実は今年の9月1日は日曜日で、9月2日が月曜日に当たるから、今日から丸々5日間はきっちり時間割りが組まれていたりする。
とはいえ正確な時間割は今朝の朝食で配られる予定だ。
6時に起きた私はしばらく同室の子たちを起こさないように支度をしてたのだけど、昨日指定された7時半が近づいてきたからベッドを回ってみんなを起こした。
これが毎朝の恒例にならなきゃいいんだけど。
「ミニー、起きて! デイジーも!」
「……ミューゼ、その子確かミリーよ。そっちの子はテイジー」
「アスランも起きたのなら手伝って!」
「……だから私はアスリンだって」
そんな些細な間違いはあったけれど、ひとまず部屋のぜんいんが支度を整えて。
上級生のうしろにくっついて寮を出れば、どうやら遅刻はせずに大広間へ到着したようだった。
テーブルのてきとうな席に向かい合って腰かけて食べ始めると、ぜんいんがそろったのが確認できたのか、寮監の教授と監督生が手分けしてみんなに時間割りを配り始めた。
「Ms.スネイプ」
「はい」
教授の低い声に振り返って時間割りを受け取る。
それで終わりかと思ったら教授は付け加えた。
「それと、今日の夕食後、我輩の部屋へ来るように」
「判りました。ただ、場所をまだ知らないので、夕食のあとご一緒してもいいですか?」
「いいだろう」
「ありがとうございます」
私と教授のやり取りは周囲の注目を集めたらしい。
教授が同室の3人にも時間割りを渡し終えて遠くへ行ってしまうと、隣に座っていた上級生が3人より先に声をかけてきた。
「……なにかやったのかい?」
いやいや入学早々まだ授業も受けてないのに呼び出し喰らうほど私は器用じゃないですから。
「ただの親子の会話です。お気に障ったのならすみませんでした」
「……今のが?」
「はい。たぶん先月の会計報告と、あとは私的な内容じゃないかと」
「……そう、なんだ」
あまり周りに聞こえないように姿勢を低くして話していた先輩が、恐る恐る顔を上げて教授がいる方を見たようで。
私もそちらを見ると、なにやら恐ろしい顔でギロッと睨まれちゃいました。
……またしても教授の怒りポイントが判らない。
つい今しがた会話したときはべつに怒ってた様子はなかったのに。
「会計報告って?」
今度は反対側のミニー(?)が話しかけてきたから、私は逆に向き直って他の2人にも聞こえるように話し始めた。
「お小遣い帳をつけてるの。月が変わったから、父に見せないといけなくて」
「お小遣い帳? それってどういうもの?」
あ、そこからなんだ。
どうやらホグワーツ自体、授業料が高いのかけっこう上流階級の子女が多いみたいなんだけど、スリザリンは特にその傾向が強いんだろうな。
私はまず、月決めのお小遣いという家庭内制度の話から懇切丁寧に説明して、でも内容の半分も判ってもらえた気はしなかった。
ホグワーツの授業は月曜から木曜までが6時間、金曜日が4時間で、そのほか時間外の授業を合わせると週当たり30時間余りが組まれていたりする。
でも、1年生の授業時間はずっと少なくて、時間割りの半分ちょっとくらいしか埋まってないんだよね。
月曜日の今日は正味3時間授業だったから、空いた時間は同室の4人で城内の探索にあてていたんだ。
もちろんほとんどといっていい教科で宿題が出たから、あるていど落ち着いたあとは空き時間は宿題消化にあてられることになるだろう。
放課後もあちこち歩き回って比較的早めに大広間へ行く。
教員席に教授の姿はまだなかったから、私はゆっくり食事を味わうことができた。
もしも教授の方が先だったら、私の食事時間は格段に短くなってたからね。
(今でも一緒に食事を始めれば教授の方がずっと早く食べ終わるし)
ほどなくして現われた教授は、必要な分を詰め込むとすぐに席を立ったから、私も教授を追うように立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん」
「いってらっしゃい」
「がんばって」
いったいなにを頑張れというのだろう?
朝の説明で私がなにかを間違えたのか、ルームメイトたちは教授について誤った認識を得てしまったのかもしれなかった。
大広間の出口付近で待っていてくれた教授は、私と目が合うと踵を返して歩き始めた。
教授を見失わないように足を速めながら通る道を覚えていく。
幸いにして私は方向音痴じゃなかったから、一度覚えてしまえばほとんど迷うことはなかった。
教授はたぶん、校内で私と親しくする姿を生徒たちに見られるのはあまり好ましいと思わないだろうから、私は必要以上に近づかないよう注意しながら教授のあとについていった。
教授の部屋はスリザリン寮からさほど離れていない場所にあった。
「場所は覚えたか?」
「はい」
「寮から来るならこちら側の道を辿ると早い」
「判りました。帰る時に通ってみます」
教授は部屋のドアを少し大きく開けて、私を先に通してくれた。
教授の部屋は入口近くにソファとテーブル、奥に執務机と棚があって、全体的に落ち着いた雰囲気だった。
奥に二つあるドアのうちのどちらかが寝室でもう片方が調合室なのだろう。
作り置きの魔法薬なんかはそちらの部屋の方にあるのかもしれない。
振り返ると教授がドアに杖を振っていて、私はちょっと首をかしげた。
「防音だ」
「難しいお話なんですか?」
「いや。……かけたまえ」
「はい」
私は教授が指示したソファに座って、斜向かいの1人用ソファに腰掛けた教授の前に、持ってきた小遣い帳を広げた。
「今月はほぼ文房具の購入に充てました。残した1ガリオンはご承知の通りポンドに両替しましたが、ここへの道中はとくに何事もなかったのでそのまま残っています」
「……いいだろう。帳簿も見やすく出来ている」
「ありがとうございます」
教授は用意していたらしい5ガリオンをポケットから取り出して私に手渡してくれた。
「毎月1日か2日、夕食後に帳簿を持ってここへ来たまえ」
「はい」
「それと、校長からお許しが出た。土曜日の夜は今までどおり、共に夕食を取る。大広間へは行かずに直接ここへ来なさい」
それはどうなんだろう。
みんな親元から離れて寄宿生活をしているのに、私だけが父親と2人きりの時間を過ごせるというのは。
ただでさえ親が教師ということで特別に見られているというのに。
「どうしたね?」
「いえ。ただ、他の生徒に申し訳ない気がしただけです。彼らはクリスマス休暇まで家族に会えない訳ですから」
「おまえは昨日、そのために根回ししていたんじゃないのかね?」
あれ、もう教授の耳に入ってるのか。
確かに『今までさびしかったんだよー』的な発言で根回しめいたことはしたけど、それは親が教師だということに関してであって、教授と特別な時間を設けることに関してじゃなかったんだ。
「ここには兄弟姉妹もいる。親が理事をしていて用事のついでに子供と会っていくケースもある。過去には教師の子供が入学した前例もあった。家庭の事情は人それぞれだ。そのことで周りに妬まれることはあるかもしれないが、そこをうまくやれるかどうかはおまえしだいだ」
「……はい」
よく判ったよ。
つまりは、いじめの種だけ勝手に撒いておいて、刈り取りは私にやれってことだな。
……まあ、別に、今さら中高生のいじめが怖い訳じゃないけど。
「判りました。できるだけトラブルは起こさないように善処します」
「……構わん」
「はい?」
「トラブルは起こしてかまわん。おまえが善処すべきはただ、自分の身をいかにして守るか、それだけだ」
「……はい」
そうと聞いてだいぶ気が楽になったのか、私の表情にも笑顔が戻る。
ま、いずれにしろトラブルを起こす気はないけどね。
教授はハリーのことで手いっぱいなはずだから、私はとにかく大人しくして、教授の気を散らさないようにしよう。
紅茶を一杯飲み終えたところで教授の部屋を辞すれば、寮の自室で待っていたのは今日出された宿題の山だった。