おばさんは薬学教授の娘に転生しました。   作:angle

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幼少期6

メイミーは私にいつもよりも豪華なクリスマスディナーを作ってくれた。

あ、ちなみにメイミーにもクリスマスプレゼントを贈ったよ。

ただ、教授と同じ肩たたき券は、彼女には不要のものだったみたいだけど。

 

 

「ミューゼお嬢様のクリスマスカードをメイミーは一生大切にされますのでございます!」

 

 

ときどき使って欲しいと言う私に、メイミーはぶんぶん首を振って辞退を表明した。

 

 

 

とうぜん幼児の私にはディナーをぜんぶ平らげるなんてことはできず、おなかがいっぱいになったところで。

なぜかとつぜん教授が姿現しをして帰ってきたんだ。

慌てて身を隠すメイミーを横目で見送りつつ、私は少し驚きながらも教授に声をかけた。

 

 

「おかえりなさい、教授」

「これはおまえか?」

 

 

ローブを脱ぐこともせずにずいっと差し出されたそれは私が贈った肩たたき券だ。

そういえばカードには名前を書かなかったけれど、メイミーが封筒に入れてくれたようだったから、そちらに書いてあると思ってた。

 

 

「はい」

「なんだこれは」

 

 

……もしかして通じなかったのだろうか。

英語が間違ってたとか?

ひょっとして、イギリスでは子供が親の肩をたたく習慣自体がないとか、そういうオチなんだろうか。

 

 

「えっと、教授がつかれてたら、私が肩をたたきます」

「……」

「それを見せてくれたら、いつでもどこでもたたきます」

「……ならば今やってみろ」

 

 

教授はようやくローブを脱いで、ソファに横向きに座って私に背を向けた。

私はさっそく教授のうしろ、ソファの上に立ってこぶしを握る。

で、たたき始めたんだけど……。

 

 

「……ぜんぜん効かんな」

 

 

……すみません、私、自分が4歳児だってことを忘れてたみたいです。

私の柔らかいこぶしでは全力でたたいてもほとんど衝撃を与えることなんかできなくて。

すぐに私の手の方が痛くなっちゃったんだ。

 

 

「えっと、じゃあ、腰を踏みます。ここに寝てください」

 

 

教授を無理矢理ソファに寝かせて腰に乗る。

背もたれにつかまってバランスを取りながら必死に体重をかけるんだけど、しょせんは4歳児の体重で ――

 

 

「……無理だな」

「……ごめんなさい」

 

 

―― 労働力プレゼント作戦は完全に失敗だったみたいです。

 

 

軽く落ち込んでうつむいていると、さすがに少し気の毒に思ってくれたのか、教授の方から声をかけてくれた。

 

 

「もう少し大きくなったらな。それまでこれは取っておいてやる」

「……ほんとう?」

「ああ。……今は気持ちだけもらっておく」

「……ありがとう」

 

 

教授のフォローが嬉しくて自然に笑顔になる。

そんな私の表情を見て、教授はすっと視線をそらしてキッチンに紅茶を淹れに行ってしまった。

 

 

照れ屋さん、でいいのかな?

どっちにしても嬉しい。

だって、本当だったら今日は帰ってくる予定じゃなかったんだ。

それなのに、(もしかしたら私が変なカードを贈ったからかもしれないけど)少なくとも紅茶を飲む時間くらいは私と過ごしてくれるつもりになってくれたんだから。

 

 

教授は私にもミルクティを淹れてくれたから、ソファに座って ―― 私はカーペットに正座して ―― 一緒に飲んだ。

 

 

「教授、ご本、ありがとう。すごく嬉しかったです」

「そうか」

「はい」

「……それを飲み終わったら持ってくるといい」

 

 

それはもしかしてこのまま読んでくれるってことですか!?

あんまり嬉しかったから、早く紅茶を飲んでしまいたくて少し口をやけどしちゃいました。

 

 

部屋に戻って、絵本と薬学本とでちょっとだけ悩んだ。

うーん、薬学の本も気になるけど、寝落ちする前提だとやっぱり頭に入らないからね。

けっきょく迷った末に絵本1冊と薬学の本を持って再びリビングに戻った。

 

 

「なぜ2冊も持ってきた」

「……教授、明日はおうちにいてくれますか?」

「先に我輩の質問に答えたまえ」

「えっと、教授が明日もいてくれるなら今日は絵本で、今日だけならおくすりの本にします」

 

「……明日は休みだ」

「じゃあこのご本を読んでください」

 

 

私が薬学の本をテーブルに置いて絵本を差し出すと、教授はいつものとおり本を開いて、その横から私は広げた本を覗き込んだ。

 

 

今までの本は自分でも何度か読んだことがあったから、絵や文がちゃんと見えなくてもあまり気にしなかったけど。

今回の本は初めて見るもので、しかも今までよりも文字が小さかったから、私はいつもよりも教授にくっついて背伸びしながら覗き込んでいた。

読み始めた教授も私の仕草には気づいたのだろう。

少しの間読む声が止まって、訊ねるように顔を上げると、教授はいきなり私を抱き上げて膝の間に座らせてくれたんだ!

 

 

 

背後から私を抱え込むようにして、目の前に本を広げてくれる。

これでこそ読み聞かせの定位置だ。

でも、そんなことよりも私は、おそらく初めて感じる教授のぬくもりに胸がいっぱいになってしまったんだ。

 

 

前世の私の父は、ちょっと太めでたぶん教授ほど長身じゃなかったけれど。

ずっと忘れてた父との距離を私は鮮明に思い出していた。

……お父さん、なんだ。

ここに私のお父さんがいる。

 

 

絵本の物語はほとんど私の頭には入ってこなくて。

ただ、教授の低い声と身体を包むぬくもりだけを私は感じていた。

 

 

 

 

きっと私は安心してしまったんだろう。

気がついたときには既に朝になっていて、久しぶりに私はベッド以外のところで寝入ってしまったのを知った。

 

 

はっと飛び起きてメイミーを待つまでもなく着替えを探す。

もちろんすぐに彼女はきてくれて、私を手伝いながら、教授が自室にいることを教えてくれた。

既に朝食を済ませていてもおかしくない時刻だけれど、教授はまだ食事をしてはいないらしい。

間違いなく私が起きるのを待っててくれているのだろう。

 

 

支度が済むと私はすぐに教授の部屋を訪れた。

勝手に入ったことはあるけれど、昼間教授がいること自体が初めてだったから、こうして部屋に教授がいるのを見るのも初めてだった。

教授は部屋の机で書類仕事をしていたようで、私がノックをして入ると椅子から腰を上げた。

 

 

「おはようございます」

「ずいぶん遅いお目覚めだな」

「ごめんなさい」

「……」

 

 

もっといろいろ言いたそうではあるけれど。

二言目を我慢したらしい教授は、私の横を通って部屋を出ていこうとした。

私も教授のあとについて食卓へ行く。

テーブルには既に朝食の用意がされていて、私が椅子によじ登ると教授はいつものように椅子を浮かせてちょうどいい位置に動かしてくれた。

 

 

まあ、確かに朝寝坊ではあるけれど、4歳児と思えば睡眠時間が長いのはある意味しょうがないことなんだよね。

それとも木から落ちる前のミューゼちゃんはもっと早起きしてたのかな?

ということは今の私よりも早く寝ていたということだから、もしかしたら夜の読み聞かせの時間の分、以前より寝る時刻が遅くなってるってことなのかもしれない。

 

 

 

目覚ましをかけるなりして強制的に起きることはできるだろうけど、それなりに睡眠時間は確保しなくちゃだから。

……幼児の身体でも寝だめってできるんだろうか?

とりあえずクリスマス休暇の間くらいはなんとか早起きできるように頑張ろう。

 

 

朝食のあと、手と顔を綺麗にした私は、さっそく薬学の本を持って教授がくつろいでいるソファへと赴いた。

教授は私が規格外れの読書好きだと思ってるのだろう。

(まあ、じっさい読書は好きなのだが、少なくとも同じ絵本を何度も繰り返して読んでもらってるのはひとえにコミュニケーションのためだからだ。そこまで私はマゾじゃないぞ!)

喜々として魔法薬学の本を抱えてきた私を、教授は昨日と同じようにソファの膝の間に座らせてくれた。

 

 

教授はいつもよりも更にゆっくりと文章を読み聞かせてくれて。

私は教授の声を聞きながら単語を追って、知らない単語の発音を頭に入れようと頑張っていた。

真剣な、まるで学校の授業のような緊張した時間がしばらく続いた。

さすがに話し疲れたのだろう、章の区切りで教授が一息ついて、冷めてしまった紅茶を飲み干した。

 

 

「今日はここまでだ」

「教授、私、先が気になります」

「……内容が頭に入っているとは思えんのだが?」

「ぜんぶは覚えてないです。でも教授が疲れたのなら、今度は私が読みます」

 

 

攻守交代、続きを私が読み始めると、少しムッとしたらしい教授も黙って聞いてくれていた。

もちろん私はまだ英語をすらすらと読めるほどの語学力はない。

単語一つ一つを拾うように読むからゆっくりだったし、ときどきは発音を間違えたし、読めない単語もたくさんあった。

でも、私がつっかえれば教授はうしろから単語を読んでくれたし、判らない単語の意味を訊けば易しい言葉に直してちゃんと教えてくれたんだ。

 

 

うん、この本はこういうやり方の方が理解できそうだ。

もちろんペースは格段に落ちるし、トロすぎて教授がイライラしてるのもすごくよく判っちゃうんだけど。

 

 

私が読み疲れる頃には、読書を始めて2時間くらいが経過していた。

さすがに4歳の子供の集中力はこんなに持たなかったなと思い当たってちょっとだけ焦る。

できれば教授には私が45歳の精神を持ってるとは悟られたくないんだけど。

 

 

「 ―― か」

「え?」

「なんでもない」

 

 

教授が言った言葉を訊き返したのは、聞こえなかったのではなく単語の意味を知らなかったからだ。

でも教授は私に教えるつもりはないらしく、私の身体を隣に移動させて新しい紅茶を淹れるために席を立った。

とりあえず教授が私の精神年齢について疑問を持った感じではなかったことにほっとした。

……だって、もしも私が教授の立場だったら、我が子の中身が自分の母親と同年代とかぜったい嫌だし。

 

 

幸いにして私はもともと英語ができないから、4歳児の語彙で話してる限りバレる可能性は格段に低いと思う。

思ったことをちゃんと表現できないってのはかなりもどかしいけれど、それだけには感謝していいような気がするよ。

 

 

 

 

午後からは教授は仕事だと言って部屋にこもったので、私は心置きなく自室で惰眠をむさぼることにした。

まあ、昼寝は幼児の務め(?)だし。

ここできちんと眠っておけば、もしかしたら明日は早起きができるかもしれない。

 

 

 

 

とまあ、そんなことを思っていつもよりも長い時間昼寝をした訳なんだけど。

そうそううまくはいかないのが世の常というヤツで。

振り返ってみれば当然ではあるのだけれど、昼寝しすぎて夕食のあとはぜんぜん眠れる気配がなくなっちゃいました。

 

 

「またこれを読むのか?」

「はい。続きが気になります」

「……判った」

 

 

うんざりしたような口調だったけれど、娘が魔法薬学に興味を示すのは、実はまんざらでもないのだろう。

教授はまた私を膝の間に座らせて読んでくれて、試しに話を途中でさえぎって質問してみたけれど、溜息をつきながらもちゃんと解説してくれた。

 

 

 

 

その夜けっきょく寝付いたのはかなり遅くなってからだった。

眠る前にメイミーに目覚ましを頼んでおいたところ、ほんと寝付いて一瞬で起こされたんじゃないかと感じるくらい夜が早かった。

こんなふうに熟睡するのも大人になってからは数えるほどしかなかったような気がする。

 

 

「教授、おはようございます」

「ああ」

 

 

そうとう寝足りない感じはあったけれど頑張って支度をして教授に朝の挨拶をする。

もしかしたら教授の方もあまり寝ていないのかもしれない。

おそらく私を構いすぎたせいで必要な仕事が滞ってしまっているのだろう。

さすがにちょっとだけ申し訳なく思った。

 

 

今日は昨日教授が読んでくれたところを復習しながらひとりで読んでみよう、と予定を立てつつ食事をしていると、先に食事を終えて紅茶を飲んでいた教授が、私の食事が終わったと見て声をかけてきた。

 

 

「おまえは、魔法薬に興味があるのか?」

「はい」

 

 

素直に答えれば、教授は少しだけ視線を外して続ける。

 

 

「今日は魔法薬の調合をやる」

「はい。邪魔しないように大人しくしてます」

「それは結構。……我輩の邪魔をせず、大人しくできるなら、部屋で見ていてもかまわんが?」

 

「……はい!」

 

 

そう返事をした私はたぶん、嬉しさを全面に表わしたような笑顔だったことだろう。

だって、教授が私に調合を見せてくれるって、そう言ったんだ。

こんな、まだ4歳でほんとだったらうろうろちょろちょろ危なっかしい年頃の幼児の私を、調合という繊細な作業が必要な部屋に入れてもいい、って。

……もしかしたら、教授はあまり子供のことに詳しくなくて、4歳児の危なさを理解してなかっただけかもしれないけれど。

 

 

 

私自身は教授よりもいくぶん子供のことが判ってたから ―― 前世で友達の子供とかとは多少関わったりもしたし ―― 自分の危うさは十分理解していた。

この身体になってからは、大人にはなんでもない場所でも子供にとってかなり危険な場合がたくさんあることも判ってきた。

少し考えた私は、教授に頼んで食卓の子供椅子を調合部屋に運び込んでもらったんだ。

その椅子を鍋から少し離れた場所に置いてもらって、そこから教授の調合を見守ることにした。

 

 

座ってみると、目線は教授よりかなり下だけれど、調合用テーブルは食卓よりやや低いため十分に鍋の中を見ることができた。

 

ここなら私が暴れたり教授が椅子にぶつかったりしない限り危険はないだろう。

 

 

「これから作るのは『思い出し薬』だ。スムーズにいけば20分くらいで完成する」

「はい」

 

 

思い出し薬、って。

もしかして私の記憶を戻すような薬なのかな?

訊ねてみたかったけれど、それだけ言ってすぐに教授は作業に入ってしまったから、私は黙ったまま作業工程を見守った。

教授の調合テクニックは本当に鮮やかなもので、言ってた通り20分もかからないうちに薬は完成したようだった。

 

 

「あとは粗熱を取って瓶に詰めるだけだ」

「はい。ぜんぜん判らなかったけどすごかったです」

「そうか」

 

「……あの、その薬は、私が飲むんですか?」

 

 

教授は一瞬だけ目を見張ったあと、すっと目を細めた。

数秒間の緊張をはらんだ沈黙に包まれる。

……もしかして、私はまたなにか教授が気に障ることを言ってしまったんだろうか。

このところ教授が優しかったからちょっと油断してたかもしれない。

 

 

「……飲んでみるかね?」

 

 

教授は言って、引き寄せたゴブレットに少量の薬を移して、私に差し出してきた。

やっぱりちょっと怒ってる。

手渡されたゴブレットの薬はすでにかなり冷めていたから、私は中身を一気に飲み干した。

ちょっと癖のある味だったけど意外に飲みやすかった。

 

 

「どうだ。記憶は戻ったか?」

「……いえ、まだ」

「この薬でおまえの記憶は戻らん。これは年明けに生徒に調合させる『忘れ薬』の解毒剤だからな。もしもこれでおまえの記憶が戻るのならばとっくに飲ませている」

「……はい」

 

 

言われてみればその通りだ。

私が記憶をなくしてから既に3ヶ月くらい経ってるのだから、もしも効くならこんなに簡単に作れる薬を飲ませずにいる理由はない。

でもそれを4歳児が理解しなかったからといって機嫌を悪くするのはいかがなものだろうか?

(いや、中身45歳の私が言っても負け惜しみにしか聞こえないけどさ)

 

 

教授の調合はそれだけでは終わらず、他にもいくつかの解毒剤的な薬を調合して、工程はちゃんと私にも見せてくれた。

たぶんこれは教授にとって、毎年冬休みの予定に組み込まれた作業なのだろう。

いつもならば私の世話をメイミーに任せてその間にやっていたのだろうけれど、今年は私が魔法薬学に興味を示したからあえて見せてくれたんだ。

もちろん調合そのものはまったく理解できなかったけれど、素人目に見ても教授の調合がすごいってことと、休みの日を使ってまで生徒のための準備をやってるんだってことはよく判った。

 

 

 


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