本屋に舞い降りた天使に俺は恋をした   作:Kohya S.

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17. 作詞、作曲、振り付け、衣装

 ふたりが読み終わるまで、黙って待つ時間は長く感じた。部活の一年生たちは、いまのところ姿を見せなかった。

 

 先に北村が読み終えたようだ。泉がまだなのを見て、俺ににやりと笑ってみせた。その笑いの意味はなんだろうか。

 

 数分後、泉もパソコンから顔を上げた。ふうっと息をはく。

 

「いいところで終わってるじゃない」

「そこからどう動かしていったらいいか、悩んでるんです」

「なるほどね」

 

 泉は腕を組んだ。

 

「それで、どうでしたか」

 

 俺は不安に駆られながら聞いた。

 

「悪くないと思うわよ。お世辞じゃなく」

 

 泉は表情を(ゆる)める。

 

「俺も、そう思ったぞ」

 

 うなずく北村。

 

「文集のときより、ずっとしっかりしてるわ。描写も充実してるし」

「こういう雰囲気のを遼が書くとはな。意外だったな」

 

 好感触にほっとする。ただ、それからはふたりとも容赦なかった。

 

「でも、やっぱり人物が平板(へいばん)な感じなのよねえ。人間模様を書きたいのは、わかるんだけど」

「うん、ちょっとごちゃごちゃしすぎかな。それに、なんか重要そうなやつがモブだったり」

「恋愛描写、入れるなら入れるで、ガツンと行きなさいよ。中途半端でちょっと不満がたまるわね」

 

 どれも耳が痛かった。

 

 もちろん()められた場所もあったが、気になるのは――そして勉強になりそうなのは――ダメ出しされた場所だった。花丸と同じことをいわれることも多かった。

 

「あと、戦闘描写はがんばってるけど、詳しくないとぼろが出るところよね。思い切って勢いだけで押すのはどうかしら」

「ここ、伏線っぽいけど、どうやって回収するんだ。作者の頭のなかで解決しても、読者、置いてきぼりだぞ」

 

 物書きらしいアドバイスはさすがで、感謝しかなかった。

 

 一通(ひととお)り終わったらしいのを見て俺は礼をいった。

 

「ありがとうございました、しっかり見てもらって」

「いいえ、こっちも楽しかったわ」

「おう、また読ませてくれよ」

 

 ふたりは笑顔でこたえた。

 

        ・

 

 俺は暇な時間をあてて執筆をつづけた。

 花丸のいった通り、序盤の人間関係を整理して人物像を見直していくと、キャラクタの魅力が見えてくる気がした。行き詰まっていた個所も自然にキャラクタが動いて先に進めそうだった。

 

 部活に行った翌日、花丸からメールが届いた。明日、用事があって沼津市内まで来るので、それが終わったら会えないか、という内容だった。

 俺は一も二もなく同意のメールを返信した。

 

 夕方、花丸から待ちあわせに指定された喫茶店に行く。バイト先の書店に近いその店は、名前だけは知っていたが行くのは初めてだった。

 

 窓が大きく取られた店内は開放的で明るかった。低いテーブルのソファ席とカウンター席がある。

 俺はソファ席を選び、コーヒーを注文して待った。

 

 花丸はやや遅れてやってきた。

 

「ごめんなさい、マル、遅くなってしまって」

「ううん、大丈夫」

 

 花丸は向かいの席に腰を下ろした。

 彼女はふくらんだ袖のブラウスにクリーム色のロングスカートだった。銀色の髪留めを付け、いつもよりもすこし、おしゃれしているように見えた。

 俺は素直な気持ちを口にする。

 

「その服、可愛いね」

「そ、そうかなぁ。でも、その、嬉しいずら」

 

 花丸は頬を赤く染めた。

 

 やってきた店員に花丸は紅茶を頼んだ。

 

「今日は、アイドル部の練習はおやすみ?」

 

 沼津に来たのは、なにかあったのかな。

 

「はい。実は、ダイヤさんの日舞の発表会が、この近くであって……」

 

 ほう。

 

「みんなで行ってきたんです。さっきまで、マルも善子ちゃんと一緒だったんですよ」

 

 花丸は楽屋で撮ったという写真をスマートフォンで見せてくれた。赤い地に梅や(まり)の文様が描かれた着物のダイヤと、こちらは洋服のルビィが仲良くレンズに向かって微笑んでいた。

 着物については詳しくないものの、ダイヤのそれは華美なところがなく、落ちついていて上品に見えた。

 

「へえ、ダイヤさん、日舞やってるんだ」

 

 東京に行くときの凛とした立居振る舞いはそのせいだな。

 

「ちいさいときからずっと続けてるそうです。すごく、素敵でした」

 

 花丸は思い出すような目をして表情を緩めた。

 

「そういえば、執筆は進んでますか?」

「うん、ようやく進み始めたよ。花丸さんのおかげかな」

 

 俺が微笑むと花丸は照れくさそうに笑った。

 

「いえ、そんなことはないずら……」

 

 部員たちに見せたことを話す。わりと好評だったし、いいアドバイスももらえた、というと、花丸は「マルの思った通りですね」とうなずいた。

 

 それから本のことやアイドルのことなど、たわいないおしゃべりをした。花丸との会話は楽しかった。

 

「そういえば、ラブライブの日程が、決まったんです」

 

 途中、花丸がいった。

 

「八月の下旬に予備予選で、終わりごろに地区予選です。本選は九月ですね」

「へえ、かなり忙しいんだね」

 

 予備予選までは一か月を切ってるのか。

 

「もちろん、それぞれを突破しないと、次に進めませんけど」

「曲は、どうするのかな。同じ曲、それとも別々の曲なの? なにか決まりとかあったり?」

「オリジナル曲なら、新曲でもどちらでもいいんです。だけど、みんなで話して……できれば別の曲がいいねって、いってます」

「それだとたいへんじゃないのかな」

「たいへんずら」花丸は苦笑する。「歌も踊りも、覚えなくちゃ、ずら。でも、Aqoursをアピールするには、やっぱり新曲は必要だよねって」

 

 花丸は紅茶をカップから飲み、ふうっと息をはいた。

 

 俺はすこし心配になる。

 

「その、大丈夫? (つら)くないのかな」

「あっ、ぜんぜん大丈夫ですよ。練習は、楽しいし、なんとかついていけてるずら」

 

 そういう花丸はにこやかで俺は安心する。

 

 しかし花丸はそのまま黙ってしまった。やがて影を浮かべて続ける。

 

「でも……本当にたいへんなのは、梨子さんとか千歌さんとかずら。作曲や作詞、やらなくちゃで」

 

 すまなそうな笑みを浮かべる。

 

「そうだよね、三曲だもん」

 

 さらに予選を超えられなかったら、無駄になるわけだよな。つらいなあ。

 

「梨子さん、一曲は前に作った曲を使いたい、っていってたんだ」

「でも、作詞三曲、作曲が二曲、だね」

 

 二か月弱で、か。スクールアイドルも厳しいんだな。

 

「はあ、オラ、もう少しなにか、できればよかったのになぁ」

 

 花丸にはめずらしく、ため息まじりだった。

 俺は続きをうながすように、なにもいわずに待った。

 

 花丸はぽつぽつと話し出す。

 

「梨子さんは作曲をしてて、曜さんは衣装のデザイン担当。千歌さんはリーダーだし、実はすごくいい詞も書くずら。あれは才能だなぁ」

 

 たしかにいままでのAqoursの曲、詞もいいんだよな。

 

「ルビィちゃんはスクールアイドルに詳しくて、善子ちゃんは動画配信とかお手のものずら」

 

 ふむ。

 

「果南さんはダンスが上手で、鞠莉さんはマネージメント、っていうのかな、得意ずら。ダイヤさんは生徒会長でみんなをひっぱってる……」

 

 はあっと花丸はまた息をはいた。

 

「オラにはなにもないずら……」

「そんなこと、ないんじゃない? ほら、歌とか」

 

 花丸は首を振った。

 

「んー、やっぱり聖歌隊とアイドルとでは、歌い方からして違うんだ。それは、呼吸の仕方とか、ちっとはあるけど」

 

 肩を落とす花丸にかける言葉を探す。

 

「別に、なにかやらなくちゃいけないわけじゃ、ないと思うよ。みんなが得意なことをやればよくて」

「それは、そうかもしれないずら。でも……」

「たまたまいまのところ、なにもないだけで、きっとなにかあるさ」

「そうかなぁ。それならいいと思うけど」

 

 花丸は自分を納得させるようにうなずいた。

 

 それから会話は別の話題に移り、花丸はまたもとのように明るくなった。

 

 今日は割り勘にして喫茶店を出る。

 バス停まで歩くあいだ、花丸は物思いに沈んでいるようだった。俺はあえてなにもいわなかった。

 

 花丸の乗ったバスを見送って家路につく。

 

 花丸が一番可愛いよって、いってあげればよかったのかな。でも、花丸が求めてるのはそういうことじゃない気がするよな……。

 

        ・

 

 二、三日後の夜。スマートフォンが着信音を立てた。花丸からだろうかと思いながら手に取ると、相手は意外な人物だった。

 

「はい、里見です」

「ヨハネだけど」

「善子さんじゃなくて?」

「そ、そうともいうわね……って、それどころじゃないのよ」

「どうかしたの?」

「今日、花丸が練習をお休みしたのよ」

 

 体調でも崩したのかな。

 

「それは心配だけど。連絡はなかったの?」

「あったわ。調子が悪いからお休みするって」

 

 まあ、そんなこともあると思う。俺に連絡がなかったのは寂しいが。

 

「ただね、花丸、健康優良児でしょう。それに、私たちがお見舞いに行く、っていっても、断ったのよね」

「会うと風邪を移しちゃう、とかもあるんじゃない」

「んー、でも、ちょっと気になるのよ」

 

 善子は気遣うように続けた。

 

「昨日練習したところに、難しいステップがあって、花丸、なかなかうまく行かなかったのよ。それで、落ち込んでたみたいなのよね。もしかして、そのせいかなって」

 

 それは気になるな。

 

「無理な練習して、脚でもくじいてたりしたら、それはそれで嫌だし。ていうか、むしろ早く知りたいわ」

 

 善子はがらりと口調をかえた。

 

「だからね、あなた。明日、花丸のところに様子を見に行ってくれない?」

「えっ、俺が?」

 

 善子たちも会えなかったのに俺が会えるだろうか。

 

「だってあなた、花丸が好きなんでしょ。心配じゃないの?」

 

 む、言葉もない。

 

「この前も、あんなにいい雰囲気だったじゃない、行きなさいよ」

 

 はあっと俺は息をはいた。

 

「わかった。行ってくる」

「そうしてくれる」

 

 電話が切れる前に俺はいった。

 

「……ありがとう、津島さん」

 

 善子は一瞬息を飲み、穏やかな声で続けた。

 

「どういたしまして。……花丸、よろしくね」

 

        ・

 

 翌朝、花丸に事前に連絡しようかしばらく迷ったが、結局そのまま行くことにした。もし断られてしまったら、会いに行くのはさらに難しくなってしまうだろう。

 バスもある時間だったが、いつものように自転車を選んだ。

 

 内浦までは行くのは最初のころに比べると確実に楽になっていた。

 

 もしいなかったらどうしよう。いや、練習に行っているなら、おそらく善子は知らせてくれるはずで……それがないということは自宅にいるはずだ。

 

 いつものように自転車を止めて参道をのぼる。花丸の自宅の呼び鈴を鳴らした。

 

 長い時間がすぎて誰もいないのかと思い始めたとき、なかから「はい」と花丸の声がした。「遼です」と声をかける。

 ゆっくりと玄関の扉が開いた。

 

「遼さん、どうしてここに」

 

 花丸の顔には驚きが浮かんでいた。

 

「おはよう、花丸さん」

「おはようございます」

 

 花丸は頭を下げる。

 

「急に来ちゃって、その、ごめん。なんか顔が見たくなって」

「いえ。……上がっていきますか」

 

 花丸はかすかに微笑んだ。俺はうなずいた。

 

「いま、お茶を入れますね。適当に座ってください」

 

 自室まで俺を案内した花丸はそういって出ていった。

 

 花丸の部屋はきれいに片づいていた。本棚を見ると、先日、神保町で買った本が何冊もささっているのが見えた。

 

 花丸はすぐに戻ってきて俺の隣に正座し、ふたつの茶碗が乗ったお盆を床に置いた。

 

「どうぞ」とすすめる。

「ありがとう」

 

 俺は一口いただいた。熱いお茶は渋さのなかにも甘味があっておいしかった。

 

 花丸は目を伏せたまま、なにもいわなかった。

 

「昨日、練習をお休みしたって、津島さんから聞いて……気になって来てみたんだ」

 

 俺がそういうと花丸は顔を上げた。

 

「善子ちゃんが……」

「その、迷惑だったら、ごめん」

「ううん、いいずら。その、わざわざありがとうずら」

「もう、調子は大丈夫?」

「うん、オラ、もう平気ずら。今日も、少し遅れたけど、これから行こうかなって思ってたずら」

 

 たしかに花丸は制服姿だった。

 

「それならよかった」

 

 花丸、体調は大丈夫そうだな。でも、昨日はどうして休んだんだろう。

 

 俺は気になっていたことを口にする。

 

「花丸さん、その、やれることは見つかったかな」

 

 花丸は顔を落とし、ふるふると首を振った。やっぱり。

 

 しばらくして花丸は話し出した。

 

「昨日……ううん、おととい、作戦会議があったずら。Aqoursに新しくライブの依頼が来たずら」

「へえ、すごいね」

 

 Aqours、大人気だな。あ、でも、いま依頼があったとなると……。

 

「いつごろなのかな」

「八月の中旬ずら」

「それは、急だね」

 

 あと一か月もない。花丸はこくっとうなずいた。

 

「さすがに追加で新しい曲は無理だから、いま考えてる三曲のうち、どれかの曲を披露しようって、ことになったずら」

 

 なるほど。

 

「だから、予定より、忙しくなっちゃって……。その会議だったんだ」

 

 花丸はずずっとお茶を飲んだ。

 

「みんなで分担してがんばろう、ってなったのに、オラ、なにもできなくて……」

 

 花丸は涙声になっていた。

 

 花丸、思い詰めてるよな……。そうだ。

 

「花丸さん、作詞、やってみたら?」

「オラが?」

 

 花丸は顔を上げた。目が赤い。

 

「うん。向いてると思うんだけど。ほら、作詞、三曲もあるっていってたじゃない」

「……オラには無理ずら。いままで、なにも書いたことがないずら」

 

 花丸は、はあっとため息をついて、また下を向いた。

 

「オラ、運動音痴だし、こんなにちんちくりんだし、やっぱりスクールアイドルは向いてないのかなぁって、思ってしまったずら」

 

 花丸は鼻をすする。

 

「あ、でも、そんな弱気なことはいってられない、って思ったんだ。みんなに迷惑をかけてしまうずら。せめて今度の、ラブライブまでは……」

 

 花丸は顔を上げ、こわばった笑顔をみせた。

 

「だから、もう大丈夫ずら」

 

 その言葉とは裏腹に無理をしているように見えてならなかった。

 

「花丸さん」

「ん?」

「作詞に、興味がない、わけじゃないよね」

「それは……」

 

 花丸は目をそらし。

 

「そうずら。あこがれずら」

 

 恥ずかしそうにうなずいた。

 

 うん、それなら望みがありそうだ。

 

「俺も小説書くの、無理だって思ったし、最初はそれこそぼろぼろだったと思う。でも、実際に書いてみて、賞に応募したり、花丸さんとかに読んでもらったりして……ずいぶんマシに、なったとは思うんだ。ぜんぜん、まだまだだけど」

「遼さんの作品は、面白いずら」

「いやいや、出来は自分が、一番わかってる」

 

 俺は苦笑する。

 

「でも、書き始めたことは、後悔してないよ」

「後悔……」

 

「津島さんやルビィさん、高海さんたちみんなは……もし花丸さんの詞がいまいちだったら、怒るのかな」

「そ、そんなことはないずら」

「だよね。きっと、いいものにしようって思ってくれる」

「うん、そうに違いないずら」

 

 花丸はうなずく。

 

「だとしたら、やってみたらどうかな。その、だめ元で」

「……」

 

 花丸は無言だった。

 

 俺は付け加える。

 

「その、俺も手伝うから」

「……遼さんが?」

「うん、アドバイスでも、批評でも、取材でも」

「……うふふっ」

 

 花丸が微笑んだ。

 

「編集者みたいずら!」

 

 編集者か。たしかにその通りかもしれない。

 

「わかりました。マル、今日、みんなに話してみます」

 

 そういった花丸にもう迷いは見えなかった。

 

 花丸はスマートフォンを手に取り、どこかに電話をかけた。

 

「あ、善子ちゃん。ごめんなさい、オラ、寝坊をしてしまって……。うん、大丈夫。今から向かうずら!」

 

 電話を切り、花丸は俺に、にこりと微笑んだ。

 

 花丸と一緒に家を出た。花丸は玄関に戸締りをする。

 

「家の人は?」

「じっちゃは法要に行ってます。ばっちゃは沼津まで買い物に」

 

 あ、花丸とふたりっきりだったのか。惜しいことをした……のかもしれない。

 

 バス停まで自転車を押しながら歩いた。

 バスを待ちながら俺は作詞について聞いてみる。

 

「だいたい、曲が先なんです。だから梨子さんにまず曲を作ってもらって、それにあわせて、作詞ですね」

 

 なるほど。

 

「あと、ライブの場所……あ、水族館なんです。そこに行って、どんな曲がいいのか、聞き込みも必要かなぁ。梨子さんと、あと衣装のこともあるから、曜さんも一緒に……」

 

 花丸は真剣に考え始めた。

 

 このぶんなら、いい詞ができるんじゃないかな。

 

 根拠はまったくないものの、俺は心の底からそう思った。

 

        ・

 

 その日の夜には、花丸から電話がかかってきた。作詞をしたいという彼女の申し出は、大歓迎されたそうだ。俺は我がことのように嬉しくなった。

 そして、すぐあとには善子からも。「あなた、なかなかやるじゃない」というお褒めの言葉をいただいてしまった。

 

 それから付け焼刃だが作詞のやり方についても調べてみた。最近は花丸のいったように曲から作るのが普通らしい。

 ただ、実際にどうやって詞を作るかはどうもイメージできなかった。

 

 その週、部室に行ったとき、俺は北村に詩作について聞いてみた。どんな感じに作っているのか、という問いに北村は答えた。

 

「そうだな、なんとなく、だな」

「はあ。それじゃ、参考にならないんだけど」

「うーん、まず、主題を決めて……っていうか、主題が浮かんで、だな。あとは、いろいろなことから言葉の着想を得て、そこから広げていくって感じかな、俺は」

「ずいぶん抽象的だな」

「ま、結局は感性だと思うぞ。お前も書いてみろよ、結構、面白いぜ」

 

 北村はそういって笑った。

 

 参考になるのかならないのか、よくわからないアドバイスだった。

 

 数日後、花丸からは「すばらしい曲ができました」というメールが届いた。さっそく作詞に取りかかる、という花丸の文章からは意気込みが伝わってきた。

 具体的なことをいえないのが不甲斐なかったが、応援のメッセージを書いて、なにか手伝えることがあれば連絡してほしいと添えて返信した。

 

        ・

 

 気をもみながら次の報告を待っていたある日。入浴を終えて自室に戻ると、スマートフォンの通知LEDが鈍く輝いていた。開いてみると花丸からの不在着信が一件、入っていた。

 

 風呂に入っているあいだに電話が来るなんて、間が悪いな。

 

 ちらりと画面の時刻表示に目をやる。花丸といままでメールをやり取りした経験からして、この時間だと、きっともう寝ているだろう。

 

 うーん、明日にするか。

 

 しかし、なんとなく胸騒ぎがした。迷いを捨てて返信ボタンを押す。

 思いのほか早く、呼び出し音が二、三回鳴ったところで花丸が電話に出た。

 

「花丸ずら」

 

 よかった。まだ起きていたらしい。

 

「あ、遼だけど。さっきは電話に出られなくてごめん。どうかしたのかな」

 

 しばらく花丸は黙り込んだ。心配になり始めたころ、彼女はどんよりと濁った声でつぶやいた。

 

「どうしよう、遼さん。オラ、ぜんぜんだめずら……」

 


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