本屋に舞い降りた天使に俺は恋をした   作:Kohya S.

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16. 花丸嬢、曰く

 シノラス半島諸侯会議は二日目も紛糾していた。最南端に領を構えるゼルゴラス卿が兵力の派遣に強硬に反対したからだった。

 外は雪交じりの冷たい風が吹き荒んでいたが、室内は暖炉の炎と領主達、随員の人いきれで暑いくらいだ。

 

「黒羽山脈の先に、なにがあるというのだ。あんな土地、呉れてしまえばいい!」

 吐き捨てたゼルゴラスに、苦虫を噛み潰したような顔でイタルイノ候が反論する。

「白竜の脅威は日に日に増しております。彼の地だけに留まらないことは明々白々」

 彼の所領は紛争地からほど近い。

 ふたりは長机を挟んで睨み合った。

 城郭の窓に嵌め込まれた板戸がガタガタと音を立てる。

 

 このままでは時間を無駄にするばかりだ。俺は立ち上がり、周囲を

 

        ・

 

 うーん、だめだ。

 

 夏休み初日。自室のパソコンを前に俺は頭を抱えた。昔の作家なら原稿用紙を丸めて、ぽいっと捨てるところだろう。現代のパソコンではそうもいかない。

 秋の新人賞に向けて書き進めてはいるものの、どうにも筆が乗らなかった。

 

 設定……はいいんだよな。資料もいろいろ集めて、煮詰めたと思うし。やっぱり、人物の造形とか描写だよなあ。

 

 七月下旬、俺の通う城斉(じょうさい)高校も夏休みに入っていた。八月下旬までの一か月と少し、休みが続く。

 とはいえ俺には予定らしい予定もなかった。家族で旅行に行くような歳でもない。文芸部の活動は週に二日、火曜日と金曜日だけだった。あとはバイトがその都度、入ってくるはずだ。

 

 去年までなら、以上、終わり、だが――今年は花丸がいた。

 夏の予定について、花丸と特に話しているわけではないが、きっとなにかイベントがあるものと期待していた。ただ彼女がアイドル部の練習で忙しく、なかなか会えないのが難点だった。

 

 いや。そうはいっても、こっちから行動を起こさないと。せっかくの夏休みなんだし。

 

 それにもうひとつ。俺は秋の新人賞を本格的に目指すことにしていた。春は幸い一次選考を突破した。今回は二次選考を超えたい。

 

 ただなあ、この調子じゃなあ。

 

 俺は真っ白になった編集アプリの画面を眺めた。気持ちだけはあるものの、読書に逃げたり、だらだらしたりするのは避けられそうになかった。

 

 この状況を乗り越えるには……。もうすこしプレッシャーでも、かけた方がいいのかな。いや、それよりも的確なアドバイスが、欲しいよな。

 

 その日の夜。花丸からメールが届いた。

 花丸とはなにもなくてもニ、三日おきにメールをやり取りするようになっていた。そしてときおりは電話も。大きな進歩だろう。花火大会の翌日にもライブの感想や九人になったAqours(アクア)の話などを電話で交わしていた。

 

 メールには毎日練習に取り組んでいること、明日は図書館へ行くこと、そしてその時間が書かれていた。

 

 お、図書館に来るんだ。ひさしぶりだな。

 

 自分も行くことを返信に書く。はやる心を抑え、あえてすこし時間を置いてからメールを送信した。

 ずいぶん前から、もやもやと考えていたことが、ようやく実行に移せそうな気がしてきていた。

 

        ・

 

 翌日、夕方に図書館へ行った。

 

 花丸はまだ来ていないようだったが、彼女に会えるかどうか、どきどきしながら待たなくてもいいのはありがたかった。

 俺の鞄はいつになく重い。というのも返却する本に加えて、ノートパソコンを持ってきていたからだ。

 

 返却手続きを終えて棚を眺めはじめると、すぐに花丸に声をかけられた。

 

「こんにちは、遼さん」

「こんにちは」

「ひさしぶりですね」

 

 直接会うのは本を届けに行って以来だ。短い期間だがあれからいろいろあったものだ。花丸が元気そうで安心する。

 

「そうだね。帰り、よかったら少し話せるかな」

「はい、ぜひ」

 

 花丸はにこりと笑ってうなずいた。

 

 それぞれ本を借りて図書館を出た。俺も花丸も即断したせいか、いつもよりも多少、時間が早かった。

 店は何回か行った駅近くのカフェにした。

 

 注文をして待つあいだも、注文が届いて食べているあいだも、話題は尽きなかった。

 

 花丸はスクールアイドルのことを嬉しそうに話した。

 あらためて花火大会のライブと『未熟DREAMER』について触れると、彼女は顔を赤らめてもじもじとした。可愛い。

 また、九人での練習は一段とレベルが上がったらしい。

 

「はぁ、みんなすごいなぁ。あんなに複雑なダンスに、ついていって」

「花丸さんも、なんとかなってる?」

「いまのところは、たぶん。でも、マル、昔から運動神経、にぶいからなぁ」

「そんな感じには見えないけど」

「いやいや。オラ、がんばるずら」

 

 花丸はちいさくガッツポーズをしてみせた。

 

「次のライブ、もう決まってるの?」と聞く。

「まだです。来月にラブライブの予選が、あると思うんだけど」

「そうなんだ。じゃあ、多少、余裕があるのかな」

 

 そういってしまってから気づく。

 

「あ、いや、そうでもないか。たった一か月だし。みんな、がんばってるんだよね」

「はい、そうですね。でも、ここ二週間くらいみたいには、忙しくないと思います」

 

 花丸は微笑んだ。

 

 うん、それならよかった。すこしなら花丸にも会えそうだ。

 

 神保町のことを話題にすると、花丸は本を運んでくれたことにあらためて礼をいった。俺は笑って否定した。

 

「あまり時間が取れなくて、まだ全部は読めてないんです」

 

 全部は、ということは結構読んだ、ということだろう。すごい。

 

「あ、お借りした本は読みました」

 

 花丸はラノベを返してくれた。

 

「こういう雰囲気も、ありなんですね。異世界で、戦士とか冒険者じゃなくて、商人として旅をするって、意外でした。人ならぬ存在との交流も、人情味にあふれていて」

 

 花丸は思い出すような調子で話した。

 

「またなにか、貸してくださいね」

 

 そう締めくくった花丸のまっすぐな瞳に、俺は思い切ってずっと温めていた言葉を口にする。

 

「あの、読んでほしい話が、あるんだけど」

「はい、喜んで」

 

 花丸は両手を差し出す。

 

「あ、いや、そうじゃないんだ」

 

 花丸は不思議そうな顔で首をかしげた。

 

 俺はあさってのほうを見ながら続けた。

 

「いや、実は、いま書いてる話があって……。それが、ちょっと行き詰ってるんだよね。だから、花丸さんに、読んでもらおうかなって」

 

 視線を戻すと、花丸は目をきらきらと輝かせていた。

 

 予想通りの反応だ……。無垢(むく)な視線が痛い。

 

「そ、それは文集の作品ずら?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 俺は気持ちを落ち着かせるために、一口、コーヒーを飲んだ。

 

 そうだな、全部話したほうがいいだろう。

 

「実は、ある賞に応募を考えてて、さ」

「それって、文學界(ぶんがくかい)新人賞みたいな賞ずら?」

 

 俺の聞いたことのない賞だが、たぶん有名な賞に違いない。

 

「いや、まあ、どうだろう。きっと花丸さんは知らない賞だと、思うけど」

 

 ごにょごにょといいわけする。

 

 花丸はずいっと身を乗り出した。

 

「すごいずらー! 作家さんずら! 作家さんが目の前にいるずら!」

 

 ああ、こうなるような予感はあったんだよな。

 

「あの、そんな大したものじゃないから、落ち着いて」

「で、でも……」

「いままで何度か送って、全部、落選したから」

「あ、そうなんですか……」

 

 花丸は一転、肩を落とし悲しそうな顔をした。なんだろう、俺もすごく悲しい。

 

「この前は、一次選考を超えたんだけど……」

 

 花丸の目がふたたび輝いた。

 

「……今度のは、なかなかうまく行かなくて。お願いしていいかな」

 

 じっと花丸の目を見る。

 

「わかったずら」

 

 花丸は大きくうなずいた。

 

「どんなことがいえるか、わからないけど。読ませていただくずら」

「ありがとう、助かるよ」

「それで……どこにあるんですか、その作品は」

「えーとね、いちおう、パソコンは持ってきたんだけど」

 

 そういいながら俺は鞄からパソコンを取り出した。すこし古いものだし、持ち運び用のものではないので、かなりのサイズだ。

 

「そこに入ってるんですね。さすがパソコン、未来ずら!」

「うん、そうなんだけど……バスの時間までに、読めるかな」

 

 花丸は自分のスマートフォンを確認する。

 

「遼さんの作品は、どれくらいあるんですか?」

「えーと、いま書いてるところまでで、だいたい文庫本の四分の三くらいかな」

「それだと、ちょっと難しいかなぁ。じっくり読みたいと思いますし」

「だよね」

 

 もう少し早めに来てもらえば、よかったか。でも、じっくり読みたい、というのは、嬉しいな。

 

「パソコンをお貸ししていただくのは……」と花丸。

「い、いや、それは、ちょっと」

「そうですか」

 

 しゅんとする花丸。可愛いけど、いろいろほかのデータも入ってるし、さすがに厳しいよな。

 

 俺は提案する。

 

「メールで送れば、スマホで読めると思うんだけど、それでいいかな」

「わかりました」

「画面が小さいと思うけど、ごめんね」

「いえ、文庫本だと思えば……。あ、もしかして部室のパソコンでも、読めるかなぁ? 千歌さんたち、メールも読んでるみたいなので、マルでも読めると思うずら」

 

 あー、それは勘弁していただきたい。

 

「その、まずは花丸さんだけで……」

「わかりました」

 

 花丸は素直に納得してくれた。よかった。

 

 今日の伝票は俺が支払った。花丸は「ごちそうさまでした」と頭を下げた。

 

 バス停で俺は花丸に話す。

 

「帰ったら、すぐに送るから」

「はい」大きくうなずく花丸。「うふふ、マル、遼さんの作品、すごく楽しみです」

 

 花丸の曇りのない笑みに俺は嬉しくなった。

 

「すぐに読んで、メールを送りますね。スマートフォンは一日一時間なので、明日の朝に、なっちゃうと思いますけど」

 

 あ、一日一時間、ちゃんと守ってたんだ。

 

「ごめんね、貴重な時間を使っちゃって」

「気にしなくていいずら!」

「ただ、できれば……」

 

 俺はいったん言葉を切った。

 

「……?」

 

 花丸は首をかしげる。

 

 うん、そんなに不自然じゃないだろう。

 

「直接、感想を聞かせてもらえると、嬉しいかな。明日、内浦まで行っていい?」

「遼さんさえよければ、マルは大歓迎です」

 

 花丸は微笑んだ。

 

 夕方、練習が終わる、おおよその時間を教えてもらった。花丸の自宅に近い、コンビニのあたりで待ちあわせることにする。

 

「そうだ、どうせなら松月(しょうげつ)に行きましょう」

「松月?」

「はい、内浦のお菓子屋さん、兼、カフェです。どら焼きとかケーキがおいしいずら!」

「わかった。そっちも楽しみにしてる」

 

 バスが到着して扉が開いた。花丸はステップの途中で、笑顔で手を振った。俺も振り返した。

 花丸の乗ったバスをしばらく見送った。

 

 こうやってバスを見送るのは何度目だろうか。そのたびに、花丸との関係はすこしずつ近づいている。そう思いたくてならなかった。

 

        ・

 

 翌朝には花丸からメールが届いた。「面白かったです!」と感嘆符付きで書かれていて安心する。しかしすぐに、前回文集の作品を見せたときは、あとから厳しい指摘が相次いだのを思い出した。「詳しいことは、お会いしたときに」と書いてあるのが怖かった。しかし、とりあえず高評価には違いない。

 

 その日は午前から午後にかけてバイトだった。仕事は忙しかったものの、朝、受け取ったメールのおかげで俺は一日中、上機嫌だった。

「これからデートかい、里見君」と菊池さんにいわれるほどに。

 

 バイトから帰ってさっそく自転車を用意した。最初は内浦まで行くなど無謀だと思っていたが、いまとなっては花丸と会うための貴重な手段だ。俺は改めて兄に感謝した。

 数日前に梅雨明けしたせいか、夕方になってもまだまだ蒸し暑かった。ドリンクを準備する。さらにライトと電池を確認して家を出た。

 

 なにごともなく内浦に到着しコンビニに自転車を止めた。

 コンビニの駐車場からは内浦の海がよく見えた。日が落ちるまでにはもうすこしありそうだ。左手から湾の中央に向けて陸地が大きくせり出している。その陸地の頂上に、浦の星女学院の校舎がちいさく見えた。

 このまましばらく待てば、花丸が来るだろう。

 

 しかし、待てよ。花丸はひとりで来るのかな。もし誰かと一緒だったりしたら……。ルビィや善子ならともかく、ダイヤとかほかの子だったらどうしよう。

 

 花丸が空気を読んでくれることを祈るしかなかった。

 

 オレンジ色のバスがコンビニの前のバス停にとまった。

 もしかしてと思って見ていると、制服姿の花丸が降りてきた。どうやらひとりのようだ。

 俺は自転車を押して花丸に近づいた。

 

「こんにちは、花丸さん」

「あ、遼さん。わざわざすみません」

「いや、完全に、俺の都合だし」

「そういえば、そうですね」

 

 花丸はくすりと笑った。

 

 花丸について歩き出す。

 

「図書委員の仕事があるっていって、一本、あとのバスにしたんです」

 

 よかった、さすが花丸だ。

 

「遼さん、誰かに読まれるの、すこし恥ずかしそうだったから」

 

 むしろ花丸と一緒にいるところを見られるのが恥ずかしいんだが――なにもいわずにおく。

 

「それで、松月ってどこなのかな?」

「すぐそこですよ」

 

 たしかに五十メートルほど沼津方面に戻ると、道路の反対側に「松月」の看板が見えた。

 自転車を店頭に止めて、花丸と店に入る。

 

 店の中は昔ながらの洋菓子店、という感じだった。入った正面にガラスのショーケースがありケーキが並んでいる。また右手の奥のほうは十席ほどの洒落(しゃれ)たカフェスペースになっていた。

 

「おすすめは、みかんどら焼きですよ」

 

 花丸に従ってそれとコーヒーを頼んだ。花丸は同じくみかんどら焼きに、ミカンジュースだった。

 

 財布を出そうとすると花丸が俺を押しとどめた。

 

「昨日、払ってもらったずら」

 

 そういって花丸はさっさと支払いをすませた。

 

 男性としてどうかと思うけど……花丸は、へんに借りを作るのが嫌なのかもしれないな。

 

 ふたりでカフェスペースに移ろうとして、先客に気づいた。浦の星女学院の制服姿で――善子とルビィだった。

 

「あれっ、ずら丸? それに、里見さん」

 

 善子はまず花丸に、続いて俺に気づいたようだった。目に驚きの色を浮かべる。

 

「こ、こんにちは」

 

 ルビィはぺこりと頭を下げた。

 

「善子ちゃん、ルビィちゃん」

 

 花丸も少し驚いたようだった。

 

 いまさら引き返すわけにもいかず、花丸と俺はテーブルに着いた。向かいあわせの席だ。

 注文を待つうちにも隣のテーブルから、善子はともかくルビィがちらちらと視線を向けてきた。

 

 うーん、デートのつもりだったのにな……。

 

 花丸と目をあわせると彼女も苦笑した。

 注文が来てさっそくいただく。みかんどら焼きは花丸の勧め通り、おいしかった。ただ、このままでは……。

 

 ふたりで黙々と食べていると、善子がわざとらしい声でいった。

 

「ねえ、ルビィ」

「なあに、善子ちゃん」

「昨日、話してたスクールアイドルの雑誌。よかったら、貸してくれる?」

「えっ、もちろんいいけど。でも、善子ちゃん、興味ないって……」

 

 ルビィは首をかしげる。

 

「ほ、ほら今日の練習で、難しい振り付け、あったじゃない。あれの参考になるかなって」

 

 善子は身振り手振りでなにか踊ってみせた。

 

「そっか。勉強熱心なんだねぇ、善子ちゃん」

「ま、まあね。いまからあなたの家、行っていい?」

「もちろんいいよ」

 

 ルビィはぴょこっと椅子からおりると、俺たちに頭を下げた。

 

「それじゃあね、花丸ちゃん、里見さん」

「気をつけてね」

 

 花丸が答える。

 ルビィはたたっと店の出口に走っていき、続いて善子も席を立った。

 

「感謝しなさいよね」

 

 俺の耳元でそうささやいてから花丸にいう。

 

「それじゃ、花丸。また明日ね」

「うん、善子ちゃん」

 

 善子はひらひらと手を振って、店を出ていった。

 

 ……善子、いい子だな。今度会ったら、なにかおごらないと。

 

 ふうっと花丸は息をはいた。

 

「びっくりしたずら。ふたりがいるなんて」

「まあ、そういうこともあるよ」

 

 俺は肩をすくめてみせた。

 

「それで、遼さんの作品ですけど……」

 

 花丸はきらっと目を輝かせて、スマートフォンを取り出した。俺も同時に原稿を確認できるように自分のスマートフォンを手に取る。

 

「横書きだったので、ちょっと不思議な感じでした」

 

 たしかにパソコンやスマートフォンで読み慣れていないと、そうかもしれない。俺はもう気にならないが。

 

 花丸は俺からのメールを開いたようだ。

 スマートフォンの上で踊る花丸の指が目に入る。白魚(しらうお)のようなという形容はこういう指をいうのだろう。爪にはなにもつけていないようだが、つややかに輝いている。俺にはわからない手入れを、なにかしているのかもしれない。

 

 一瞬気がそれたが、花丸が話し始めて集中する。

 

「よかったと思います。話の筋が面白くて、ちょうどいいところで切れていて……続きが読みたくなりました」

 

 花丸は画面をスクロールする。

 

「文集のときよりも、表現は複雑になってるし、人物の描写も深みが増したんじゃないでしょうか」

「それなら、よかった」

 

 花丸は俺の目を見て微笑んだ。まずは安堵する。

 

 とはいえ、これからが本番なわけで……。

 

 花丸が話しやすいようにこちらから水を向ける。

 

「なにか、気になった点はあるかな?」

「そうですね……」

 

 花丸は(あご)に手を当てて考え込んだ。ときどきついっと画面を操作する。

 

「シチュエーションは、いいと思うずら。新たな脅威に対して、ふたつの陣営が手を結ぶ……そこで生まれる新たな人間模様。王道ずら」

 

 うん、こだわったところだ。

 

「ただ、よくばりすぎて、みんなの印象が希薄になってるかなぁ。描写に濃淡をつけるといいかな、って思ったずら」

 

 ふむ。たしかに文庫本一冊のボリュームだもんな。

 

「遼さん、筆が止まってるって、いってたずら」

「うん」

「人物にもうすこし深みを出すと、自然に動き出す、んじゃないかなぁ。あ、オラ、偉そうなこといってるけど」

 

 花丸は頭をかいた。でも、その通りかもしれない。

 

「それと、戦闘の描写は、迫力があるずら。でも、ときどき、どっちがどう動いてるか、わからなくなってしまうかも」

 

 花丸は次々によいところも悪いところも、まんべんなく挙げていった。ときどき、ぐさりと突き刺さるものもあった。

 

「あとは、恋愛描写が、ちょっと薄いかなぁ。あそこでは引かないで、好きになってるなら、こう、ぐっと押したほうが主人公らしいし、読者も()かれると思うずら」

 

 はい。すみません。俺の性格ゆえ、だろうか。

 

 ふと気づくと外は真っ暗になっていた。

 

「あ、オラ、また長いこと話してしまったずら……。申し訳ないずら」

「いや、とんでもない。すごく参考になったよ」

 

 俺は頭を下げた。

 

「マルのほうも、楽しく読ませてもらいました。マル以外には、まだ見せてないんですよね」

「うん、なかなか機会がなくて……」

「そうなんですね。世界で一番最初に、自分が読んでいると思うと、すごく幸せずら」

 

 花丸は嬉しそうに微笑んだ。俺の心も温かくなる。

 

「そういってもらえると、嬉しいね」

「また、読ませてくださいね」

「わかった」

 

 花丸はスマートフォンを鞄にしまった。

 さて、そろそろ潮時だろう。

 

「あ、そういえば……」

 

 立ち上がりかけたとき花丸がいった。

 

「なに?」

「部員の(かた)……泉さんとか北村さんとかに、読んでもらったらどうでしょう。みなさんの文集の作品、光るものがありました。きっとなにか、助けになると思います」

「ん……そうだよね。考えてみるよ」

 

 花丸の自宅、参道の下まで花丸を送っていった。

 

「それじゃ、練習、がんばってね。今日はありがとう」

「いいえ。遼さんも、夜の道、気をつけてください」

 

 花丸に手を振ってから自転車を走らせる。

 ライトをつけると青白い光が夜の闇を貫いた。

 

 みんなに見せる、か。うん、そうだよな。せっかくまわりに、同好の士がいて話ができるんだから……。恥ずかしがってる場合じゃないよな。

 

 花丸に見せたことで、自分のなかのハードルがぐっと下がった気がした。

 

        ・

 

 花丸からもらった指摘のうち、すぐに直せそうないくつかをまずは修正した。

 そして次の火曜日の部活に、新人賞の原稿を用意していった。

 

 部室には誰もいなかった。早く来すぎたらしい。むっとした熱気がこもっていて、俺はカーテンと窓を開けた。

 外も暑かったが室内よりはずいぶんマシだった。

 

 しばらく待つうちに北村が、そして泉が来た。

 

「よう、遼、早いな」

「しかし、暑いわね。図書室に行きましょ」

 

「図書室にいます」と伝言を紙に書いて残し、三人で図書室へ移動した。俺はパソコンを持って行った。

 

 図書室はエアコンが効いていて涼しかった。勉強をしている生徒が何人かいるくらいで、室内は()いていた。ちなみに文芸部の活動日は図書室の開室日にあわせてあったりする。

 

 北村と泉が落ち着いたところを見て、俺は話し出す。

 

「あの、よかったら原稿、見てほしいんですけど」

「おう、いつでも読むぞ」と北村。

「あら、もうできたの。感心じゃない」

 

 泉は読んでいた本から顔を上げた。

 

「いや、文集の原稿じゃないんですけど……」

 

 あーあ、どんな反応、するかな。

 

 疑問の表情のふたりに続ける。

 

「実は、ラノベの新人賞に、応募しようと思ってて……しばらく前から、書き進めてたんです」

「おっ、すごいじゃないか」

 

 北村は感心したように笑った。

 

「へえ、里見君がね」

 

 泉も目を見張る。

 

 とりあえず馬鹿にされるようなことはなくて、ほっとする。そういえばこのふたりなら、そんな心配は無用だったのかもしれない。

 

「ある程度まで来たんですけど、どうもよくわからなくなって。ちょっと意見を聞けると、ありがたいんですけど」

「そういうことなら、大歓迎よ」

 

 泉は大きくうなずいた。

 

「それで、いま用意してきてるの?」

「はい、USBメモリに入れてあります」

「おっけー、それならさっそく読むわよ」

 

 俺はパソコンを泉の前に押しやり、さらに鞄からUSBメモリを取り出して渡した。

 北村は泉の隣に移動する。

 

「どれくらい書いたわけ?」

 

 パソコンを操作しながら泉が聞く。

 

「新人賞の規定がだいたい文庫一冊で……その四分の三くらいです」

「結構あるわね。まあ、読みがいがあるってものだわ」

 

 泉は目を細めた。

 

「部長、もうすこし右に行ってもらえます?」と北村。

「北村君、さすがにこの長さを一緒に読むのは無理よ。ペースが違うんだし。あとにしなさいよ」

「俺、ペースあわせるから大丈夫ですよ」

 

 俺は北村にメールで送ることにする。きっとスマートフォンには慣れているはずだ。

 

 北村の鞄で音が鳴った。

 

「北村、メールで送ったから、そっちで読んでもらえるかな」

「あ、そう。ありがと」

 

 北村はしぶしぶといったようすで泉から離れ、自分の鞄からスマートフォンを取り出した。

 

 ふたりは無言で読み始めた。俺はまんじりともせずに待った。

 


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