼのお父さんって怖いの?」
「あ、いや、その。……生徒の間ではちいっと厳しいことで有名な先生だな、うん」
ハグリッドは精いっぱい言葉を選んだようだ。
もっともそうと聞いたハリーはそれまで以上に不安を覚えてしまったみたいだけど。
「おれはルビウス・ハグリッドだ。ホグワーツで森と鍵の番人をしちょる」
「Mr.ハグリッド、父がいつもお世話になってます。ミューゼ・スネイプです」
「ハグリッドでええ。ミューゼ、なにか辛いことがあったら、遠慮なく森の小屋へ訪ねてこい。いいな?」
「ふふふ……ありがとうございます」
「ミューゼ、僕のことはハリーで。入学したらよろしくね」
「うん。ありがとうハリー」
「……同じ寮に入れるといいね」
「さあ、どうだろう? 私が入りたいのはスリザリンだから」
「スリザリン!? どうして!!」
「ハリー、スネイプ先生はスリザリンの寮監をしちょるんだ。……人にはいろいろ事情がある。そろそろ次へ行くぞ」
まだまだ心配そうに私を見つめるハリーをハグリッドが促して。
お互いに別れのあいさつを交わして、2人は往来に消えていった。
……ん、まあ、たぶん大丈夫だろう。
原作通りならハリーはグリフィンドールになるはずだし、勇気もクソもない私がグリフィンドールに組分けされることはないだろうから、これ以上ハリーの物語に関わることにはならないだろう。
それからさらに40分余り。
そろそろ周囲の視線がヤバいんじゃないだろうかと思っていると、ようやく長身の黒づくめが人ごみの間に見えてきた。
「教授、おかえりなさい」
「……ずっとここに立っていたのか?」
「迷子が動いちゃいけないのは子供の常識です」
「……行くぞ」
さすがに立ちっぱなしで足が限界だった私は、教授の腕につかまるときに倒れ込むような形になってしまって。
気付いた教授は、ことさらゆっくり足を進めてくれた。
辿りついたのは文房具屋でも本屋でもなく、喫茶店のようなお店だった。
いちばん奥のテーブル席に座って勝手に紅茶を二つオーダーしてしまう。
まあ、私を気遣って、というのもあるんだろうけど。
私と離れていた間に教授が喉を潤したり休んだりしていたとは思えないから、教授自身も座って休みたかったんだろう。
真夏の炎天下に2時間放置された私の方は、体内の水分のほとんどが汗になってしまったようで、店に入ってもトイレに行きたいとは思わなかった。
長い沈黙のあと、教授はやっと口を開いた。
「なにか我輩に言いたいことは?」
「私の言葉が気に障ったのなら謝りますが、教授がなにも言わなければなにを謝っていいのか判りません」
「……」
親に対する言葉にしては生意気で、いくぶん反抗的ではあったけれど、正論だ。
じっさいあの時教授がなにに対して怒ったのか、私には判らなかったのだから。
「……馬鹿者」
「……はい……?」
「おまえが今言うべきなのは、買い物の途中で保護監督責任を放棄した我輩への文句の言葉だ」
「……はい」
……えーっと。
ものすごく判りにくいけど、これって教授、私に謝ってるつもり、なんだよね。
私が見かけどおりの年齢だったら判らなかったかもしれないよ。
「それで、おまえが朝から不機嫌だった理由はなんだ」
「さっきも言いましたけど ―― 」
「それだけではあるまい」
「……買い物が、苦手です」
ああこれ、間違いなく教授、メイミーに話を聞いたな。
そもそも屋敷しもべ妖精って、主人の命令を果たすことが生きがいで、命令を果たせないことがものすごく苦痛に感じるらしくて。
以前から感じてたことではあるのだけど、教授は私が平日になにをしているのかよく知ってる節があるから、おそらくメイミーに私の様子を報告させてるんだと思う。
そんな彼女になにかを口止めするのって、ほとんど不可能なんだよね。
(私が言えるのは『教授に具体的に訊かれるまでは黙ってて』ってだけなんだ。じゃないと私と教授と二つの命令の間でジレンマを起こすから)
つまり教授には、私が買い物、特に洋服を買うのが嫌いだってことがバレちゃった、ってことだ。
「理由はなんだね?」
「……決断力がないんだと思います。迷ってしまって、思い切って買うことができません」
「決断力の欠如。優柔不断。それは、自分が決めたものごとに対する責任感の欠如につながる。これから社会で生きていく中で、責任感の欠如は致命的な問題だ。判るかね?」
「……はい」
あたりまえのことだ。
責任感のない人間なんて、社会に出てもやっていける訳がない。
まあ、私の場合は責任感がどうのというよりは、過去のトラウマが問題なんだけど。
前世で受けたトラウマの話ができない以上、そう取られてしまうのは仕方がない。
教授は懐から財布を取り出すと、テーブルの上にガリオン金貨を5枚出して、積み上げた。
訊ねるように見れば憮然とした顔で言ったのだ。
「小遣いだ。これから毎月5ガリオンをおまえに与える」
「……多すぎると思います」
「少なくては訓練にならん。これは、おまえが責任感を養うための試練だ。おまえは毎月必ず5ガリオンを使い、小遣い帳をつけろ ―― 」
そのあとの教授の説明を要約すると。
私はこれから文房具屋へ行って、このお金で文房具の他に小遣い帳を買う。
その月に使ったお金の記録を残して、翌月の月初めに教授に見せてまたお小遣いをもらう。
1ヶ月に必ず4ガリオン以上は使い、もしも1ガリオン以上繰り越す場合にはその理由を書く。
(たとえばクリスマスプレゼントのために貯蓄とかそういうことでいいらしい)
品名は可能な限り記入するが、書きたくなければ書く必要はない。
(たぶん生理用ナプキンとか教授への誕生日プレゼントとかそういうたぐいのことだろう)
今日はまだ7月だけど、明日から8月だからこの5ガリオンは8月分でいいらしい。
ホグワーツへ行ってしまうと買い物する機会自体がなくなるのだが、それでも通販やら何やらで必ず買い物はしなければならないのだそうだ。
「寮生活で毎月5ガリオンを使うのは無理です。せめて3ガリオンになりませんか?」
「洋服、本、魔法薬の材料、買うものはいくらでもある。なんなら新聞や雑誌の定期購読でもしたまえ」
「無駄なものを買って散財するのは嫌です」
「無駄かどうかは自分で見極めろ。月5ガリオンを改める気はない」
「……判りました」
……たいへんなことになってしまった。
なんで私は、嫌いなはずの買い物を強要される羽目になってるんだろう?
渡された5ガリオンをポケットへしまうと、そこで話は終わり、食べそこなってしまった昼食の代わりに簡単な食事を取った。
食べ終えて外へ出ると、日差しはずいぶん低くなっていた。
「教科書は我輩が買う。おまえはその金で文房具を揃えたまえ」
「アドバイスが欲しいんですが」
「よかろう」
教授は一緒に文房具屋についてきてくれて、私に使いやすい羽根ペンななんかを教えてくれて。
私はここで一気に1ヶ月分の買い物するつもりで、金に糸目をつけずに高い羽根ペンをわんさと買った。
買い物は嫌いなんだけど、教授にいろいろ聞きながら品物を見るのは、そんなに悪くないと気付いたんだ。
やっぱり私が嫌いだったのは買い物そのものじゃなく、母にさんざんぱら文句を言われることだったらしい。
お小遣い帳になりそうなノートと教科書を買って自宅に戻ると、メイミーが作った夕食がすでにテーブルに並んでいた。
そして、なぜかソファに出かける時にはなかったいくつかの紙袋が置いてあった。
「1日早いが誕生祝いだ」
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「部屋で開けて着替えてこい」
「はい」
部屋で包みを開けたついでに着替えて来いって意味だと思ったんだけど。
紙袋を開けたらそれはぜんぶ洋服で。
どうやら教授は、私が買い物嫌いと聞いてわざわざ買ってきてくれたらしい。
しかも私がコーディネートしやすいように袋ごとに一式ずつ分けてくれてるし。
不器用で、寡黙で、いまいち怒りのポイントが判りづらい人だけど。
私はほんと、いい父親を持ったな、と実感した。
軽くシャワーだけ浴びてから、春夏用らしいワンピースに袖を通す。
清楚な感じの白いワンピースはきっと教授の趣味なのだろう。
サイズがぴったりなのは変な理由じゃなく、買った店が制服を注文した服屋だったからだと思う。
「お待たせしてすみません」
「……いや」
「洋服をありがとうございました。すごく嬉しいです」
「そうか」
「はい!」
もちろんこういう服を着ることはあまりない。
私は黒髪のくせ毛で、実は床屋も嫌いなためけっこう伸ばしてたりするんだけど、服がこうなら髪もやっぱりストレートの方が可愛いような気がする。
「教授、くせ毛を治す魔法薬はありますか?」
「ないこともないが」
「もし資料を持ってたら貸してください」
「……あとで部屋に取りに来い」
「はい」
買い物が終わったせいもあるだろうけど、なんだかだんだんホグワーツへ行くのが楽しみになってきたよ。
このくせ毛が治ったら、ストレートの教授とももっと親子っぽくなれるかもだし。
食事と恒例の肩もみタイムのあと、私は部屋で今日の分のお小遣い帳をつけて。
眠る少し前に教授の部屋へ行くと、書類から顔だけあげてテーブルの上を指差した。
「そこに出しておいた」
「ありがとうございます。お借りします」
「作り終えたら使う前に見せにこい」
「はい。判りました」
軽くパラパラとページをめくって、すぐには見つかりそうにないから邪魔にならないうちに帰ろうとすると、教授は書類に切りがついたのか立ち上がった。
手にはなにかの箱を持っている。
「入学祝いだ」
「え?」
「驚くことでもあるまい」
「……はい」
まさか同じ日に2回もプレゼントをもらえるなんて思ってなかったし。
促されて箱を開けると、中には銀の懐中時計が入っていた。
「時間厳守で、と?」
「そういうことだ」
「はい、気をつけます。お気遣いありがとうございました」
「……もう一つ話がある」
私は少し首をかしげて、どうやら話しづらいらしい教授の次の言葉を待った。
―― なんとなく、判ってたような気がする。
「……おまえと同じ学年で、ハリー・ポッターが入学してくる。名前は知っているな?」
「……はい」
「おまえは、奴には近づくな」
「……はい。判りました」
まあ、もう近づいちゃってはいるんだけど。
教授もこう言ってることだし、今後はできるだけ接触しないようにしよう。
もともと原作に関わる気なんか私にはなかったんだから。
「理由を聞かずに納得できるのかね?」
「理由のうち少なくとも一つは私の身の安全のためです。それだけ判れば十分納得できます」
「……」
「できるだけ近づかないようにします。だから私のことは心配しないでください」
最後はことさら明るい声で言って、私は教授の部屋を辞した。
これからは教授はハリーを守らなきゃならないんだから、できるだけ私に気を取られないでハリーに集中して欲しいから。
けっしてさびしくない訳じゃないけれど。
教授にはやっぱり、原作のままのかっこいい教授でいて欲しいって、私は思うんだ。