(文章量としては2話分くらい?)
ほんとは出す予定じゃなかったんですが、なぜか最終回後もお気に入りが増えてるので申し訳なくて。w
もうこれでほんとにすっからかんですので、くれぐれも続きはご期待されないようお願いいたします。
ホグワーツの夏休みは、それこそ腐るほど長い。
前世で関東地方に住んでた私は、夏休みといえば7月21日から8月31日までのきっかり6週間というのがあたりまえだった。
(私が学生の頃はまだ海の日なんて祝日はなかったので、恩恵を受けたのは就職してからだ)
朝は地域のラジオ体操で起こされて、昼間は学校のプールへ午前か午後のどちらかに行き、夏休みの友という素敵な名前の宿題本や、自由研究、絵日記、アイデア貯金箱などの工作の宿題が大量にあってなにかと慌ただしかった記憶がある。
私は元来怠けもの体質なので、小学校の低学年の頃は最終週まで宿題をため込んでたのだけれど、高学年になって学習したのでできる宿題は勉強の習慣が残ってる最初の週にほとんど片付けてあとは遊ぶ方式に方向転換したんだ。
その感覚は生まれ変わってからも残ってたようで、マグルの小学校へ行ってた頃は、宿題は1週間で済ませてあとの日数はほとんど教授の手伝い(邪魔とも言う)をして過ごすことが多くなっていた。
教授は夏休みに旅行へ行こうなどと考える人ではないらしく、たいていは部屋にこもって魔法薬の研究をしたり、定期購読している『ザ・マジック』(『サイエンス』みたいな学術雑誌)をまとめ読みしたりして過ごしていた。
まあ、私もじっさいホグワーツへ行って、教授の忙しさは身を持って実感したからね。
教授が仕事以外の時間を過ごせるのはこの時期しかないんだろう。
……ほんとに仕事以外のことを考えてるかどうかははなはだ疑問なのだが。
(だいたい魔法薬の研究やザ・マジックを読むのだって仕事といえば仕事だし)
この人はほんと、自分の時間というのが果たしてあるのだろうかと、私はつねづね疑問に思ってるところだ。
学生の夏休みが始まって1週間ほどで教授も夏休みに入ったらしくて。
教授が姿現しで帰ってきたとき、私はリビングのソファで読書をしていたところだった。
「あ、教授、おかえりなさいませ」
「………………なんだその本は」
「友人に勧められました。なかなか面白かったのでシリーズでそろえたんですけど」
「……今後二度と我輩の前で読むことは許さん」
「……はい。判りました」
どうやらロックハート氏がホグワーツの教師になることはすでに教授に伝えられてるらしいです。
チャーミングなスマイルを振りまきながらウインクしてくる表紙を重ねて、私はそろそろメイミーが掃除を終えているだろう自室に持って帰った。
ロックハート氏の本を友人に勧められたというのはもちろん嘘だったけど(スリザリン寮にはあまり彼のファンはいないらしい)、読んでみたらけっこう面白かったのは本当だ。
前世の頃から本は好きだったし、ハリポタの夢小説にはまってたくらいだから冒険活劇的な軽い話も好きだし、とうぜん多少文章が乱れてようが気にしないし。
彼の本はあれだ、自伝だと思えば胡散臭いが、小説と思うとちょっとばかり素人臭い。
つまり、軽い読み物としてみれば時間つぶしにはなるが、読み終わったあとにはなにも残るものがないのだ。
まあ、私が彼の本を取り寄せた一番大きな理由が、夏休み中の小遣いの使い道にしたかったから、だからね。
(どうせ買わなきゃいけない本な訳だし)
おかげで7月は残り小遣いの心配はまったくせずに優雅に引きこもれて私はすこぶる満足してたりするよ。
帰宅した教授はそのまま自室に引き取ったようで、本を置いて戻るとメイミーが台所で食事の支度を始めていた。
教授がいる間は隠れるように命令されたメイミーはけっこう大変だ。
こうなれば食事が出来上がるまで教授が部屋を出てくることはないので、私はメイミーを手伝って一緒に夕食を作りあげた。
「では、メイミーめは地下へお戻りなさいます。ご用がございましたらお呼びくださいませでございます」
「うん、ありがとう」
どうやらメイミーの自室は地下にあるらしい。
ただ、そこまで行ける階段もドアもない秘密の地下室らしいので、これまで私が足を踏み入れたことは一度もなかったりする。
部屋でザ・マジックに没頭する教授を引っ張り出して夕食を共にしたあと、雑誌の続きを読みながら紅茶をすする教授の肩を揉む。
私もなんの気なしにうしろから教授が読んでるページを覗き見ていたんだけれど。
ページをめくった瞬間、見開きでロックハート氏のチャーミングスマイルが目に飛び込んできて、教授が本をぱたっと閉じたんだ。
どうやら新刊『私はマジックだ』の広告宣伝ページだったらしい。
「あ、ロックハートの新刊が出るんですね」
「……まさか奴の自伝を鵜呑みにしてはいまいな」
「自伝なんですか? 私、よく出来た空想小説だと思ってました。たまに設定が矛盾してますよね?」
「……そうなのか?」
「はい。ある本で3年前の9月に同じ村を訪れたという記述があるんですけど、その時期は別の本ではちょうど正体不明のなにかに襲われた村の調査に奔走してる時期にあたるんです。主人公が重要な調査を放り出して脈絡のない村を訪れるはずがありませんから、てっきり設定上のミスだと思ってたんですが」
「……」
「自伝だとすると3年前というのが勘違いなんでしょうか? でもそのとき出会った少女が3歳年を取ってますし、村人の話の中にも3年前とはっきり出てきますし」
「……おまえが思い悩む必要はない」
まあ、私はからくりを知ってるから、読みながら矛盾を探してたんだけどね。
ともあれ教授も私が最初から自伝と思って読んでいないことを知って安心してくれたようでよかったよ。
「そういえばまだお礼を言っていませんでした」
「……なんの話だ」
「クィレル先生にさらわれた時の話です。ハリーに聞きました。教授が助けにきてくれた、って」
「……」
「ありがとうございました。それと、お礼が遅くなってすみませんでした」
「……我輩はまだ許してなどおらん」
「……はい。でも、理由が判らないんですが」
「二度も言わせるな」
「……」
いや、あの時聞いたのは確か、私の生死が一時期クィレル先生に握られてた、ってだけで。
それについて私に落ち度があったとは思えないんだけど?
……確かに首を絞められたのは私が逃げようと(少なくともそう見える行動を)したからなんだけど、あの時は教授はまだその場にいなかったし。
あの状況ではハリーからも話を聞いてなかっただろうから、教授が許さないと言ってるのはそれについてじゃない訳で。
「私がクィレル先生の試験をおかしいと感じたのは、待合教室に最後まで残された時でした。あの教室にはほかに出入口はなかったので、その時にはもう逃げることはできなかったんです。でも、試験の説明はその前にされたので、試験中はクィレル先生と2人きりになるのが判っていました。私はその時におかしいと感じて試験を放棄すべきでした」
「……」
「この次からは、教授が怪しいと思う人物と2人きりになる場合には、それがたとえ試験であっても事前に逃げることにします。それで許してくれますか?」
「……」
うん、自分で言ってても無茶だと思うよ。
ただでさえ学生が1年間の最終試験をそんなあいまいな理由で放棄するのは抵抗があるし、大人の視点から見ても、試験が始まる段階で子供に試験そのものが怪しいと察しろというのも無理だ。
でも、ここまで言っても教授はなにも言わない。
ということは、もう私には教授に許してもらえるすべはなにもないということだ。
ちょっと悲しいが、今後この話題には触れない方が双方ともに幸せかもしれない。
それから数日間、教授は部屋にこもって独りだけの時間を過ごしていて。
食事に呼びに行けば読書をしていたり、鍋の前で本を見ながら難しい調合をしていたり、食事時以外は私を構ってくれることはなかった。
そうかと思えばあちこち出かけることも多くなっていって。
邪魔をしたくない私は部屋で読書をしたり、メイミーと料理をしたりしながら過ごしていた。
迎えた8月1日、私の部屋にはフクロウ便でいくつかの誕生日プレゼントが配達された。
もちろん同部屋の3人からがメインだったのだけど、スリザリン寮で以前話したことがある人たちからは謝罪の言葉が入ったものがいくつかあって、あと珍しいところではドラコ・マルフォイの名前が入ったものがあった。
(もしかして親になにか言われたのか?)
去年は最初の頃に挨拶を交わしただけだったからね。
ホグワーツでの話を聞いた両親に、教授の娘である私ともっと仲良くするようにとでも言われたのかもしれない。
一通りプレゼントを確認したあと教授の部屋へ朝の挨拶に行くと、教授は1つの封筒を私に手渡してくれた。
「これは?」
「誕生日プレゼントだ」
「ありがとうございます。見てもいいですか?」
「ああ」
見た目はただの封筒で、中を見れば何か判るかと思ったけれど、入っていたのは店の伝票らしきものだけで。
「マダム・マルキンの洋装店……?」
「それを持って店へ行け。サイズを合わせてくれる」
詳しく訊けば、どうやら教授は今年も洋服を選んでくれたらしいのだけれど、サイズが判らなかったためとりあえず店に予約してあるらしい。
私自身が行ってサイズを測ってもらえば、その場でプレゼントとして受け取れるようにしてくれたのだそうだ。
「ありがとうございます。いちばん嬉しいプレゼントです」
「そうか」
「はい! 教授の見立ては確かなので助かります」
「……」
これも余計なひと言だったか。
でも嬉しかったので、私は再びダイアゴン横丁へ行く日を楽しみに思いつつ、にこにこしながら朝食を終えた。
ほかの人たちからもらったプレゼントを一通り教授に見てもらったあと。
午後になってから、私のところにホグワーツからの手紙が届いていた。
教科書のリストは思った通りロックハート一色だ。
でもぜんぶ持ってる本だったから、それ以外のわずかな教科書を買って、そのあとマダム・マルキンのお店へ行くだけですぐに終わりそうだった。
「今年はどうやらあまりお手を煩わせなくてすみそうです」
「我輩は買い物には付き合ってやれん」
「え? では私一人で行くんですか?」
「おまえのことはルシウス・マルフォイに頼んである。おまえも知ってるドラコ・マルフォイの父親だ。水曜日に迎えにくることになっている」
「……判りました」
理由を言う気はないみたいです。
ただの勘でしかないんだけれど、これって教授の都合が悪いというより、ルシウス・マルフォイの差し金なんじゃないかって気がしてならないよ。
とつぜんドラコから届いたプレゼントのこともあるし。
(そもそもルシウスって今年の黒幕じゃん)
彼がジニーの鍋にリドルの日記を入れるのは、アーサー・ウィーズリーと視察の件で対立してたからって理由があるのかもしれないけれど。
ダイアゴン横丁でウィーズリー家と行き合ったのが偶然で、これ幸いとジニーを選んだのだとしたら、もしかしたら本来日記を託すのは誰でもよかったのかもしれないよね。
……たとえば“私”とか。
(うん、確かに私も血筋は純血っぽいし、スリザリンの継承者の資格はある、かも)
どういういきさつで私がマルフォイ家と買い物に行くことになったかは知らないけれど、ルシウスにとって私は、日記を託すてきとうな人が見つからなかった時のための保険なのかもしれない。
原作の秘密の部屋では恐ろしい事件がたくさん起こるけれど、結果的には誰も死なないで終わってくれる。
でも、ここがパラレルワールドだってことを鑑みると、小さな狂いから死人が出ることだって十分考えられる。
たとえ原作で死人が出ないからといって、けっして安心していい1年という訳じゃないんだ。
そうこうしているうちに、買い物に行く水曜日がやってきて。
ルシウス・マルフォイは家にまで迎えに来てくれる訳ではないらしく、私は教授にくっついてノクターン横丁寄りのダイアゴン横丁まで姿現しをした。
「ここでしばらく待っていろ。向こうが見つけてくれる」
「はい」
「買い物が終わったらここで待て。迎えにくる」
「はい、判りました」
どうもこのところ教授がそっけないな。
忙しいっていうのもあるのかもだけど、なんだかあまり目を合わせてくれなくなった気がするんだ。
……本格的に距離を置かれてるんだとするとかなり悲しいが。
教授がその場を去ったあと、マルフォイ親子はしばらく現われる気配がなくて。
往来を眺めながらしばらくしたあと、私の目に飛び込んできたのはなんと、ハリーとハグリッドのコンビだったんだ。
って、まるっきり去年と同じ構図じゃないですか。
「ミューゼ!」
「こんにちわ、ハリー、ハグリッド」
「どうしてこんなところにいるの? もしかしてまたスネイプに置いて行かれた?」
まあ、確かに教授に置いて行かれたのは間違いないけれども。
ハリー、治ったかと思ったがまた人の父親を呼び捨てですかコノヤロウ。
「今日はちゃんとした待ち合わせだよ。Mr.マルフォイとね」
「え!? なんでマルフォイ!? ミューゼ、マルフォイと仲良かったっけ??」
「私はそうでもないけど、父親同士が仲がいいみたい。だから今日の引率はMr.マルフォイのお父さんなんだ」
「……そんなの断ればいいのに。ミューゼも僕達と一緒に行けばいいよ。みんな来てるんだ、ロンも、ハーマイオニーも」
いやいやそういう訳にはいかないだろ。
マルフォイ氏だって忙しいところを私ごときのためにわざわざ引率を引き受けてくれたんだから。
「あれ? お見えになったかな?」
「あ、じゃあ僕は行くね。またホグワーツで会おう」
「うん」
って、ナチュラルに返事しちゃったけど、私と君は今絶交中のはずじゃなかったっけ?
意識してないとついいつもの社交辞令で対応しちゃうから、私はほんと喧嘩とかには向いてないんだと思うよ。
ハリーとハグリッドがあわてたようにその場を去ると、ハリーが来たのと同じ方角から一組の似た者親子が連れ立ってやってきて。
私が軽く目礼すると、マルフォイ氏は隣のドラコを振り返って、ドラコが頷いたのが判った。
「Ms.スネイプかな?」
「はい、初めまして、ミューゼ・スネイプです。Mr.マルフォイですね?」
「ルシウス・マルフォイだ。ルシウスでかまわんよ」
「私のことはミューゼと呼んでください、ルシウスさん。今日はよろしくお願いします。 ―― Mr.マルフォイ、先日は誕生日プレゼントをどうもありがとう」
私がドラコに視線を移してにっこり笑うと、憮然としたドラコにルシウスさんが促すような視線を向けた。
「僕はドラコでいい」
「じゃあ、私のこともミューゼで」
「信じられんな、うちの息子はこんな愛らしいお嬢さんに声もかけなかったとは」
「ドラコはまじめで紳士なんだと思います。勉強も飛行訓練も人一倍頑張ってましたから、私など目に入らなかったんでしょう」
「どうかね。よりによってマグルに成績で負けるとは、純血の恥だと思わんかね?」
「試験の結果がすべてではないと思います。事実、父の授業ではマグルの彼女よりドラコの方がずっと多く褒められてましたよ」
私のフォローにドラコの表情が少しだけ緩んだ。
たぶんこれまでもハーマイオニーに負けたことでルシウスさんにいろいろ言われてたんだろうな。
純血貴族の長男で1人息子として生まれたドラコは、ほんとにたくさんのプレッシャーにさらされて生きてるんだってことを改めて突き付けられた気がするよ。
「父上、今年は必ずトップの成績を取って見せます。二度とマグルには負けません」
「期待していいんだな?」
「はい!」
「その言葉を忘れるでない。 ―― では、そろそろ行こうか」
2人のマルフォイと連れ立って、まずはレディファースト、私のメインであるマダム・マルキンの洋装店へ行って。
サイズ合わせをしたあと、プレゼントの服は家まで送ってくれるというので手ぶらで店をあとにする。
その間待っていてくれた2人と一緒に今度は文房具の補充。
ドラコは私のフォローが嬉しかったのか、買い物中にもかなりうちとけてくれるようになっていた。
「だいたいおまえはグレンジャーと仲がいいじゃないか。図書館でよく話してるのを見かけたぞ」
「最近はそうでもないよ。それに、今はグリフィンドールの友達は作らないことにしてるし」
「そうなのか?」
「うん。むしろ向こうから近づいてくるから困ってるんだ」
「だったら、今度話しかけられたら僕に言え。追い払ってやる」
「ありがとう。じゃあ、もしタイミング良くドラコが近くにいてくれたら頼らせてもらうね」
ま、本気で頼るつもりはないけどね。
ミリーたちならともかく、ドラコがハリー達と対峙したら原作にないよけいな諍いを生むかもしれないから。
ドラコにとっての今日のメイン、競技用の箒を見たあと。
ルシウスさんが少しの間別行動すると告げて離れていって、私とドラコだけでいよいよ今回の事件現場であるフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと辿りつく。
書店にはロックハートの新刊を宣伝したポスターが貼ってあって、大写しのチャーミングスマイルが私達に向かってあちこちからウィンクしてきていた。
「あ、私、ロックハートの本はもう持ってるから」
「ファンなのか?」
「うん、まあね」
「1年間の授業で7冊も買わせるってことは、よっぽど内容が薄い本なんだろう。程度が知れる」
「ふふふ……確かにそうかも」
内容はほとんど紀行文に毛が生えたような感じだからね。
闇の魔術に対する防衛術に関係しそうなところは最後の方の一番盛り上がる冒険部分だけな訳だし、そこだけ集めたら7冊でちょうど1冊分くらいにはなるかもしれない。
「おまえは怒らないんだな。ふつう好きなものをけなされたら怒るだろう」
「わからないよ? 顔で笑ってても内心は怒ってるかもしれないし」
「スネイプ先生がおっしゃってた。おまえは顔に出る方だ、って」
「……教授、意外と私のことをしゃべってるんだ」
「ほら、今少しムッとしただろ? ちゃんと顔に書いてあるぞ」
「嘘だったの?」
「嘘じゃない。この間スネイプ先生がいらしたとき、僕が君のことはよく判らないって言ったらそうおっしゃったんだ」
ふうん、教授、最近どこかへ出かけてたと思ったらマルフォイ家へ行ってたんだ。
もちろんそれ以外の場所へも行ってるんだろうけど。
話してる間に書店には続々と人が集まりつつあった。
これ以上人が増えたら騒ぎが収まるまで書店から出られなくなるかもしれないと、私とドラコはひとまず教科書の清算をすませる。
だがちょっとばかり遅かったんだろう。
2人分の会計を終える頃には、既に今回のゲストであるロックハートが店に姿を現していたんだ。
「あ、本物! ねえドラコ、あれロックハートだよね? 本の表紙とおんなじ顔してるもん」
「あたりまえだろう。おまえ、ああいうのが好みなのか?」
「ううん、ぜんぜん。外見だけならMr.クラップとかMr.ゴイルの方がずっと好みだし」
「……やっぱりおまえは変わってる」
なにを隠そう私、前世では子供のころから相撲ファンだったんだよね。
シーズンになると両親がずっと相撲中継を見てたから、私の中には“力士=かっこいい男”っていう図式が刷り込まれちゃったらしくて。
大人になってからも理想の男性像を訊かれたら迷わず千代の富士と答えてたんだ。
(いや、当時はほんとに強くてかっこよかったんだよ。既に妻子持ちだったからそれを知ったときには軽くショックだった…)
ま、半分は飲み会の持ちネタみたいなもので、実際につきあった人はなぜか痩せ型の人が多かったんだけど。
その時私達がいたのは吹き抜けになった2階部分だったんだけど。
ロックハートに絡まれるハリーの姿が見えたからだろう、ドラコが私を置いてハリーをからかうために階段を下りていってしまって。
人込みを掻き分けながら追いついた頃には既にハリー達とは一触即発状態で、原作どおり現われたルシウスさんもウィーズリーパパと舌戦を始めてたんだよね。
やがてウィーズリー氏がルシウスさんに掴みかかって、書店の中が大混乱になると、私に気づいたドラコが手を引いて私を書店の外まで引っ張っていってくれたんだ。
「ありがとうドラコ」
「……いや、べつにたいしたことじゃない。怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
とりあえずかばってくれたから、その前に私の存在を忘れてハリーのところへ行ったことは不問にしてあげよう。
そうこうしているうちにハグリッドに引きはがされたルシウスさんも私たちのいる場所まできてくれた。
「ミューゼ、見苦しいところを見せてしまったね」
「いいえ、とても紳士的な戦いでした。ドラコ、尊敬できるお父さんでよかったね」
「あ、ああ。もちろんだ」
魔法使いならとっさに杖が出そうなものだけど、襲いかかられて取っ組み合いだけで済ませたのはオス同士の争いとしては紳士な方だ。
本当にそう思ってたから、表情にも出ていたんだろう。
一瞬皮肉を言われたと思ったかもしれないルシウスさんは、私が本気で尊敬の感情を向けていると判ったのか表情を緩めていた。
「ミューゼ、君はどうやら物事をよくわきまえているようだ。君のような子にぜひ将来ドラコの嫁にきて欲しいところだが」
「ありがとうございます。身に余るお言葉で恐縮です」
「真剣に考えてみてはくれないか?」
「ルシウスさん、それ以上はぜひ父と話してください。もっとも、ドラコは将来性豊かな人ですから、私ごときが相手では申し訳ないと思いますけれど」
えーっと、ドラコって確か、原作で誰かと結婚して子供が生まれたりもするんだよね。
もともと私は結婚とかするつもりないし、その人からドラコを奪っちゃうのはかわいそうだ。
……って、教授が本気で私とドラコの婚約を進めちゃったらマジで困るんだけど。
「父上、僕はミューゼの好みではないみたいです」
「どうやらそのようだな。セブルスが言っていた通りだ」
「はい」
「……」
例の“顔に書いてある”ってヤツだったらしい。
ほんと、ポーカーフェイスっていったいどうやったらできるんだろう?
買い物は一通り終わったので、最初に待ち合わせた場所に戻ると、教授は既にそこで待っていてくれた。
私をちらっと見たあと視線をルシウスさんに移して話しかける。
「今日は手間をかけた」
「いや、実に有意義な時間だった。ミューゼは賢く愛らしい娘だ。今まで私に存在を隠していたのは許せんが ―― 」
「……」
「 ―― ここで引き合わせてくれたことには感謝をしよう、セブルス。ミューゼにはもう話をしたのだが、君に話を通すように言われてしまってね」
「……なんの話だ」
「ミューゼと、うちのドラコとは、将来似合いの夫婦になるとは思わないか?」
「……!」
勢いよく振り返った教授にギロッと睨まれましたよ!!
ってかルシウスさん、その話はさっきふつうに終わってたよね!?
教授をからかうつもりですか??
でもその被害がぜんぶ私にくるって、ほんとに判ってますか???
「……うちの娘はまだ12歳なんだが?」
「早すぎるということはあるまい。卒業までの6年などあっという間だ。婚約だけでも今のうちにしておいてかまわんだろう」
「断る」
「ドラコのどこが気に入らないというのかね?」
「……とにかく断る。これに婚約はまだ早い。 ―― 行くぞ」
教授は私の肩を無理矢理つかんでそのまま姿くらましをした。
っていうか文字通り逃げたんだろう。
家に着いたときのめまいの程度は行きの時の比じゃなかった。
てっきりそのままの勢いで怒られるんだと思ってたんだけれど。
教授はリビングへ着くなり私の肩から手を放して、なにも言わずに自室へ飛び込んでしまった。
(……なんか、距離を置かれてるとか、そういうレベルじゃなくなってきてる気がするんだけど)
とりあえず愛されてはいる、と思う、たぶん。
でも、もしも私が見かけどおりの年齢だったら、それすら疑いたくなるほどの逃げ方だったよ。
部屋で買ってきたものを整理して。
時間があったので新しい教科書を軽く予習していたところ、数日遅れで私の部屋に教授からの誕生日プレゼントが届いていた。
包みを開いてみれば、薄いグリーンを基調としたワンピースとほか数点の普段着だ。
私はさっそくワンピースに着替えて、髪も軽く整えて、教授の部屋へと向かった。
「教授、ミューゼです」
「……入れ」
ドアを開けると、教授の執務机一杯になにかの資料らしきものが広げてあった。
その向こうで顔を上げた教授に見えるよう、両腕を広げてにっこり笑う。
「教授、誕生日プレゼントをありがとうございました。いかがですか?」
「……ああ、似合っている」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「用件がそれだけなら出て行きたまえ。我輩は今忙しい」
いやいや、忙しいのは見て判るけどさ。
「教授、さっきの話ですけど」
「ドラコ・マルフォイと婚約したいのかね?」
「いいえ、そうではなく ―― 」
「ならばなんの問題もあるまい。同じことを二度言われたいかね?」
「いったいなにを怒っていらっしゃるんですか?」
「怒ってなどおらん」
「では、せめて目を見て会話してくれませんか?」
教授はおもむろに立ち上がると、執務机をよけながら私の方へと歩いてきて。
まだまだ身長差のある上の方からギリッと私を睨みつけてきた。
「出て行きたまえ」
「……はい、失礼しました」
素直に言って教授の部屋をあとにする。
怒ってた?
……ううん、違う。
動揺してた、と思う。
教授の部屋のドアの前で思わず笑みを浮かべてしまった。
いわゆるあれだ、花嫁の父、ってヤツ。
いきなり娘の婚約の話なんて聞いたから、単純に動揺してただけだったんだ。
大丈夫、私はちゃんと愛されてる。
不器用だから態度に出にくくて、ちょっとしたことで疑いそうになっちゃうこともあるけど、まだまだ信じていて大丈夫なんだ。
お読みくださりありがとうございました。