ハロウィンが終わると、ホグワーツではいよいよクィディッチシーズンに突入する。
4寮がそれぞれ総当たり戦を繰り広げて、勝敗と得点差を競って優勝杯を目指すんだ。
さらに試合で得た得点がすべて寮の得点にも加算される訳だから、各寮ともに否応なしに盛り上がる。
その皮切りになる試合がグリフィンドール対スリザリンというのも盛り上げに一役買ってるのかもしれない。
寮の中でもその話題で持ちきりで。
私は誰が選手だとかまったく知らなかったのだけど、ときどき他の寮生に『がんばれよ』なんて声をかけられてる先輩を何人も見かけて、すぐにほぼ全員を知ることができた。
確かこの時点ではハリーがグリフィンドールのシーカーに抜擢されたことは他寮には内緒のはずなのに、気がつけばみんながハリーの噂話をしてるんだよね。
(この件に関しても私はドラコが気の毒で内心ひたすら同情しまくってたよ)
ここホグワーツでは秘密を秘密のままにしておくことはほぼ不可能なのかもしれない。
原作では確か、この試合の最中にクィレル先生がハリーの箒に呪いをかけて、その反対呪文を教授が唱えるんだった。
でもって、その反対呪文をかけてるところをハーマイオニーに見られて誤解されて、教授はローブに火をつけられちゃうんだよね。
まあ、今回は被害がローブだけだからそんなに心配することもないと思うんだけど。
万が一にも教授が足にやけどでもしてたらそのあと私はハーマイオニーと上手に会話できる自信はなかったりする。
「あら、ミューゼ。いつもの棚の方にいないと思ったら今日はこっちなの?」
噂をすればハーマイオニーさんでした。
なお悪いことに、ちょっと離れた場所からハリー君とロン君がこっちを見てますよ。
「うん。本命は料理の本の品ぞろえを確かめたかったんだけど、クィディッチの本が目に入ったからつい浮気してた」
「料理? ミューゼは料理好きなの?」
「実はあんまり好きじゃなかったんだけど、魔法薬を作るのと作業が似てるから、一緒に勉強したら相乗効果で両方上手になるかな、って思って」
「やっぱりミューゼって考え方が独特だわ。そうそう、友達を紹介するわ。グリフィンドールのハリーとロンよ」
ハーマイオニーが手招きすると、ロンはしぶしぶといった感じで、ハリーも恐る恐る、私の近くにやってきた。
「ロン・ウィーズリーだ」
「ミューゼ・スネイプ。よろしくねロン。ハリー、久しぶり」
「うん、久しぶり」
2人とも知り合い? ちょっとね、なんて会話を交わしたあと、ハリーがじっと私を見つめてくる。
ホグワーツで食事をするようになったおかげか、ハリーは以前見た時よりもずっと栄養状態が良くなったような気がした。
「ミューゼ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「だいたい想像はつくけど。父のことなら私はぜんぜん知らないよ?」
「……なんで僕、あんなに目の敵にされてるんだと思う?」
「ほんとに判らないんだけど。……たとえば、昔うちの父とハリーのお父さんが、1人の女性を争った恋敵だった、とかだったら面白いと思わない?」
おどけた感じで言えば、最初に吹き出したのはロンで、意図を汲んだのかハリーも笑顔を見せた。
「あのスネイプが? ありえないよ」
「あら、でもミューゼの想像だと、スネイプ先生はミューゼのお母さんと禁断の恋で結ばれて、周りに強引に引き離されたんじゃなかった?」
「うん。だから、母に横恋慕してたのがハリーのお父さんなの。……ううん、実はもともと母と婚約してたのはハリーのお父さんの方で、父が略奪したんだよ! ほら、純血の家って親同士が勝手に子供の婚約を決めちゃったりするし。もしもそうだったら面白いと思わない? ね、ハリー?」
「……うん。なんか僕、スネイプのことは判らないけど、ミューゼのことはよく判った気がするよ」
「うん、僕もだよ」
それはもしかして私の空想 ―― 妄想とも言う ―― 力が人並み外れてたくましいって言いたいのかな?
実は私の空想から展開した物語が、関係者の位置は違っても真実にかなり近いんだって、今のハリーには知るよしもない。
ともあれ、自分が預かり知らないところで過去になにかがあったのかもしれないという思考に辿りついて、ハリーも少し気が楽になったみたいだった。
3人はクィディッチの本を借りに来たようで、ハーマイオニーが棚の中から『クィディッチ今昔』を選んで取り出すと、お別れを言って図書館を出て行った。
これから彼らは校舎の外で教授と遭遇して、本を奪われて、取り返しに行った先でハリーが教授の怪我を見てしまうんだろう。
そのあたりのいきさつに関わる気がなかった私は、あらかた料理の本を確かめたところで、地下牢教室にいつものくせ毛治しの魔法薬を調合しに行った。
(これ、実は使用後1週間で効果が薄れるから、2週間に1回は調合してたりして。できればもっと効果が持続するように改良したいところだ)
わりと頻繁に通っている私は、常連のスリザリンの先輩たちともすっかり顔なじみになって、けっこう可愛がってもらえてるのは別の話だ。
そんなこんなで翌日の試合の日。
私はもちろんスリザリンの応援席にいて、同室の3人と一緒に並んで競技場を見下ろしていた。
(やっぱりこれだけの人数が一つ所に集まるとすごいね)
大広間での入学式やハロウィンパーティでも同じだけの人数は集まってたはずだけど。
競技場というのはやっぱり雰囲気が違って、伝わってくる熱気に圧倒されそうになる。
ピッチを囲んだ座席はほぼ寮ごとに4分割されてたりするんだけど、よく見るとハッフルパフやレイブンクローの席にもグリフィンドールの応援旗が掛かってたりして、スリザリン席に座ってたらほぼ“まわり中が敵”な感じなんだよね。
(しかも確かスリザリンて寮生の人数が一番少なかったり。全校生徒の2割とかそのくらいだったはずだ)
つまり、ピッチの選手たちは、味方の応援に対して敵の応援が4倍もある中で試合に臨まなきゃならないって訳だ。
なんか、前世で夢小説を読んでた時にも、それ以前に映画を見た時にも感じてたことなんだけど。
この物語、スリザリンが迫害されすぎなんじゃないですか?
(だいたい寮生の資質に“狡猾”とか、いかにも悪役な感じじゃん)
確かに物語の中ではとかく悪役として描かれてることが多いのかもしれないけど、一人一人はみんないい子たちだし、(私が人嫌い入ってるからかもだけど)中に入ってしまえばなかなか居心地がよかったりもするんだ。
「これは、人の4倍応援するっきゃないね」
「ん!? なにか言った!?」
「がんばって応援しようね!って話!!」
「そうね! 私たちも頑張ろう!!」
既にざわめきで声が聞き取りづらくなってるから、私は隣のミリーと大きな声で声を掛け合った。
やがて選手たちが出てきて。
フーチ先生のホイッスルで試合が始まった。
グリフィンドールびいきの実況は無視して、クアッフルを追い回す選手たちに応援の声をかける。
いちおうスリザリンの選手たちの顔と名前は覚えたけど、高速で飛びまわって入れ替わるから正直誰が誰だか見分けがさっぱりだ。
実況のリー・ジョーダンはいったいどうやって見分けてるんだ?
しかも見分けるだけじゃなく瞬時に試合の流れを解析して口に出すとか、ほとんど人間業じゃないと思う。
「行けー!! そのままゴール行けー!!」
応援の声が既に女の子じゃなくなってる気がするがほっといてくれ。
最初の頃はとにかく大きな声を出そうって頑張って応援してたけど、そのうちに興奮してきたのか周りと同じように立ち上がって腕を振ったり足を鳴らしたりなりふり構わなくなってきた。
試合途中にハリーの箒のコントロールが利かなくなったりと、些細な出来事はあったけれど。
(物語的にはメインだがスリザリン的にはどうでもいい)
その間に大量得点が取れればよもや、と思いもしたけど、残念ながらスニッチを取ったのはハリーで、結果は原作どおりスリザリンの敗北で終わった。
……初めて見るクィディッチの試合は、私の想像以上に面白かったということだけ付け加えておく。
試合が行われたのは土曜日だったため、私はいつもの通り夕食前に教授の部屋を訪れて。
いつもよりさらに憮然とした顔の教授に迎えられました。
「試合中に教員席でボヤ騒ぎがあったと聞きました。教授は大丈夫でしたか?」
「……」
どうやら今はなにも話したくないらしい。
まあ、見たところ靴やズボンが焼け焦げた様子もなさそうだし(魔法で修復したのかもだけど)、足にまで被害はなかったようでほっと胸をなでおろした。
食後、私が教授の肩をもみ始めても、しばらく教授は腹の中が怒りで煮えくりかえってるようだった。
「私、今回初めてだったんですけど、クィディッチってなかなか面白いですね」
「……」
「人が箒でちゃんと飛ぶのを見たのも初めてのようなものなんです。とくにシーカーのヒッグス先輩はもうスピードが授業なんかとはぜんぜん違いますし。あと、フリント先輩でしたっけ? 箒一本であんなに華麗に動けるものなんですね、びっくりしました」
返事がないので適当にスリザリンチームのメンバーをほめていたら、教授の背中に力が入ってよけいに苛立たせてしまったことが判って焦る。
……すみません、またしても教授の怒りポイントが判らないんですけど。
もうクィディッチの話題には触れない方がいいんだろうか?
「……まだ始まったばかりじゃないですか。スリザリンが他のチームに2勝して、グリフィンドールがどこかのチームに負けたら、優勝する可能性は十分ありますよ」
「……」
「今回得点能力はグリフィンドールよりもスリザリンの方が上回っているって証明されましたし、このままいけば総得点数はおそらくスリザリンの方が上です。個々の能力はこちらの方が高いんですから、あとはメンバーの力を信じましょう」
フォローの言葉を投げかければ少し教授の肩から力が抜けたので、潮時かと思って次の話題を探す。
んでも特にはないんだよね。
今週はほとんどどこもかしこもクィディッチの話題ばかりだったから。
そんなことを考えつつ肩もみに集中しているふりをしていたら、教授の方から話しかけてきた。
「おまえは、試合中のポッターを見ていたか?」
「……あまり見てませんでしたけど、もしかして箒が暴走したとかいう話ですか?」
「ああ。……試合中、ポッターの箒に呪いがかけられていた」
「……え?」
ていうか、それ私に言っちゃっていいんですか!?
もちろん生徒の間でいろいろ憶測は広まってたりするけど、教授がそれを肯定しちゃうのはいろんな意味でまずいと思うんですけど。
「もちろん他言無用だ」
「あ、はい。誰にも言いません」
「問題は、ポッターが誰かに命を狙われたということだ。だからおまえには改めて念を押しておく。 ―― ポッターにはぜったいに近づくな」
……ダメだこれ、黙ってれば済むとかそういう話じゃない。
教授は本気で私がハリーに近づくことを禁じてる。
親だからとか、心配だからとか、そういう心の問題だけじゃないんだ。
私がハリーに近づくことで、たとえば他の誰かの命が危険にさらされたり、なにかの計画が狂ったり、そういう重大な問題が出てくる可能性があるから言ってるんだ。
そうじゃなかったら、たとえ私が娘だからといって、教授が呪いのことを口外するなんてことはしなかっただろう。
「すみません、教授。昨日のことなんですが、ハーマイオニーにハリーとロンと引き合わされました」
「……なんだと」
「図書館で、偶然クィディッチの本がある棚の近くで彼女たちと会ってしまって。……しばらく図書館には行かないことにします。今後なにか話しかけられたら、理由をつけて交流を絶つことにします」
「……」
「念のためグリフィンドールの友達は一切作らないことにします。それでいいですか?」
後半はソファの前に回って、床に膝をついて教授の顔を見上げながら宣言する。
教授は少し驚いたように私を見つめていたけれど、やがて緊張を解くように溜息をついて。
1回視線を外したあと、再び私を見て言った。
「……おまえはそれでいいのか?」
「かまいません。ハーマイオニーは頭がよくて面白い友達でしたけど、教授の言いつけに背いてまで交流を続けたいと思うほどではないです」
「なぜそこまでするのに理由を訊かん」
「理由なら今話してくれました。ハリーは誰かに命を狙われたんです。そんな人の近くにいるのは危険ですし、先生方には生徒であるハリーを守る義務がありますから、私などが周りをちょろちょろして守る人数を増やす訳にはいきません。それに、私は教授の娘ですから、その立場をハリーを狙う誰かに利用される危険性もあります。そこまで判ったら理由は十分だと思います」
「……」
教授はまたなにか言いたそうに私を見たけれど、それ以上はなにも言わずに背もたれに身を預けた。
私も再びうしろへまわって肩もみを再開したけど、けっきょくそれ以上話題を振ることはしなかった。