おばさんは薬学教授の娘に転生しました。   作:angle

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賢者の石4

ルームメイトたちの入学直後の興奮状態もだいぶ落ち着いてきたため、木曜日から私は空き時間に図書館へ行くことにした。

授業の宿題は多いのだが、まだ図書館を使わなければならないほど難しい課題が出る訳じゃない。

部屋で一緒に始めても私はすぐに課題が終わってしまうから、そのままぼーっと一緒にいるよりは自由にしてくれてた方が彼女たちも気が楽なのだろう。

私が薬学の棚の近くで図書を物色していると、ふわふわ栗毛の彼女が私に気づいて近づいてきた。

 

 

「こんにちわ。あなた確かスネイプ先生の娘さんよね」

「うん。ミューゼ・スネイプ。あなたも新入生みたいだけど」

「ハーマイオニー・グレンジャーよ。明日が魔法薬学の初授業なの。だから予習しようと思って。ねえ、魔法薬学ってどんな授業になるのかしら? Ms.スネイプはご存知?」

「ミューゼでいいよ。教授と同じだから呼びづらいでしょう?」

 

「私もハーマイオニーでいいわ。私の場合は名前でも呼びづらいかもしれないけれど」

「ふふふ……」

 

 

なんか笑ってしまった。

今では私も英語に舌が慣れてるけど、前世ではハーマイオニーの名前を一回で言えた試しがなかったんだよね。

夢小説で誰かが呼んでたように、原作では彼女の名前を短い愛称で呼んだ人はいなかったのだろうか?

 

 

「明日は確か、前半が座学で、後半はおできを治す薬の調合だと思う。私はスリザリンだからたぶん同じ」

「まあ、じゃあ最初から実技があるのね? 難しそうだわ。うまく出来るかしら」

「教授が説明したとおりに調合すれば問題ないよ。ハーマイオニーなら大丈夫。でももし実技の予習がしたいのなら……これかな?」

 

 

私は1冊の本を棚から出すと、パラパラとめくって中身を確かめた。

魔法薬の調合に使う材料の切り方や保存方法を詳しく説明した本だ。

学校の授業で調合する際には切り方なんかは教授が一から説明してくれるだろうからあまり必要はないんだけど、魔法薬の本を見て調合するようなときには重宝する。

実技の不安を解消するには適当だろう。

 

 

「教科書に出てくる判らない言葉をこれで調べて、イメージトレーニングするといいと思う。大丈夫、うまくできるよ」

「……ありがとう! さっそく読んでみるわ!」

「がんばって」

 

 

喜々として本を抱えていくハーマイオニーを見送る。

……このくらいはいいよね。

なにもしなくてもハーマイオニーは完璧に調合するんだし、原作を変えるようなことは教えてない。

あれを渡したからといってまさか彼女が調合に失敗することはないだろう。

 

 

しっかし、原作キャラとの遭遇率高すぎでしょミューゼさん。

教授の娘だって事実を差し引いても、ぐうぜん出会うパターンがハリー&ハグリッドに加えてこれで2件目だよ。

(まあ、どちらも“教授の娘だったから”声をかけられたといえばそうなのかもだけど)

 

 

 

そんなこんなで翌日の金曜日。

この日の授業は半日で終わるので、3・4時間目の魔法薬学が最後の授業だった。

私は同室の3人と一緒に早めに教室へ行って、2人1組で前後に席を取る。

周りを見れは壁際にはずっと棚が作られていて、魔法薬の材料になる様々なものが所狭しと並べられていた。

 

 

(あのヒキガエルの目玉、ずいぶん古いけどいったいいつからあるんだろう?)

 

 

前世では苦手だったけど、この7年で気味の悪いものにはすっかり慣れましたよ。

だってそうじゃなかったらそもそも教授の調合室になんか入れないからね。

昔は悲鳴を上げることしかできなかったGも、今なら片手で握りつぶせる気がします。

 

 

 

ここホグワーツの先生には、生徒を最初に教室へ迎える時の流儀みたいなものがあるらしくて。

マクゴナガル先生は猫から変身をやってみせたし、ゴーストの ―― 名前ど忘れした ―― 先生は黒板からニューと出てきた。

確か占い学の先生は生徒1人の死を予言するんだったよね。

そして、わが父スネイプ教授は ――

 

 

―― バン!!

 

 

ドアを壁にぶつけるように勢いよく開いて、生徒をびくっと震えあがらせてくれました。

 

 

 

原作を知らない私でも、このシーンのくだりは何度も読んだ記憶がある。

ここは初っ端のスネイプ教授最大の見せ場で、彼の今後の印象を決定づける重要なシーンだったから、教授がらみの夢小説を書いてた作家さん達はかなりの確率で詳しく描写してくれたんだよね。

だから私も、一言一句、とは言わないまでもそうとうな割合でセリフを覚えていたりする。

とはいえ、さすがに何度も読んでうんざりしてきたせいもあって、途中からはト書き以外読まなくなっちゃったんだけど。

 

 

教授は出席を取って、ハリーのところではちゃんと猫なで声も聞かせてくれて。

その後も続いていく、名前、はい、のやり取りが、なんだか単調で退屈に感じられた。

私の名前のところでは特に教授のパフォーマンスはなかったのだけれど。

名前が呼ばれたあと少しだけざわめいて、返事のあとには多少の視線も感じたから、組分けの時にちゃんと私の顔を見られなかった新入生が教授の娘に興味を示したのだということはうかがえた。

 

 

そのあと教授は魔法薬学についての口上を始めて。

抑揚がなく単調な教授の低い声に、私は幼い頃の読み聞かせの時間を重ね合わせていたんだ。

もう何度も読んでしまった文章、新しい発見も胸の高鳴りもない、限りなく睡魔に魅入られやすい時間。

ベッドに入って、不機嫌そうな教授の声を聞きながら目を閉じていたあの ――

 

 

「ポッター!!」

 

 

とつぜんの教授の大声にびくっと震えて目を開ける。

はっとして見ると、隣のミリーが必死で私を起こそうとしていたらしい姿が視界に入った。

口元と表情で謝罪を表わしながら顔を上げる。

まさか教授にも気付かれただろうか?

 

 

私が焦っているうちにハリーへの質問責めは終わっていたようで、周りで羽ペンを動かす動作に合わせて私もノートに書き込んだ。

内容はまったく聞いてなかったけれど、なにを書けばいいかは判ってたからなんとかなった。

 

 

その後の実技においても流れは原作通りに進んだらしく、グリフィンドール席にいたネビルが鍋を爆発させて保健室へ行って。

私は睡魔を再発させることもなく、組んでいたミリーと協力して仕上げた魔法薬を無事提出することができた。

……魔法薬に関してだけは、だが。

 

 

「Ms.スネイプ、おまえはこのあと残るように。理由はおわかりですな?」

 

 

……だよね、気付いてない訳がない。

その場で指摘しなかったのはたぶん、スリザリンの点数を減らしたくなかったからだろう。

 

 

「ミューゼ、提出ありがとう」

「こっちこそ片付けありがとう。ていうかバレてた」

「え? もしかしてさっきの居眠り?」

「うん。だから居残りを言い渡されました。ごめん、食事は3人で食べてて」

 

 

居眠り? なんの話? なんて会話をミリーと前にいた2人とがかわしたあと、3人は心底気の毒そうな顔を私に向けて、でも足早に教室を去っていった。

作業が遅れていた生徒も周りが手を貸したらしくてどんどん片付けて引き上げていって。

10分も経つ頃には、教室には私と、不機嫌全開の教授との二人だけが残されていた。

 

 

「Ms.スネイプ、入学して初めての我輩の授業で居眠りとは、ずいぶん度胸が座っていると、お褒めすればよろしいのですかな?」

 

 

わあ、完全に嫌みモードの教授だわ。

うっすらと笑いさえ浮かべたこんな教授は初めて見る。

 

 

「それとも、Ms.スネイプには我輩の未熟な授業など必要ないと、そうおっしゃりたいのですかな?」

 

 

たぶん娘の私には見せずにいてくれた姿なんだろう。

恐縮する気持ちはあったけれど、別のところで少し嬉しくもあった。

……教授が表情を変えて次の言葉を言うまでは。

 

 

「理由を言いたまえ。魔法薬作りは危険な作業だ。1年生の簡単な調合だからといっておまえが授業をなめていたのだとしたら話にならん」

 

「すみません。……幼い頃のことを思い出してしまいました」

「なんだと?」

「教授が読み聞かせてくださった絵本のことです。……同じ声で、単調な語り口で話されていたので、安心してしまって。……申し訳ありませんでした! 今後二度とこのようなことはしないと誓います!」

 

 

深々と頭を下げて沙汰を待つ。

 

 

もしも私が一年生の授業を甘く見て居眠りしたのだとしたら、その責任の一端は、入学前の私に魔法薬を教えた教授にもある。

私は教授にそう思わせてしまったことを知って、いま改めて事の重大さに気がついたんだ。

もしも居眠りをしたのが私じゃなかったら、教授はその場で頭でもたたいて起こすだけで済ませたのかもしれない。

でも、私だったから教授は、わざわざ居残りまでさせて私に気付かせようとしてくれたんだ。

 

 

「もういい。顔を上げろ。罰則を言い渡す」

「はい」

「今日の反省文を羊皮紙2枚にまとめて、明日の夕食の時に持ってくること。判ったな」

「はい。判りました」

 

「帰ってよい」

「はい。本当にすみませんでした!」

 

 

もう一度深々と頭を下げて教室をあとにする。

そのあと、大広間で食べずに私を待っていてくれた3人と一緒に昼食を取ったけれど、私が食べている間に教授が食事に現われることはなかった。

 

 

 

 

その日の午後から、私は部屋でずっと反省文を書いていて。

ふだんの宿題なんか比べ物にならないくらいに難しくて、翌日になってようやく納得できるものを書き上げる頃には羊皮紙を10枚以上も無駄にしたと思う。

 

 

「ふあー……」

「おつかれさま。ミューゼ、紅茶でも飲む?」

「ありがとうミリー。お願いします」

 

「ずいぶん書いたわね。いったいどれだけ書かされたのよ」

「ああ、完成品はこっちの2枚。あとのは下書きの没原稿だから」

「じゃあこれぜんぶゴミ箱行きなの!?」

「さすがにもったいないからしばらく取っておく。そのうち消失呪文を習うと思うから、使えるようになったら文字を消して再利用するよ」

 

「別にいいけど、たぶん一度書いたあとだと毛羽立って書きにくいと思うわよ」

「うん、でも、私の反省文のために皮をはがされちゃった羊さんのことを思うと申し訳ないし」

 

「なんかミューゼって言うことがおばあさまみたい」

 

 

ミリーが紅茶を淹れてくれる間、アスリンと話してたらテイジーにとどめを刺されたところです。

……まあ、こう見えても私は実質52歳な訳だから、彼女たちのおばあさまと近い世代なのは間違いない。

 

 

 

 

しばらくミリーの紅茶を飲んでまったりしていると夕食の時刻が近づいてきて。

3人には既に毎週土曜日の予定は伝えてあったから、私は1人で教授の自室まで足を運んだ。

 

 

「教授、ミューゼ・スネイプです」

「入れ」

 

 

ノックをして声をかけると中からそう答えが返ってきて。

ドアを開けて見るとちょうど教授が執務机から立ち上がったところだった。

 

 

「教授、反省文の提出に来ました」

「見せてみろ」

「はい」

 

 

教授は羊皮紙を受け取って一人掛けのソファに腰掛ける。

私はその隣に立ったまま、教授が文章を追うのを少しドキドキしながら見守った。

 

 

「……いいだろう」

「ありがとうございます」

「この反省文は預かっておく。おまえはこれがここにあることを忘れるな」

「はい」

 

 

教授は執務机の引き出しに反省文をしまいに行って、その間に促された私はソファに座った。

ここは自宅のリビングに雰囲気が似ていてちょっと落ち着く。

と、教授がテーブルに向けて杖を振って。

次の瞬間、テーブルには2人分の夕食が出現していたんだ。

 

 

驚いたのは、それらがいつものホグワーツの夕食というよりは、我が家で食べていたメイミーが作った夕食に近かったからだ。

しかも、私が好きだったメニューがずらっと並んでいて。

もしやと思って顔を上げると、相変わらず憮然とした表情で教授が言ったんだ。

 

 

「誰もいない家に屋敷しもべを置いても無駄だからな。メイミーにはホグワーツの仕事をさせている」

「……そうだったんですか」

「ああ。土曜日の夕食はあれに作らせることにした」

「教授、ありがとうございます」

 

 

そうか、教授は本気で、ここに我が家での時間を再現してくれようとしてるんだ。

私は笑顔で教授にお礼を言って、教授がワインに口をつけるのを待ってフォークに手を伸ばした。

 

 

 

食事中はいつも、お互いに会話を振るようなことはなくて。

毎度先に食べ終わる教授が紅茶を淹れて、遅れて食べ終えた私がくつろぐ教授の背後に回って肩をもむ。

もうずっと繰り返してきた習慣だからお互いに慣れてるし、私自身、マグルの本屋でマッサージの本を立ち読みしたりして、少しは腕を上げてるからね。

実は教授も、これがなければ一週間が終わった気がしない心境なんじゃないかと、私は勘繰ってたりする。

 

 

「学校ではうまくやれているか?」

「はい。同室の3人には仲良くしてもらってます。寮のみなさんも今のところ好意的で」

「そうか」

 

「あ、そういえばグリフィンドールのお友達が1人できました。一昨日図書館で一緒になったんです」

「……まさか奴の関係者ではあるまいな」

「違うと思います。同じ一年生ですが、友達になったのはハーマイオニー・グレンジャーですから」

「……」

 

 

教授が溜息をついたのが肩越しに判った。

昨日の授業でのことが頭をよぎったのだろう。

私は大人の女性の目線で見てるから彼女を可愛い子だと思うけれど、教師の目で見ればハーマイオニーは生意気で扱いづらい子に映るんだろうな。

のちのち彼女は立派なハリーの関係者になるのだけど、この時点ではハリーとハーマイオニーとはまだ親友と呼べるほどの間柄じゃないから、私が教授に嘘を言った訳ではもちろんない。

 

 

まあ、このあたりもきっと、大人なりの根回しってヤツなんだろうね。

ハリーは昨日の授業で教授のことが嫌いになっただろうから、教授の娘である私に近づいてくる確率はかなり下がったと思うけど、万が一にも仲良くなっちゃったときに教授に“私が悪いんじゃないよ”とアピールするための伏線というか。

だって、好意的に近づいてくる人をむげに扱うとか、私の性格で出来るとはとうてい思えないから。

“ハリーが私の友達のハーマイオニーと親友になっちゃったんだから、あるていど話をするのはしょうがないじゃん”て言い訳するためだけに、私は教授にこの報告をしてるんだ。

 

 

……そう考えるとやっぱり私はスリザリンで正解なのかもしれない。

 

 

「そういえばひとつお訊きしたかったんです」

「なんだね?」

「私用の薬を調合したいと思うんですが、どこでやればいいでしょうか? 寮の部屋ではルームメイトに迷惑がかかりそうなので」

「薬学教室は放課後生徒に開放している。棚に置いた材料も自由に使って構わん」

 

「ありがとうございます。……ということは、他にも調合する生徒がいるんですね?」

「スリザリンの生徒が多いが、熱心な者は毎日のように来ている。クラブ活動をする生徒もいる。先輩にアドバイスをもらうこともできるだろう」

「教授が指導されることもあるんですか?」

「たまにだ」

 

 

なるほど、いわゆる自然発生した薬学クラブみたいなものなのか。

確か秘密の部屋の時だったか、誰かのセリフで“クラブ活動は一切中止”的なのがあって、『クラブ活動ってなんぞや?』と思ってたんだけどこれがそれにあたるのだろう。

 

 

 

ともあれこれで無事テイジーの猫ちゃんに邪魔されずに調合する場所は確保できそうだった。

 

 

 


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