おばさんは薬学教授の娘に転生しました。   作:angle

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幼少期5

 

土曜日の夜の食事会と、その後の教授の読み聞かせが毎週の定番になっていた。

どうやら教授自身も絵本を読めば間が持てることに気がついてくれたらしい。

何回かソファで眠ってベッドで起きるを繰り返したあと、教授は読み聞かせの場所をリビングのソファから私のベッドへと変えてくれた。

きっと眠った子供を寝巻に着替えさせてベッドへ運ぶのが面倒になったのだろう。

 

 

絵本は何冊かあったのだけど、同じ本を何度も繰り返して読むことに、私はもとより教授自身が飽きてしまったのかもしれない。

クリスマスを十日後に控えたその日、教授は初めて日が高いうちに帰ってきた。

 

 

「すぐに出かける支度をしなさい」

「お出かけ、ですか?」

「ああ。本屋へ行く」

「はい」

 

 

すぐに部屋に行ってメイミーを呼ぶと、教授が予告なく帰ってきたことで慌ててどこかへ隠れていたらしいメイミーはすぐに姿を現した。

彼女に手伝ってもらいながら外へ出られる暖かい服装へと着替える。

多少髪も整えてから戻ると、さっそく教授が私をつかまえて姿くらましをした。

 

 

 

連れてこられたのは、おそらくダイアゴン横丁にある比較的大きな書店だった。

もしかしたらここがハリー達がいつも教科書を買いにくる本屋なのかな?

見回してみたけれど、クリスマス休暇の直前だからか、学生の姿はなく就学前の子供と大人がちらほらいるだけだった。

 

 

教授は私を児童書のコーナーへと連れてくると、好きなものを選ぶようにと言って放置し、自分は別のコーナーへ行ってしまった。

相変わらず子供の扱いを知らない人だ。

たった4歳の子供をこんな場所に放置したら、迷子になるか最悪人さらいにでも遭うのが関の山だろうに。

(まあ、私は実質大人だから危険率はだいぶ下がるけど、いきなり口をふさがれて連れ去られたら対処できないぞ)

 

 

私はいちばん低い位置にある幼児用の本棚と、その少し上の児童用本棚を眺めて、ときどき中を確認しながら面白そうな本を探した。

物語の中身というよりも、どちらかといえば英語の勉強が出来そうな本を選んでいく。

禁じられた覚えがないからときどき教授の部屋に入って本棚の本を眺めたりもするのだけど、私の語学力では判らない単語が多すぎてぜんぜん読めないんだよね。

メイミーに聞けばある程度は教えてもらえるけど、彼女だってさほど高い教養がある訳じゃないから知らない単語も多くて、人付き合いのない今の生活では教授に読み聞かせてもらって覚えるのがいちばん勉強になると思うんだ。

 

 

吟味に吟味を重ねて3冊ほど選んだあと、きょろきょろとあたりを見回すと、本棚の間から教授が顔を出した。

って、もしかしてずっと様子を見守ってました、って感じですか?

このツンデレさん!って言いたいところだけど、果てしなく勘違いな気がするから頭の中で妄想するだけにとどめておく。

きっとちょうど教授が本を選び終わったタイミングだっただけだろう。

 

 

「もういいのか?」

「はい」

「貸してみろ」

 

 

教授は私の手から本を取り上げると、少し眺めて再び私を見下ろした。

なにか言いたそうな、少しいぶかるような視線で私を見る。

……やっぱり、4歳の女の子にしては少し難しい本を選んでしまっただろうか?

変に思われたくなかったから、文字は多くてもできるだけ絵が派手なのを選んだつもりだったんだけど。

 

 

けっきょく教授はなにも言わずにカウンターへ行き、店員に3冊の本を手渡して。

しばらくして店員から戻ってきた時にはクリスマス用にラッピングされていた。

どうやら私へのクリスマスプレゼントのつもりだったらしい。

その日のうちには渡してもらえなかったので、恒例の夜の読み聞かせは前回途中で眠ってしまった絵本の続きだった。

 

 

 

 

 

いつものように教授の美声を聞きながら寝落ちした翌日から、私はものすごく久しぶりにワクワクしていた。

こんな気持ちでクリスマスを待つなんて何十年ぶりだろう。

実はこれでも20代の頃はそれなりに彼氏がいたんだけど、30過ぎてからはぱったりだったから、少なくとも15年か。

いやいや、彼氏がいた頃だって、もしかしたら子供の頃だって、クリスマス前にこんな気持ちになったことはなかったかもしれない。

 

 

(これも多少はミューゼちゃんの感情が混じってそうだよね)

 

 

最初から私と元人格のミューゼちゃんとの自我に境界線なんてものはなかったから、こうして45歳の私として思考している私も実のところかなり4歳の彼女に浸食されているのかもしれない。

 

 

数日間はただ楽しみなだけだったんだけど、ある日ふと気がついたんだ。

そういえば私、教授にクリスマスプレゼント用意してないじゃん。

忘れてたのは私が子供で、日本では親が子供にプレゼントするのが当たり前だから、っていうのもあったんだけど、こっちではクリスマスプレゼントは互いに贈り合うのが常識だった気がする。

 

 

でもさ、そもそも私、とうぜんお小遣いなんかもらってないし。

必要なものがあればメイミーが取り寄せてくれるけど、それだって教授のお金なんだから、私が教授のお金で適当なものを買ってプレゼントしても喜んでもらえる気がしないよ。

 

 

少し考えて、私は教授に労働力をプレゼントすることにしました。

いわゆる『肩たたき券』というヤツです。

ふつうは父の日の定番だけど、私はイギリスの父の日がいつなのかなんて知らないし。

教えてもらってない以上教授も期待はしてないだろうから、画用紙とクレヨンで適当に作ったそれを、メイミーに頼んでフクロウ便で届けてもらうことにした。

 

 

というのも、教授はクリスマス当日はホグワーツのクリスマスディナーに出るらしく家には帰ってこないのだ。

翌日から数日間は家で過ごすようだけれど、自分の子供よりも学校に居残った生徒が優先というのはやっぱりさびしい気がする。

 

 

(これも仕事のうちだからね、しょうがないっちゃしょうがないよ)

 

 

彼が仕事をしてくれてるから、私は何不自由なく暮らせるんだし。

それに、教授は私といてもあまり会話をしようとしないから、1日中一緒にいたら間が持たなくて困るんだろう。

私自身も一日中引きこもってるから話題なんかないし。

 

 

だから、肩たたき券はいわゆる絵本に続くコミュニケーションツール第二弾て意味もあったりするんだ。

って、まだ私は英語の語彙が少ないから「お客さん、凝ってますねー」的な会話を英語でどうやるのかは知らないけど。

 

 

 

 

そんなこんなでクリスマス当日の朝、私の部屋にはちゃんと教授サンタからのプレゼントが届いていました。

もちろん中身は私が選んだ絵本3冊……だけじゃなかった。

見覚えのない本の表紙を見ると、以前教授の部屋の本棚でよく見た単語が並んでいる。

『魔法薬学の初歩の初歩』と頭の中で訳したその本の中身は、タイトル通り魔法薬の基礎知識が子供にも判る優しい言葉で解説されていたんだ。

 

 

たぶん教授は、私が教授の部屋に入っていたことを知ってたんだろう。

そして、私が魔法薬の本を ―― 興味本位で ―― 手に取って眺めていたことも。

 

 

判らないけど、なんだか涙が出るくらい嬉しかった。

教授がこの本を私のためだけに探してくれたのが判ったから。

たぶんホグワーツの一年生の教科書よりもずっと子供向けのこんな本、マイナーすぎて置いてる本屋だってずっと少なかっただろうに。

 

 

(なんか……複雑だけど、すごく嬉しい)

 

 

私のためなんかじゃない、教授はミューゼちゃんのためにこの本をプレゼントに選んだ。

だから複雑、でもすごく嬉しい。

教授は無口で不器用で睨んだり怒鳴ったり怖いこともあるけど、ちゃんと娘のことを見ていて、教授なりに愛しているんだ。

そしてその愛情は、ミューゼちゃんの中身がどうだろうと関係ない、ただ娘だという事実があるからこそ私に注がれている。

 

 

前世の私の父親は私が小学生の頃に亡くなってしまったから、私は父親に愛された記憶があまりない。

逆に母親とは生まれて45年間ずっとそばにいたから、口うるささや理不尽さに憎しみさえ覚えるくらい、それこそトラウマになるくらい、家族愛とそれに付随するいろんな感情を余すところなくぶつけあって生きてきた。

父が亡くなってしばらくは判らなかったのだけど、ある時ふと父のことを思い出して、私は悲しみよりも悔しさを強く覚えたんだ。

もしもお父さんが生きていたら、母と戦い過ごしたのと同じくらいの感情を、父ともぶつけあえたんじゃないか、って。

 

 

私は今生まれ変わって、前世と逆の父子家庭という境遇を与えられた。

もしかしたらこれはチャンスなのかもしれない。

前世では築けなかった父親との濃密な家族関係を、私はセブルス・スネイプ教授と築いていける。

もうさんざん!おなかいっぱい!この次生まれ変わったらぜったい親子になんかならない!って思うほどの超うざい親子関係を。

 

 

(教授が教授なりに私を愛してくれるなら、私は私なりに教授を愛そう)

 

 

教授にとっては元のミューゼちゃんも私もどちらも娘だ。

だから私は、ミューゼとしても私としても、教授を父親として愛する。

好きなキャラクターとしてじゃなく、私は私の父親であるセブルス・スネイプを愛していこう。

 

 

 

それは、私がこの世界で生きていることを、本当の意味で肯定することにつながるのだから。

 

 

 


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