おばさんは薬学教授の娘に転生しました。   作:angle

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賢者の石15

 

イースター休暇が終わると、私はまた放課後監禁生活に戻されて。

平日4日間で6学年分のレポート採点は実のところかなり過酷だったのだけど、どうにか時間をやりくりして期限内にあげられるようになっていた。

金曜日から日曜日はいちおうフリーでも、その半分近くは自分の魔法薬学のレポート作成に消えちゃうし。

今、ホグワーツでなにを勉強しているのかと訊かれたら、私は『8割がた魔法薬学です』と答えられる自信がある。

 

 

そんな中、クィディッチではレイブンクロー対スリザリンの試合が行われて。

久しぶりに寮の3人と一緒に応援しに行ったのだけど、結果はもちろん勝利で、しかも文句のつけようがないほどの大量得点を蓄積しての大勝だった。

 

 

(確かこの年、グリフィンドールとスリザリンが2勝1敗ずつで並んで、得失点差でスリザリンが優勝するんだよね)

 

 

グリフィンドールが優勝を逃す最大の原因はレイブンクロー戦にハリーが出場できず試合に負けることだったけど、最初に一敗したあとにも諦めることなく地道に得点を重ねたスリザリンの粘り勝ちだと言っていいんじゃないかと思う。

 

 

もともとスリザリン寮は寮生の人数自体が少ないんだけど、寮の特性で純血貴族が多く集まってるせいか、スポーツよりも勉強に力を入れてる生徒が多いらしくて。

もちろんドラコみたいに文武両道を目指す生徒もいるんだけど、やっぱり成績が落ちることを懸念してか、クィディッチチームに入る人材自体がほかの寮よりも少ない傾向にある。

(同じ事はレイブンクローにも言えるかもしれない。あちらは勝つことの方が珍しいみたいだし)

たぶん練習時間もスリザリンはグリフィンドールなんかよりずっと少ないのだろう。

そんな中、反則ギリギリの頭脳プレイを駆使して得点を積み重ねていったスリザリンのメンバーたちに、私たちは惜しみない拍手と声援と称賛を贈ったんだ。

 

 

 

でもって、その翌週に行われたグリフィンドール対ハッフルパフの試合では、たった5分にも満たない時間だったけれど箒に乗って審判を務める教授の姿を見ることができて。

グリフィンドールの勝利に教授は思いっきり渋い表情をしてたけれど、教授が審判だったからこそハリーは短時間で試合を終わらせなければならなかった訳だから、グリフィンドールに得点させる隙を与えなかった教授はスリザリン優勝の陰の功労者だと思う。

 

 

 

 

原作の流れでは、この試合の直後に教授がクィレル先生を呼び出して、彼がどちら側につくのか決断を迫っているところをハリーに見られてしまうんだ。

たぶんそのせいなんだろう。

その日の夕食を共にした時の教授は、なにかをずっと考えていたようで、肩もみしながら私が試合の話を振ってもずっと上の空だった。

私も諦めて無言で肩もみを続けていると、しばらくしてやっと教授が私の存在に気がついたようだった。

 

 

「おまえは、クィレルをどう思う」

「……質問の意図が判りませんが。……ほかの人と違う部分を挙げるとすれば、どこか口調とか態度が視線とかみ合わなくて気持ちが悪いです」

「もっと具体的に言いたまえ」

「はい。口調も、態度も、常に何かに脅えているように見えるんですけど。視線だけがときどき違うものを見せることがあって。……なんとなく、なんですけど、周囲を見下しているんじゃないかと思えることがあります。気のせいかもしれませんけど」

 

 

このあたりはたぶん、知ってるからそう見える、っていう方が強いのかもしれないけどね。

私が思うに、彼はきっと常に闇の帝王におびえていて、反面自分がその存在を身体に宿していることを誇りにも思っているのだろうから。

 

 

「おまえが奴と個人的に会話することはあるか?」

「ありません。最初の授業の時、教授との関係を訊ねられて、娘だと言ったらずいぶん驚かれました。それ以降はなにも」

「そうか。ならば好き好んで近づくようなことはないと思うが。……奴には隙を見せるな。罰則などもってのほかだ。授業以外で近づく口実を与えてはならん」

「……はい、判りました」

 

 

まだ確証はない、ってことなのかな?

ハリーの時には『ぜったいに近づくな』だった訳だから、それに比べたら少し言い方が弱い気がする。

……まあ、教科担当の先生にまったく近づかないってのはとうてい無理な話なんだけど。

 

 

 

 

 

翌日の日曜日、クィディッチ騒ぎのおかげで少し遅れてしまった魔法薬学のレポートを図書館で仕上げていると、私の傍に例のグリフィンドール三人組がやってきた。

 

 

「ミューゼ、話を聞いて。今度こそ間違いないわ。ハリーが見たの」

「スネイプがクィレル先生を脅してたんだ! 僕、昨日の試合のあと ―― 」

「判った! 話は聞くから今は黙って。……どこへ行けばいいの?」

 

 

3人が案内してくれたのは、前回と同じ空き教室だった。

 

 

「それで? 今度はどんな規則を破ったの?」

「……そんなのは重要じゃないよ。それより僕は見たんだ。スネイプがクィレル先生を脅して三頭犬の突破方法を聞き出そうとしてた。どっちにつくかよく考えろって」

「ミューゼ、本当にこのままでいいの? 放っておいたらいずれあなたの大好きなお父さんが犯罪者になるのよ?」

「僕を殺した殺人犯にね」

 

 

いやだから、なんで私を味方に引き入れようとするかな。

とくに今の私は放課後ほぼ調合室に監禁状態で、教授の見張りを満足にできるような状況じゃないってのに。

 

 

「ハーマイオニー、この間の時あなたは私に傷つけられて、近づくのも嫌になったと思ったんだけど?」

「よく考えたらわかったの。あの時のあの言葉は、ミューゼの心の中を表わしたんじゃない。私の言葉を立場を変えて言い換えただけだわ。私が勝手に勘違いして傷ついただけだったの。ミューゼが本心からあんなこと言うはずないもの」

「……似たようなことは思ってるよ」

「そうだとしても、ミューゼは一度友達になった人を見捨てたりしないわ。私はあなたを信じてる」

 

 

……なんかものすごく懐かれてるよ。

まあ、実際のところ私はハーマイオニーのことをけっこう気に入ってたりするから、そういう気持ちは伝わってるのかもしれない。

 

 

「じゃあ私が言うことも信じたら? 私の父はハリーを殺そうとなんかしてないし、三頭犬が守ってるものを盗もうともしてないって」

「しょうがないじゃない。だって私はスネイプ先生がハリーに呪いをかけてるところを見たんだもの。それに、三頭犬が守ってるものは賢者の石なの。あらゆる金属を黄金に変え、永遠の命が得られる水を作ることができる。誰にとっても魅力的だわ」

 

「……教授は、永遠の命なんか望んでないよ」

「え?」

「むしろ、1日でも早く愛する人のところへ行きたいんじゃないかな。私がいるからそうできないだけで」

 

 

本当は、私がいるから、じゃなくてハリーがいるから、なんだけど。

今はそれを言うべきじゃないから、教授が会いたい人はリリーじゃなく死んだ ―― かもしれない ―― 私の母で、教授が生きる理由を私ってことにしておく。

……これは真剣に考えると本気で悲しくなるけど。

 

 

「だけど僕はスネイプに殺されかけたんだ。いつも僕のことを目の敵にしてる。ミューゼだって、スネイプが僕を嫌いだって事実まで否定はできないはずだ」

「殺されかけた、ってところには同意できないけど、教授がハリーを嫌いで、むしろ憎んでる、ってのはその通りだと思うよ」

「……! だったら! どうしてスネイプが僕を殺そうとしたって信じてくれないの!? 僕はずっと目の敵にされてて、いつ殺されてもおかしくないくらいに憎まれてるのに」

「殺したいくらいに憎むのと、実際に殺すのとでは天と地ほどの差があるんだよ。私はときどきハリーがうらやましいよ。私は教授に、ハリーほど強い気持ちをぶつけられたことがないから」

 

「っ! こんなのぜんぜん嬉しくないよ! なんでそんなことを言うの!?」

「だって、教授はいつもハリーの一挙一動を見つめてる。私と2人だけでいれば私にも関心を向けてくれるけど、同じ空間にハリーがいたら、教授は私の方なんかぜんぜん見てくれないんだ。私がどんなに慎重に、完璧な魔法薬を調合しようと努力してたとしても、出来上がったものを見てたった一言『よく出来ている』って言ってくれるだけ。ハリーには、材料の切り方が悪いとか、混ぜ方が雑だとか、ふつうだったら気付かないようなことまで細かく指導してくれるじゃない」

 

「あれは指導じゃなくていじめだよ。僕を減点できるチャンスを狙ってるだけだ。スネイプは僕を退学させたくてうずうずしてるんだ」

「そうだとしてもね、私は教授のことを愛してるから、教授の関心がハリーにだけ向いてるのが悔しくて悲しいんだよ」

「……」

 

 

「もしかして、前にミューゼが言ってた“憎しみと愛情は同じ”ってこと? あの時私には意味が判らなかったんだけど」

「うん。相手に対する気持ちの強さ、関心の強さって意味でもそうだし。愛情と憎しみは心の中の同じ場所にあって、ときどき入れ替わることもある。同じ気持ちの裏と表なんだと思うよ」

 

 

前世で私は母のことを、どちらかといえば憎んでいたけれど。

あれだって私が母に“愛してもらいたい”、私は母を“愛したい”って思う気持ちの裏側だったと思ってる。

母の私に対するうざいくらいの干渉もそうだったんだろう。

……まあ、子供の立場であれを愛情として受け取れる人の方が少数派だとは思うけど。

 

 

2人が黙ってしまったから、私は今まで口をはさんでこなかったロンに向き直った。

 

 

「ねえ、ロン」

「え? なに?」

「あなたは私が味方になる必要があると思ってるの?」

「僕としてはどっちでもいいけど。でも、スネイプを止められるとしたら、ミューゼしかいないとは思ってる」

 

 

ああ、そりゃそうか。

どうもハーマイオニーやハリーと話してると話がそこから進まないからね。

この3人の真の目的がどこにあるのかとか、私自身も見失ってたよ。

 

 

「そう、僕たちはミューゼに、スネイプを止めて欲しいだけなんだ」

「このままじゃハリーが危険なの。だからお願いミューゼ、スネイプ先生にハリーを危険な目に遭わせないように説得して?」

 

 

で、けっきょく話は元に戻るしかない、と。

 

 

「あのさ、みんな話をいっしょくたにして考えてるけど、そもそも賢者の石を狙ってる誰かと、ハリーを殺そうとしてる誰かとが、同じ人物だとは限らないんじゃないの?」

 

 

たぶん、私がいろんな情報を明かせば、3人を説得することはできるだろうけれど。

もしも原作どおりに話が進まなくて、ハリーがクィレルと対決しなかったとしたら、ハリーの代わりに隠し扉の向こうへ飛び込んでいくのは教授である可能性が高い。

となれば愛の魔法に守られてない教授は命さえ危うくなるかもしれないんだ。

だからここで私が原作を変えるようなことはできない。

 

 

「でも悪いことを考える奴が同時に2人も現われるなんてことがあるのかな?」

「確率は低くても可能性がない訳じゃないでしょ? だったらこの二つのことは切り離して考えるべきだよ。で、まず賢者の石のことだけど。ホグワーツにあることはたぶん、教師なら誰でも知ってるし、フィルチさんやハグリッドも知ってると思っていい」

「ハグリッドはホグワーツに石を運んだ本人なんだ。盗む気ならその時にやってるよ」

「そうだね。で、賢者の石は巨万の富と、永遠の命を与えてくれる。これを欲しいと思う人は誰?」

 

「誰でも欲しがるよ。だってこれから何百年もの間、お金も時間も気にしないで好きなことができるんだから」

「でも、世の中そんなに甘くなくてね。実際に石が盗まれれば、ダンブルドア校長は誰が盗んだのか徹底的に調査するよ。そのとき、元ホグワーツの教師で遊んで暮らしてる人がいたら、真っ先に疑われて魔法省につかまって投獄されることになる。そうならないためには逃亡生活をするしかないんだけど、これまでの人生でずっと努力して勉強して、名門のホグワーツに就職できたような優秀な人が、その後の逃亡生活についてなにも考えずに安直に身を落とすことを選ぶとは考えにくい。それが例えばこの城に石が運ばれてきた直後なら魔がさして、っていうのもあるかもしれないけど、これだけ時間も経ってることだし考える時間はたっぷりあった。つまり、盗んだ本人がこの石の恩恵にあずかるには、ほとぼりが冷めるまでの長い時間が必要になる、ってこと」

 

「……もしかして、誰か別の人のために石が必要だった……?」

 

 

お、なかなか賢いですね、ハリー君。

この結論はこの先罰則でヴォルデモートに遭遇したときに辿りつくことができるから、原作よりも時期が早いってだけで根本的に変えたことにはならないはずだ。

 

 

「可能性の一つだね」

「でも、あの日スネイプがダイアゴン横丁にいたのは確かだ。ミューゼと一緒だったけど、はぐれてたからグリンゴッツに泥棒に入る時間もあった」

「あの日あそこにいたのは教授だけじゃないと思うよ?」

 

「……クィレル先生もいた」

「ほかにもいたかもしれないよね。でも、これから泥棒に入る予定だったなら、変装するなりして自分だとばれないように行動してた可能性もあるから、気付かなかったとしても無理はない」

 

「だけど、ハロウィンの日にスネイプは三頭犬に噛まれたんだ! きっとトロールに注意を惹きつけて石を盗むつもりだったんだ!」

「その同じ発想を、あの瞬間にできた人物がいたかもしれないとは思わない? 石のことを知ってる先生方はみんな、石のことは常に頭に置いてあるはずだよ?」

「そうね。トロールが校舎に入り込むなんて、めったにないことだと思うもの。先生方は生徒の安全が第一だろうけど、その瞬間に石のことが頭をよぎれば、生徒のことはほかの先生に任せて石を守りに行く可能性だってあるわ」

 

 

「だけど! スネイプはクィレル先生を脅してたんだ! 三頭犬を突破する方法について訊いてた! 怪しげなまやかしについても ―― 」

 

 

言葉を切ったその瞬間、ハリーも気付いたのかもしれない。

もしかしたら、2人の立場はまったく逆だったのかもしれない、って。

 

 

「……ミューゼが言いたかったこと、少しだけ判ったような気がするわ。確かに証拠はひとつもないのね」

「ぜんぶ可能性の話だよ。私は信じたい方を信じるから、3人も信じたい方を信じればいいと思うし」

 

 

ここで少しだけフォローを入れておく。

さすがにちょっとばかりしゃべりすぎちゃった気がするし。

(まあ、それでも教授がいちばん怪しいのは変わらないから大丈夫だと思うけど)

 

 

「賢者の石については判ったわ。今度はハリーが命を狙われたことについて話してくれる?」

「うん。……ハーマイオニーは、教授がハリーの箒を目をそらさずにじっと見てたところを目撃したけど、どんな呪文をかけてたのかまでは聞いた訳じゃない」

「ええ、そうよ」

 

「たぶんハーマイオニーが読んだ呪いの本と同じ本に出てたと思うけど。詠唱タイプの呪いには反対呪文があるってことは知ってる?」

「え……? でも私がスネイプ先生のローブに火をつけた時に目をそらして、ハリーの箒は元に戻ったわ」

「教員席でボヤ騒ぎがあれば、近くにいた先生方はみんなそっちに気を取られたと思うけど? 近くでそんな騒ぎになったら自分1人だけハリーを凝視してるのは目立ち過ぎるから、続けたくても続けられなかっただろうし」

「……」

 

「これも可能性の話。私は教授のことを信じたいから、教授が無実の可能性を必死で探してるの。私は確かな証拠がない限りぜったいに教授を疑ったりしない。だからみんなも、私の意見を変えるのは諦めて欲しい」

「確かな証拠、って。それこそ僕がスネイプに殺されない限り無理じゃないか」

「そうだね。だから諦めて。これ以上私に関わろうとしないで」

 

 

そこで話を終わらせるつもりで席を立つ。

と、引き止めるように声をかけてきたのはやっぱりハーマイオニーだった。

 

 

「これからも私、ミューゼに話を聞いて欲しいわ」

「それは無理かな。……教授に言われてるから。ハリーにはぜったいに近づくな、って」

 

「え? どうしてスネイプがそんなこと言うの!? おかしいじゃない! ミューゼが誰と友達になったってスネイプには関係ないことだろ? ミューゼだって素直に言うことを聞かなくたって……」

「あのね、ハリー。自分がどんなに危険な存在か判ってる? 命を狙われてるのに加えて、よけいな危険なことにまで首を突っ込んで。親の立場で考えたら、自分の子供がそんな危険な人と友達になって欲しくないと思うのはあたりまえだよ。ロンのご両親だって、ハリーが命を狙われてたり、賢者の石のことに関わってるって知ったら、きっと同じことを言うと思うよ」

 

「……」

「……僕の両親は、それでもハリーと友達になるなとは言わないと思う。……たぶんだけど」

 

「じゃあそうかもね。でもうちの父は違う。私に危険があるようなことは、たとえどんな小さなことでも排除しようとするの。だからもう話しかけないで。ロンとハーマイオニーもね。私教授に、グリフィンドールの友達は作らないって約束したから」

 

 

それ以上話しかけられないように、足早に部屋を出たけれど。

きっと3人とも、その時点では私に話しかける気力はなくなってたんじゃないかと思う。

 

 

 

まあ、ここまで言ってしまえばたぶん大丈夫だと思うんだけど。

万が一また彼らに話しかけられたとしたら、私はまたきっと話を聞いてしまうような気がするよ。

 

 

 

 

 

 

 

もともと根も葉もなかった私についての悪い噂は、4月も終わる頃になればすっかりなりをひそめていて。

アメリア先輩もあれ以来特に何かを仕掛けてくることもなかったし、毎週お茶会に行ってた同室のみんなも誘われる頻度が少なくなってきてたから、部屋での雰囲気も以前のものに戻りつつあった。

もっとも、私自身が教授の部屋に監禁されてたのは変わらないから、一緒に過ごす時間は門限以降の眠る前だけだったんだけどね。

でもその時間にはみんなでお茶を飲んで、今日あった出来事なんかについてたわいない会話を交わしていたんだ。

 

 

月曜日のその日、私はミリーが淹れてくれた紅茶を見つめながら、1人ため息をついていた。

 

 

「ミューゼ、どうしたの?」

「……ねえ、相談に乗ってくれる?」

「ええ、もちろん。話してみて」

「……今月分のお小遣いがまだほとんど手つかずで残ったままなの。今日を除いたらあと3日しかないのに、使うあてがぜんぜんないの」

 

 

もしも前世の友達や、マグルの友達に同じことを言ったら、ぜいたく言うなって怒られたと思うけど。

欲しいものならほとんど躊躇なく買える上流階級のお嬢様方は、私の言葉を茶化しもせずに同情してくれた。

 

 

「洋服は先月買ってたんだっけ?」

「うん。あんまり増やしてもトランクで持って帰れないから」

「紅茶も補充したばっかりね。アメリア先輩にいただいたのもあるし」

 

「ミリーの誕生日が来月じゃなかった?」

「でも月末よ。もちろん今から用意してくれてもかまわないけど、来月は来月でまた5ガリオン増えるんでしょう?」

 

「ねえ、ミリー。何か欲しいものはない? ほら、ちょっと高いもので10ガリオンくらいするような」

「……ちょっと待ってて?」

 

 

ミリーはなにか思いついたようで、自分の机の方に行ったあと、1冊の雑誌を手にして戻ってきた。

 

 

「実はね、そろそろ新しいティーセットが欲しいと思ってたの。ここでみんなで使うのにね。ちょっと高いから両親におねだりしようと思ったんだけど」

 

 

ミリーが広げてくれたところには、どうやら有名らしいブランド物のティーポットとカップ5客のセットがあって、いかにもミリーの好みという感じの繊細なデザインだった。

でも、お値段のところにあった数字は、逆に高すぎて私のお小遣いで買える金額ではなかったんだ。

 

 

「いいわね、これ」

「でしょう? アスリンなら気に入ってもらえると思ったわ。テイジーはどう思う?」

「悪くないんじゃないかしら。部屋の雰囲気にも合うと思うし。これにしたら? ミューゼ」

「え?」

 

 

いやだって、皆さん値段のところ見えてますか?

これ、私のお小遣いだったら6ヶ月くらい貯めないと買えない計算になるんですけど。

 

 

「ええっと、今が4月だから、5、6、7、8、9月までか。ちょうど新学期には間に合うけど、そんなに繰り越して教授が許してくれるかな?」

 

「……なに言ってるのよ」

「みんなで使うものを、どうしてミューゼだけに払わせると思うの?」

「4人でお金を出し合って買わないか、って話をしてるのよ? 今までのはミリーが家から持ってきたものだもの。いつまでもお世話になってても悪いから、買うならちょうどいい機会だと思うわ」

「私はそれでもかまわないけど、ミューゼがお小遣いを使いたいなら、ね?」

 

 

私は改めてみんなの顔を見まわした。

3人とも笑顔で、でもちょっとあきれ顔で、しょうがないなって感じに苦笑してたんだ。

 

 

「……いいの?」

「いいんじゃない? みんなが賛成なら」

「ていうか、賛成してないのってミューゼだけよ」

「どうするの? これに決めてもいい? それとも、ほかのデザインで気に入ったものがあるなら ―― 」

 

「これでいい! これにしよう! もうこのセット以外考えられない!」

 

 

私が言うと、みんなは笑顔で「じゃあ来月ね」「私家から金貨を送ってもらうわ」なんて話をわいわい始めて。

その様子を見ながら、私は改めていい友達を持ったな、ってことを実感したんだ。

 

 

 

 

 

その週の土曜日が5月2日だったので、私はまた教授との夕食会で真っ白なお小遣い帳を披露することになった。

 

 

「 ―― という訳で、ルームメイトぜんいんでお金を出し合って、新しいティーセットを購入するために繰り越ししました」

「……」

「あと、来月はミリーの誕生日なので、その分も含んでいます」

「……いいだろう。だが、来月は必ず使い切るように」

「……はい」

 

 

なんかハードル上がっちゃった気がするよ。

生理はまだあまり順調にはきてないけど、来月余った分はナプキンの大量購入とかしといた方がいいかもしれない。

 

 

 

食後に肩もみを始めると、さっそく教授が憮然とした声で私に訊いてきた。

 

 

「我輩に言うべきことがあるようにお見受けするが?」

「……すみません。日曜日にハーマイオニー達3人に話しかけられました」

 

 

どうやら図書館には教授のスパイがいるらしいです。

って、もしかしたらスパイは姿を消したメイミーなのかもしれないけど。

 

 

「おまえは我輩に、グリフィンドールの友人は作らんと、約束したはずではなかったですかな?」

「話の内容が教授についてだったので、無視できませんでした。……教授がハリーを目の敵にするのをやめてくれるように、私から教授に話して欲しい、と」

 

「……くだらん」

「はい。なので今の話は聞かなかったことにしていただけると助かります。私に頼めば教授が優しくなるなどという噂が流れたら、教師の沽券にも関わります」

「……」

 

 

飴と鞭、じゃないけど、優しい先生と厳しい先生のバランスって、学校全体にとってはけっこう大事だと思うんだよね。

その中でも教授は厳しい先生の代表格といっていい存在なんだから、うかつに生徒に優しくしちゃいけないと思うんだ。

……まあ、スリザリンの生徒相手にはけっこう甘いところもあるんだけど。

 

 

そんな話で誤魔化すつもりだったのだけど、あいにく教授はそう簡単にはいかなかった。

 

 

「それだけではあるまい」

「……不愉快なのでできれば思い出したくないんですが」

「我輩にはできない話なのかね?」

 

「……3人は、去年の夏ごろにグリンゴッツ魔法銀行に盗みに入ったのが教授だと思ってるみたいです。それと、クィディッチの試合でハリーの箒に呪いをかけたのも」

 

「……!」

「もちろん違うのは判ってます。でも、私がなにを言っても彼らは信じてくれなくて。……すみません、私の力不足で」

「……それはおまえの責任ではなかろう」

 

 

どこまで話していいものか判らないから、とりあえず新聞でも公表されたグリンゴッツの盗みの件と、教授が認めた箒の呪いの件だけを取り上げておいた。

これ以上は盗み聞きとか憶測とか、本来なら生徒が知らないはずの情報も混じってるから、情報を流したハグリッドやハリー達のために黙っておいた方がいいだろう。

 

 

「それで、約束のことを話しました。ハリーに近づかないことと、グリフィンドールの友達は作らないことを」

「……そうか」

「はい。それで納得してくれたかどうかは判りませんが、私は今後も教授との約束をたがえるつもりはありませんので安心してください」

「……」

 

 

私が言うと、またしばらくの沈黙があって。

なにかを考えていた様子の教授が、久しぶりに肩もみ中の私を振り返って言った。

 

 

「おまえは、我輩が考えていることを知りたいか?」

「……教授のご判断にお任せします」

「では質問を変えよう。……おまえはなにをどこまで掴んでいる」

 

「……教授が、クィレル先生をお疑いかもしれない、というくらいです」

 

 

教授の視線がぐっと強さを増す。

たぶん、私がまだなにかを隠してるって、察してしまったのだろう。

 

 

「ひとつだけ教えてやろう。……おまえは、我輩に心を読ませたことがない。……幼い頃のある時期から今日まで一度もだ」

 

 

 

教授が語った新たな事実に驚きもしたけれど。

 

 

それよりも私は、教授が今まで何度も私の心を読もうとしてきたことにショックを受けたのだと。

数日後にようやく気づいて愕然としたんだ。

 

 

 


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