おばさんは薬学教授の娘に転生しました。   作:angle

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賢者の石9

 

それからしばらくの間、私は空き時間に一人で図書館へ行くことも、そもそも一人で行動することさえほとんどしないでいて。

放課後はたびたび一人で薬学教室へ出向いていたけれど、地下牢教室はスリザリン寮とさほど離れていなかったため、グリフィンドールのハーマイオニー達と偶然すれ違うようなことはまったくなかった。

彼女たちもそろそろ教授へ疑いの目を向け始めていた頃だったから、私とどう接していいか迷うようなところもあったのだろう。

ときどき大広間や魔法薬学の授業で姿を見かけることはあったけれど、いつも一緒に行動している三人組が私に話しかけてくるようなことはなかった。

 

 

11月の最終日がちょうど土曜日だったため、私はその月のお小遣い帳をつけ終えたあと、土曜日の食事会に教授の部屋へと赴いた。

 

 

「今日はもうお金を使いませんので、1日早いですがついでにお見せしようと思って持ってきました」

「ああ、かまわん。見せてみろ」

「はい。 ―― 私服に似合いそうなマフラーを友人が選んでくれたので、通販で買いました。残りはクリスマスのために繰り越しました」

「……これは?」

 

「あ、はい。初潮があったので」

「……?」

 

 

まさか私もこんなに早く来るとは思ってなかったんだよね。

11歳とか、前世では確か13歳くらいだったから、覚悟もなにも出来てなかったっていうか。

でも、多少は驚いたけど、どちらかといえば『またこれと毎月付き合わなきゃなのか』ってうんざりした方が強かったな。

どうせ私は出産なんかしないんだから、こんなのあっても無駄なだけだし。

 

 

教授は言葉の意味が判らなかったらしく、私はそれでスルーしてくれることを期待したのだけど、なぜか訊ねるような視線を向けてきて。

まあ、私の方に抵抗がある訳じゃないから(元オバタリアンだし)、せっかくの私の気遣いを無視してくれた制裁の意味を込めてずばりと言ってやっちゃいました。

 

 

「生理が始まりました。なので保健室で下着とナプキンを購入しました。……やっぱりちゃんと言った方がよかったでしょうか?」

「な……!」

 

 

目を見張って口元を押さえて絶句する教授の珍しい表情を見せていただきました。

……でもこれって、少なくとも既婚男性の反応じゃないだろ。

私を産んだ(と思われる)教授の奥さんは教授にこういう話はしなかったんだろうか?

 

 

「今後必要でしたらファーストキスも報告しますけど?」

「………………言わんでよろしい」

「ではそうします」

「……」

 

 

気まずい空気を払拭するように教授が杖を振ったので、私も小遣い帳を片付けて、テーブルの上の食事に手をつけた。

 

 

 

 

グリフィンドールの三人組に呼び出されたとき、私は図書館で同室の3人と一緒に宿題をしていた。

もしかしたら私が図書館へ出向くのをいつからか待っていたのかもしれない。

まあ、たぶんここにいた理由としては“ニコラス・フラメル”を調べるのがメインだったんだろうけれど。

 

 

「ミューゼ、実は話したいことがあるんだけど」

「どんなこと?」

「ここではちょっと」

「そうなんだ。 ―― ごめん、ちょっと行ってくるね」

 

 

スリザリンの3人に言い置いて、私はグリフィンドールの3人のあとについて、図書館近くの空き教室に入った。

最初からここで話をするつもりで目をつけてあったのだろう。

ぜんいんが入ったあと、ハーマイオニーはドアに鍵をかけて、私をドアから離れた椅子に導いた。

 

 

どうやらメインで話をするのはハリーに決まってたようで、他の2人は一歩下がったあたりで待機の態勢に入ってたから、私は目の前に座ったハリーに話しかけた。

 

 

「それで? 話って?」

「うん。スネイプのことなんだけど」

「私のこと?」

「あ、いや、君じゃなくて、父親の方 ―― 」

 

 

実はハリーやロンが教授を呼び捨てにするのもちょっと気に障ってたんだよね。

(ハーマイオニーは少なくとも私の前ではスネイプ先生と呼んでたけど)

そんな、険悪というほどではないけれど、ちょっと気まずい雰囲気から話は始まった。

 

 

 

7月31日、私とハリーとが初めて出会った日、グリンゴッツ魔法銀行に盗みに入った誰かがいたこと。

その誰かが盗むはずだったものは、実はその前にハグリッドが金庫から取り出していて、今はおそらくホグワーツの中にあるだろうこと。

真夜中に寮を抜け出したハリー達が、禁じられた廊下の先で仕掛け扉を守る三頭犬に遭遇したこと。

そしてハロウィンの日、トロール騒ぎがあったと同じ時に教授が三頭犬に噛まれて怪我をしたと知ってしまったこと。

 

 

先日のクィディッチの試合では、ハリーの箒に呪いがかけられて、その時教授はじっとハリーの箒を見つめながら何かを呟いていた。

……確かに、状況証拠だけなんだけど、教授ってめちゃくちゃ怪しいじゃん。

まあ、私は教授が賢者の石とハリーを守ろうとしてるって、知ってるんだけどね。

知らなかったら娘の私ですら教授を疑ってたかもしれないよ。

 

 

「それで? どうして私にそんな話をしたの?」

「どうして、って。君はスネイプ…先生が疑わしいとは思わないのか?」

「疑わしい、って、私の父がハリーを箒から落とそうとしたとでもいうの? グリンゴッツに泥棒に入ったとでも?」

「だって、そう考えるのがいちばん自然じゃないか! あの日君は30分以上お父さんに置いてきぼりにされてたんだ!」

 

 

あー、それも推理の中に含まれてるんだね。

私はふうっとため息をついて、興奮しかけたハリーを見つめた。

 

 

「結論を先に言うけど、私は今の話を聞いても、少しも父を疑ったりしてないよ。私の父はハリーを殺そうとなんかしないし、銀行に盗みに入ったりもしない。もちろん三頭犬が守る部屋に侵入するためにトロールを校内に入れたりしない。だからハリー達が考えてることは、ぜんぶ間違ってるよ」

「なんで? これだけ証拠があるのに……。犯人はスネイプで間違いないよ!」

 

「間違いだよ。犯人は別にいる」

「どうしてそう言い切れるんだ! なにか犯人じゃない証拠でもあるの!?」

 

「見せられるような証拠じゃないけどね。……私の父は、子供嫌いのくせにホグワーツの教師を9年以上もやってるセブルス・スネイプ教授は、生半可な理由ではこの仕事を投げ出すようなことはしない。娘である私の人生に汚点を残すようなことはしない。そう信じてるだけだから」

 

 

 

私が言い終えても、今度はハリーも、他の2人も、反論してこなかった。

それはたぶん私の言い分に納得したからじゃなく、なにを言っても私が考えを曲げないことを悟ったからのように見える。

私はそれでもかまわなかった。

だって、下手に今納得されちゃったら、私の目的の方が達成できないから。

 

 

「とりあえず、勘違いは誰にでもあることだと思うけど、それを理由に父親を侮辱された私は不愉快だし、私の言葉を信じてもらえないことには傷つきもしたから。私の父は無実だから、いずれみんなにも判るだろうけど、私はあなた達が面と向かって父に謝らない限り許さないからね。短い付き合いだったけど、今日限り絶交させてもらうから」

 

「……君だって、僕たちのことを信じてくれてない。もしかしたら君がスネイプに利用されてるかもしれないって、忠告してるのに」

「それはどうもありがとう。その忠告の内容はともかく、気持ちだけはありがたく受け取っておくよ」

 

 

話はそれで終わりってことで、私はドアに向かって歩いていった。

……まあ、これだけ険悪ムードで別れればしばらくは話しかけてこないだろう。

だいたい彼らが教授に面と向かって謝るなんてこと、できるとは思えないし。

 

 

ドアの近くまで来たところでそれまで黙っていたハーマイオニーの声が聞こえた。

 

 

「ねえ、ミューゼ。……もしかして、あなた何か知ってるんじゃない?」

 

 

……なんだこの鋭い生き物は!?

 

 

「なにか、って?」

「三頭犬が守ってるものがなんなのかとか、ハリーを狙ってるのが誰なのかとか」

「……個人的に疑ってる人がいない訳じゃないけど、私はそもそも首を突っ込む気はないから。命だって惜しいし」

「スネイプ先生の疑いを晴らしたいと思わないの? ミューゼが大好きな“教授”が疑われてるのよ?」

 

 

……オイオイオイオイ勘弁してくれよ。

間違って説得されちゃったらどうしてくれるんだよ。

 

 

「……私たちの世代は、比較的平和な時代に育ってるから、危機感があまりないけれど。闇の勢力が解体してから実はまだ10年くらいしか経ってないんだよ。この平和な時代を築いてくれたのは、私たちの親。教授や、ハリーの両親や、ロンの両親たちなんだ。私たちがここに無事生きていられるのは彼らが必死で守ってくれたからなの。それが判ってるのに、たかが生徒3人に父親が疑われたからって、私は危険なことに首を突っ込むなんてできないよ」

 

 

さすがにマグル出身のハーマイオニーはとっさに反応できなかったようだけど。

また一歩踏み出そうとした私を引き止めた声はハリーだった。

 

 

「僕の命が狙われたんだ。このまま何もしなければ僕は殺されるかもしれない。だから、なにか知ってるなら教えてくれ」

「私が言えるのは、今みたいに警戒しなきゃいけない人を間違えてたら危ない、ってことだけだよ」

「じゃあその人の名前を教えてよ! 僕の命がかかってるんだ!」

「言えない。だって私、その人に面と向かって謝る勇気なんかないもん」

 

 

うん、これはほんとに嫌だ。

なんせ相手は後頭部にヴォルデモートをくっつけた闇の魔術に対する防衛術の先生なんだから。

 

 

 

たぶんハリー達の筋書きでは、私に教授の行動が怪しいことを訴えれば、それだけで私が教授を疑って彼らに協力することになってたんだろう。

その先にはたとえば私に教授の行動を見張って欲しいとか、教授からなにかを訊き出して欲しいとか、そういう要求もあったのだと思う。

でも、まさか最初の一歩で躓くとは思ってなかったんだろうね。

このあたりはしょせんは子供の浅知恵というか、圧倒的な経験不足というか、11歳の子供ではどうすることもできない部分だった訳だ。

 

 

 

ようやく私は空き教室を出て、図書館に戻ったのだけれど、宿題を片付けていたルームメイト3人は既に寮へ戻ってしまったみたいだった。

私が持ってきてた荷物もすっかり片付けられてる。

たぶん3人が持って帰ってくれたのだろう。

 

 

私は一刻も早く3人にお礼を言うために、足早に寮への道を歩き出した。

 

 

 


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