翌週の木曜日、私が図書館から戻ると、部屋の3人がなにやら浮かれ気味に話していたのに遭遇した。
「ただいま。なんだか楽しそうだね」
「おかえりミューゼ。実はね、私たちアメリア先輩のお茶会に誘われたの」
「アメリア先輩?」
「ほら、6年生ですごくきれいな先輩がいるでしょう? 談話室ではいつも他の人たちに取り囲まれてて、今まではお話しする機会がなかったんだけど」
「今日は先輩の方から私たちに話しかけてくれたの」
「金曜の午後にお茶会を開くから、私たちにもきて欲しい、って」
「招待状をいただいたのよ」
テイジーが封筒から丁寧に出して見せてくれた招待状には、綺麗な文字でテイジーの名前と明日のお茶会の詳細が書かれていた。
「そう、それはよかったね。3人ともぜひ楽しんできて」
「ミューゼもいらっしゃいよ。たぶん1人くらい増えても大丈夫だと思うわよ」
「そうよ。一緒に行きましょう?」
「でも、私は招待状をもらってないんだし。それに、明日はたぶんそれどころじゃないと思うから」
明日は魔法薬学の授業があって、たぶんレポートの宿題が出されるだろう。
期限はいつもと同じなら月曜日のはずだけど、3年レベルのレポートにどれくらい時間がかかるか判らないから、できればすぐに取りかかって片付けてしまいたかったんだ。
「そう。……じゃあ、今回は仕方がないわね」
「うん。あとでぜひ話を聞かせて」
「判ったわ。……ねえ、なにを着て行ったらいいのかしら? 制服のままじゃやっぱり失礼よね ―― 」
そのまま再び盛り上がり始めた3人の話題には私はとうてい入ることはできなかったので(ファッションの話じゃ内容的にもね)、私は楽しそうなみんなを見ながら借りてきた本に視線を落として。
とくになにも気にすることはなく、いつものように本の世界へと旅立っていった。
そして翌日の金曜日。
教授の授業が終わって昼食を取ったあと、4人で一度寮に戻って私はさっそくレポート作成のために部屋をあとにした。
さすがに3年生レベルのレポートとなれば図書館の参考資料が不可欠だからね。
他の3人はお茶会の準備でてんやわんやだから、そんな中で1人テンションを落とすのは悪いというのもあった。
教科書やら筆記用具やらを抱えて寮の談話室を通りかかって。
ふと見ると、数人の女子に囲まれて、1人の先輩がこちらを見てるのに気がついたんだ。
目が合ったから軽く微笑んで目礼すると、その先輩も私を見て笑顔を向けてくれたんだけど……。
上品で、きれいな人だというのはすぐに判った。
でも、なぜかは判らないけれど、その品のいい笑顔と視線の強さにちょっとした違和感を覚えたんだ。
たいして気になるほどじゃなかったけど。
(あ、もしかして、彼女がみんなが言ってたアメリア先輩なのかな?)
うん、確かに、場の中心的存在というか、みんながあこがれるのも判るよね。
きれいだし、上品だし、もともとの整った顔立ちを引き立たせるような化粧も上手だし。
……まあ、元中年女から言わせてもらうなら、学生のうちなんてただでさえきれいなんだから、化粧で素肌を隠すなんてもったいない!って感じなんだけど。
大人になったらいやでも化粧しなきゃならないんだから、今のうちは素肌の美しさを堪能すべきだと思うのは、大人っぽさにあこがれる子供には判らない感覚なんだろうな。
ともあれ、視線があったのもほんの一瞬の出来事で、私は何事もなかったように談話室を通り過ぎて図書館へと向かったんだ。
その日の夜は、3人ともかなりの興奮状態で、お茶会の素晴らしさを代わる代わる私に話してくれて。
みんなが楽しそうに話せば私も楽しいから、遅くなるまでずっと会話に花を咲かせていた。
レポートの方は、意外というかやっぱりというか、思いのほか時間がかかっていた。
金曜日の午後だけではまったく進めることができなくて、翌日の土曜日も私はほぼ1日中、図書館に入り浸ることになっていて。
けっきょく教授と過ごす夜になっても終わらず、日曜日になってようやく概要が整うようなありさまだったんだ。
おかげで同室の3人と過ごす時間なんか食事の時以外は皆無で、すっかり図書館の住人のようになってしまっていた。
はっきり言って、私は周りのことがまったく見えていなかったんだろう。
日曜日の午前中、ようやく固まった概要を元にレポートを書いていると、ふと手元を見つめる視線を感じて。
顔を上げると、覗き込んでいたのは、先日絶交したまま一言も会話を交わさずにいたハーマイオニーだった。
「それ、この間の魔法薬学で出された宿題のレポートよね」
「……」
「それにしては明らかに別物に見えるんだけど私の気のせいかしら?」
「……」
べつにハーマイオニーが嫌いになった訳じゃないけど、できれば話しかけて欲しくない。
今は集中してるってのもあるし、なにより私はグリフィンドールの友達は作らないと教授に誓ったんだ。
「ずいぶん難しい内容なのね。そんなに掘り下げて書く必要があるの?」
「……私の覚え違いじゃなければ、あなたと私は絶交中だったはずだけど?」
「友達じゃなくなったら会話もしないつもりなの? 私、ミューゼが他人にも親切な人だって知ってるんだけど?」
「私とあなたは他人じゃない。他人よりも遠い存在になったの」
確か原作の流れでは、ニコラス・フラメルの正体が判るのは、教授がクィディッチの審判をやると判った頃だ。
ということは、イースター休暇のあとくらいの計算になるのか?
つまり、これから3ヶ月くらいは彼らにはまったく動きがないってことで。
……たぶんハリーがクィディッチの特訓でそれどころじゃなくなってるってことなんだろう。
「お願い、そんな悲しいこと言わないでちょうだい。私にとっては、ミューゼはホグワーツでできた最初の友達で、寮が違ってもいちばん私を判ってくれる人なんだから」
「でもあなたと考え方が同じなのはハリーとロンの方でしょう? 彼らがいれば私1人くらいいなくても別に関係ないじゃない」
「ミューゼくらい考え方が大人で、私にいろいろ教えてくれる人はいないの。ミューゼの話は面白いの。あの2人じゃ代えられないものがミューゼにはあるの」
「それを私の立場で言うと、あなたは私と話をするには子供過ぎてつまらない、ってことになるんだけど?」
そもそも私、あんまり人を傷つけるのとか、したくないんだけどな。
だからできれば近づいてきて欲しくない。
ハーマイオニーが自分から近づいてきたら、私はひどい言葉を投げつけて遠ざけるしかなくなっちゃうんだから。
私の思惑通り傷ついたらしいハーマイオニーは、なにも言わずに私の傍から離れていった。
頼むからもう近づいてこないでください。
私もこんな態度を取り続けられるほど強い心を持ってる訳じゃないんです。
そんなことはあっても魔法薬学の課題はどうにか日曜日には終わってくれて、提出期限の月曜日に間に合わせることができた。
いつもなら金曜日に出された課題はその日のうちに終わらせて提出していたから、これだけ時間がかかるのは予想外で、私は一気にテンパってしまっていた。
とりあえず、返されてきたレポートには優がついていて、教授にも特にお叱りを受けるようなことはなかったのだけれど。
同じレベルを維持しながらスピードアップを図ることがなかなかできなくて、私は週末をほとんど魔法薬学の課題につぎ込むことになってしまったんだ。
一方、同室の3人は、アメリア先輩のお茶会の常連になりつつあるようだった。
どうやらアメリア先輩は毎週金曜日に気に入ったスリザリン生をお茶会に誘っているようで、誘われているメンバーはその週によってまちまちなのだが、3人はほぼ毎週のように誘ってもらえているらしい。
まだ一年生で課題もそんなに多くないから断る口実もないし、そもそもあこがれの先輩の誘いを断る気など彼女たちには微塵もないのだろう。
それまでも私自身は単独行動をすることが多かったのだが、しだいに私とルームメイトとの関係がぎくしゃくしてきていたことに、ひと月ほどたったその日に私はようやく気付いたんだ。
金曜日のその日、3人はお茶会に、私は図書館でレポートの概要をまとめに行っていて。
夕食を共にするために私が部屋へと戻ると、3人は顔を突き合わせてなにかを話していたようだった。
「ただいま。なにか深刻な話?」
「……」
「……おかえり。 ―― 続きは明日にしましょうか」
「そうね。そろそろ食事の時間よ。早く行かないと席がなくなるわ」
「ええ、急ぎましょう」
なぜか3人とも私と目を合わせないで、そそくさと支度をして寮を出ていこうとする。
私も荷物を置いて3人のあとから部屋を出たのだけれど。
みんな、私を無視しているみたいで、私には判らない話をずっとしていたんだ。
どうやら3人の間でなにかがあったのだろうけれど、私はその場では問いただすこともせず、けっきょく就寝までその異様な雰囲気の中にいたんだ。
翌朝、いつも同室の誰よりも早く起きる私は、いつもならばみんなを起こさないように支度を始めるのだけれど。
いちばん寝起きがいいアスリンを、ミリーとテイジーに気づかれないようにこっそり起こした。
「……ミューゼ」
「ごめんね、起こしちゃって。でもちょっと訊きたかったから」
「……」
「昨日何があったのか教えて欲しいんだ」
「……うん」
私はほかの2人に聞かれないよう、アスリンと一緒にバスルームに入って、そこで話をすることにした。
「昨日もアメリア先輩のお茶会へ行ったんだよね? そこでなにかがあったの?」
「……言いにくいことなんだけど」
「いいよ。私のことなら気遣わなくてもいいし、ほかの2人に言わないで欲しいならそうするから」
「うん。……実はね、昨日のお茶会でミューゼの話になって。……アメリア先輩が口を滑らせたっていうか、ミューゼをどうしてお茶会に誘わないのかって尋ねたら、アメリア先輩が“彼女、あんまりいい噂を聞かないから”って」
「……」
「先輩はすぐに笑顔で話題を変えちゃったから、どんな噂なのかは聞いてないの。でも、なんかそれからちょっと雰囲気がおかしくなってしまって」
「……うん」
「私たちはミューゼのことをよく知ってるつもりでいるわ。でも、どんな噂なのか私たちには判らないから、疑う気持ちもあって。……ごめんなさい。さぞ気分を悪くしたでしょうね」
……なるほど、そういうことか。
どうやら私、知らないうちにアメリア先輩のターゲットになってしまったらしい。
理由については確実とはいえないけど、おそらく私が教授の娘であることと無関係じゃないだろう。
ここからは想像でしかないのだけれど、たぶん教授の誕生日に高額な贈り物をしたのがアメリア先輩で、贈り物を突き返されたことでプライドを傷つけられたとか。
もしかしたら私がプレゼントしたシャツを教授が身につけてたことを知ったからなのかもしれないな。
あの土曜日の朝食の時、私たちは周囲に聞こえてたかどうかなんて気にせずにしゃべってたから。
いい噂を聞かない、か。
うまい言い方だよね。
アスリン達には、アメリア先輩が私についての悪い噂を知ってるように聞こえるけど、じっさいそんな噂がなくたって彼女が嘘をついたことにはならないんだから。
「うん、事情は判った。話してくれてありがとうアスリン」
「……ごめんなさい、ミューゼ。私……」
「大丈夫、気にしてないから。それにみんなが疑心暗鬼になっちゃった気持ちも判るし。……どうしようか。やっぱりしばらくは距離を置いた方がいいかもしれない」
「そんな。だってミューゼは悪いことはしてないのでしょう?」
「してないよ。でもみんながアメリア先輩を好きなのも判るから。やっぱりほとぼりが冷めるまで私は別行動するよ。2人にはレポートが間に合わないから、ってことにしておいて」
「……ええ、判ったわ」
「ごめんねアスリン。あなたによけいな心労をかけちゃって」
「ううん。……謝るのは私の方よ。疑ったりしてごめんなさい。少なくとも私はミューゼのことを信じてる。ううん、信じることにしたわ」
「ありがとう」
アスリンが最後に言った言葉は、思いのほか私を力づけてくれた。
そのあと、やっぱり別行動するなんておかしいってアスリンは言い始めたのだけれど、私自身は別に独りでいることに何ら抵抗はないし。
なによりアメリア先輩に作戦がうまくいってるように装っておいた方がいいと思ったんだ。
さすがにそこまで説明はしなかったけれど、私はアスリンをどうにかなだめて、さらにときどきこうして早朝に話をしてもらう約束を取り付けておいた。
その日から、私は完全に独りで行動するようになった。
部屋にいる時間が最低限になるように、朝早くからその日1日分の荷物を持って部屋を出て、授業以外の時間はほとんど図書館や薬学教室で時間を潰して。
4人そろって行ってた1日3回の食事もすべて時間をずらして素早く済ませるようにして。
夜は寮の門限ギリギリまで部屋に帰らず、でも就寝前にはできるだけ今まで通りに振る舞っていた。
だから、同室の3人とは、ぎこちないながらも会話はあるんだ。
眠る前のひと時、お互いの身体を気遣いながらお茶を飲むくらいだったけど。
いちおう早朝の会話についてはアスリンに口止めしておいたけれど、彼女なりに考えてほかの2人に私のことを話してくれたのかもしれない。
だからミリーとテイジーは、私が距離を置いた理由についてはレポートが忙しいからというのをあまり疑ってないんだろうと思う。
(そもそもこの2人は人を疑うということをあまりしないタイプだからね。だからこそアメリア先輩に心酔してるってのもある)
そんなこんなで心身ともに多少疲れてきていた2月下旬。
今度は、薬学教室の先輩たちに異変が現われた。
もともとここに集まるスリザリン生には圧倒的に男子の先輩が多いんだけど、彼らが私が行くと遠巻きにして声をかけてこなくなったのだ。
それまでも私の方から挨拶以外の声をかけることはあまりなかったため、ここでも私は人と会話することがなくなってしまっていた。
翌朝、アスリンを起こして事情を訊けば、どうやら本当に私についての悪い噂が流れ始めていたんだ。
それによれば、私は男にだらしがなく、薬学教室で男の先輩をはべらせて逆ハーレムを作ろうとしているらしい。
(いやいや、私まだ11歳なんだけど)
これ、以前アメリア先輩が口にした“いい噂を聞かない”発言だけで発生したのだとしたら大したものだと思うよ。
(たぶん、いい噂を聞かない→悪い噂ってなんだろう→男にだらしがないとか?→そういえば薬学クラブは男ばっかりだし、みたいな流れだったらあながちあり得なくもない)
彼女は優しくて親切で、人の悪口などめったに言わない、人に嫌われることが妬み以外ではほとんどないタイプらしいから、周りの人たちも彼女の言葉はほぼ無条件で信じてしまうのだろう。
さすがの私も注意力散漫というか、頭の中でいろいろなことに整理がちゃんとついてなかったようで。
3月3日の火曜日、朝食のフクロウ便の時刻に教授に手紙をもらって初めて、自分が月初めの小遣い帳提出をすっぽかしてしまったことに気がついたんだ。
(ていうか、2月ぜんぜんお金使ってないし!)
1月は前半に教授の誕生日プレゼントを買って、それでほぼその月のお小遣いは使い果たしていたから、すっかり油断しきってて月が変わったことに気づいてなかったらしい。
部屋で過ごす時間も格段に減って、心の余裕みたいなものがなくなってたから、お小遣いのことまで頭が回ってなかったよ。
その日の夜、夕食後に教授の部屋を訪れると、教授はかなりのお怒りモードで私を迎えてくれた。
「我輩はおまえに、毎月1日か2日に来るようにと、最初にお話ししたはずでしたな」
「はい。すみませんでした」
「我輩との約束など、おまえにとっては簡単にたがえてしまえるほど軽いものだったのでもいうのかね?」
「申し訳ありませんでした」
言い訳のしようがないのでひたすら謝り倒す。
何度か嫌味、謝罪、のやり取りを繰り返したあと、教授が諦めたように溜息をついて、私をソファへ座らせてくれた。
でも、真っ白なお小遣い帳を見て、また怒りがぶり返したようにギロッと私を睨みつけていた。
「これはどういうことだ! 1クヌートも使ってないではないか!」
「すみません」
「謝るだけでは判らん! きちんと説明したまえ!」
「はい、ご説明します。でもその前に、情報の共有をしたいんですが」
私が言うと、教授はまた眼を細めて怒りオーラを放出したが、めげずに見つめていたらなんとか譲歩してくれたようだった。
「なんだ」
「はい。まず、ひとつお訊きしたいんですが。アメリア先輩ってどんな方なんですか?」
「……!」
教授の眉間のしわが深くなる。
十中八九間違いないだろうと思っていたが、どうやら私の推測はあたっていたらしい。
「お願いします、教えてください」
「……優秀な生徒だ。入学したときから熱心に学んでいた。我輩も目をかけていた。……1年ほど前、馬鹿なことを言い出すまでは ―― 」
どうやら去年のバレンタインデーに彼女が教授に贈り物をして告白したらしい。
そういえば私、そんな行事があったことすらすっかり忘れてたけど、先月14日はバレンタインデーだったんだよね。
……まあ、これまでの7年間にもその日教授になにかをしていたという訳ではなかったんだけど。
「じゃあ、例の高額な誕生日プレゼントの贈り主は」
「……ああ」
教授も、目をかけた生徒はとことん贔屓するからな。
(今年の生徒ではドラコがいい例だ)
彼女の方も、生徒として目をかけられて勘違いしちゃったってのもあったんだろう。
「だがそれがどうした」
「はい。私のルームメイト3人が、彼女のお茶会に招待されていまして。1人だけ招待されていない私との間で関係がぎくしゃくしています。なので、今は少し距離を置いているところです」
「……食事時に見かけないと思ったらそういうことか」
「はい。それで、部屋でくつろぐ時間もほとんどなくなってしまったので、買い物のことを考える余裕がありませんでした。正直に言えば忘れてました。……すみませんでした」
「……」
教授にも、私がアメリア先輩に1人だけ仲間外れにされているのが、自分と無関係だとはとうてい思えなかったのだろう。
しばらく考えるように沈黙してしまう。
もちろん私は教授のせいだとは思ってないし、ルームメイトとの関係改善のために教授になにかしてもらうつもりもない。
というか、考えたところでこの場合教授にできることはなにもないのだ。
「とにかく、どんな理由であれ、教授との約束を破ったのは私の不始末です。どんな罰でも甘んじて受け入れます」
「……」
「なんでもおっしゃってください」
教授の思考の矛先を変えるように言えば、また少し考えた末、教授は声を出した。
「約束は約束だ。だが、今回のことは、毎週会っていながらおまえの様子に気付けなかった我輩にも落ち度がある。よって、今回に限っては不問とする。次はないと思え」
「はい。ありがとうございます」
「今月の分だ」
あ、やっぱりくれるんだ。
私は教授が差し出した5ガリオンを受け取って、ポケットにしまった。
「それで、対策は講じてあるのか?」
「あ、いちおうスパイは送り込んであります。あちらも当面の目的は私を孤立させることのようなので、ひとまず孤立しておこうと思っています。私自身に対してなにかを仕掛けてきているという訳でもないので」
「それでおまえは大丈夫なのか」
「独りでいること自体は問題ありません。今のところ勉強にもついていけてますし」
「……おまえは安定しているように見えて、たまに脆いところがある」
「大丈夫です。……私には、教授が味方だって、判ってますから」
笑顔で言えば、逆に教授は眉間にしわを寄せて表情を隠してしまう。
なんだかなぁ。
そんな顔、私じゃなかったら、教授を怒らせちゃったと思うところだよ。
教授から見た私は、たかだか教授が足に怪我をしたくらいで恐怖に泣いてしまうような、脆い子供なのだろうけれど。
教授が絡まないところでは本来私はとても図太いんだ。
18歳から27年くらい社会人を経験してるんだし、その間ほんとにいろんなことがあったから、今さら学校で独りにされたところで教授が心配するようなことは起こらないと自信を持って言えるよ。
……まあ、優秀な6年生に魔法かなにかで直接攻撃された日にはその限りじゃないかもしれないけれど。
(とりあえず学生相手に闇の魔術を使うようなことだけはしないように気をつけないと)
照れ隠しにしかめっ面でもう帰れと言う教授に笑顔でうなずいて、私は校内で一番安心できる場所になってしまった教授の部屋をあとにした。