おばさんは薬学教授の娘に転生しました。   作:angle

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幼少期7

 

 

私と教授との親子関係は、たぶん私が木から落ちて怪我をする以前よりはずっと安定したものになったと思う。

教授は事故そのものやそのあと医者から怒られたことについていろいろ考えて、私に対してできないことを叱ったり感情をぶつけることをできるだけ抑えているようだったし。

私自身はさすがにもう子供じゃないから、教授が機嫌を損ねたら理由もなんとなく察せられるし、ある程度相手の性格に合わせた対処法だって判ってる。

長年男社会でOLからお局様までこなしてきたからね、ふだんは適当に聞き流して、必要なところで意見を言うその絶妙なさじ加減なんかも身についちゃってたりする訳です。

 

 

私が変わった ―― たぶん反抗したり怯えて泣いたりしなくなった ―― ことで教授もかなり楽になっただろうし、読み聞かせや薬学という共通する話題を持てたことで多少は会話も増えたのだろう。

でもそれだけで、私と教授の間には無駄な会話というものはほとんどなかった。

まあ、私自身、もともとあまり人付き合いは得意な方じゃなかったからね。

(だいたい私の第一印象ってほぼ『とっつきにくい』だったし。最近では仕事以外の時間はずっと引きこもりで友達もいなかった)

たぶん根本のところで私と教授は似たところがあって、それがいい意味でも悪い意味でもお互いの関係を安定させていたのだろうと思う。

 

 

クリスマス休暇が終わって、イースター休暇は試験の準備などで忙しいのか教授が寝泊まりに帰ってくることはなく、夏休みまでの間は土曜日の夜だけが私と教授の親子の時間になった。

私はとにかく言葉を覚えたかったから、禁じられてないのをいいことに教授の部屋を家捜しして、やっと広辞苑並みの分厚い辞書を探しあてて。

メイミーに鉛筆とノートも取り寄せてもらったから、必死になって文字と単語と発音を練習していったんだ。

勉強するにあたって子供の脳はかなり優秀だったから、努力の甲斐あって夏休みに入る頃には私は教授の部屋の薬学の本をそれなりに理解できるまでになっていた。

 

 

問題があるとすれば知識が薬学に偏ってしまっていることだろうけれど、教授と会話するという意味ではさほど問題ではない。

でも、たぶん教授自身はそうじゃなかったんだろう。

学生の夏休みが始まって数日後に教授も休みに入ったようで、迎えた私に教授は言ったんだ。

 

 

「おまえは9月からマグルの学校へ行け」

 

 

え? 私、8月の誕生日が来て5歳になるんだよね?

行くのは構わないけど、今の年齢だと通えるのは幼稚園なんじゃないだろうか?

 

 

「5歳でも入れるんですか?」

「マグルの学校では5歳が1年生だ。魔法学校とは違う」

「……はい。判りました」

 

 

どうやらイギリスと日本とでは根本的に教育制度が違うらしいです。

いずれにしても、私はまだ魔女なのかスクイブなのかはっきり判る年齢じゃないから、もしもスクイブだった時のためにもマグルの学校に入学するのは間違いじゃないのだろう。

もっともダンブルドア校長ならすでに知ってるのかもしれないけど。

 

 

 

そんなこんなで夏休みは入学の準備でけっこう忙しかった。

もちろん私がじゃなくて教授がだ。

おかげでクリスマス休暇の時のようなまったり感はあまりなくて、どことなく落ち着かないまま過ぎていって。

9月1日の入学式は午前中だったから一応出席してはくれたけれど、式が終わると今度はホグワーツの入学式があるため教授はすぐに文字通り飛んで帰ってしまった。

 

 

 

 

結果的には、私はマグルの小学校へ行けてよかったと思う。

たくさんの人たちとの関わりの中で言葉も覚えられたし、人との付き合い方も思い出した。

それなりに身体を鍛えることもできた。

教授は相変わらず仕事で忙しくて学校行事のほとんどに出席してくれなかったけれど、毎週土曜日にはふつうの親子のように学校での出来事を話題にして会話することもできた。

 

 

言葉さえ覚えてしまえば学校の授業内容自体は問題にならなかったから、放課後はすぐに帰ってきて料理や魔法薬の勉強をして。

夏休みやクリスマス休暇には教授の助手をして、やがては簡単な調合なら任せてもらえるようにもなった。

もちろん教授は厳しい先生だったから、魔法薬に関わっている時には遠慮なく怒鳴りつけられたけど、私はもう初めて教授に怒鳴られた時のように泣いたりはしなかった。

言葉が増えた私は理不尽なことがあれば遠慮なく言い返したから、時には睨み合いの喧嘩に発展することもあったけれど、それも教授と私の距離が少しずつ縮んでいる証拠だと思うと無性に嬉しく感じられた。

 

 

学校へ行き始める前にはどこか上司と部下のような立ち位置で安定していた関係は、私が成長していくに従って、少しずつ親子へと近づいていったのだと思う。

でも、心のいちばん真ん中のところではやっぱり私と教授はよく似ていて、他人にはぜったいに踏み込ませない何かを持っていたし、相手のそういう部分に踏み込む勇気は持っていなかった。

私は自分に前世の記憶があることをぜったい誰にも知られたくないと思っていた。

そして教授も、私を産んだ母親のことや、ハリー・ポッターとその母親のリリーのことについては、一度も話してくれようとはしなかった。

 

 

たぶん私は、自分の母親のことについて、教授に訊ねるべきだったのだろう。

ふつうの子供ならば成長するにしたがって母親がいないことに疑問を抱くものなのだから。

でも、ここが大人のずるさなのだろうけれど、教授がそれを訊かれたくないと思ってるのが判ってしまうのだから仕方がない。

母親について、教授が少なくとも1回はそういう行為をした女性がどんな人なのか気にならないと言ったら嘘だけど、けっきょくそれ以上の興味ではないから、教授の機嫌を損ねてまであえて訊きたいとは思わないんだ。

 

 

私はただ、教授に娘として愛されていればそれで満足で。

私は教授をたった1人の父親として大切にできればそれでいい。

そう、できればハリーがホグワーツを卒業してからもずっと生きていてくれて、私はたぶん前世と同様結婚なんかしないだろうからずっとそばにいて、老後の面倒をみて最期を看取って。

もう十分父親との関係は堪能した、悔いはない、そう思って独りさびしく死んでいければいいんだ。

 

 

 

失いたくはない、けれど。

小学校を卒業するときには、もうあと7年なのか、と思ってしまった。

教授と過ごせる年月はいつの間にかもう半分が過ぎ去ってしまったのか、と。

 

 

「教授、おかえりなさい」

「ああ」

 

 

ローブを脱ぐ教授に駆け寄って受け取り、背伸びしてハンガーにかける。

テーブルに並んだ夕食の中には、実は私が作ったおかずもある。

日本人女性だった記憶があるからなんだろうけれど、ときどき無性に日本食が食べたくなることがあるんだよね。

今日作った白あえに使った豆腐は私が大豆から手作りしたものだったりする。

 

 

まあ、前世では料理なんてぜんぜんしたことなかったから、味の保証はできないんだけど。

でも教授は感想もない代わり文句も言わないので、出されたものはたとえどんな見た目のものであろうと黙って口に入れてくれた。

 

 

食事がすむと教授はソファで紅茶を飲むので、私はうしろにまわって教授の肩もみ。

絵本の読み聞かせタイムはいつしか肩もみの時間に変わっていた。

 

 

「先週無事に小学校を卒業できました」

「そうか」

「はい。それで、卒業あとの進路なんですけど」

「おまえは9月からホグワーツだ。校長にも了承を得てある」

 

 

え? 私、魔力あるのか?

実はこの年まで私の魔力が発動したような気配はない。

確かハリーは原作より前から周りで不思議なことが起こってたような気がするのに。

 

 

「私、スクイブじゃないんですか?」

「おまえの血筋でスクイブはない。おまえは間違いなく魔女だ」

 

 

教授が言い切ったってことはそうなんだろう。

ということは、私の母親は純血の魔女だってことだ。

……時期的に、お相手は教授が死喰い人だった時の同僚とかなのかな?

闇の帝王の部下には純血貴族が多いから、混血の教授とは禁断の恋とかで、なおかつ帝王が倒されるのと前後して死んだか捕まったかしたのかもしれない。

 

 

いよいよ原作が始まることについては特に何かがある訳じゃなくて。

私の目標はあくまで教授と親子になることで、本当に可能ならば教授の命を救うことだったから、原作に関わる気はまったくなかったりする。

だから寮はもちろんスリザリンがいいけど、私にスリザリンの資質があるかどうかはけっこう微妙なんだよね。

(大人なりの狡猾さはあるかもしれないけど、どちらかといえば私は正直者がバカを見るタイプだし)

まさかこの小心者の私がグリフィンドールになることはないと思うから、無難にハッフルパフあたりに入れてもらって、魔法薬の研究でもしながらのんびり過ごせればいいと思う。

 

 

「おまえは自分がスクイブだと思ってたのか?」

「え? あ、はい。私、自分の周りで自然に魔力が発動したことなんかなかったですから」

「あれは感情が不安定な子供だから起こる現象だ。おまえくらい感情が安定していたらまず起こらん」

「あ、なるほど。そういうことですか」

 

 

さすがに私は元45歳、あれから約7年で既に52歳になってる訳だから、感情の揺れ幅が子供のそれとは程遠いしね。

今でもときどきミューゼの感情を感じることはあるけれど、よほどのことがなければ理性を押しのけてくるようなことはなかったりする。

 

 

教授が紅茶を飲み干せば肩もみの時間は終わりで、教授は自室に戻って仕事を始めてしまう。

私はお風呂を使ったあとはたいていベッドの中で読書をして過ごしていた。

相変わらず教授は私が勝手に部屋に入ることを禁じないでいてくれたから、奥の本棚に隠すように置いてある闇の魔術の本なんかも簡単に持ち出せちゃったりして。

自分が魔女だと判ってもその中には使ってみたいと思うような魔法はなかったけれど、知識だけは相当数が頭に入ってるから、もしも今後自分がのっぴきならない状況に陥ったときにはけっこう頼っちゃうんじゃないかと思う。

 

 

でも、どれもこれも、死にゆく運命の教授を助けられるような魔法じゃなかった。

 

 

(やっぱり私は、教授にだけは死んでほしくない)

 

 

死にゆく人は教授だけじゃないけど、他の人は正直言ってどうでもいい。

たとえばもしも私がシリウス・ブラックの娘だったら彼を救いたいと思い、セブルス・スネイプのことはどうでもいいと思ったのかもしれないけれど。

私が教授のもとに生まれたのは単なる偶然だったのかもしれない。

でも、私が娘として7年間愛してきたのは確かに教授で、私を父親として7年間育ててくれたのは確かに教授だったから。

 

 

シリウスもリーマスも、好きなキャラクターではあったけれど。

私が生きていて欲しいと、ずっとそばにいて欲しいと思うのは、やっぱり教授だけなんだ。

 

 

(これから先の7年も、私は教授の娘としての人生を最大限優先して生きよう)

 

 

前世を思い出さなければ今の私とは違う人生を歩んだかもしれないミューゼ・スネイプのためにも。

私はミューゼ・スネイプとして恥ずかしくない人生を歩んでいこう。

 

 

 


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