おばさんは薬学教授の娘に転生しました。   作:angle

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賢者の石7

 

目が覚めた時、私は制服のままソファに横になっていて。

目の前の教授の黒い身体を抱きしめているところだった。

 

 

「やっと起きたか」

「教、授……?」

「目が覚めたのなら、まずは身なりを整えてはどうかね? ひどい顔をしておられますぞ」

 

 

はっとして身体を起こしてきょろきょろと周りを見る。

場所は最後の記憶と同じ教授の部屋のソファで、時刻は既に朝になっているようだった。

 

 

「す、すみませんでした! とんだ失態をお見せして ―― 」

「いいから顔を洗ってきたまえ。洗面所は向こうだ」

 

 

改めて教授に教えられるまでもなく洗面所の場所は知っていたので、私は慌てて靴を探し出すとそれを履いてドアへ飛び込んだ。

顔を洗い、鏡の中の自分を見ながら制服のしわをのばす。

懐中時計を探すと、針は既に昼近い時刻を指していた。

 

 

授業に遅刻したかもしれないと焦ったが今日が土曜日だったことを思い出す。

まあ、もしも平日なら教授が私を起こさないはずはないのだけれど。

いずれにしても、私がしがみついていたせいで教授はベッドで寝ることも、おそらく食事を取ることもできなかったに違いない。

 

 

部屋に戻ると教授はいつもの一人掛けソファに座りなおしていて、テーブルには2人分の紅茶が用意されていた。

 

 

「昨日はすみませんでした」

「かけたまえ」

「はい」

 

 

促されてティーカップが置かれた場所に腰かける。

私が一口飲むまでの間を待って、教授が話しかけてきた。

 

 

「それで、昨日何があったのか、話せるかね?」

 

「はい。……おとといのハロウィンパーティーの時、クィレル先生が来たあとにぜんいんが寮へ戻ることになって、教授の席を見たら教授がいなくなっていました。寮でトロールが出たことを聞いて、まさか教授がトロール退治に行ってしまったんじゃないかって、不安になってしまったんです。そのまま一睡もできずに朝食へ行ったら教授はふつうに食事をしていて、その時は安心したんですけど。……教室で、教授の足音が、左右で微妙に違うことに気づいたら、不安が蘇ってしまって」

「……」

「怪我をしているのを、生徒に隠そうとしてるだけなら、たぶん理解できました。でもそのために痛みを麻痺させるのはやり過ぎな気がして。……教授が、誰にも言えない理由で危険なことをしている気がしたんです。それこそ、マダム・ポンフリーにも内緒でなにかをしようとしたんじゃないか、って。それが私、怖くて……」

 

 

話している途中からまた涙がにじんできてしまう。

幸いポケットに昨日のハンカチが残ったままだったから、私はそれを取り出してにじんだ涙をぬぐった。

 

 

「……泣くな」

「はい、すみません」

「昨日も言ったがもう一度言っておく。我輩の怪我は命にかかわるものではない。この怪我が元で死ぬことはない」

「はい」

 

「問題は、我輩が怪我を負ったことではない。我輩の怪我におまえが過剰な反応をしたことだ」

「……はい」

「なぜ、そうなったか判るかね?」

 

「……あの時、教授が獣に噛まれたと言ったとき、思ったんです。もしかしたら、教授がその獣に殺されてた可能性もあったかもしれない、って」

「現実に殺されていないことが判っていたのに、かね?」

「はい。可能性に恐怖しました。“一歩間違えてたら殺されていたかもしれない”と」

 

 

教授はふうっとため息をついて、目の前の紅茶を飲み干した。

私が言った言葉を頭の中で転がして、次に言うべき言葉を探ってるように見える。

私は自分が間違ったことをしているとは思っていなかった。

もちろんいきなり泣き出してしかも教授に抱きついたまま眠っちゃって、ものすごく迷惑をかけたとは思ってるけど。

 

 

やがて、静かにカップを置いた教授は、私をじっと見つめて言った。

 

 

「おまえは、心を一か所に集め過ぎている。心のすべてを一つの対象に注いでいるから、それが壊れた時に何もかもを失う」

「……はい」

「我輩以外の、別の対象を作りたまえ。友達でも、勉強でも、なんでもかまわん。心を小分けにして残しておきたまえ。けっして心のすべてを一つの対象に向けることがないように」

 

 

それは、私が教授を全力で愛していて、それが教授には迷惑だってこと?

いやでも私、そんなに教授だけを愛していただろうか……?

 

 

……どうしよう、否定できないよ。

だって私の昨日のあの取り乱しようは、まさに教授が言う通り“たった一人の愛する人を失うかもしれなかった”人間のそれにしか見えないのだから。

 

 

 

教授自身は、教授が言う“一つの対象に心のすべてを注いでしまった”人だ。

教授がリリーを失って、何もかもをなくしたとき、たった一つ教授の壊れた心をすくい上げたのがハリーの存在で。

もしかしたら教授は、私に同じ想いをして欲しくなくて、こうして忠告してくれたのかもしれない。

 

 

「……判りました。お心遣いありがとうございました」

「もう大丈夫かね?」

「はい。いちど寮に戻ります。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」

「……」

 

 

私はぎこちないながらもなんとか笑みを浮かべて、教授の部屋を辞した。

 

 

 

寮の自室に戻るとルームメイトの3人はちょうど部屋にいて、私を迎えてくれた。

 

 

「ミューゼ! ちょっと、どうしたのその顔!?」

「スネイプ先生に叱られたとか?」

「ううん、そうじゃないんだけど。……3人とも、少し話を聞いてくれるかな?」

 

 

3人は了承してくれて、私が制服から普段着に着替えている間、紅茶を淹れたりお菓子を用意してくれたりした。

 

 

私はかいつまんで、教授が“ちょっとした”怪我をしたことに授業中気付いたこと、昨日はそれが心配で早めに教授の部屋へ行ったことなんかを話した。

 

 

「 ―― 私、今まで教授が怪我をしたのに気付いたことなんかなかったから、すごく怖くなっちゃって。……やだ、また涙が出てきた」

「ミューゼ……」

「それで泣いちゃったのね?」

「うん。ほんとに小さな子供みたいに泣きじゃくったの。それで泣き疲れて眠っちゃって。気がついたら日にちが変わってた。……みんなにも心配かけたよね。ほんとにごめんなさい」

 

「ん、まあ、私たちはスネイプ先生と一緒だって知ってたから、そこまで心配はしてなかったけど」

「週末だしね、たまのお泊りもいいんじゃないって話してたくらい」

 

「ありがとう。……でね、今朝起きて、教授に言われたの。私は、心を一つにまとめ過ぎてる。もっといろんな対象に心を小分けにしなさい、って。……私、教授のことを愛しすぎてるのかな? 私ってそんなに教授一筋?」

 

 

私が訊くと、3人はお互いにちょっと顔を見合わせるようにした。

 

 

「確かにミューゼはスネイプ先生を好きすぎる感じはあるけど。でも、ちゃんと私たちのことも心配してくれるわ。ほら、最初の頃、私がホームシックになりかけた時も慰めてくれたし」

「うん。私が頭痛だった時も気付いて保健室に連れて行ってくれたわね」

「スネイプ先生以外が少しも見えてないとは思わないけど?」

 

 

……ごめん、今あげてくれたの、ぜんぶ“ふり”だ。

私が大人社会でふつうの人間に見えるように身につけた社交術。

そうじゃない、って否定されて初めて気付くなんて本当に皮肉だけど、私、今までみんなのことちゃんと見えてなかったよ。

 

 

「ありがとう。……それじゃあ、これからはもっとたくさん、みんなのことを見るようにするね。だから、小分けにした私の心の一部を受け取ってください」

 

 

真面目に言う私にみんなは少し照れたような笑みを見せて、『改めて言われるのも変ね』と言いながらも私の友情を受け入れてくれた。

 

 

 

 

その夕方、私が再び教授の部屋を訪れた時には、時間が早すぎてメイミーの夕食はまだ出来上がってなかったようで。

私は昨日見せようと思って忘れていたお小遣い帳を先に教授に見てもらうことにした。

教授は最初の時、毎月1日か2日に持ってくるように言ってたから、今月みたいに1日が金曜日、2日が土曜日の時は土曜日の夕食の時にまとめてもいいよって意味だったんだと思う。

……今回は心配のあまり一刻も早く教授の部屋に行く口実が欲しくてそんな気にならなかったんだけど。

 

 

「紅茶は部屋のみんなで飲む分です。最初はミリーが持参してきたんですが、彼女がいつもぜんいんの分を淹れてくれるので、せめてものお礼という意味で。お菓子はハロウィン用です」

「いいだろう。……まさかとは思うが、ハロウィンでもらった菓子を口にしてはいまいな?」

「はい。もったいないとは思いましたが、すべて処分しました」

「それが賢明だ」

 

 

まあ、部屋のみんながお礼にってくれたのは遠慮なく食べたけどね。

他寮の知らない人がスネイプ教授の娘にくれたお菓子なんて恐ろしくて口にできないでしょ。

 

 

お小遣い帳にOKが出たので、いつもの通り今月の5ガリオンを受け取って。

そうこうしているうちに夕食がテーブルに並び始めたから、教授と一緒にメイミーの心づくしの夕食を食べた。

食事中、教授がときどき手を止めたのは、おそらく足に痛みがあるからなのだろう。

そのせいか教授が食べ終わったときには私もあらかた食事を終えていた。

 

 

「教授、まさか立ち上がって紅茶を淹れに行ったりしませんよね」

「……」

 

 

教授は無言で杖を振って食事のお皿を片付けると、もう一振りしてティーポットとカップを出現させた。

この様子だと、私が声をかけなかったらほんとに淹れに行くつもりだったな。

私は教授に笑みを見せたあと、いつものようにソファのうしろにまわって肩を揉み始めた。

 

 

「教授、昨日は本当にすみませんでした」

「そう何度も謝ることはない」

「これで最後にします。教授がおっしゃる通り、手始めに同室の3人を友人としてもっとちゃんと気遣うことにしました」

「そうか」

 

「はい。……私にそれを気づかせてくださってありがとうございました」

 

 

私自身でも気付かなかったことに教授は気付いてくれた。

それはきっと、教授が父親としてちゃんと私を見ていてくれてるからだ。

 

 

 

教授の壊れた心のかけらをすくったのはハリーの存在がいちばん大きいのかもしれないけれど、できれば私の存在も少しは慰めになったのならいい。

私も、少しは教授の心のかけらを注いでもらってると、信じていたいんだ。

 

 

 


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