本屋に舞い降りた天使に俺は恋をした   作:Kohya S.

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19. 君とのライブ

「曲ができました!」

 

 スマートフォンからの花丸のはずんだ声が俺の疲れを吹き飛ばした。

 

 前回会ってから数日後。今日は他のバイトさんの都合があわず、朝から夕方までシフトが入っていた。ようやく帰ってきた俺はさすがに疲れて、しばらく自室で横になっていた。

 そこにかかってきたのが花丸の電話だった。

 

「梨子さんの編曲、とってもすてきで……すごく、いい曲になりましたよ!」

「うん、そうなると思ってたよ」

 

 メールで完成版の歌詞は受け取っていたが、語尾などのちょっとした修正で、ぐっと可愛らしさが増していた。

 

「はぁ、オラ、一時はどうなるかと思ったずら……。ほんとうに、遼さんには感謝しかないずら」

「いやいや、なにもしてないから。花丸さんが、がんばったからだよ」

「そんなことはないずら。あのままだったら、オラ、路頭に迷っていたかも……。あとでなにかお礼、しますね」

「いや、気にしなくていいよ」

 

 といいつつも、お礼、気になるな……。あ、それよりも曲が気になる。

 

「曲は、もう聴けるのかな?」

「はい、みんなに聴いてもらえるように、梨子さんと録音しました!」

 

 おお、それは楽しみだ。

 

「えっと……。あれ、ここで再生しても、遼さんには、聴こえないですよね」

「うーん、たぶん、さすがに無理だと思う」

「メール、も無理ですよね」

「サイズが大きいからね」

 

 意外に面倒だな。そうだ。

 

「あの、よかったら、俺、明日の朝にでも花丸さんちまで行くよ。大丈夫かな」

「はい、練習前なら。でも、大変じゃないですか」

「いや、たまには運動しないとね」

 

 サイクリングが趣味、ってことになってるしな。

 

「それじゃ、うーんと、八時くらいでいいかなぁ。ちょっと早いですけど」

「大丈夫だよ。わかった」

 

        ・

 

 翌朝、早起きをして自転車で内浦を目指した。

 花丸が作った歌詞が実際に曲になった――それを早く聴いてみたくてたまらなかった。自然にペースが速くなる。

 仕方なく途中で止まって淡島を眺めたり、コンビニに立ち寄ったりして時間を調節し、花丸の家へ向かった。

 

 呼び鈴を押そうとして――たぶん大丈夫だと思ったものの花丸に電話をかけた。

 

「おはよう、花丸さん。あの、いま玄関の前に、いるんだけど」

「おはようございます、遼さん。いま開けるので、ちょっと待っててください」

 

 すぐに足音がして扉が開いた。

 

「おはよう」とまた挨拶する。

「おはようございます」

 

 花丸は笑顔で頭を下げた。学校に行くためだろう、制服姿だ。

 

 玄関の上がり(かまち)に座らせてもらう。花丸も隣に腰を下ろした。

 

「呼び鈴、押してもらってよかったのに」と花丸。

「もし家族の人とか、起きてなかったら悪いかなって」

「じっちゃは、お墓の掃除に行ってます。ばっちゃは帳簿を整理してますよ」

 

 花丸はくすりと笑った。おお、さすがにお寺だけあって早起きだ。

 

「これから、練習に行くんでしょ。あの、お茶とかいいから」

 

 戻ろうとする花丸を引き止める。

 

「すみません、遼さん」

「それで、曲なんだけど……」

「はい、ここに入ってます。聴いてみてもらえますか?」

 

 花丸は近くに置いてあったスマートフォンを手渡してくれた。イヤホンが付けられている。

 

 俺はスマートフォンを受け取り、イヤホンの片側を花丸に差し出した。

 花丸はこくりとうなずき、俺に体ごと近づくとイヤホンを耳に入れた。かすかに顔が赤い。俺もイヤホンを入れて、スマートフォンを操作した。

 

 穏やかなイントロが流れた。まるで静かな海のような――そう思って聴いていると元気のいいメロディが始まった。続けて女の子の声が歌い出す。編曲のときに追加したのか、花丸から受け取ったものにはなかった歌詞で、俺は軽い驚きに打たれた。

 

 そのあとは記憶にある歌詞になった。梨子と花丸のふたりで歌っているのだろう。澄んだ声と落ち着いた声が美しいハーモニーを(かな)でていた。

 面白いのは、ところどころに合いの手――というのか、YeahとかWow woとか、梨子や花丸が交互に入れていることで、思わず顔がにやけるのを感じた。

 曲は二番のあとで大サビに入り、大いに盛り上がって終わった。

 

 いつの間にか俺は目を閉じていた。目を開くと不安そうな瞳で花丸が俺を見つめていた。

 

「うん、楽しい感じになったね」

 

 そういって笑うと、花丸も破顔した。

 

「はい、いい曲になったと思います」

 

 俺はイヤホンを外し、スマートフォンを花丸に返す。

 花丸は少し離れたが、それでも最初に座ったときより近くにいる気がした。

 

「最初のところ、歌詞にはなかったと思うけど……」

「梨子さんと相談して、追加したずら! 最初でちょっと、おっ、て思ってもらえるかなって」

「うん、いい感じだと思うよ。あと、この合いの手は、やっぱりふたりで考えたの?」

「えっと、そうずら。オラ、恥ずかしかったんだけど、梨子さん、やっぱりノリノリで……」

「花丸さんも、かわいい感じだね」

「うぅ……」

 

 花丸は赤面して下を向いた。

 

 そんな花丸をいつまでも眺めていたかったが、そうもいかない。

 

「あの、曲のデータ、もらえるかな」

「はい、どうぞ」

 

 花丸に操作を頼み、曲を転送した。

 

 もう、作詞は終わったから、もらわなくてもいいんだけど……。花丸の声をいつでも聴ける機会をのがすわけには、いかないよな。

 

 転送が終わる。

 

「それじゃ、俺はこれで。朝早く、ごめん」

「ううん、とんでもないずら。オラのほうこそわざわざ来てもらって、嬉しかったずら」

 

 そういってくれると俺も嬉しいな。

 

「いい曲ができて、よかったね。あとは練習、がんばって」

「はい、梨子さんにも伝えます。あ、梨子さんがこれから来るんだ。今朝は曲の話をしながら、学院に行こうって」

 

 花丸は首をかしげる。

 

「会っていきますか?」

「えっと、いや、いいよ。俺、面識ないし」

 

 ライブのときに、見ただけだよな。それに、梨子も困ると思うんだ。その、彼氏でもなんでもないわけだし。

 

「そうですか……。梨子さん、喜ぶと思うんだけどなぁ」

 

 花丸は残念そうな顔をした。

 

「でも、わかりました。またなにかあったら、連絡しますね」

「うん、よろしく」

「それではお気をつけて」

 

 花丸は両手をそろえて頭を下げた。

 

        ・

 

 山門をくぐり参道を()りていく。参道のなかほどで、先のT字路からこちらに誰かが曲がってくるのが見えた。浦の星女学院の制服。おそらく梨子だろう。

 

 参道を(くだ)りきった自転車の近くで彼女もこちらに気づいた。やはり梨子だった。やや紫がかって見える長髪に、白い肌がよく映えていた。

 挨拶するのもへんな気がして目礼だけして通りすぎようとした。

 

 梨子もそうするだろうと考えていたのだが、彼女は立ち止まった。

 

「おはようございます」

 

 梨子は微笑む。

 

「……おはようございます」

 

 俺も頭を下げた。

 

 なにかあるのだろうか。そう思っていると彼女は意外な言葉を口にした。

 

「あの、里見遼さん、ですよね?」

「はい、そうですけど」

 

 どうして俺の名前を知ってるんだろう。

 

「そうだと思いました」

 

 うなずく梨子。俺の顔に浮かんだ疑問を見てとったのか続ける。

 

「曲の相談をしているとき、花丸ちゃんが、話してくれたんです。里見さんのこと」

 

 俺のことを?

 

「歌詞を考えるのを手伝ってもらったずら。一緒に水族館に行ったずら、って。だから新しい曲は、里見さんがいないと完成しなかった、ってことですね」

 

 梨子はにこりと笑った。

 

「……多少、アドバイスしただけで、たいしたことはしてないけど」

 

 戸惑いながらそう答える。

 

「それでも花丸ちゃんには、きっと、助けになったんだと思いますよ。それにおしゃべりの中で、東京で本屋さんに行った話もしてくれました」

 

 そんなことまで……。

 

「すごく楽しそうでしたよ」

「たまたま同じ日に東京に行ったから、案内しただけです」

 

 俺がそういうと梨子はうんうんというようにうなずいた。

 なんだろう、すこし不安になる反応だ。

 

「花丸ちゃんを、これからもよろしくお願いしますね」

 

 どういう意味だろう。あまり深い意味はないのか、それとも……。

 

「わかりました」

 

 とりあえず、そう答えるしかなかった。

 

 梨子は参道に向かおうとして、振り返る。

 

「あの、ライブ、来てくれますよね」

「もちろん、行くつもりです」

「よかった。私たち、がんばりますね。花丸ちゃんも、きっと可愛いと思います」

 

 梨子は笑顔で頭を下げ、参道をスキップするようにのぼっていった。

 

 自転車に付けておいたヘルメットをかぶりグローブをはめる。

 

 花丸、俺のこと梨子に話したのか。楽しかった、っていってくれたのは嬉しいけど。いろいろ無防備だな、花丸は……。

 でも、花丸がそんなことを友達に話すってことは、憎からず思ってくれてるのか、どうなのかな。

 

 沼津市街に向けて走りながら、しばらく考え続けた。

 

        ・

 

 ライブの日程はどんどん近づいた。

 

 そのあいだ本屋や図書館で、花丸とは何度か会うことができた。帰り道に一緒になると、花丸は練習中のステップを披露してくれたりした。

 夏休みになったとはいえ決して会える回数が増えた感じではなく、具体的にはなにも進展がないのは残念だったが――。

 

 ただ、花丸は自分の作詞した曲でライブができることが嬉しいのか、いちいちメールで進捗を報告してくれた。ときどき写真も付けられていて、新しい衣装の写真(!)には試着してみたところなのか、ポーズを取る曜が写っていた。

 

 おお、すごく可愛い。やっぱり、魚をイメージしたんだな。これを花丸が着るのか……。いや、嬉しいけど、どうなんだろ。丈も短いし、おへそとか見えてるし。

 

 なぜかすこし、もやもやするのだった。

 それに加えて、年頃の女の子がこんな写真を俺に送っていいんだろうか、曜の許可は取ってるのだろうか、と心配になるのは否めなかった。

 

 また、ライブについては、文芸部に行ったときに北村たち部員にも紹介しておいた。もしかしたら来てくれるかもしれない。

 

 そしてライブ前日の夜。俺は花丸に電話をかけた。

 

「緊張するずら……」

 

 花丸は開口一番、か細い声で不安そうに話した。

 

「それは、そうだよね。でも、しっかり練習してきたんだから、大丈夫だよ」

 

 月並みだがそういうしかなかった。

 

「うん、オラもそう思っているずら。みんなもいるし……。でも、今回はマルたち、主役みたいなものだし……心配だなぁ」

 

 花火大会のときはあくまでも大会の催しのひとつだったが、今回はAqours(アクア)を目当てに客が来ることになる。観客の数は少なくても、緊張するのは当然かもしれない。

 

「曲、すごくよかったよ。水族館にぴったりだし、いままでで一番、いいと思う」

「そうかなぁ」

「失敗しても、ラブライブと違って、なにもないから大丈夫だよ。思い切って楽しんできたら?」

「……うん、そうするずら! マルも、実は、自分の作詞した曲で踊るのは、楽しみなんだ」

 

 花丸に明るさが戻ってきた。

 

「遼さん、明日は来てくれますか?」

「うん、もちろん行くよ」

「よろしくお願いしますね」

 

 ふと沈黙が流れた。

 

 電話を切りたくない。もしかしたら花丸も、同じ気持ちなのでは……。

 

 たしかめるのが怖くて声を出す。

 

「それじゃ、がんばって」

「はい、がんばります」

 

 打てば響くように答える花丸。

 

「明日、ライブが終わってから、会えるかな」

 

 俺は思わず、そう聞いていた。

 

「えーと、そうだなぁ」花丸は考え込む。「ライブのあとは、学院で打ち上げなんです。でも、学院に戻る前に、少しなら時間が取れると思います」

「終わったら、連絡してもらえるかな。俺、水族館にそのままいるから」

「わかりました」

「うん、じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 俺はとうとう電話を切った。

 

 明日、いよいよライブか。楽しみだな。

 

 まるで遠足の前の日のようで、なかなか寝られそうになかった。

 

        ・

 

 翌日は大きく寝過ごしてしまった。幸い水族館でのイベントは午後からで、昼過ぎに自転車で家を出て、内浦を目指した。

 北村からは朝にメールが来ていて、ライブに行くとのことだった。歌詞についてはなにも話していないが、俺は嬉しくなった。

 

 水族館の前に自転車を止めた。

 入口のわきには夏休みのイベントを案内するポスターが貼ってあった。大道芸人が来たり、ダイビング体験があったり、自由研究のための教室があったりと、夏休み期間中、何日か開催されるらしい。今日の日付で「いま大人気のスクールアイドル、Aqours限定ライブ!」と書かれている。

 単なる宣伝文句かもしれないが、「大人気」というところに思わず頬がゆるんだ。

 

 今日は普通にチケットを買って入場した。

 ライブまではまだ時間があったので館内を見てまわる。館内は前回よりも混雑しているようだった。そしてそのときと同じはずなのに、ひとりで眺める水槽はなぜか少し色あせて見えた。

 

 時間が近づいて早めに会場へ向かう。イルカたちのプールとは別のプールで行うらしい。前回は行かなかった場所だ。

 

 通路を進み最後の扉を抜けると、大きく視界が開けた。

 右手に半円形のプールがあり、左手には向きあうように階段状の観客席があった。観客席には布地の屋根がかかり影を落としている。

 そしてプールの円弧の部分に、プールサイドから水面にまたがる形で、長方形の仮設のステージが設けられていた。

 

 観客席にはちらほらと先客がいた。俺は見やすいように真ん中、中段のあたりに陣取った。

 

『まもなく、スクールアイドルグループ、Aqoursの夏休み限定ライブが開催されます。どなたさまも、ぜひショースタジアム特設ステージへお越しください……』

 

 やがて館内放送が流れた。それとともに扉から入ってくる客の数がぐんと増えた。

 

 その中に見知った姿を見かけて、俺は立ち上がって手を振る。ふたりが席のあいだを通ってきた。北村と泉だった。

 ふたりは俺の隣に座った。

 

 北村はともかく泉も来てくれたのは、正直なところ意外だった。

 

「わざわざすみません」

 

 いちおう、礼をいう。

 

「遼には関係ないぞ、好きで来たんだから」

「そうよ、気にすることないわ」

 

 北村は白い歯を見せ、泉も微笑んだ。

 

 ふたりは一緒に来たんだろうか。気になるけど……少なくとも、あとにしよう。

 

「この水族館、来るのは小学生の遠足以来だけど、ずいぶん変わったのね」と泉。

「俺は中学のときなんどか来たけど、また新しくなったな」

 

 北村がうなずいた。

 

 三人で会話をするうちにも、みるみる観客は増えていった。

 水族館のスタッフがステージに上がり、イベント紹介のアナウンスを始めるころには、立ち見が出るくらいになっていた。

 

 お、Aqoursの人気、すごいじゃないか。

 

「……それでは、Aqoursのみなさんです。どうぞ!」

 

 アナウンスが終わるとともに九人がステージ裏から走り出てきた。一列に並ぶ。中央が曜で、向かって左にダイヤ、梨子。花丸はその隣だった。

 衣装はひとりずつ色が違い、細部も異なっていた。花丸はオレンジ色だ。

 

 俺は花丸の視線をとらえようと努力する。ようやく目があったと感じて、ちいさく手を振った。花丸が笑みを深くしたのは、きっと気のせいではないだろう。

 

 曜が元気よく話し始めた。

 

「こんにちは! 私たちは、ここのすぐ近くの高校、浦の星女学院のスクールアイドルグループ、Aqoursです! 今日はたくさんの人に来ていただいて、本当に光栄です!」

 

 拍手が起きる。曜は感極まったように、いったん言葉を切った。

 

「今日のために、一生懸命、準備してきました。私たちの新曲、聴いてください! 恋になりたいAQUARIUM(アクアリウム)!」

 

 Aqoursのメンバーたちはステージに広がり、ポーズを取った。

 

「へえ、新曲なのね」

 

 泉がつぶやくのが聞こえた。

 

 何度も聴いた静かなイントロが流れ始める。一転して明るいメロディに移ると、全員で歌い始めた。

 録音ではふたりだった詞を、九人がスピーディに切り替わりながら歌っていった。花丸のソロはまさに花丸らしい内容で思わず苦笑する。

 また、合いの手はさらに数が増えていて、微笑ましくなった。

 

 きっと、みんなでわいわい、考えたんだろうな。目に浮かぶよ。

 

 ダンスは前回の花火大会のライブよりもずっと躍動的で、それでもしっかり全員が揃っていて安定感も増していた。きっと練習は厳しかっただろう。

 間奏のゆらゆらと腕を揺らすような振り付けは人魚姫か乙姫を思わせた。

 

 手の届きそうな距離のメンバーたち。初めて目の前で見るステージは、ぐっと俺の心に響いた。

 花丸も晴れやかな笑顔で見事に踊っていた。可愛いというより、むしろ可憐という言葉が似合っていた。

 

 そして大サビのソロを曜が堂々と歌いあげる。張りのある声は鳥肌が立つようだった。

 最後は全員で合唱しステージ上で決めポーズを取った。

 

 観客席から盛大な拍手が上がった。感動に震えていた俺も、一瞬遅れてそこに加わった。

 

 Aqoursのメンバーはポーズを解いてふたたび一列に並んだ。

 中央の千歌が左右のメンバーに視線を送り、全員でうなずきあう。

 

「ありがとうございました!」

 

 声を揃えて頭を下げた。観客席からもう一度、拍手が上がった。

 

「いや、よかったぞ。前回より、レベル、上がったんじゃないか」

 

 観客たちが少しずつ席を立つなか、北村が感心したようにいった。

 

「踊りもすごいし、曲も詞も、悪くなかったわ。いままでと雰囲気、違うのね」と泉。

 

 詞は花丸が作ったんです、と喉まで出かかる。

 

 いや、いまは()めておこう。なにかいろいろ、話すことになりそうだし。

 

 俺の内心を見透かすように泉がいう。

 

「それに、花丸ちゃん、可愛かったしね」

 

 はあ、すっかりおもちゃだよな。

 

「そうですね。みんな、可愛いですけど」

 

 俺は半ばあきらめムードで、そう答えた。

 

「俺はやっぱり、善子ちゃんかな」

 

 北村は腕を組んでうなずく。一貫して善子ちゃん推しだな。それはそれで偉い。

 

「あ、そうだ。よかったら、津島さん、紹介しようか?」

 

 俺は思いついていってみる。北村は悪い奴じゃないし、紹介してもいいだろう。

 

「おっ、本当かよ!」北村は身を乗り出した。「ていうか、お前いつの間に、知りあったんだよ」

「花丸さんと一緒にいるところに会ったんだ」

「へえ、すごいじゃないか。ぜひ……いや、やっぱ、いい」

 

 北村はぶるっと身を震わせると、元のように席におさまった。

 

「そうか?」

「うん」

 

 北村は素知らぬ顔であらぬほうを眺めた。それ以上、俺はなにもいわなかった。

 

 なにもなかったように北村は口を開いた。

 

「俺たちはそろそろ帰るけど、遼はどうするんだ?」

「俺は……」

 

 言葉を濁すと北村はにやりと笑う。

 

「花丸ちゃんに会うのか?」

「……まあね」

 

 わかりやすすぎるか。

 

「わかった。じゃ、健闘を祈る」

 

 北村は立ち上がった。

 

「それじゃあね、里見君」

 

 泉も腰を上げて、俺に向けてにっこりと笑った。

 

 ふたりが会話しながら出ていくのを見守ってから、立ち上がった。

 

 うん、すごく、よかった。歌詞が曲になるって、感動なんだな。

 曜も梨子も、ルビィもダイヤもみんなも、みんな可愛くて、輝いてた。もちろん、花丸も。

 

 でも、花丸が花丸じゃないような、そんな気が少しだけ、したのだった。

 


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