おばさんは薬学教授の娘に転生しました。   作:angle

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幼少期3

 

こんな感覚、ずっと忘れてたけど。

子供って、努力しなくても眠れるものだったんだね。

 

 

 

朝食の時間に起こされて、食後は先生に診察を受ける。

頭の怪我はもうほとんど治っているみたいだったけど、やっぱり記憶は戻っていなかった。

これでも一応思い出そうと努力はしたんだけどね。

(ミューゼちゃんのためというのもあったけど、やっぱり私自身もちゃんとした日常生活を送りたかったし)

昼頃になってセブたんが迎えに来たから、私は病院を退院することになった。

 

 

「ミューゼちゃん、頭が痛くなったり、気分が悪くなったりしたら、すぐにお父さんに言うんだよ」

「はい」

「スネイプさん、娘さんの様子によく気を配ってやってください。頭の怪我は特に注意が必要なんですから」

「判っている」

 

 

セブたん、めちゃくちゃ不機嫌そうです。

お医者さんから逃げるように大股で歩いていくセブたんのうしろを、私はすっかり短くなった足で必死になって追いかけていった。

 

 

「あの、お父さん」

 

 

さすがにこの速度はないだろうと思って声をかけると、足を止めて振り返ったセブたんに再びギリッと睨まれました。

……もしかして、私にお父さんと呼ばれるのが嫌い、なのか……?

 

 

いやでも他にどう呼べというのか。

スネイプさん、じゃ私の苗字もたぶんスネイプだし(一応病室の名札で確認済み)、まさか父親をファーストネームでは呼べないし。

睨まれたまま数秒考えた末、出た言葉は

 

 

「教授……?」

 

 

だった。

 

 

たどたどしい発音で“プロフェッサー”と呼んだ私に、セブたんは少し驚いたものの睨んではこなくて。

背を向けた彼は今度はゆっくりと歩き始めたから、私は彼がその呼び名を了承してくれたことを知った。

うん、まあ、私も夢小説読みながら頭の中で教授呼びはしてたからね、そんなに違和感ないし。

 

 

(でもぜったい親子の呼び方じゃねえよ)

 

 

なんかいろいろ否定されてるような気はしたけど、病院を出たところで教授に肩を掴まれたとたん姿くらましをされて、そのあまりの激しさにどうでもよくなってしまった。

 

 

 

 

姿現しでついたところはどうやら教授の自宅らしかった。

スピナーズエンドって場所だけは知ってたけど、思ってたよりもずっと広くて、でも家の中には誰の姿もなかった。

 

 

「覚えてないか」

「あ、はい」

「……そうか」

 

 

きょろきょろと見回した私にそう訊いてくる。

たぶん私は怪我をする前にもこの家に住んでいたんだろう。

 

 

 

なんか少しだけ憐みの視線を向けられたような気がした。

でもそれだけで、ふっと眼をそらした瞬間、教授はパチンというラップ音を残してその場から姿を消してしまったんだ。

って、おい! ちょっと待てよ!!

いくらなんでも怪我で記憶喪失の幼児を独り放り出したままいきなり消えるとか、親としても大人としても思いっきり間違ってるだろ!!

 

 

少しの間立ちつくしたままぼうぜんとしてたのだけど、どうやら本当に帰ってくる気配がないことが判ったので、とりあえず近くにあったソファに腰を落ち着けた。

 

 

 

ええっと、とりあえずもう1回状況を整理してみよう。

 

 

私の名前はミューゼ・スネイプで、おそらくこの家の庭にある木のどれかから落ちたため、父親のスネイプ教授に病院に運び込まれた。

それまではたぶん普通の4歳児だったミューゼは、頭を打ったショックで前世の記憶をよみがえらせてしまった。

その前世の記憶が私。

たぶん、4歳のミューゼと45歳の私とでは蓄積された記憶の量が10倍以上も違ってたため、『私』は自分を45歳の会社員の私と認識してしまった。

 

 

でも、4年間生きてきたミューゼという少女の記憶がぜんぶ私に駆逐された訳じゃなくて、あまり鮮明ではなくてもちゃんと残ってはいるんだ。

だいたい私は英語なんかぜんぜんできないのに、4歳の子供が喋れるくらいには話すことができる。

スネイプ教授に怒鳴られれば恐怖で泣いてしまうほどの感情を持っているし、自分が彼を実の親だと認識してるのもちゃんと判る。

初めて呼びかけられた時には判らなかったけれど、一晩経った今は自分がミューゼと呼ばれることも抵抗なく受け入れている。

 

 

こうして落ち着いて考えれば、私は確かにミューゼ・スネイプなんだ。

前世の記憶がよみがえった直後は混乱したけど、私は確かにここに存在して、短い間だったとしてもこの家に住んで、スネイプ教授を父親と思って育ってきたんだ。

 

 

まあ、あまり懐いてた訳でも、一緒に過ごした楽しい時間があった訳でもないみたいだけど。

 

 

「お嬢様! ミューゼお嬢様! おかえりなさいませでございます!」

 

 

とつぜん聞こえた甲高い声に振り返ると、そこには今の私とほとんど変わらない背丈の異様な生き物がいた。

私の中に慕わしいという感情が沸き上がる。

そして、理性担当の45歳の私は、その生き物が物語ハリーポッターに出てくる屋敷しもべ妖精であることに気がついていた。

 

 

(ああ、なるほど。いくら陰険なスネイプ教授でも子供を独りで放っておく訳がないか)

 

 

原作の教授の家に屋敷しもべ妖精がいたのかどうかは知らないが、どうやらここには存在しているらしい。

おそらく、教授がいない間私の世話をするために、彼女(たぶん)が雇われているのだろう。

 

 

「メイミーめはお嬢様が記憶をなくされたことを昨日お知りになりましたのでございます! お嬢様はメイミーめのことも覚えておられないのでございます!」

「あ、うん。……ごめんなさい」

「お嬢様はメイミーめにお謝りになってはならないのでございます! お嬢様が木におのぼりになられたときにお止めにならなかったメイミーめがお悪いのでございます!」

 

 

メイミーという名前らしい屋敷しもべ妖精の複雑怪奇な言葉を拙い語学力で聞き取ってみる。

多少私の翻訳が違ってたとしても言ってることはそれほど間違ってはいないだろう。

 

 

思った通りメイミーは私の世話係だったようで、彼女は私をこの家の子供部屋に案内したあと、着替えや食事、ベッドなんかもすべて完璧に用意してくれた。

 

 

 


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